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龍は記憶を探った。華夜理の両親は事故死して、彼女は今、あの広大な邸宅に従兄弟と二人で住んでいる。それが彼が得た情報だ。では華夜理の、父親が迎えに来てくれるという発言はどういうことだろう?
「お父さんはまだかしら」
龍が当惑している間に、華夜理がふらふらと離れて行こうとする。余りに覚束ない足取りで。龍は慌ててその手を捕まえた。
「……華夜理さん。お父様が迎えにいらっしゃるのですか?」
華夜理がぱあっ、と花が咲くように笑う。
「うん!」
「…………」
龍は強いて自分を落ち着かせた。視界に入る青い海を模したパッチワークは清涼で、その清涼で頭を冷やしたくなる。
奇怪な図を解き明かすように思考し、この場で最善の道を模索する。
彼が下した結論は。
「お父様は御用が出来て迎えに来られないとのことです。ですから華夜理さん、私と一緒に帰りましょう」
「嫌よ。お父さんが迎えに来なくちゃ」
来る筈がない――――。
龍は目の前の少女の深層の傷に触れたと思った。
その傷は痛々しく、そうであるから尚更、パッチワークキルトのように多彩な輝きを見せる。
初めて、華夜理個人の心をもっと知り、そして獲得したいという思いが湧いた。
それは獲物を狙う狩人のようなものではなく、龍の中の少ない部分を占める穏やかさや和やかさから生じた希求であり、龍自身にも予想し得ない、驚くべき変化だった。
「華夜理さん、私と帰りましょう。お願いですから」
龍は華夜理の前に跪いて彼女を見上げ、懇願した。
まるで華夜理が女王であるかのように。
「良いわ」
華夜理は不承不承と言った感じで頷いた。やや高慢に。そんな様子もこれまでの華夜理とは異なっていた。
タクシーの車内で、華夜理は歌を口ずさみながら、時折、龍に両親のことを話した。本来であれば最も避けるべき話題に、本人が進んで踏み込んでいるという逆説的な状況だ。龍は困惑しながらも辛うじて無難と思える相槌を打った。
家に帰り着いたのは夕刻より前だった。
「それでは華夜理さん。また」
「うん。またね」
「……またお逢いしてくださいますか?」
「うん。良いわよ」
親しい友達を見送るように華夜理は手を振り、龍を見送った。龍は一度だけ、華夜理を振り返った。物言いたげな眼差しで。
それから華夜理は家に入って自分の部屋まで戻り、道行を脱いで衣桁に掛けるとすとん、と畳に座る。
パッチワークキルトは美しかった。
アートアクアリウムとはまた異なる美がそこにはあった。
龍も思いの外、紳士だった。
ただ、何だろう。
途中から記憶が抜け落ちている。
自分はどうやってここまで帰って、どのように龍と別れただろう?
華夜理は混乱して違い棚の上段の備前焼を見る。
花を活けなければ、と思った。