3話 「ずっと憧れの魔法少女さんに会ってみたかったんです!」
樹の身体に眩く光りが消えてゆく。
樹はゆっくり目を開けると違和感を感じた。1週間前から住み始めてやっと見慣れた部屋が広く見えたのだ。その場でくるくる回るがやっぱり広く見える。
すると樹は回った事で新たな発見をする。目線の横に何度も濃いピンク色の髪の様な物が見えたのだ。回るのをやめ恐る恐る両手で自分の頭に触れると途中でふわふわした物に触れた。
徐々に手ぐしでとく様に手を下ろし途中で掴んで自分の目線に近づけさせるとやっぱりピンクの髪だと確認した直後にまた新たな発見する。付けた覚えの無い手袋を付けていたのだ。しかもヒラヒラしていてかわいらしい手袋だ。フワフワしたピンクの髪のような物に触れた時に何故感触で手袋を付けてたのを気付けなかったのか。
それはともかく樹は目線を下の方に向けると樹は驚愕した。この服はまるであれだ。朝の女児向けアニメで活躍してる女の子が着ている服を今まさに自分が着ているのだ。所々見ても主にピンクと白を基調してヒラヒラしており胸には大きなリボンが付いていて、腰にはコルセットのような物を付けておりスカートも履いていて上の服よりもヒラヒラしている。部屋にいるのにかわいらしいブーツも履いている。
自分はとうとうおかしくなったのかと思う様になってきた。突然できた借金1億円、今日受けた面接は手応え無し、自らを妖精と名乗る幻覚と幻聴、その他樹に度重なる不幸が原因で精神的におかしくなってこんな女児アニメのキャラクターのコスプレ服を着てしまったんだろう。そう思い込んだ樹はその場で四つん這いになり頭を俯かせて自己嫌悪に陥った。
「何そんなに落ち込んでんのよ?」
また幻聴が聞こえた。驚いて飛び上がったが、自分のジャンプとは思えない跳躍力で天井に思い切り頭をぶつける。そしてその場に落ちて身体を打ち付け思わず蹲りぶつけた頭の箇所を押さえ込む。
「もう何やってんだか」また幻聴が聞こえ樹は弱々しい悲鳴を上げた。
「うわぁぁぁ・・・また幻聴がぁ・・・!」
「はぁ?幻聴!?何バカな事言ってんの!?いい加減シャキッとしろ市井樹!」
「はいぃ!!」と言ってすぐさま立ち上がり体をピシッと直立姿勢にした。ラビアタに深呼吸しろと命令され何度も深呼吸をし心を落ち着かせ冷静さを取り戻しようやく今までの出来事を思い出す。すると樹はラビアタがいなくなっている事に気付き辺りを見渡す。
「あれ、ラビアタ?どこにいったの?」
「アンタの身体の中よ。魔法少女になるには私達妖精が人間の身体と融合して魔法少女に変身できるのよ。いわゆる「一心同体」ってやつ?ちなみに私の声はアンタの頭の中に直接語りかけてるから幻聴でもなんでもないわ。」
言い様によっては幻聴のようにも思えるが、樹は口には出さなかった。
「そうなんだ・・・あっ、そうだ。」
樹は何かを思い出したのか歩き出した。向かったのは部屋に備え付けられている全身鏡だ。樹は鏡の前に立ち今の自分の姿を確認する。魔法少女らしい服装を着ているのもそうだが184cmあった身長が女子小学生の高学年ぐらいの高さまで縮まっていた事に驚く。部屋が広く見えたのはこれが原因なのだろう。
髪は濃いピンク色の髪を左右に大きなリボンでまとめフワフワのツインテールにしていて、そして何より顔立ちも可愛らしい女の子の顔をしており、瞳には公園で会ったオレンジ色の魔法少女と同じ夢と希望が詰まってるかの様にキラキラ輝いていた。
「これは・・・僕、なのか・・・・・・?」
「そう、これがアンタの魔法少女としての姿よ。それにしてもさすが私ね。男の人間と融合して魔法少女になっても可憐ですごく可愛いわ!」
呆れるほど自画自賛である。
「さぁ!無事魔法少女に変身出来たんだし、早速魔物探しに出かけるわよ!」
「えっ!?今から行くの!?」
「当たり前じゃない!魔物は時間なんて関係無いんだから!アンタだって早くお金欲しいんでしょ?」
「まぁ、そうだけど・・・」
「じゃあ決まりね!ほらっ!さっさと行くわよ!」
上機嫌なラビアタのモンスター探しの提案に渋々承諾した樹は部屋の明かりを消し玄関の扉を少し開け周りに人がいないかを確認して部屋を出て鍵を閉めた。するとラビアタがまた1つ提案をする。
「さて、まずは体慣らしにあそこの家の屋根までジャンプしてみよっか。」
樹がいるアパートの2階から向こうの一軒家の屋根までの距離は5~6mといった所か。並みの人間ならその場からジャンプすればまず届くわけが無く、落下し地面に叩き付けられるであろう。このアパートの2階からだとこの落差で死にはしないだろうが骨折する可能性はある。
「む、無理だよあっちの家までジャンプなんて・・・!」
近隣住民に迷惑を掛けない様小声で無理だと伝えるが
「大丈夫よ。魔法少女になれば身体能力も格段に上がるからあそこの距離をジャンプするなんて朝飯前よ!」
とラビアタの言葉に樹はまた何か思い出した様だ。それは今日会ったオレンジ色の魔法少女が別れ際に数十メートル離れた街灯へ人間とは思えない跳躍力でその場でジャンプして着地した事だ。
あの魔法少女が出来るのであれば今の自分も出来るかもしれない、そう思った樹は意を決してジャンプを試みる。
体勢を整え深呼吸し目を見開くと同時に下半身に力を入れ思い切りジャンプした。手足をバタつかせながら何とか向かいの家の屋根に着地する。しかし態勢を崩し落ちそうになるが体操選手の様にポーズを決め無事着地に成功した。
「やった・・・僕にも出来た!」
「ま、こんなの初級中の初級だけどね。ほら!さっさと魔物探しに行くわよ!」
喜びの余韻に浸かる間もなくラビアタにモンスターを探す様せがまれてしまう樹であった。
―――――――
その後、長距離のジャンプにも慣れ最寄の駅周辺に到着した。とあるビルの屋上で景色を眺める樹。そして「余所見しないで魔物を探しなさいよ!」とラビアタに怒られる。
「そんな事言ったってモンスターって大体デカいんでしょ?これだけ探しても見つからないのにこれ以上どう探せって言うんだよぉ・・・」
樹の問いにラビアタが思わず「あっ」と発した。何かを思い出したようだ。
「そういえば魔物って空間の境界を破って出てくるんだった。それに魔物が現れそうになったら大妖精様がお告げとして私達に知らせてくれるんだったわ。ごめ~ん忘れてたわ☆」
樹はお笑い芸人よろしく、その場でコケそうになった。
「ま、まぁ境界を破るって意味がよくわからないけどとりあえずその大妖精様って人がモンスターが現れるのを教えてくれるんだよね・・・?じゃあこんなに飛び回って探しても意味無いじゃないかぁ!」
「いやいや大事な事よ!いろんなとこ飛び回っていざ近くに現れるんだったらすぐ駆けつけて戦う事ができるじゃない!」
「そ、それはそうだけど・・・えっ」
突然樹は何かを見つけた様だ。樹の目線にはビルの向かいにあるスタボから出てくる女子中学生がいた。すると樹は衝動的にビルから飛び降り中学生の前に降り立った。中学生も突然の事で驚きその場で硬直した。
「愛華・・・?愛華・・・なのか・・・?」
樹は突如中学生の名前を聞いた。中学生も何故初対面のコスプレした女の子が自分の名前を知っているのかわからず動揺している。その後少し沈黙が流れ樹がふと我に返る。
「ハッ!ごごご、ごめんね突然に!じゃあ僕はこれで!!」
樹は中学生からその場から逃げ出し、すかさずスタボの向かいの店の電飾看板の裏に隠れた。
「・・・何やってんの突然。」
「ごめん!僕も何であんなことやっちゃったんだろうと思うけど、実はあの子は・・・」
隠れてラビアタと話していた樹に突然「あの~」と声が掛かった。樹は「ひゃぁ!」と驚き恐る恐る声のした方へ振り向くとそこには先ほどの中学生が立っていた。
「あの、もしかして魔法少女さん・・・ですか?」
「えっ・・・あ、ハイ、ソウデス・・・」
思わず樹は自分の事を魔法少女と認めてしまった。すると中学生はパァと明るい笑顔になって咄嗟に樹の両手を掴み立ち上がらせる。
「やった!やった!私、ずっと憧れの魔法少女さんに会ってみたかったんです!」
彼女は憧れの魔法少女に会えたのか嬉しさのあまり樹の両手を握り締めながらその場でピョンピョンと跳ねた。
「あ、でもここ周辺で目撃されてる魔法少女さんとは何か違いますね・・・色とか格好とか・・・もしかして新人の魔法少女さんだったり?」
「え、えぇ・・・実は今日この日に、成り行きでなっちゃいまして・・・」
「そうなんですか!?キャー!デビューしたての魔法少女さんに会っちゃったー!」
またしてもその場でピョンピョン跳ね始める。樹はどうすればいいのかわからず苦笑いで人形になったかのように彼女の動きに身を任せていた。すると突然跳ねるのをやめ、先ほどの出来事について質問し始めた。
「そういえば、なんで私の名前が「愛華」ってわかったんですか?どこかでお会いしましたっけ?」
「えっ!いやぁ・・・それはその・・・・・・」
樹は必死で言い訳を考えた、しかし何も浮かばない。それでも言い訳を考えてこの場を乗り切ろうとしていた。
その時だった。何者かが樹の頭に直接語り出してきた。
「ラビアタ・・・ラビアタ・・・!聞こえますか!」
「この声は・・・大妖精様ですか!」
「大妖精様!?まさか今の声が・・・?」
愛華は突然喋りだした樹に動揺して握ってた両手を離した。
「ラビアタ、よくお聞きなさい。今貴方達のすぐそばで境界が破かれそうになっています!もうじきここに魔物が現れるでしょう!」
「境界が破かれそう・・・ってえっ?」
樹は自分の目を疑った。愛華の後ろの方に白い亀裂が空間上にできていたのだ。しかもかなり大きく少しずつ拡がっていく。愛華は樹の怯える目を見て「どうしたんですか?」と質問するが返事をしない。彼女が何を見ているのか気にする様になり愛華も後ろを振り向き空間上にできた巨大な白い亀裂を見て驚く。どうやら彼女にも見える様だ。
やがて亀裂からその場の空間が写された欠片がこぼれ落ち、その穴から鋭い目つきで樹たちを睨んだ。
【補足】
・ヒラヒラ
装飾のフリルの事