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魔王城で喫茶店をオープンしました 〜『勇者様、とっておきのスキルを持つ俺をパーティに入れたら、楽勝で魔王を倒せますよ』〜

作者: 桜草 野和

 魔王城の中に、俺は喫茶店『最後の晩餐』を開いた。


 ボリュームたっぷりの特製“豚カツピッツァ”と、眠気が一気に覚める苦味がクセになる“魔王コーヒー”が好評で、しばしば冒険者たちの行列ができる。


 魔王城はとてつもなく巨大で、最上階の魔王の間に行くまで上級の戦士たちでも、1週間はかかる。


 しかも、いびつに入り組んでいるので、道に迷い、1ヶ月以上彷徨うパーティも少なくない。


 魔王を倒して、名声と富を手に入れようと、連日十数組のパーティが訪れるので、魔王城は冒険者たちでそこそこ賑わっていた。


 人を雇い、デリバリーを始めたが、それでも間に合わないので、魔王城の中間地点に第2号店を準備中だ。


 あと、キャンプばかりでは大変だという声を聞いたので、ゲストハウスも経営している。ゆっくり休めると冒険者たちに喜ばれている。


 気分転換も必要だと思ったので、ライブハウスやポロ球技場、モンスター園、最も要望が多かったキャバクラを立て続けにオープンしたら、どの店舗も冒険者たちや、冒険者に会いにきた家族たちで大盛況だった


 特に、モンスター園は繁盛した。入場規制をかける日があったくらいだ。


 魔王から、


「絶対に人間に手を出すな。もし、怪我などさせて来場者が減ったら、命はないと思え」


と脅されていたので、モンスターたちは、当番で檻の中に入り、大人しく過ごしてくれた。


 協力してもらっているので、モンスター園に出勤する当番には、食べきれないほどの食事を振舞ったり、リピーターの冒険者からもらったレアな武器をプレゼントしたりした。


 俺がレアな武器を持っていても、宝の持ち腐れだ。



 誰も魔王城で、商売をする者がいなかったので、最初のテナント料は破格の安さだったのに、今では貿易で栄えている『パティオス王国』の一等地なみに、高騰している。


 魔王は、


「暴れなくても、金がたんまり入ってきてこりゃ楽だ」


と喜んでいる。


 それに、魔王も喫茶店『最後の晩餐』の特製“豚カツピッツァ”のリピーターで、デリバリーを毎日のように頼んでくれていた。注文方法は叫び声だった。


「グワワオーーッ‼︎ グワワオーーッ‼︎ グワワオーーッ‼︎ グワワオーーッ‼︎」


 さすが魔王。遠くからでも城が揺れる叫び声がはっきり聞こえる。ちなみに、1回の叫び声で、特製“豚カツピッツァ”30枚と合図が決まっていた。


 デリバリー用に魔王の間直通のエレベーターまでつくってくれた。注文は嬉しいのだが、魔王は明らかに太ってきていた。


 ある日、お客様の身体は心配なので、


「毎日こんなに食べて大丈夫ですか? 今日はやめておいたほうがいいですよ」


と俺が言うと、


「生まれて初めて、誰かに健康の心配をされた」


と魔王は涙ながらに感動していた。


「貴様の名前、なんだっけ?」


「タケルですよ、魔王様」


「タケル、これからは、余のことをマー君と呼んでよいぞ。昔、父上と母上がそう呼んでいた」


「わかりました。マー君」


 魔王、いやマー君は、健康のことを心配されたことが、よほど嬉しかったようで、魔王城での商売を俺に独占させてくれた。


 世界各国の企業が、出店を申し込んで来たが、


「ダメ」


と即答で断っていた。



 カランッ、カランッ。


 そろそろ喫茶店『最後の晩餐』をクローズにしようと思っていたら、一人のお客が入ってきた。


 女剣士で、目の焦点が定まっていない。


 生き残り組だ。


 俺は最初にオープンしたこの喫茶店は、いまでもデリバリー以外は、一人で営業していた。デリバリースタッフは今日はもう退勤している。


 だから、店内にいるのは、俺とお客の女剣士だけだった。


「はい、どうぞ。当店の裏メニュー、“普通のコーヒー”です」


「あ、ありがとう……。ゴクッ。ゴクッ」


 コーヒーカップを持つ手が震えている。


「おかわり、どうぞ」


 俺はコーヒーを注ぎ足す。


「ごめんなさい。なんかほっとして、コーヒーを一気飲みするなんて」


「いえいえ、マスター冥利につきます」


 女剣士は、今度はコーヒーを一口だけ飲む。堪えていた涙がこぼれおちる。


「ごめんなさい。コーヒーにも入っちゃった」


「もう、謝らないでください」


「ここのマスターさんなら、もうわかっているわよね。私、どこも怪我していないでしょ。バトルが始まって、あまりの魔王の強さに逃げだして……。仲間の悲鳴が耳から消えないわ……」


 マー君、ちゃんとダイエットしたどころか、筋トレにハマってどんどん強くなっているからな。


「明日には忘れてしまうと思いますが、名前、聞いてもいいですか?」


「正直なマスターね。まだ若いわね。今、いくつなの?」


「17です。俺のことはいいですから、お名前を」


「ああ、そうだった。私の名前はエデーヌ。マスターより、5歳年上の22歳よ」


「では、コーヒーのお代として、エデーヌのお名前をちょうだいします」


「えっ? 何を言っているの?」


「そうですね……。セデーヌにしましょう。今から、あなたはセデーヌです」


「もしかして、名前を変えて、今日のことは忘れて、生まれ変われ的なこと? だったら、もっと別の名前を考えてよ。エデーヌとセデーヌって1文字しか変わってないじゃない! しかも、韻は同じ!」


「バレました。エヘヘ」


「エヘヘじゃないわよ。まったく。早く別の名前をちょうだい」


「お客さん、名前は一度しかつけないのが、俺のポリシーなんです」


「なんでよ?」


「考えるの面倒なんで」


「もういいわよ。自分で考えるから。これあげる」


 女剣士は、剣をカウンターに置くと、店から出て行く。


 俺は剣を手に取ると、倉庫で山積みになっている武器や防具の上に投げる。


 マー君、強いな。


 勇者のパーティはいったいいつ来るのだろう。


 もともと俺は、勇者のパーティに入りたくて、生まれ育った『パティオス王国』から、旅に出た。


 15歳の誕生日に貿易会社を経営する父から、“魔王と仲良くなって油断させるスキル”をプレゼントされた。


 このスキルがあれば、勇者のパーティに歓迎されるに違いないと思っていたが、世界は広い。そう簡単に勇者のパーティと出会うことはできなかった。




 そこで俺は、魔王城で喫茶店『最後の晩餐』をオープンして、勇者のパーティを待つことにした。


 もう、4年も前の話だ。


 今思うと、父の貿易会社によく遊びに行って、ビジネスを小さい頃から見てきたことが役立っている。




 本当は19歳だが、女性に年齢を聞かれたら、必ず17歳と答えるようにしている。

 より年下の男を演じたほうが、女を落とせる確率は格段に高くなる。


 この魔王城には、美しき魔法使いや、召喚士も大勢訪れたので、女に困ることはなかった。


 むしろ、喫茶店のマスターに弱音を聞いてもらっているうちに、なんか好きになったかも的になって、ベッドインというおいしい流れができていた。

 


 俺は魔王城で、喫茶店のマスターをしながら、勇者のパーティを待ち続ける。



 そして、勇者に猛毒入りの“特製豚カツピッツァ”をふるまうのだ。



 魔王のマー君は友だちだからね。



 マー君は俺の初めての友だちだ。



 もともとは、この喫茶店の名前は『勇者様、とっておきのスキルを持つ俺をパーティに入れたら、楽勝で魔王を倒せますよ』だった。





 カランッ、カランッ。





「もう、閉店かな? 4人なんだが。時間だったら、帰るよ」


「違う意味で、本当はもっと早くつけたのにね」


「困っている人みたら、放って置けないんだから」


「ああ、お腹すいた〜。素敵なお店だなー」





「どうぞ、お席へ」




「ありがとう」




 他のどの戦士よりも礼儀正しい。あれっ、引き出しに入れていた猛毒がない。その代わりに、手紙が入っている。



『友だちのタケルを勇者殺しの超重罪犯者にはできないからな。勇者を殺してみろ。恐ろしい拷問が待っているんだぞ。えっと、真面目な話、多分、俺様は負ける。だって、魔王だから。相手は、勇者だから。魔王城が、観光地になるといいな。俺様の財産は、タケルにすべてやる。あんまり遊んでないで、本命の子を早く見つけろよ! 俺様は生まれ変わったら、南の島でペンションを経営するのだ! そうだな、名前は『BFF』かな。見つけたら、遊びに来いよな! 健康に気をつけて元気でな友よ!』




 なんだよ、これ……。なんなんだよ……。魔王のクセにカッコつけるなよ。




「すみません。やっぱり、帰っていただいてもらえますか? デリバリーの注文忘れていて」




「いや、遅い時間に来た僕たちも悪いから、気にしないでください。帰りにまた食べに来ます」


 4人のパーティは怒るどころか、にこやかに店を出て行った。


 いい連中だ。52秒前まで、塩をまくつもりだったが、そんな気は失せた。




 よし、今までで、最高の“特製豚カツピッツァ”をつくるぞっ!






 9日後ーー



 カランッ、カランッ。



「今日は間に合いましたか?」






「はい」






「よかった。魔王を倒した記念に、魔王城でしか食べられない“特製豚カツピッツァ”を食べて、王都に帰りたかったのです。みんなも、それを、楽しみにしていて」





「どうぞ」





 俺は用意していた4人分の“特製豚カツピッツァ”を、カウンターテーブルに置く。





「おお! 今まで生きて来て食べた物のなかで一番おいしい! 魔王を倒した後だから、余計に格別です」






 俺がマー君と最後に会った日……。マー君も同じことを言っていた。最後の部分は違うけど。



「おお! 今まで生きて来て食った物のなかで一番うまいぞ! 勇者に倒される前だから、余計に格別だ!」






 俺は裏メニューの“普通のコーヒー”を淹れて、ゴクッ、ゴクッと一気飲みする。




 ポタッ。ポタッ。




 空のコーヒーカップに、涙が落ちる。




 カランッ、カランッ。


「オーナー、大変です! モンスター園のモンスターどもが暴れています!」


 そうか、もうマー君がいないから……。閉園しておくべきだったけど……。


「ああ、おいしかった。ごちそうさま。モンスター園のことは僕たちに任せてください」


 キレイにたいらげて、礼儀正しい4人のパーティが、知らせに来た従業員と店を出て行く。


 従業員はちゃっかり、握手してもらっている。


 思わず皿を床に投げつけると、その下に封筒が隠されていた。



 中には、船のチケットと、手紙が入っていた。


『ここの近くの無人島で、お友だちが待っています。引っ越し先は、地図なんかなくても、見つけられますよね? 温かい料理ごちそうさまでした。』




 もちろん見つけられるさ、『BFF』。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルが気になって開きました。 魔王城内に開店したから魔王サイド……でもタイトル的には勇者の味方なの?と。 そして出だしで誰にとっての最後の晩餐?と思わず指が進みました。 しかし読み進め…
[一言] とても読みやすい文章でした! 魔王城の中に喫茶店を開くという発想にファンタジー心が踊らされます。特にコーヒーカップに涙が落ちた部分は、女剣士が来店した時の描写と反復していてタケルの心情をとて…
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