其ノ卌玖
華やかな彩り。
水の中に揺蕩う。
水の外に揺蕩うは硬質な透明の彩り。
二方の彩りが赤、青紫、ピンク、緑などを内包し、幾粒もの泡を上へ、下へと押し遣る。
華夜理はその中を人魚のように泳ぎ掻い潜る。
多角形の囲みの中。
捜しているのはだあれ?
「おい、おい、華夜理」
明かり障子の外からの声に、華夜理は、はっとして目覚めた。
慌てて障子を開ける。今日は浅羽が来たようだ。ここ数日来、浅葱の訪れが減っていた。瑞穂の纏う空気が和らいでからだ。何か二人の間に、時間を置こうとする出来事があったのかもしれない。
「すっかり暖かくなったな」
部屋に入ってきた浅羽は、今日もスタジアムジャンパーを着ていない。
華夜理の部屋も空調を入れていない。
だが華夜理は嗜みとして、浅羽が来てから浴衣の上に丹前を羽織った。
それを見て浅羽が苦笑するようなにやりとするような微妙な笑いを浮かべ、付書院に腰掛けた。苦情を言おうとした華夜理だが、相手が相手だと思い、開きかけた口を閉じる。
「今日の若様との逢引きはどうだった?」
浅羽は龍のことを茶化して若様と呼ぶ。確かにそんな呼び名が似合いそうな雰囲気が龍にはあるが、それにしてもどうして瑞穂にしろ浅羽にしろ、龍と自分との進展を気にするのだろうと、華夜理は多少、苛立ち紛れに思った。
すると浅羽が眉をしかめて自分を見る。
頬の腫れと手首の痣が彼にそんな表情をさせたのだ、と華夜理は察した。
「おい、それ柏手龍の仕業かよ」
「違うわ」
半分嘘で、半分本当だ。
「違わないだろ。顔は……糸魚川にやられたんだとしても、手首のそれは、女の力でそうおいそれとつくもんじゃない」
浅羽の観察力、判断力に華夜理は密かに舌を巻く。
「そんなバイオレンスな男とお前を会わせて、晶は納得してんのか」
「晶が止めてくれたの」
言ってから華夜理は口元を押さえる。
「ほら、やっぱり」
浅羽は予想が当たって大して面白くもなさそうに、乾いた声で言う。
「――――晶はお前に何も言わないのか?」
「何もって?」
「……いや、なら良い」
浅羽は少し考え込む風だった。そして華夜理の顔を正面から見る。付書院から降りて、華夜理に近づく。それは猫が密やかに歩み寄る様子にも似ていた。
「晶が何も言わないなら、俺が言うぞ」
「何を?」
華夜理はいつもと違う浅羽の様子に、ほんの少し怯えながら表面上はにこやかに尋ねた。
「俺、お前が好きだ」
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