戦士達の休息
21話目
風が頬を撫ぜる。孤独の丘で一人、夕陽を背負い、静かに、静かに、歩いて行く。そう、あの日の思い出と共に。
いつからだろう、君の声が聴こえなくなったのは。
いつからだろう、君の姿が見えなくなったのは。
いつからだろう、君を信じられなくなったのは。
風が凪ぐ。
あぁ。きっと、もう此処には来ない。
俺は感傷に浸り……なが……うるせぇ。
「…………ね……ぇ、ねぇ!ディル!ディル!ってばぁ!」
「なんだよ、うるせぇぞフラン!」
邪魔するんじゃねーよ。後少しで、俺の大長篇大スペクタクルファンタジーラブストーリー『ゼクス討伐~孤独の丘で勇者は独り~黄昏を背負いし者の誓い編』が、始まるところだったのによぉ。
物語の主人公は勿論、皆の人気者、スター街道まっしぐら、迸る筋肉にドラゴンバードも語り継ぐ、世界最堅で有名な、この俺、ディル・バンディッド様だ。
「さっきからずっと呼んでるじゃん!大丈夫?いきなり、真剣な顔して、ボーっとしてどうしたの?」
「ゼクスとの戦いを思い出してたんだよ!」
「いや、私達戦ってないし」
――――――――――――――――――――――
いや、あれは辛く厳しい戦いだった。
や、止めろフラン!俺達は仲間じゃねーか!
アルン!どうして、どうしてお前がこんな事を!
ミュー。お前はあの約束を、忘れちまったのか!二人で一緒に、孤独の丘に花を飾ろうって、言ったじゃねーかよ!
お前はそんな奴じゃない!良いじゃないか、いつものお前が最高にシェーネらしいよ。だから、もっと胸を張れよ!俺の、俺達の仲間なんだから!
――――――――――――――――――――――
「いや、超捏造だし!全然胸熱展開とか無かったし!一体このアルンなにしたの?」
「黒幕」
「それ、アルンがゼクスに、なっちゃってるじゃん」
「……あっ」
「バカなの?」
「お前に言われると、心外なんだけど」
フランのが馬鹿だやーい。餓鬼か俺は。
「ッてゆーか、これヒロインミューとシェーネじゃん!なんで、私が悪の手先で、アルンが黒幕なのさ!」
「そりゃあお前、消去法に決まってんだろ。因みにメインヒロインはコタリーな」
「出てきてないし!どういう意味だぁ!?」
言わせんなよ。お前ら見た目以外、全くヒロインじゃねーって意味に決まってんだろ。俄然コタリーが、メインヒロイン。
「てか、なんの用だよフラン」
「なぁ~!ディルが馬鹿面でボーっとしてるから心配して上げたんじゃん!」
「心配ありがとう。余計なお世話だ。そして、顔は生まれつきだほっとけ!」
「ばーか!ばーか!心配して損したし!」
そこにアルンが、ニヤニヤしながら入ってくる。
「1番心配してたのは、シェーネよね~」
「なぁ!?ち、違うはよ。全然そんなことないんだからぁ!勘違いしないでよね!貴方の事なんて、全然心配してないんだからね!って言うかこっちみんな、変態が移るでしょ!変態!変態!」
変態なのは認めるが、変態は移んねーよ。
「貶めるか、心配するかどっちかにしろよ」
「ちょっと!心配してないって言ってるじゃない!」
あ~はいはい。そうですね。そんなに顔真っ赤にして、否定するとか絶対コイツ俺のこと好きだはー(棒)
「まあ、シェーネをからかうのはこれぐらいにして、何考えてたのかしら?卑猥なこと?」
「うがぁ!!!」
うがぁ!!!ってシェーネお前、そんなキャラじゃないだろ。感情昂り過ぎて、キャラ迷走しちゃってんじゃねーか。
「お前等の中の俺は、常に卑猥なこと考えて無いと、死ぬ呪いか何かに罹ってるのな」
「あら、違うの?」
「ちげーよ」
きょとん、とすんじゃねーよ。あ~ほら首傾げんな可愛いだろうが。俺に話し掛けてるせいで、自然と上目遣いになってるとか、反則だろ。横で見てた人族の何人かが、前屈みになってるのが、反則の決定的な証拠だ。二人きりなら襲ってた。危ない、危ない。後、俺は色欲魔人よりは、どっちかって言うと、暴食大魔神って感じだ。体がデカイから維持費も高いんだよ。
俺ぐらい語学に精通すると、色欲魔人の様な四字熟語より、暴食大魔神の様な、五字熟語に魅力を感じるもんなんだぜ。そんなことはどうでもいいんだが、アイツどこ行ったんだ。
「なぁ。シェーネ」
「な、何よ!」
そんなに身構えんなよ。今から俺が変なことするみたいに思われんだろうが。止めて、酒場で周りの目が痛いから、マジ止めて。
「あ~ミューが居ないんだが、何処に行ったんだ?メガ・フレイムで蒸発でもしたか?」
「そんな魔法無いはよ!って言うかミュー勝手に殺すの止めてあげなさいよ。可哀想でしょ?」
「すまんかった。じゃあ、何処に?」
「コタリアのお手伝いに行ってるは!」
なんだと!?世界の終わりか!?!
「何よその、この世の終わり見たいな顔は。失礼過ぎるでしょ」
「だってなぁ……お前ミューだぞ?」
「言わんとする事は分かるし、私も確かに驚いたけど……」
「同罪じゃねーか」
「ディルみたいに、驚いて無いはよ!」
大して変わらんだろうが。どっちも凄く失礼。
「ちゃんとお使いに行ってるは!」 カランカラン
「へ~まあ、ミュー料理とか作れなさそうだしな!」
「笑っちゃ可哀想よ」
「シェーネだって、ちょっとニヤけてんじゃねーか!」
「う、うるさいはねぇ!」
大きい声で誤魔化そうったって、そうはいきませんのことよ。
「……ディル。シェーネ」
「……(ディル)」
「……(シェーネ)」
「……とっても美味しい料理にしてあげる」
「ッツ!?!?」
ぎゃぁああぁぁああ!?!?ビックリし過ぎて、声詰まった。
「や~えっとだな、ミュー。よく聞いてくれ」
「……三枚におろした後でなら」
いやいや、そうなりたくないから、聞いて欲しいんだけど。
「あ、あのね!ち、違うのよ」
「……違わない」
「ッ!うぅぅ」
気の強いシェーネが、いつも半目のミューに睨まれて既に泣きそうだ。
「だ、だいたいディルが!」
「あ!テメェ!俺1人に責任押し付けて逃げる気だな!させねぇぞ!」
「……どっちも厨房に来て」
ヤバい。目が本気だ。
「……アルン。フラン。何味がいい?」
「えっっと……ちょっと遠慮したいかしら……」
「ディルは兎も角、エレメンタルヒューマって食べれるの?」
おい、俺は兎も角って何だ。助けてくださいお願いします。
「食べれないはよ!」
「……サラマンダーの姿焼き」
「火の精霊焼く気なの!?」
相変わらず、発想がぶっ飛び過ぎて、最早ギャグなんだか、本気で怒ってんだか、ちっとも分からんな。
「……じゃあシェーネは思い付かない。ので、とりあえず削ぐ」
「止めてよね!?ごめんなさいミュー!」
「……ディルは、三枚におろして、念入りに塩を揉み込んで、塩とペッパー、色々なハーブを、入念に揉み込んで、臭みを取りつつ柔らかくした後、ワインに漬けて、ウェルダン気味に焼いて食べる」
地味に美味そうだから止めろ。ちょっと食欲そそるじゃねーか。俺の肉じゃ無ければだけどな。
「あら、意外と美味しそうね?ねぇ、ディル。私に食べれらて見ない?優しくしてあげるは」
夜にベットで二人きりの時になら、凄くいい台詞だった。物理的に食われるとか、なんの冗談だよ。
「おろされて、漬け込まれて、じっくり焼かれてる時点で全然優しく無いんだけど?」
「ディル美味しそ~!」
「……ディルを彷彿とさせるなら、ちゃんとミンチにして、ハンバーグにする」
「そう言う問題じゃねーよ。後、マジ本当にごめんなさいミュー様」
「……そう言えば、私はさっき、露天でとても素敵なネックレスを見かけた」
「買ってやるからァ!」
「……そんな。仲間に強要した覚えは無い。気にしないで」
「あー!あー!!!間違えた!間違えました!いや~ミューみたいに可愛い女の子似合う、素敵なネックレスが有るなら、是非贈らせて欲しいな~!」
「……流石に悪い」
まだダメか!もう一押し。
「日頃お世話になってるミューに、何かプレゼントしたいな~可愛いミューなら、その露天にあったネックレス凄く似合うだろーなー!それに、男は素敵な女性に贈り物を貰って貰えるのは凄く嬉しいんだけどなぁ~!」
「……そこまで言うなら、貰ってちゃんと身に付けてあげなくもない」
かんっっぜんに脅迫だったじゃねーか!何が、そこまで言うならだよ。あの話の流れで、買わない選択肢なんてねーよ。実際強硬手段には出ないだろうが、出れば、ぶっちゃけ俺の方が、強いしな。しかし、俺はこれからもこのパーティでやってくつもりだ。ネックレス一つで、ミューの機嫌が直るなら、安いもんだと思うしかないな。
まあ、正直最初に悪気は無いといえ、ミューを貶めた俺が悪いしな。口は災いの元ってやつだな。ミューは、怒ってると言うより、女の子らしくないって言われて、拗ねてる感じだしな。可愛いじゃねーか。
そんな事を考えてると、指先で肩を叩かれた。細く白い綺麗な女性らしい手だ。一言で言うなら美しい。振り返るとそこには、少し落ち込んだ表情を見せる美女が居た。シェーネだ。こっそり耳打ちがしたいらしい。
「あ、あの、私も半分だすから買ってあげて?」
「最初から買うつもりだったが、良いのか?」
「うん。悪い事言っちゃったし」
「そうだな。一緒に謝るか」
「うん!」
そう言うとシェーネは、少し顔を上げ、先程よりも幾らか晴れた表情で、優しく首を縦に振った。
「さっきは悪かったなミュー。怒らんでくれ」
「わ、私もごめんなさい……」
「……許す。でも、私も意外と料理が、割と、そこはかとなく、出来る!……と、思うので、味見して欲しい」
あ、コレは出来ないタイプのやつですは。
「も、もちろんよ!任せておいて!」
元気よく返すシェーネに、今度は俺から耳打ちする。
「良いのか、そんな安請け合いして。あれは絶対出来ない言い方だぞ」
「友達だ……パーティメンバーだもの!」
顔真っ赤にするぐらいなら言いきれよ。相変わらず、美女の癖に残念だな。
「俺も喰ってやるから、味がアレなら無理すんなよ?」
「ディルは大丈夫なの?」
「人龍族は、内蔵も頑丈なんでな」
「ありがとう……か、感謝してあげるは!感謝しなさいよね!」
ダメだこりゃ。
「はいはい。どーも」
「……それで、ディルもシェーネも、本当に食べてくれるの?」
「任せろ!俺はめっちゃ食うからな!足りなかったらシェーネの分まで食っちまうかも知れんが、構わんだろ?」
「……ありがとう」
「いいってことよ!じゃあ、ネックレス買いに行くか!」
こういうのは引き摺らないに限る。特に女の子の機嫌が悪いのはな。
「……え?本当に買ってくれるの?ちょっとした意地悪だった。別にいい」
「そう言うな!男が1度口にした言葉を引っ込めんのは、かっこ悪ぃだろうが」
「……で、でも、高い」
「ゼクスの報酬が、まだ有るし気にすんなよ!ほら、行くぞミュー」
こうして、俺の報酬は一気に消え、また貧乏人だ。まあいいもん見れたし。あれは千金に値する価値が、十二分にあった。
「……あの、ディル。これなんだけど、やっぱり高いし、無理しなくていい」
「いいっていいって!コレくれオッサン」
珍しいデザインの、青が煌めく海と空のネックレスを、手に取って店主のオッサンに渡す。
「まいど!全くべっぴんさん連れやがって!いいねぇ!家の嬶もこれぐらいのべっぴんだったらなぁ!」
オッサンが豪快に笑う。
「おいおい。奥さんに怒られるぜ!」
「おっとそうだな!内緒で頼むよ!」
「おうさ」
「ほれ、珍しいたまたま手に入った一品モノのネックレスだ!大事に使ってくれよ!」
オッサンから受け取ると、少し、露天から離れた路地でミューに、渡した。
「ほらよ!俺からの贈り物で良きゃ、使ってやってくれ!」
「……ありがとう。嬉しい」
そう言った、ミューの顔が少しだけ綻んだ様な気がした。それは、きっと気のせいかも知れない。俺の願望が見せた、まやかしだったのかもしれない。もう一度ミューを見るといつもの眉一つ動かない無表情だ。それでも俺は、確かにミューが微笑んだ気がした。
いつも、無表情な彼女に、例え俺の自己満足の幻でも、笑顔を贈れたなら、それはきっと素敵なことだ。そして、ミューは俺みたいな、冴えない男の贈り物をしっかり着けてくれていた。
「……大事にする」
いつもの様な、抑揚の無い平坦な声だ。それでも何処か、嬉しそうな気がした。
いつも無表情な女の子が、自分にだけ微笑みかけてくれたら、男冥利に尽きますよね!
笑顔のミューちゃん絶対可愛い(確信)