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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バッカス王国の物語

節穴の洗濯屋

作者:



 冒険者は汚い。


 精神的な話ではなく、泥で汚れやすいという話だ。


 奴らは街の外で仕事をする事が多い。時には泥まみれになる事を覚悟しなければならない仕事だ。魔物と殺し合っていると誰のものかわからないほど血塗れになる事もある。


 俺は今まで、その汚れと向き合い、戦ってきた。


 ……ちょっと大げさに言いすぎか。


 ただ、向き合ってきたのは事実だ。


 俺は洗濯屋。


 それも血汚れ受付可の洗濯屋なので、顧客は冒険者に偏っている。


 俺達が暮らすバッカス王国において、冒険者稼業やってるやつはとても多い。奴らはしつこい汚ればかり持ち帰ってくるが、おかげさまで商売は上手くいってる。冒険者サマサマだ。


 この仕事を始めた――というか継いだおかげで、嫁も出来た。


 ウチの店を贔屓にしてくれてた年下の女冒険者で、告白プロポーズの言葉は「毎日、アンタの洗濯物を洗わせてくれ」というものだった。めっちゃ笑われた。


 でも受け入れてもらえて愛娘も出来て万々歳だ。現役冒険者の嫁が豪快に魔物の血飛沫浴びて帰ってくるのは「加減しろ!」と言いたくはなるが、宣言通りちゃんと俺が洗ってる。


 この仕事は嫌いじゃない。


 嫁に出会えた事を考えると、いくらでもお釣りが出てくる。


 冒険者と、奴らの洗濯物を見るのも楽しいからな。洗濯屋稼業継いで30年になるが、毎日のように奴らと向き合ってくると冒険者達の「汚れ事情」が見えてくる。



 冒険者の汚れは大別して2種類ある。


 一つ目は不名誉な汚れ。


 二つ目は名誉な汚れ、だ。


 冒険者稼業をしている以上、汚れは避けられないが避けられる汚れもある。


 これが不名誉な汚れだ。


 不名誉汚れの代表例は全身泥だらけ。


 足回りが泥だらけなのはともかく、全身が汚れたとなると「泥に足を取られてすっ転んだんだな」と馬鹿にされる事になる。


 真偽は関係ない。止むを得ない事情で泥だらけになったとしても、その事を道行く一人一人に説明するのは手間だし、言ったところで信じて貰うのも難しい。


 駆け出し冒険者なら「まあ、そんなもんだろう」と一時の恥で済むが、名の知れた冒険者となると当分物笑いの種にされる。屈辱的なことらしい。ウチの嫁さんは全然気にしないが一般論としてはそうらしい。


 そういう汚れ方をしないよう、普段の立ち回りが泥を怖がるようなものになる熟練冒険者もいたりするようだ。名が知れていくのも考えものだな。


 泥だらけの高価な衣類を一着だけ、駆け出し冒険者が持ってきた時は「あぁ、こいつはクランの下っ端にこっそり持ってこさせたんだなぁ……」と察さざるを得ない時がある。


 もちろん秘密は守るさ。汚れてる方が金も貰えるし、言う事ねえよ。そういうの見るたび、冒険者稼業も大変だな……と思う。世の中、もっと単純でいいのにな。


 ウチの嫁さんの場合、その手の体面は全然気にしねえ。


 泥だらけの時はびっくりするぐらい泥だらけになって帰ってして、ニコニコしながら「泥んこ遊びもして帰ってきたんです」とのたまいやがる程だ。かわいい。


 皆もウチの嫁を見習ってほしい。


 ……いや、さすがに限度があるか。


 ウチの嫁みたいなのが100人もいたら料金改定も考えにゃならん。


 あいつ、全身真っ赤になるぐらい血飛沫浴びて帰ってきたりするしな……童女みたいな顔でケラケラ笑いながら魔物を手で真っ二つにして、雑巾のように絞るように浴びてくるからな……。


 これが健康の秘訣と言うものの、もうちょっと容赦してくれよぅ、と言わずにはいられない。実際、若々しいのでホントに効果あるのかもしれん……。


 血汚れも不名誉なものがある。


 冒険者は色んな戦い方をしているが、剣や槍を手に戦う前衛は血に汚れる事も珍しくない。


 珍しくないからこそ、前衛が魔物の返り血を浴びるのは仕方ない。が、弓使いなどの後衛が血に汚れてたら「血を浴びるほどの距離まで手こずった」と揶揄されるそうだ。


 だから染みにならないよう、必死に「これ落ちるよね?」とこっそり持ってくる奴もいる。ウチはそれで儲かるからいいんだが、ホントに些細なものまで持ってくる奴もいる。針でつついた程度の後でも冒険者としての名誉を――評判を守るためにな。


 前衛なのに一切、血に汚れず帰ってくる冒険者もいる。


 腕利き中の腕利きって感じの奴らだな。血に汚れないほど華麗な立ち回りを誇りにしている奴もいるが、そういう奴らこそが些細な汚れでも持ってくる筆頭だ。


 冒険者は汚れる仕事だ。


 だが、一方で汚れに敏感な者もいる不思議な仕事だ。


「それじゃ、回収に行ってきま~す」


「おう。気をつけろよ。野生のロリババアに轢かれないようにな」


「はいはい、大丈夫ですよ、店長」


「パパって言ってくれていいんだぜ」


「公私は分けてくださ~い」


「つれねえなぁ」 


 ウチの愛娘も、そんな不思議な洗濯屋稼業しごとを手伝ってくれている。


 今日は外回りに行く事になっているんだが――。


「……じゃ、俺ちょっと後つけてくるわ」


「店長、またですか……。娘さんも初めてのおつかいに行くわけじゃないんですから」


「でも心配なんだもん」


「もんって。筋肉ムキムキのオッサンが、もんって気持ち悪いなぁ」


「お、おまえぇ……今月の給与査定を楽しみにしとけよ」


「は? 娘さんに後を追ってる事、バラしていいんですか?」


「うぐ……と、とにかく、俺も外回り行ってくるから店番よろしく」


「はいはい、了解です。バレないように気をつけて」


 従業員に店番任せ、娘の後をコソコソ追う。


 ウチの愛娘はとても可愛い。嫁さんに似て華奢な身体で、ころころと笑う笑顔が眩しい女の子だ。嫁譲りの腕力で俺に毎朝おいしい林檎ジュース(100%手作り)を作ってくれる。


 だが、可愛いからこそ不安になる。


 ウチの顧客は大半が冒険者であり、冒険者の中には若くチャラチャラした奴が多い。……いや、チャラチャラしたは言い過ぎか? 冒険者は自営業なので上司や商会に縛られん気ままな自由人が多いのは、確かだと思うんだが。


 そういう奴らにウチの娘はよくナンパされる。


 そういう奴ら以外にもナンパされる。……可愛いからな! 仕事で冒険者の奴らのとこを訪れるたび、誘われてる。俺は詳しいんだ、娘の仕事ぶりをこっそりつけて見守ってるから。


 幸い、人を見る目がある子なので、野郎共の誘いはちゃんと断ってるようだが……それでもなお軟派な奴がいるのでパパとしては気が気ではない。


 それに、あまり良くない話を聞いている。


 どうも娘には付き合ってる相手がいるらしい。


 それも冒険者! 嫁さんが「あの子、付き合ってる子がいるからナンパなんて引っかかりませんよ~」と言っていたのだ! 俺は驚愕のあまり卒倒しかけた。


 愛娘が、誰かと付き合っている。俺に内緒で……!


 どうもウチの仕事の巡回経路内で出会う冒険者と付き合ってるらしい――という事まではわかったんだが、誰かはまだわかってない。嫁さんはニコニコ笑って教えてくれなかった。


 だから、誰と付き合っているかを調べるためにも追いかけているのだ。


 見たところ、それらしい男はいない。


 これといって彼氏かれぴといった感じの奴はいない。友達以上恋人未満かれぴっぴといった様子の奴もいない。たまたま留守にしているのかもしれないが……真相は謎のままである。


「おっと……ボヤボヤしてる場合じゃない」


 娘をしっかり追わねば。


 バレたら「パパきもちわるい!」「パパの洗濯物べつに洗って!」「うざっ」「死んで」と言いそうだが、せめて、どんな野郎を好きになったのかぐらい知りたいんだよ……。



「ごめんくださーい、洗濯屋で~す」


 娘が元気に声を出し、冒険者達の寮を回り始めた。


 洗濯屋ウチの外回りは冒険者の住むアパートや寮を周り、洗濯済みの洗い物を届けたり、洗濯物があったら回収してくるという仕事だ。


 これは大抵、女の子に任せる。


 男の冒険者は女の子が来ると鼻の下のばしてホイホイ洗濯物を出してくれる。良い顔しようと汚れてない衣服まで出してくれる時すらある。さすがにそれは丁重に返させるが。


 女性冒険者の方も同性が取りに来た方が気兼ねが無いのか、遠慮なく出してくれている。少なくとも俺が行くより受けがいい。ムサい野郎よりは下着を渡す気になるんだろう。


 洗濯屋によっては女性従業員100%を謳っているとこもいる。ウチはさすがにそこまではしてないが、そういう性別も洗濯屋選びの要素として存在している。


 ウチの愛娘は特に沢山、洗い物を回収してくる。


 小さな頃から「パパ~❤」「きょーも、おにーちゃんおねーちゃんがいっぱい洗濯物くれるねぇ~❤」と言いながらトテトテ俺の後をついてきて、顧客連中にもよく顔が知られてる。


 妹分アイドルみたいなもんだ。


 冒険者もどんどん新しいやつがやってくるから、妹というより異性として見るやつがドンドン増えてくている。さすがに少し心配になる。


 せめて、安心して任せられる相手とくっついてくれればいいんだがなぁ……。


「お洗濯物、取りに来ました~❤️」


「…………!!」


 娘がことさら甘ったるい声を出すのが聞こえた!


 ついに彼氏発見か……! と思ったんだが、違った。


「おっ、ミーナちゃん、今日もおウチの手伝い? えらいねぇ」


「えへへ❤️」


 顧客に頭を撫でられた娘がデレデレと相好を崩している。


 が、アレは彼氏ではないだろう。


 話しかけている顧客あいては女冒険者のイサミちゃんだ。


 娘にとって歳の離れた姉のような存在である。


 イサミちゃんは良い子で、冒険者としての腕も立つ。特定の団体クランには属していない独立遊兵フリーランスだが索敵手として引っ張りだこらしく、結構稼いでると聞く。


 彼女が冒険者になる前からご近所さんで、ウチの可愛い愛娘をよーく可愛がってくれていて、小さな頃から現在もなお、娘はイサミちゃんの家によく泊まりにいってる。


 とても慕っているようで、今もイサミちゃんの前でデレデレとニヤけている。ただ、仕事は真面目にしてくれているので名残惜しそうに次の取引先へと向かっていった。


「……で、オジさんはまたミーナちゃんの見守ってるんですね」


「おっ、今日もバレたか。さすがだな」


「今日もいるんだろうなぁ、という予想混じりですよ」


 呆れ顔で看破されたので、大人しく出て行く。娘は先に進んだしな。


 出て行って日頃から娘を可愛がってくれてる感謝を述べた。


「まだミーナちゃんが誰と付き合ってるか、探ってるんですねー」


「うん。なかなか尻尾が掴めてないけどなぁ? 嫁さんは知ってるくさいんだが、どこの誰だかちっともわかんねぇ。イサミちゃん相手ぐらいにしかデレデレしてねぇわ、ウチの娘」


「そ、そうですか……偶然じゃないですかねー」


「どうしたんだ、そんな目を泳がせて…………あっ!」


 そうか、わかったぞ。


「イサミちゃん、ウチの娘が誰と付き合ってるか、知ってんだろ……!?」


「は? え、ええ……まぁ……そりゃ、知ってますけどね」


「んだよー、歯切れ悪いな。教えてくれよ」


「口止めされてるんで。ええ、勘弁してください」


 食い下がったが、全然教えてくれなかった。


 やっぱ、取引先にいるのは確かみたいなんだがな。


「はぁ、いったい何処の馬の骨がウチの娘をたらしこんだんだろう……」


「ドコノドイツカナー」


「いやね、別にさ、良いやつだったらいいんだよ。俺の方が娘より先に死ぬだろうし、後を任せられるぐらいしっかりした奴ならいいんだよ」


 だけど誰かわからねぇとその判断も出来ん……!


 日々、モヤモヤが積み上がるばかりだ。


「もうさ、イサミちゃんが貰ってやってくれよー」


「あ、良いんですか? 女同士ですけど」


「性別は別に。大事なのは本人が好き合ってるかだからな。あ、もちろん仕事も生活もしっかりしてて、娘を幸せにしてくれる奴に限るけど」


 なんて事を言うと、イサミちゃんは少し考え込んだ後――ウチの娘に「そろそろお父さんに明かしてもいいんじゃないかな?」と言ってくれる事になった。


「本人次第なとこもあるんですが、口添え……というか、説得してみます」


「ありがてえ! 後はイサミちゃんが娘もらってくれりゃ、言うことねぇな」


「ホントですかー? 本気になっちゃいますよー?」


「本気だよ! ウチの娘もイサミちゃんのこと大好きだからな」


 娘の幸せが第一、だ。


 まあそれはそれとして相手は気になるんだよな。


 さて、追跡を再開しよう。


 いったい、ウチの娘はどこの冒険者どいつが好きなんだろうか……?




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