其ノ漆拾肆
薔薇の花柄の生成り色のカーテンが垂れ下がる。留め具のタッセルはふっさりとした金色だ。カーテンとレースを端に、中央には遠く城跡が見える。素晴らしい眺望で有名な喫茶店に、瑞穂と浅葱は来ていた。
少年少女の二人だというのに、最も大きな円卓に座らせてもらっている。椅子は凝った彫刻の木枠でその頭までが装飾され、布は濃い水色に複雑な模様が描かれている。
瑞穂の前にはクリームソーダとシフォンケーキが、浅葱の前にはブラックコーヒーとガトーショコラがそれぞれ店の格調に相応しい器に収まり供されていた。
「じゃあ、華夜理さんは今回のことに責任を感じてるって言うの?」
ソーダに浮くアイスの白く溶けかかった塊を瑞穂が突く。
浅葱は重く頷いた。龍が歩けない身体になったこと、桜子が華夜理にその責任の所在を求めて乱暴を働いたことを、彼は晶から聴かされていた。そしてそうした状況の場合、華夜理がどんな心境に陥るか、この聡明な従兄弟はとうに見抜いていた。
瑞穂が眉間に皺を寄せる。
今の瑞穂はいつもの二つ結びではなく、編み込みを背中に一本にして垂らしたもので、服装も長袖のふんわりしたオレンジピンクのブラウスに、緻密な柄の薄布を巻いた巻きスカートを穿いていた。靴はエナメルの赤いワンストラップシューズだ。眉間に皺を寄せても、元々の造りが良いだけに、着飾った瑞穂は絵になった。浅葱はミントグリーンのポロシャツにジーンズだ。二人の若いカップルは、店の人間に好ましい視線で見守られていた。平日の土曜日の午前中で、他に客がいないことも店員に余裕を生じさせた。
「華夜理さんに落ち度も責任もないでしょう。気にするなんて、変だわ。あの子、自虐趣味なの?」
相変わらずの瑞穂の毒舌に、浅葱は苦笑する。
カップを持ち上げながら首を振る。
「彼女はそういう子なんだよ。……昔、まだ華夜理のご両親が健在だった頃、華夜理の友達の家の犬が仔犬を生んだ。華夜理はその仔犬を欲しがって、先方とも話はつき、貰える筈だったんだ」
瑞穂はクリームソーダのストローを回し、カラコロと氷の音を鳴らした。
顔つきは剣呑なままだ。
「けれど仔犬を引き取る直前の日になって、その仔犬が急死した。……華夜理は友達に、責められたんだ」
〝華夜理ちゃんが欲しがらなければあの子は死んだりしなかったのよ〟
瑞穂の眉間の皺が深くなる。
城を望める硝子戸のすぐ外にある大きな欅の樹がざわざわと音を立てた。
〝華夜理ちゃんが、悪いのよ……〟
「まるで理屈になんかなっちゃいない。それでも華夜理はそれから三日の間、何も口にしなかった。……そうすることで、自分で自分を罰しようとしたんだ。ご両親がどんなに宥めすかしても駄目だった」
瑞穂が重い溜息を吐いた。
「薄々、解ってきてはいたけど、頑固な子ね」
「うん。基本、温厚でおっとりしてるんだけど、こうと決めたらそれを貫こうとする、良くも悪くも意志の強さがある」
「……柏手さんは、お気の毒だったけど、それを華夜理さんが背負うのは間違ってる」
瑞穂が城に視線を遣りながらそう呟く。
釣られたように浅葱も城を見る。
「うん。本当に、そう思うよ」
同じ頃。
華夜理は一人で県立総合病院を再訪していた。
生成り色の紬に、金糸の刺繍が施された織りの帯に蝶を染め抜いた縮緬の帯揚げ、蜜柑色の丸組みの帯締めという慎ましやかな中にも品のある出で立ちだ。
受付を真っ直ぐに目指す足取りに迷いはなかった。
プラタナスの葉が眩しくなってきた陽光に蕩けるような緑を晒している。
「柏手龍さんのお見舞いをしたいのですが」
受付の女性は華夜理の顔を記憶していた。
「ですから、先日係の者が申し上げました通り、本人のご意向を当院では尊重しておりまして――――――」
「申し遅れましたが、私は間宮小路華夜理と申します」
「間宮小路――――――」
華夜理の名乗りを聴いた途端、女性の顔色がさっと変わる。
間宮小路家は県立総合病院に代々、多額の寄付を行ってきたのだ。
その名前が有する力は絶大だった。
「生前は父がお世話になりました。私も成人の暁には及ばずながらお力添えをさせていただきたく願っております」
華夜理はにこりと微笑むと毅然として、且つ丁寧に頭を深く下げた。艶のある黒髪が流れ落ちる。
「どうか、柏手龍さんとの面会を許可してください」