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 幼女のほうは、ここにチュールがあるという確証を得て喜色満面エビス顔、両手をぱちぱちと打ち鳴らして飛び跳ねる。

「早く、早く、そのチュールってやつをちょうだい!」

「いやあ、今はちょっと、遠慮してほしいのじゃ……」

「なんでよ」

「あの二人がな、今からハッとしてグッときて恋に落ちる五秒前じゃからなのじゃ」

「よくわかんないけど、あの二人の邪魔をするなってこと? 無理なんじゃないかな、だって……」

 これだけ大騒ぎしたのだから当たり前のことなのだが……いつの間にか、鳥かご越しにかなえが二人をのぞき込んでいた。

「次郎丸、ちゃんと留守番しててっていったのに、あんたは、もう……」

 口ではそういいながらも、かなえは決して怒っているわけではない。むしろ駄々っ子をたしなめるようなあきれ声なのだから、次郎丸がここに現れることなどお見通しだったのだろう。

 むしろかなえにとって予想外だったのは、次郎丸の隣にかわいらしい女の子がいることである。

「次郎丸、こちらの子……ううん、ええと……『子』じゃないのかな?」

 この物言いに、招き猫は実に幼女らしからぬ、賢し気な表情で微笑んだ。

「ふうん、次郎丸と一緒にいるから、もしかしたら妖怪かもと判断したわけね、なかなか賢いじゃない。それに、もしも妖怪だったら子ども扱いするのは失礼かもしれないと……気遣いの心も、なかなかのものね」

 そう言うが早いか、幼女はふりりと体をゆすって猫へと姿を変えた。それも次郎丸のようなしっかりとしたオトナ猫ではなく、ふわっふわの毛玉のような真っ白い体に、くりっくりの大きな目玉がいかにも幼い、手のひらに載ってしまいそうなほどの子猫の姿に。

「初めまして、私、東京は今戸神社の招き猫、まだちっちゃいの!」

 あざとく短い前足を顔の前にきゅっと寄せたかわいらしいしぐさ……しかし、次郎丸は叫ぶ。

「サバ読みすぎじゃろ!」

 かなえのほうはふわふわの毛玉のような愛くるしさにすっかりメロメロなのだから、次郎丸よりも大きな声で叫ぶ。

「かっわいいいいいいい!」

 毛玉猫は得意げに白い体を床にコロンと転がした。

「ふふん、かわいい私にチュールを貢ぐと良いのよ。良縁金運無病息災、何でも招いてあげちゃうから」

 しかし、かなえはハッと我に返ったようで、急にきびしい声を出した。

「ダメ、人間の姿に戻って!」

「ええ~、戻るって……こっちが本来の私の姿なのに?」

「そういう屁理屈いらないから。私以外の人がその姿を見たら、売り場から子猫が逃げたと思われて大騒ぎになっちゃうでしょ」

「そうね、確かに」

 ゆらり、としっぽが揺れて、子猫はすっと後ろ足で立ち上がる。と、次の瞬間には、その姿は人間の女の子へと変わっていた。

「これでいいの?」

「うん、それでいいの」

 ちょうど折よくこのタイミングで、平塚が鳥かごの陰をひょいと覗く。

「おやおや、これはかわいらしいお客様ですね、迷子かな?」

 すっかり幼女へと姿を変えた招き猫は、この年頃の子にありがちな、人間臭いドヤ顔で胸を張って見せた。

「迷子じゃないわ、お使いよ!」

「それはそれは、何をお買い求めですか?」

「チュールよ!」

 このあたりのやり取りはどこも危なげなく人間そのものだ。見た目は幼くとも、さすがは年古りの妖怪といったところ、次郎丸とかなえは胸をなでおろす。もちろん平塚もこれが人間ではない者だとは毛頭疑うこともなく、彼女を猫のおやつコーナーへと案内しようとした。

 これに待ったをかけたのは、かなえであった。

「待ってください、平塚さん、そのご案内、私がやります」

 かなえは、チュールが猫の妖怪にとって魔性の食物であることを、すでに次郎丸で経験済みである。この幼い少女の見た目をした招き猫が初めてのチュールに我を失って正体を現すようなことがあったときに、自分がそばにいればごまかしがきくだろうと考えたのだ。

 次郎丸も、これに賛成した。

「そうじゃな、ワシもついておるし、お主はほかの仕事をするがよいぞ」

 二人の申し出を素直に受けて、平塚は売り場の裏へと姿を消した。

 これを見ていた招き猫少女は不満げに唇を突き出す。

「なあに、これって、もしかして私ってば、そこの愚弟子と同じくらい未熟だと思われちゃってる感じ?」

 次郎丸が慌てて両手を振り回す。

「そうではない、そうではないのじゃ、師匠、チュールはそれほどに危険な、陶酔感のある食べ物なのじゃ」

「へえ、なるほど、あんたが『いんすた』にあげてたとおりね」

 この言葉に、かなえが驚いて素っ頓狂な声をあげた。

「インスタって、あのインスタ?」

 招き猫少女がひくひくと得意げに小鼻を膨らませる。

「あ~、違う違う。人間が使ってるのは『インスタグラム』でしょ。私たち妖怪が使っているのはね、『インスタントグラフ』略していんすたなの」

「もしかして次郎丸がよく言っている『いんたーねっと』っていうのも、人間のインターネットとは違うの?」

「あ~、システムは人間のネットを借りてるんだけどね、妖術でしか開かない特別なブラウザがあって、それがあると冥界ネットに入れるよ」

「ごめん、パソコンは詳しくないからちんぷんかんぷん……ともかく、人間のネットとは違うのね?」

「うん、違う。妖怪じゃないと入れない、妖怪専用のネットなの」

「なるほど、だから次郎丸って、人間に対する知識が偏ってるのね」

 次郎丸は地団太を踏んで、この言葉を否定した。

「違うんじゃもん! ワシは人間について勉強するために、ちゃんと人間のインターネットを見ておるもん!」

 招き猫少女が、これに憐みの目を向けた。

「あ~、あんた、猫また未満だもんね。まだ勉強が足りない感じ?」

「そ、そこはまあ、今後、努力と研鑽を……ごにょごにょごにょ……」

 招き猫少女のからりとした声は、次郎丸を飛び越えてかなえに向けられる。

「ということでさあ、もうしばらく温かい目で見守ってやってね」

「それは構わないですけど……」

「それより、チュール! チュールをちょうだい!」

「はいはい、こちらですよ」

 かなえが猫のおやつコーナーへ向かうと、招き猫少女は素直にその後ろにと付き従った。


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