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其ノ卌肆

 その晩は浅葱と浅羽が揃って明かり障子から入ってきた。

 浅葱は瑞穂に逢ってくる、と言って部屋を出た。


「……大丈夫かしら」

「それはお前だよ、お前」

「え?」

「今日も見合い相手と会ったんだろ?良いのかよ、それで」


 暖かくなってきた為だろう、今日は浅羽もスタジアムジャンパーを着ずに来ていた。

 華夜理は俯く。浴衣の柄の千鳥を見ながら。

 〝(いにしへ)思ほゆ〟

 ただ、何の憂いも疑問もなく晶と暮らしていた頃に戻れたら。


「それが晶の解放に繋がるのなら。晶には自由にして欲しいの」

「自由とか解放とか、お前はどっかの政党かよ。晶はお前のことが好きなんだ。好きでこの家にいて、お前の世話焼いてんだよ。言っとくけどな。お前のしてることは的外れだ。ったく、どうして俺にこんなこと言わせるんだよ」

「それは浅羽が優しいから」

「――――――」

 浅羽がぴたりと黙る。

「浅羽が優しいからでしょう?」

 畳み掛ける華夜理に、浅羽は顔を近づけた。

「お前……」

「なあに?」

「結構、魔性だよな」


 言われた華夜理本人は戸惑う余りおろおろして丹前の両袖を意味なくばたばたと上下させた。千鳥も一緒に上下する。


「私、男を惑わせる女なの?」

「うん。性質わりー。そういう、自覚ないとことか」

「でも色気なんかないわよ」

「知ってる!」

 

 些か腹を立てた浅羽は乱暴に言い放った。そして、こういう時、兄である浅葱ならもっと要領よく対応するのだろうに、と自分の不器用さを嘆いた。



 一方、その浅葱は弟が思う程に要領よくもなかった。

 彼の前に座る瑞穂は警戒心を漲らせている。それと、そこはかとなく感じられる後ろめたさ。

 勉強を見るという名目で、浅葱は瑞穂の部屋に入った。

 その名目通り、今も古文を教えている。

 瑞穂は浅葱が自分の仕出かしたことを知っているのかどうかが気掛かりで、勉強に集中出来ない。

 勉強机の横に右手を置いて立つ浅葱の呼気が耳に掛かりそうで集中出来ない。


「多摩川に さらす手作り さらさらに 何そこの()の ここだ(かな)しき」


「うん。現代語訳出来る?」

「多摩川に晒す手織りの布のように、更に更にどうしてこの子がこんなに可愛いのか」

「そう。多摩川にさらす手作りが、さらさらに、に係る序詞(じょことば)なんだ。有名な恋歌だね」

「恋歌なの?」

「違うと思ってた?」

「子供を愛おしんでるのかと思ってたわ」

「恋歌だよ。僕も君に何か詠んでみせようか?まかり間違っても他の男にキスなんてしないように」

「……嫉妬してるの?」

「してないと思ってた?」


 ぎしり、と机が鳴る。浅葱が重心をより多く掛けたせいだ。

 瑞穂の髪を一房、食んで浅葱は軽く引っ張った。


「何ぞこの児のここだ愛しき」





挿絵(By みてみん)






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