9話 「待っていると信じているから」
行く宛も無くただひたすら建物から建物へジャンプをして移動する樹。
数分前に男子トイレで魔法少女に変身し退出しようとした際老人と出くわしてしまい恥を掻いてしまった。その事を必死に忘れようと樹はただひたすら移動し続ける。
移動しながら樹はある心配が脳裏によぎった。それは変身する時に男子トイレか女子トイレどっちに入るかの決断をしようとした時にもよぎった世間から「男子トイレから出てきた魔法少女」というレッテルを貼られてしまうのでは、という事だ。
あの老人が知り合いに男子トイレで魔法少女と出くわしたと言いふらし、それが噂になって徐々に大きくなり人々に認知されてしまうのでは・・・
そう思った樹は突然立ち止まり「アァーッ!」とふんわりツインテールをくしゃくしゃにしながら天に向かって叫び出した。先ほどの出来事と思い浮かべてしまった不安要素を必死に吐き出そうとするかの様に。
一人で勝手に騒ぐ樹に堪忍袋の緒が切れたラビアタが「うるさい!」と罵声を浴びせる。
「さっきから何やってんのよ!?さっきのおじいさんに見られたのがそんなに嫌だったわけ!?」
「だ、だってこんな姿で見られたんだよ・・・?男子トイレで・・・きっと今頃色んな人に言いふらして今度ニュースで「男子トイレの魔法少女」って紹介されるんだよ・・・うわぁー!もうヤダー!魔法少女やめたいー!」
顔を両手で隠しその場でしゃがみ込んで喚く樹。とても中身が40代前半の中年男性とは思えない乙女の様な仕草である。
「そう簡単に魔法少女やめるとか言うな!まったく、男の癖に女々しいわねぇ・・・もっとシャキっとしなさいよ、「お父さん」なんでしょ?」
「お父さん」というワードにピクっと反応し、喚くのをやめたと思ったら今度はぶるぶると体を震わせる樹。さっきまで顔を隠していた両手も自然と下がり目線もどこか上の空だ。
「お父・・・さん?一体何を言ってるのかなラビアタさん・・・?」
「ごまかすな、アンタ昨日魔物倒す時「娘を守れないで何が父親だー」って叫んでたじゃん。」
ラビアタの発言に思わず「うっ」と声を漏らす樹。
「それで、その娘ってのが昨日愛華!愛華!って呼んでたあの女の子なんでしょ?」
「愛華」のワードだけ樹のモノマネをするラビアタ。それを聞いて「うぐぅ」と何かに胸を抉られたかの様な呻き声を上げる。
「そういやあの時も急に建物から飛び降りてあの子に「愛華!愛華なのか!?」っていきなり尋ねたわよね?あんな必死になって聞いたんだもの。やっぱりあの子がアンタの娘なんでしょ?」
樹をおちょくるかの如く樹のモノマネをして樹に問うラビアタ。すると力が抜けたかの様に四つん這いになり「も、もうやめて・・・」とラビアタに懇願する樹。
「そうだよ・・・あの時の女の子が僕の娘の愛華で、その愛華のお父さんが僕だよ・・・」
「ほら!やっぱりお父さんなんじゃない!さぁ、魔法少女なんかやめるだなんて言わずに愛する我が子の為に頑張らないとね!目指せ、借金完済!」
樹の娘を利用してまで樹に魔法少女をやめさせまいと樹を張り切らせようとするラビアタ。すると樹は申し訳無さそうに話を切り出す。
「その事なんだけど、実は愛華とはもう親子の関係じゃ無くなったんだよね・・・」
「はぁ?親子じゃない?一体どういう事?」
先程まで四つん這いの体勢から体育座りになって語り出す樹。
「ラビアタが知っている世界だとあまり無い事なのかな?実はね、僕結婚してたんだよ。一人娘も生まれた。その一人娘が愛華なんだ。ただ、つい最近離婚しちゃったんだよ。結婚した夫婦が別れるって言えばわかりやすいかな?別れた原因も1億の借金が原因。妻や娘に迷惑を掛けたくないから僕から離婚しようって切り出して妻は最初嫌がったけど最終的には了承してくれて離婚が成立して娘の愛華も別れた妻についていったんだ。だから血は繋がってはいるけど今は親子の関係では無くなったんだよ・・・ごめんね、こんな湿っぽい話を長々と話しちゃって。」
「ホントよ、どこでツッコんでやろうかと思ったけど結構真面目に暗い話するもんだから困っちゃったわ。でもあの子とは今は親子じゃないってのは何となくわかったわ。ただ、つい最近なんだったら娘を見つけた途端建物から飛び降りて必死に名前呼ぶ必要ある?そんな1年も10年も会ってないってわけじゃないんでしょ?」
「ま、まぁ自分でも今となって何であんな事しちゃったんだろうって思ったけど、親子の関係が無くなってまだ1~2週間しか経ってないけどやっぱりかわいい娘の顔が恋しくて仕方ないんだよ。だから・・・」
その場で立ち上がる樹。
「早く借金を返済して夫婦、そして親子の関係を1日でも早く取り戻したいんだ。多分妻も愛華も僕の事を待っていると信じているから。だから僕は魔法少女になったんだ。あれぐらいの事でくよくよしてる場合じゃないよね。」
「ふん、やっとお父さんっぽくなったじゃない。さぁ、気を取り直してパトロールを再開するわよ!」
「うん」と頷く樹。そして今いる建物の端まで来て前方の建物に飛び移ろうと脚に力を込める・・・かと思われたが数十秒経っても微動だにせず、しびれを切らしたラビアタが「どうしたの?」と樹に尋ねた。
「や、やっぱりみんなに「男子トイレの魔法少女」って呼ばれたらどうしようラビアタ・・・!」
ふんわりツインテールを掴み不安げな表情でラビアタに相談する樹、流石に堪忍袋の緒が切れたラビアタが「いい加減にしろヘタレ親父!!」と声を荒げて怒鳴った。
―――――――
パトロールを再開した樹は建物から建物へぴょんぴょんと乗り移る。
しかしパトロールとは言え大妖精がお告げでモンスターの出現場所を教えてくれる。だが逆に言えば大妖精のお告げが無い限りモンスターが現れる事は無いのである。パトロールと言うよりも、移動しながらのモンスター待ちな状態だ。
例えば有名な芸能人がある場所にいるという噂を聞きつけ、捜しながらSNSなどで「芸能人が○○の店にいる!」的な情報を待ってる様な物だ。
あの男子トイレの魔法少女のくだりからかれこれ4時間は経ったであろうか、文句一つ言わずにモンスター現れるかもしれないポイントを転々とする樹。
が、ラビアタの方はせっかちな性格だからか、いつまで経ってもモンスターが現れない事にイライラしている様だ。
「あぁもう!いつになったら出てくんのよ魔物は!いい加減さっさと出てきなさいよ!」
「あ、あのさラビアタ、僕ら人間側からして言わせてもらうと正直出てきてほしくないんだけどさ・・・」
「今は魔法少女側でしょ!?昨日は変身した後すぐ出てきたのに全っ然出てくる気配すら無いんだけど!」
「うーん、今日は出てこないんじゃないかな?」
「はぁ?何でよ?」
「毎日ニュース見るから何となくわかるんだけど、モンスターが現れたってニュースが3日に1回がほとんどだったし、3日に2回の時も時々あるけど確か2日連続の時は無かったような気がするんだよね。だから昨日現れたって事は今日出てくる可能性は低いんじゃないかな?」
「てことは今日はどんだけ捜しても出てこないって事!?じゃあどうやってあいつに格の違いを見せつけてやるのよ!」
あいつとは恐らく朝テレビで見たオレンジ色の魔法少女の妖精の事だろう。
「ま、まぁ、今日は絶対出てこないとは言い切れないし、それにこうしてパトロールしてる間も明日の報酬の額がどんどん高くなってると思うから僕はこれはこれでいいと思うけど」
「アンタは良くても私は嫌なの!!早くあいつに私だってやれるって所を見せ付けてやるんだから・・・!」
ラビアタにもプライドという物がある。自分に対していつも文句・・・と言うよりも説教をする彼女に昨日絶望的状況の中で発動させた超絶的に能力が上昇する魔法でモンスターを倒す所を彼女に見せ付けて自分の力を証明させたかったのだろう。だが、見せ付けるにもモンスターが現れなければどうする事も出来ない。
焦るラビアタに樹は落ち着かせようとするが言葉が出てこない。こうして少しの間沈黙が流れると
~♪
着信音らしき音が鳴った。樹は巾着袋のような物から魔法少女用のスマートフォンを取り出した。確認するとメッセージが届いたようだ。宛先の主は「コクシネア」という魔法少女のようだ。メッセージの内容は・・・
(初めまして、コクシネアという者です。)
(いきなりですみませんが今から会えますか?)
という内容だ。樹はすぐに(大丈夫です。)と返信する。返信して間もなく返事が返ってきた。
(では昨日あなたがモンスターと交戦した駅前で待っています。)
このメッセージを見ると「よしっ」と呟き、彼女が指定した場所へ向かおうとする。しかしラビアタが「ちょっと待て」と樹を制止する。
「何勝手に会いに行こうとするの?そんなの放っといてパトロールの続きしなさいよ。」
ラビアタの今までの口調とは違い低く怖い声で樹を脅すように怒る。だが、樹も怯まずラビアタに反論する。
「放っておく事なんてできないよ。これから共に協力してくれるかもしれない魔法少女さんなんだ。挨拶はちゃんとしておかないと・・・それに魔法少女とモンスターの事についても教えてもらわないと、やっぱり何も知らないまま魔法少女をやっていくのは嫌だからね・・・」
「だからそんなの知らなくていい・・・って!ちょっと樹!!」
ラビアタの言う事を無視して樹はコクシネアの待つ駅前へ飛び立った。
―――――――
昨日樹とモンスターが戦ったとある駅前の繁華街。ここにある建物の屋上にオレンジ色の魔法少女が一人で昨日戦闘があった現場を見つめていた。
普段なら人々が行き交い賑わう場所なのだが、今は昨日の戦闘で破壊された所の修復と瓦礫の撤去に来た業者と重機しかおらず、周囲の音も人々が賑わう声ではなく大きな工事の音だけが鳴り響いている。
オレンジ色の魔法少女はこの光景をただじっと眺めていた。しばらくすると彼女の背後からコツンッという何かが着地した音が鳴った。彼女はその音の正体が何かわかっているのか「来たわね。」と呟くと後ろを振り向き唐突に自己紹介を始めた。
「初めまして、私はここの地域の魔法少女の一人「コクシネア」よ。」