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37/82

其ノ丗漆

 梅と万作(まんさく)馬酔木(あせび)を抱えた晶が玄関に入った時、華夜理の草履の位置が家を出る前よりやや動いた気がした。

 病院で貰った温湿布と軟膏の入った袋を座敷に置き、華夜理の部屋に向かう。


「華夜理?ただいま。戻ったよ」

「晶。お帰りなさい」


 答える声はどこか虚ろでぼう、として聴こえた。


「花を買ってきたよ。梅と万作と馬酔木」

「庭に蒲公英(たんぽぽ)は咲いてるかしら?」

「さあ、早咲きのならあるかもしれない。今から一緒に探しに行く?」


 二人の会話はどこか余所余所しく響いた。

 華夜理の声に含まれる後ろめたさを、晶は敏感に感じ取った。


「開けて良い?」

「……良いわ」


 華夜理は付書院の前に座り込んでいた。晶の顔を直視しようとしない。


「……僕のいない間、一人で出掛けた?」

「晶。ごめんなさい。柏手さんが来たの。一緒にパッチワークキルト展に行かないかって誘われて」

「行ったんだね」


 自分の声が冷たくなったことを晶は自覚した。

 華夜理も気付いたようで、おどおどとした視線を晶に向ける。


「私は、晶に負担を掛けたくなくて」


 晶に自由になってもらいたくて――――――。


「それが柏手さんと出掛けることにどう繋がるの。そもそも僕は華夜理のことを負担になんて思ってない」


 気をつけてはいたが責める口調になったのは否めなかった。華夜理が傷ついた表情を見せる。晶は心の中で性急な自分自身に舌打ちした。


「――――ごめん。責めてなんていないんだ。外に出た華夜理が心配で、つい」

「晶。私、変なのかも」

「え?」

「柏手さんと出掛けてパッチワークキルト展を観た。そこまでは憶えてるの。でもそのあと、どうやって家に帰ってきたのかが解らなくて。気付くとこの部屋にいたのよ」


 記憶の混乱、欠落。やはり恐れていた事態が起こったのだと晶は知る。龍は幼児退行したであろう華夜理をどう思っただろうか。これを機に、諦めてくれれば良いのだが。


「華夜理」


 呼んで手を伸ばすとびくりと華夜理が肩を竦めた。構わず、その頭を撫でる。ふわりと、暖かな空気を孕むように。

 恐る恐る目を開けた華夜理の前には、いつも通りの優しい従兄弟の顔があった。


「おいで。庭に蒲公英を探しに行こう。ショールを羽織るのを忘れてはいけないよ」

「うん」


 華夜理はそれで全てが落着したかのように安堵した表情を見せ、頷いた。

 先程までの晶に、嫉妬の気配を感じたのは、きっと気のせいだったのだろう。


 下駄はまだ脚に響くので、晶は玄関からサンダルを履いて渡り廊下のほうに回った。華夜理は既にショールを羽織り、下駄を履いて待っている。天気が気になるのか上空を仰いで。その時雲に切れ間が射し、天使の階梯(かいてい)が現れた。燦々と注ぐ陽の柱の中に立つ華夜理は神々しく、晶は目を細めた。華夜理が晶に気付き笑顔になる。

「晶」

「行こうか」

「うん」

 池の周囲に置かれた花崗岩の雲母が日を受けて光っている。

 松の樹影はいよいよ色濃く、桜は咲く兆しを見せている。

 華夜理が早速、桜の樹の根本に蒲公英を見つけた。晶に向けて、誇るようにそれをかざして見せる。

 晶も微笑んで頷いた。

「これで部屋も明るくなるわ」

「玄関の花も活けてくれるかい?今はとりあえずバケツの水に浸けてあるから」

「ええ、もちろん」

「馬酔木は毒があるから用心するんだよ」

「解ってるわ」


 毒があるから。

 晶は自分の言葉を反芻する。

 本当に毒があるのは自分自身だ。嫉妬という名の毒で、先程、華夜理に当たったではないか。

 一見、無害に見えて毒がある。

 自分も馬酔木と同類なのだ。







挿絵(By みてみん)








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