其ノ陸拾玖
珍しく難しい顔をした弟を、浅葱は興味深げに見た。
オレンジ色のカーテンを開けた向こうに見える空は快晴で、もう間もなく訪れる本格的な夏を思わせる。浅葱を呼び出した浅羽はベッドに腰掛け、呼び出した癖に何も言わないので、浅葱は適当にクッションに座った。クッションは何かこぼしたのか、青い生地に黒っぽい染みがついていた。クッションカバーを洗濯すれば良いのに、と浅葱は思う。
こんなところがこの双子は似ていなかった。双子とは言え、相似点より相違点のほうが多く見つかるくらいだ。
「何?浅羽。折角の日曜なんだから、今から華夜理の家に行こう」
「それなんだけどさ。俺たち、しばらくあの家に行くのやめないか?」
「え?」
思わず目を瞠った浅葱に浅羽は言いにくそうに続ける。
「俺たちが行ったら、華夜理も晶も素直になりにくい気がしてさ。浅葱は糸魚川と逢いたいだろうけど、少し我慢してくれよ」
「……驚いた」
「だろうな」
「お前がそこまで考えるとはね」
浅羽ががりがりと頭を掻く。
「見てらんねえんだよ。何か起爆剤でもあれば良いんだろうがな」
「起爆剤ねえ。柏手さんみたいな?」
冗談半分の浅葱の問いに、浅羽がしかめ面をする。
「本気の大人はなしだ。そうじゃなくて、もっと穏やかに華夜理と晶が近づけるような」
「……驚いた」
二度目に浅葱が言った時は、浅羽も少々、気を悪くした。
けれど浅葱は本当に驚いていたのだ。あの乱暴者の弟が、よくもそこまで気遣えるようになったものだと。恋愛は人を大人にするらしい。
「起爆剤の件は置くとして。僕は瑞穂に逢いたいよ」
「瑞穂、ね。お熱いことで羨ましいぜ」
この話題では浅葱は浅羽に引け目を感じていた。意中の少女と想いを通わせた自分と、片想いの浅羽。そしてその片想いの浅羽はあろうことか、華夜理と晶の仲を取り持つことを考えている。
小さい頃から浅葱は浅羽より先を歩いていた。
けれど今は、浅羽のほうが浅葱を追い越して大人になろうとしている。
少しの寂しさと、誇らしさが浅葱の胸にはあった。
「……家に行かなければ良いんだね?」
浅葱が口にした譲歩に、浅羽は顔を上げ、頷く。
「ああ。そのほうが良いと思うんだ」
「お前はそれで平気なの。華夜理に逢えなくて」
浅羽は組んでいた脚を真っ直ぐに伸ばした。
「良いんだよ、俺は」
そう言って密やかに笑う浅羽を、浅葱はこれまでと違う人間のように見ていた。