2話 「魔法少女になることをここに誓います!」
男は困惑していた。
自分のアパートの部屋の前で赤ん坊より小さく羽の生えた女の子に「魔法少女になりなさい」といきなり命令されたのだ。
何故40も越えたオッサンが魔法少女にならなければいけないのか?そもそも男が魔法少女になれるのか?大体あの子は何者なんだ?いろんな疑問が出てくるがとにかくこれ以上騒がしくしたら近所に迷惑が掛かると思い一度部屋に入って話し合おうと女の子に提案し彼女も渋々承諾した。
部屋の扉の鍵を開け部屋の奥へ女の子を案内した。すると入ると否や「きったないわねこの部屋!」と文句を言い出す。それもその筈、布団は畳まずに起きたらそのままの状態、衣服も脱ぎっぱなしで放置、テーブルには求人情報誌や就職関連の資料雑誌が山積みからのお隣に食べ終えて割り箸INの空のカップヌードルと飲み終えたの飲料水のペットボトル数本、その他色んな物が床に散らかっており女の子の文句にぐうの音も出ずただただ「すみません」と謝るしかなかった。
「部屋が汚いは我慢するから早く本題に入るわよ!」
女の子が提案すると自然と男は布団の上で正座してお互い向かい合う形になった。と言っても女の子は空を飛んでるので上から目線に見られている感がして男は気になる様だが口にはしなかった。彼女が本題に入ろうとしたが、男がその前に質問したい事があったのか唐突に喋りだす。
「色々と聞きたい事があるんだけど、まず君は何者なの?」
「私?私は妖精「ラビアタ」、魔力を持たない人間に魔法の力を与える為に大妖精様に生み出された存在よ」
彼女は自分の事を「妖精」と打ち明けた。映画やアニメに出てくる小さくてかわいく飛び回る・・・そんな妖精が今目の前、いや目の上に存在している事に男は思わず口を開けたまま静かに驚いた。
「バカみたいに口開けてないでアンタの事も話しなさいよ!私だけに自己紹介させるつもり!?」
「す、すみません・・・わた、僕は「市井樹」と申します。年齢は43歳、職業は・・・現在求職中です・・・」
求職中なのか面接の自己紹介風に自己紹介した。ラビアタは腕を組んで「ふーん」と言って頷いた。
「じゃ、お互いの事も知った事だしさっそく魔法少女になりましょ?」
「ちょ、ちょっと待って!」と慌てて膝立ち状態になって待った!と言わんばかりに両手を突き出した。
「いきなり魔法少女になれって言われても困るよ!大体僕男だよ!?いい年したオッサンだよ!?そんなオッサンが魔法少女なんかなれるわけないじゃないか!」
「あら、中身が男の魔法少女なんていくらでもいるわよ?格好は私達妖精が人間になったみたいな姿になるし身体もちゃんと女の子になるから変身してる時は安心して魔法少女と名乗っても大丈夫よ」
「あぁそれなら安心・・・じゃなくて!何で僕なの!?初めて会った時も僕の事パートナーって言ってたし・・・」
「長いし面倒くさいけど説明してあげるわ!まず私達妖精は普通の人間には見えないし声も聞こえないの。妖精が見える人間は3種類いて1つは魔力を持つ人間、1つは既に妖精とパートナーになって魔法少女になった事がある人間、そしてもう1つは魔法少女としての素質がある人間・・・これがどういう事かもうわかるわよね?」
樹は今の説明を何となく理解できた。今まさに彼女の姿が見えているし声もはっきりと聞こえる。彼女が言っていた事が本当であれば自分に魔法少女の素質があるという事だ。こんな自分が魔法少女としての素質がある事が全然信じられないが、とりあえず今の問い掛けに少し時間を掛けたが「はい」と応答する。
「まったく、アンタを探し出すのに苦労したわよ・・・色んな人間を見つけては目線を合わせてくれるのを待ってたんだけど唯一アンタだけが他の人間よりも私と何度も目線を合わせてくれたんだから」
「そういえば」と呟いた樹には心当たりがあった。職業安定所に行く時、食料を買いにスーパーに行った時、部屋でラーメンを食べている時に何かの視線を感じる時が何度もあった。
彼女は目線を合わせたと言ってるが樹には濃いピンク色の物体が一瞬見えた程度にしか見えていなかったようだ。よく見るとラビアタの髪や着てる物殆どが濃いピンクに染まっている。
樹が一瞬しか見えなかったのはラビアタが目線が合ったのを確認するとすぐさま逃げていた様だ。恐ろしい反射神経である。
「あれってピンク色の幽霊じゃなかったのか・・・」と呟くと「誰が幽霊かっ!」と瞬時にツッコみを入れた。
「ともかく、さっき部屋の前で大声でアンタの事を呼んだのが本当に私の事見えているのかの最終確認だったってわけ。どう?これで理解したかしら?」
何か腑に落ちないが樹は「はぁ・・・」と頷いた。
「もう充分理解したでしょ?さぁ、今度こそ魔法少女に・・・」
「ごめん、やっぱり僕は魔法少女にはなれないよ」
「な、なんでぇ!?」と言って樹の顔面ギリギリまで詰め寄る。樹は驚いて43歳の身体をギリギリまで反らして両手を挙げた。身体をプルプルさせながら樹は魔法少女になれない理由を話した。
「さ、さっき自己紹介した時も僕は求職中だし、借金も1億円あるんだよ!だからその返済に追われているから正直魔法少女なんてやってる暇なんて無いんだよ!だから・・・ごめん、他を当たった方がいいよ・・・」
「あら?アンタもしかしてお金が欲しいの?」
「う、うん」と樹は頷く。するとラビアタは元いた位置に戻り腕を組んで樹の考え直させる言葉を言い放った。
「魔法少女になれば出るわよ、報酬。」
樹は顔を上げ目の色を変えた。
「魔法少女にはここの世界のスポンサー?ってのがついているんだって。魔物を探す為のパトロールしたり困った人を助けたりするとそれなり出るし、もちろん魔物と戦って倒せばたくさんの報酬がもらえるわよ。大きさや強さ、一緒に戦った魔法少女の人数で額は変わるみたいだけど。」
「そうだったんだ・・・魔法少女ってお金貰えるのか・・・もしかしたら1億円の借金も返せるかもしれない・・・」
「どう?これで魔法少女になる気になった?」
樹はすぐさま立ち上がり片腕をピンと上げまるで選手宣誓をするかのような体勢になって堂々宣言した。
「私、市井樹は!魔法少女になることをここに誓います!」
「よく言ったわ!さぁ、そこでジッとしてなさいッ!!」
そう言うとラビアタは樹から距離を取ってそこから凄まじい速度で樹に向かって突っ込んできた。猛スピードで突っ込んでくるラビアタに凄まじくビビる樹だがラビアタにジッとしていろと言われた為なのかそのまま硬直して動く事が出来なかった。
そしてラビアタは樹の胸に正面衝突した・・・と思われたがラビアタは樹に衝突せず樹の身体の中へ入っていきその瞬間樹の身体中が光りだし部屋全体を眩い光で包まれていった。
―――――――
とある駅前の学習塾。玄関から一人の女子中学生が出てきた。彼女はその場で背伸びをしハァと息を吐いて腕を下ろした。「今日も疲れたぁ」と呟き塾を後にした。
「今日もママ、帰ってきてないんだろうなぁ・・・」
寂しげに呟き夜空を眺め顔を下ろすとハァと今度は溜め息を吐いた。すると見慣れた某有名コーヒーチェーン店を見つけると立ち止まって「スタボに寄って帰ろっかな?」と心の中で呟きその場で方向転換しその店に入っていった。
何度もここへ来て手慣れているのかスムーズに注文を終え、しばらくしてできたキャラメルマキアートとスコーンを受け取り外を眺められる席に座った。
カバンから携帯端末を取り出し画面を眺めながらコーヒーカップを口に当て熱いコーヒーを少し口に流し入れる。少し寂しげな目をして夜空を眺めまた少しコーヒーを飲む。
彼女を含めこの周辺の人間はまだ気付いてない。直にここに「脅威」が現れる事を・・・・・・。
【補足】
・ラビアタの言った「魔物」
人間達が言うモンスターの事、妖精達は魔物と呼ぶ。
・スタボ
スターボックスコーヒー、元ネタは某有名コーヒーチェーン店