表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/82

其ノ拾捌

「暑いわよ」

「暑くない」

「暑いわ」

「暑くない、外は意外に冷えてるんだ」


 明くる日曜日は快晴だった。

 真っ青な空に白い綿のような雲が一つ二つ、呑気に浮かんでいる。

 華夜理の執念の賜物か、熱も下がり、彼女にしては珍しく洋装でプラネタリウムに行くことになった。

 プラネタリウムの座席で、帯が潰れるのを懸念してのことである。

 久し振りの早朝の読書の時間、ワンピースを着て『銀河鉄道の夜』を読み返しながら、華夜理の胸はわくわくと弾んでいた。

 何もかもが上手く行きそうな、そんな気がする。

 水玉にも見える小花柄のワンピースは、紺の夜空に雪が降りしきるようだ。

 その上にラヴェンダー色の薄手のカーディガン。

 華夜理はそれで十分だと思ったが、晶がその上に黒いドレスコートも着るようにと言って譲らない。初春の冷えが、華夜理の身体に障ると心配しているのだ。

 結局は華夜理が折れて、ドレスコートをカーディガンの上から羽織った。そして、エナメルのエメラルドグリーンの小さなバッグを持つ。厚手の紅いタイツを履き、靴は灰青色の短いブーツ。

 晶は青い綿シャツに黒のスラックス、それに濃紺のジャケット、靴は焦げ茶のタッセルローファーである。

 自分は軽装の癖に、心配性なんだから、と思いつつ華夜理の心はずっと弾んでいる。

 やっと一緒に満天の星空を――――人工のものだが、観ることが出来るのだ。

 思い描く、星の砂粒。

 ジョバンニのように夜空を旅するのだ。

「華夜理。タクシーが来たよ」

 晶が、玄関から応接間で待機していた華夜理を呼ぶ。

 

「天文科学館までお願いします」

「天文科学館?お客さん、それならバスが近いですよ」

「連れが病弱なもので」

「……解りました」


 客が若い二人ということへの侮りもあるのだろう、近距離への依頼を最初はあからさまに敬遠しようとしたタクシーの運転手だが、華夜理の抜けるような肌の白さを見て、得心するところがあったのか、車を発進させた。


 予め、晶がプラネタリウムの上映時間をネットで調べていた為、丁度、次の回が始まる前に科学館についた。館内には天文に関する諸展示物、土産物が並び、レストランも併設されている。


 プラネタリウムの中に入ると、もう八割がた、席は埋まっていた。

 華夜理の手を引いて、晶はその中の手頃な席に座る。座ると席が自動的に後ろ倒しになり、やや慌てる。

 メカのようなプラネタリウム投影機が室内に大きく鎮座し、そして投影は夜八時頃の空から開始された。

 空はやがて天の川を映し出し、頭上には満天の星が広がる。

 煌びやかな色彩の帯。

 華夜理が晶の手をぎゅっと握る。感動しているのだろう。

 晶もその手を握り返す。穏やかに。


(あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、目もさめるような、()宝玉(ファイア)黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとおった球が、輪になってしずかにくるくるとまわっていました)


 華夜理の頭には『銀河鉄道の夜』の文章が回っていた。


『一般に、日本では天の川が見やすい季節は夏とされていますが、夜空には一年中、天の川は輝いているのです』

 ナレーションを聴きながら、晶はそっと華夜理の様子を窺い見る。

 暗い中でも彼女の頬は薔薇色だろうと判る。

 満天の星の中、咲く華がここにある。


 やがてプラネタリウムの上映が終わる。

 華夜理が席を立ち、晶と室外に向けて歩きながら言う。

「お父さんとお母さんも、きっとあの星々の中にいるのね」

 ぎくりとして晶が華夜理を振り向くが、華夜理は平生と変わらない。

 夜に見せる不安定さが、今はない。

 晶はほっと息を吐き、昼食を食べるべく、華夜理とレストランへ向かった。



 本を読んでいた浅葱のスマホが鳴った。

 浅羽は外に友人らと遊びに出ている。

 浅葱は茶色い革の(しおり)を文庫本に挟み、掛けてきた相手の名前を見て怪訝な顔になる。

「はい。華夜理?」

『浅葱…浅葱…』

 

 泣いている。


「華夜理。どうしたの。何かあった?今日は晶とプラネタリウムだったよね?」


 数秒の沈黙。しゃくりあげる声が聴こえる。


『晶が』

「うん。晶が?」


 優しい声で続きを促しながら、浅葱は嫌な予感がした。

 ひどく嫌な。



『車に撥ねられた――――』




挿絵(By みてみん)





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ