希望とはいつも儚いものである
8話目
「お待たせしたわね。次に行きましょうか」
アルンの口から、紡ぎ出された音を捧げる時間は、終わったようだ。
「そうだな。フラン索敵を頼む」
「ほいほいさー!フランちゃんにおまかせ!」
元気よく片手を挙げて答えるが、そんなちょっとした動作なのに凄まじい吸引力だ。男は死ぬ。いや、死なないけど。とりあえず、心の中で拝んでおくことにした。
場面時変わって、今は帰り道だ。4人パーティで歩いているのは俺だけ。これだけ聞けばまるで、パーティが全滅し、俺だけが助かったように聞こえるが、実態は全く違う。
あれから結局、2グループ発見し殲滅した。
今日の成果の内訳は、コボルト3、ゴブリン9だ。他のところは分からんが、結構頑張ったよ俺。
鑑定系の、上位技能を所持してると思われるアルンによると、討伐証明部位も可視化、見えるらしい。
この鑑定系の能力は一見便利だが、上位技能になればなるほど1度に飛び込んで来る情報が膨大になるので、先天的に脳の処理速度が早い者で無いと神経が焼き切れるそうだ。
例えば俺の脳ミソであれば、10秒持たず頭が沸騰して発狂し、頭を打ち付け続けて昇天する。
故にそう、非常に疲れるのだ。
帰る事を決めて直ぐに、アルンはこう言った。
「ディル、乗せなさい。疲れたわ、街まで運んでって。でも、変なところを触ったら殺せはしないから、枕元で一晩中呪詛を呟き続けることにするわ」
怖ぇよ。怖過ぎるよ。それと、怖い。アルンには手を出さない事をやっぱり強く誓いながら、肩の上に乗せた。
種族的に力が強い中でも、一際デカい俺は、勿論それに見合った肩幅とパワーが有る。鎧を着込み斧と盾を装備した状態でも、人族の、それも女性を荷物ごと人1人乗せるぐらい訳ない。
ないのだが、俺の誤算はパーティに色々デッカイのに、頭の中だけが子供の頃から、成長を見せていないであろうヤツが居た事だ。
ヤツはあろう事か、こう宣ったのだ。
「あ~!アルンだけずるい!私も歩くの疲れたもん!乗せてよ!」
「ふざけろ。てめぇで歩け」
「やだやだやだやだやだ!フランも肩に乗る!楽したい!」
アルンは、疲労とフランの騒ぎで辟易したのか、俺に普通にお願いしてきた。
元々肉盾扱いの、しかもある意味依頼を強制した立場で、多数決でも負けてしまった俺に断る権利など無く、めでたくフランが反対の肩に乗る事が決まった。
まあ、そうなると最後の1人も疎外感を感じるようでして……
「……ディルはパーティメンバーを選り好みする」
こう言われてしまっては、そんなことは無いと言わざるおえない訳で……
右肩にアルン、左肩にフラン、そしてミューを肩車して現在に至る。
遊具もビックリだ。これで俺が本当に遊具で有れば、これだけ人気なら遊具冥利に尽きるもんだが、残念ながら俺は意志を持った生き物なわけで、便利な乗り物扱いは余りに嬉しくない。
更にあんまり喋らないミューでも、やはり女が三人寄れば姦しいどころか、喧しいのだ。
初戦闘で緊張し、慣れない武器防具を身につけ数時間歩き、戦い思ったより結構疲れていた俺は、アルンに話を聞いているのかと頭を叩かれたり、フランに耳を引っ張られたり、ミューに頭の毛を毟られそうになったりしても、終ぞ怒る気力は湧かなかった。
本当の事を言うと、この状態で俺が思いっきり怒鳴れば、大変な事になる。流石に頭の上で、漏らされたくはないのだ。
やっとの想いで、ヘロヘロになりながら街に着くと、遊具上等な俺は注目の的だ。当然の帰結と言っていい。
この状態の巨漢が、街中を闊歩しているだけでも非常に目立つのに、上に乗ってるのは三者三葉他人の目を引く美少女、美女達だ。これで、目立たないと言うことが有るだろうか。いや、無い。
俺がなんでこんなクソ面倒臭い、回りくどい否定を用いたかと言うと単純明快、快刀乱麻を断つが如く簡単に、現実逃避がしたいからだ。
ぶっちゃけ、すげー恥ずかしい。今なら脚光を浴びた、世界一有名な吟遊詩人より、衆目を集めている自信がある。辛い。
大通りを抜け、忘却と驚愕の尻尾亭の有る路地に入ると、それは宿の名前に負けず劣らずの、超上的人通りだ。
表通りの喧騒が、嘘のように人が居ない。なんで、彼の地に冒険者の宿を建てようかと思い立ったのか、建てた人物に詳しく話を聞きたいぐらいだ。覚えていて且つ時間と金に余裕があって、心が豊かで、静かにグラスを傾けながら聞く機会が有れば、必ず聞いてみよう。
あ、これ全く聞く気ねぇな俺。
まあ、そんなことはどうだっていい。俺の全細胞が、脳が、手が震える。そう……腹が減った。
俺はミューが頭を打たないよう、気を付けながら扉をくぐった。
「あっ!皆さんおかえりなさい!」
コタリーの見た目相応の可愛らしい声がかけられる。
疲弊に疲弊を重ねた俺の精神には、素晴らしい清涼剤だった。
そして、俺達の格好をしっかり認識し、目を見開いて固まった。
「おら、お前らいい加減に降りろ」
こんな精神状態で、アルン達から女性の扱いがなってないとか、罵られたくないので、優しくゆっくりと順番に頭の上から下ろしていく。
「ご苦労様。余り乗り心地が良く無くて、乗ってるだけで疲れたは」
早速、アルン様様から労いの言葉とお小言を頂いた。なんちゅう勝手な女だ。人を乗り物扱いしておいて、この仕打ち。アルンさんってばマジ外道。超鬼畜。テラ悪魔。
「ディルかたーい!お尻いたーい!」
続いてフランだ。乗せなきゃ乗せないで文句言う癖に、乗せたら乗せたで文句を言う。根が腐ってやがる。遅すぎたんだ。
「……毛根が頑丈過ぎて毟れなかった」
最後はミューだ。ある意味一番酷でぇ……全男性の敵だ、毛根的な意味で。
「お、お疲れ様です……大変?でしたね」
も~やだ~純粋に労わってくれるコタリーちゃんてば、マジ天使。ゴットブレス、慈愛の女神。
鬼外道三人娘とは、格が違う。お前等とは違うのだよ、お前等とは。
「コタリー。早速で悪いんだが、依頼の精算を頼む」
「はい!お任せください!」
いい笑顔だ。心が浄化されていくようだ、どっかの学神の神官と違って。
ヤバイ、今アルンに超睨まれた。何、読心術でも持ってるの。ヤメテ。
「何か、非常に失礼な事を考えられた気がするは」
「気のせいだろこっち見んな」
危なかった……本当怖いコイツ。
精算が終わったら、すぐ飯にしよう。
良く考えたら、冒険者の宿程合理的な施設も、なかなか無いな。冒険者の宿で依頼・アイテムを精算し、冒険者の宿で食事をし、冒険者の宿に泊まる。
依頼料は依頼主から出る。そして、委託料手数料を依頼主達から頂く。冒険者に支払われる殆どをここで落とさせる。
道理で、宿が冒険者の獲得に尽力するはずだ。
そして、失敗した宿は、俺が今居るこんな感じだ。しかしまあ、立地が悪過ぎる。
「精算終わりましたよ!ドロップ品と合わせて、全部で銀貨13枚と銅貨10枚です!」
おぉ。さてさて4人で割ると、え~分かんねーな幾つだ。俺が頭をくるくる、目玉をぐるぐるさせようとしていると、いとも簡単にアルンが答えた。流石鑑定持ち、頭の回転の早さが違う。
「一人頭約銀貨3枚と銅貨27枚ね。四等分しようとすると銅貨が2枚余ってしまうわね」
「うちに泊まって、ご飯食べていってくださるなら、銅貨2枚おまけで報酬に付けますよ?」
お、ラッキーじゃね。
「あら、コタリア丸儲けね?」
「バレちゃいましたか!」
なんでだ。コタリーは銅貨2枚分損するだろ。
「……はぁ。フランとディルはよく分かってないみたいね。宿泊と食事をここでして、食事は1番安いもので1人前銅貨3枚。宿泊は馬小屋で銅貨15枚。私達は4人。それに対してコタリアが提示したのは銅貨2枚よ。考えるまでも無いでしょうに……」
うるさいやい。疲れてなければ俺だって、瞬時に気付いたってーのフランじゃあるまいし。
「むむむむむー!よく分かんないけど、馬鹿にされてるのはわかるんだからねっ!!」
「あら?良く分かったはねフラン。偉いは」
「えへへ~でしょ~」
いや、全然照れるところでも、胸を張るところでもない。あ、でも、胸は張ったままでいいです。
「と、いうことで、今回の報酬は1人銀貨3枚と銅貨28枚よ」
久しぶりの、少し纏まった金に大いに気をよくした俺は、腹がいっぱいになるまで飲み食いし、なんと馬小屋でなく普通に部屋を借りて寝た。久しぶりのベッドと風呂は、自然と涙が出た。
本日の支払い締めて、銀貨1枚と銅貨38枚だ。残りの所持金は、銀貨1枚と銅貨93枚だ。純粋に宿泊費だけで考えれば、普通に部屋を取って六日とちょっと。
食事も考えると……俺の一日の食事量は、三食で約銅貨70枚分だ。それを踏まえて……
普通部屋二泊で、一日三食食べれば所持金が残り銅貨1枚だ。因みに、六食中飲物を一切飲まない条件で、だ。うん無理☆
普通に飲み食いすれば、明日一日しか過ごせない……
そして、俺が欲しい盾の値段は銀貨18枚だ。クソ笑える。
ベッドの上で、全く希望の見えない明日に、暗雲とささやかな光を見出し、疲れと柔らかさ、希望的観測と現実にサンドイッチされながら、俺は旅人となるのだった。朝はまだ来ない。
懐事情が全く改善されないディルさん可哀想(笑)