11話 「あなた一人で戦ってみない?」
大妖精のお告げでモンスターの出現ポイントへ全速力で向かう樹とコクシネア。
彼女達の前方か人々の悲鳴が聞こえてきた。出現ポイントに近づいているようだ。2人はそのまま真っ直ぐ突き進む。すると突然コクシネアがその場にあった建物の屋上に着地した。樹はコクシネアが止まった事に気付き2つ先の建物に緊急着地するが勢いあまってズッコケそうになるものの何とか立て直して着地に成功した。
フゥっと息を吹き安堵する樹。コクシネアの方へ視線を向けるとコクシネアが手招きをして樹を呼び寄せている。それに気付いた樹は急いで彼女のいる建物に移動した。コクシネアの隣に立つとコクシネアが下の方へを指を指した。指した方を見ると人気の無い場所の空間上に亀裂が出来ていた。これは樹が昨日見たのと同じ物だ。とういう事はここがモンスターの出現ポイントのようだ。
「あ、あれって・・・」
「あなたは昨日あれを見た事あるでしょ?あれは「境界の亀裂」。モンスターはこっちの世界に来る為に別世界から空間の境界を攻撃してこっちの世界にやってくるの。」
「境界の亀裂」というまた新たなワードが出てきた。そういえば妖精も前に言ったような気もするが、それは置いておくとしてますますこの世界に何が起こっているのか気になってしまう樹だが今はそれどころではない。樹は「へ、へぇ~・・・」と言って頷くしかなかった。
「亀裂はまだ小さいからそれほど強くないモンスターみたいね、強いモンスターだったら数秒で亀裂が巨大化してすでにここに現れてるわ。」
「そういえば・・・」そう呟いた樹は昨日の事を思いだした。魔法少女として初めて娘の愛華と出会った時に初めて大妖精のお告げを聞き、気付くと愛華の背後には既に大きな境界の亀裂ができていた。
現れた鬼の様なモンスターは実際に強かった。元々非力だったという事もあるが能力上昇魔法を使ってあの巨体を吹き飛ばす事は出来たが傷を付ける事は出来ていなかったと思う。
もしあの時、「あの魔法」が発動していなかったら愛華も自分もあのモンスター殺されていただろう。
そう思った樹は血の気が引きゾッとした。
それに比べると目の前の境界の亀裂は徐々に広がってはいるが小さい。直径が1mも満たしてないだろう。
コクシネアも強くないと言っていたので、身を屈めてあの時の恐怖に怯えていたが一瞬で安堵した様だ。その様子を見たコクシネアは呆れた様子で語りだした。
「・・・あのね?例え弱いモンスターでもあらゆる生き物を襲って貪る凶悪な存在なのよ?弱いからと言って甘く見ないように。」
「え!?は、はい・・・」
一瞬心の中を読まれたと思ったが弱いモンスターで安心したという雰囲気が顔や態度で出ていた事に気付き、コクシネアの忠告に素直に反省する樹。
「さてと、亀裂は小さいし出てくるまでまだ時間が掛かりそうね・・・今のうちにあなたの事について聞いてもいいかしら?」
「えっ、何ですか?」
「あなたの魔法、固有魔法についてよ。私は近接戦闘系の魔法が得意なのだけれどあなたはどんな固有魔法が使えるの?」
魔法少女にはその時の状況に応じて使える魔法がいくつかある。その中でも得意な魔法が魔法少女によってそれぞれ違いがあり魔法少女の要でもあるその魔法こそ「固有魔法」である。
例えば、ラビアタの場合自分や他の魔法少女の能力を増幅させる能力上昇魔法がある。コクシネアが言う近接戦闘系魔法はその言葉通り接近戦で力が発揮する魔法なのだろう。
「僕の固有魔法・・・ですか・・・僕のは魔法の威力や身体能力を上げたりできて、自分や他の魔法少女をパワーアップさせる魔法・・・ですかね?」
「へぇ~サポート系の魔法が得意なのね。私の相棒もサポート系の魔法が得意なの。あっちは回復と防御支援の魔法が得意だけど。」
「そ、そうなんですか。だけど僕は戦闘に関してはあまり強くないみたいで・・・昨日モンスターと戦った時なんかも僕の攻撃がまったく効かないし自分自身パワーアップしてもひるませる事は出来てもダメージをあまり与えられなかったんですよ・・・」
「そうだったんだ・・・でもよかったわね、昨日出たモンスターお使い妖精が言うには強かったらしいけどあの戦闘でシフォンさんが助けに来てくれて。もし1人で戦い続けてたら助かってなかったわ。」
「えっ?シフォンさん・・・って誰ですか?」
「誰って、この地域にいる魔法少女の一人よ?もしかして名乗ってなかったのかしら?」
「あぁそう言えばお使い妖精さんに貰ったスマートフォンの電話帳にそんな名前が・・・ってそうじゃなくってですね、実は・・・」
「実は?えっ、どうしたの・・・?」
「実は・・・昨日の戦闘なんですけど・・・なんと言うか、その・・・」
どうやらコクシネアはシフォンという同じこの地域の魔法少女が加勢して樹の代わりに昨日のモンスターを倒したのだと勘違いしているようだ。
樹も勘違いしている事を察したのか「自分一人で倒した。」と言いたいところだったが先程自分は強くないと言ってしまった為に真実を言っても嘘だと思われてしまうのではないか、そう予感をしてしまい中々言い出せずにいた。
すると今まで黙っていた妖精が二人の会話にいきなり割って入ってきた。
「あぁもうじれったい!!昨日の戦いにシフォンなんて来てなかったわよ!昨日現れた強~~~い魔物は正真正銘!わ・た・し・た・ち、が!コテンパンにやっつけてやったわよ!ていうかあのお使い妖精私達が倒した事言ってないの!?」
「えっウソ!?ラビアタあなた本当に昨日のモンスター1人で倒したの!?」
「ま、まぁその、コテンパンにされたのは僕なんですけど結果的には僕1人で何とか倒せました・・・」
開いた口が塞がらないコクシネア。樹自身が自分は強くないと宣言していたしてっきりシフォンが助けたのだと思い込んでたばかりに衝撃は大きかったようだ。
そんなコクシネアの顔を見た妖精はムッとしている。
「何よ妖精のパートナー!そんなに私達が倒した事を信じていないわけ!?アンタ見てないの?板みたいなやつに私達が魔物に勝った時の映像が写されたやつをさ!」
「い、板?」
「多分テレビの朝のニュースに流れた事を言ってるんだと思います。」
何の事かさっぱりわからないコクシネアにすかさず樹が補足を入れる。
「あ、あぁニュースの事ね・・・ごめんなさい、朝もパトロールしていたから見ていないの。ただその子の熱い訴えは伝わったわ。昨日のモンスターはあなた達1人で倒した事は信じてあげる。でもどうして?あなたさっき自分で強くないって言ってたのに・・・」
「あぁ、実はですね・・・」
「それは私が説明するわ!」
再び妖精が割り込んで意気揚々に説明し出した。
「確かに私達単体だと魔力が弱くて戦闘向きじゃない事は認めるわ。私の能力を上昇させる魔法を自分に掛ければそれなりには戦えるけど、私達には切り札とも呼べる最強の魔法を持っているの!それ使えばどんな魔物も木っ端微塵よ!昨日の魔物の様にね!!」
樹と同化しており妖精の表情は見えないが、きっと自分の身体の中で物凄いドヤ顔をしているんだろうな・・・そう心の中で思った樹であった。
「なるほど、切り札ね・・・ふむ・・・」
妖精の説明を聞いたコクシネアは顎に手を当て俯いた表情のまま考え事をし始めた。しばらくすると「よしっ」と呟き樹に質問を投げかける。
「ラビアタ、あなた確かあの時「借金がある」って話してたわよね?確か1億円・・・だったかしら?」
「え、えぇ・・・」
いきなり自分の借金の話をされ思わず目線を逸らし自己嫌悪に陥ってしまう樹。そんな樹を尻目にコクシネアはさらに質問を投げかける。
「それじゃあ貰える報酬の内訳ってどこまで把握してる?」
「えぇっと、パトロールと人助け・・・あとはモンスターを倒すと多額の報酬がもらえるけど一緒に戦った魔法少女の人数で変動するぐらいですかね・・・?」
「そう、戦闘に加わった魔法少女の人数によって取り分が違ってくるけどさらに戦闘でより討伐に貢献した者やモンスターにとどめをさした者がより多くの報酬を貰える事になってるの。あなたはサポート寄りの固有魔法だから複数の魔法少女と共にモンスターと戦って倒してもあなたの取り分は少なくなると思うの。だから・・・」
コクシネアはラビアタの元に歩み寄り肩をポンっと叩いてラビアタにある提案をする。
「今から出てくるモンスター、あなた一人で戦ってみない?」
「え、えぇ!?僕一人でですか!?」
「そうよ、一人で戦って倒せば討伐報酬を独り占めできるわ。それにこれだけ長話しているのに未だに境界を破るのに手こづっている程のモンスターだもの、報酬額は昨日のモンスターよりグッと下がると思うけど一人で倒せば報酬は全部ラビアタの物になるし多分ラビアタ一人でも倒せると思うわ。いざとなれば私が助けるしあなたの妖精が言う切り札を使えばきっと大丈夫よ!」
「えぇ~、でも」
「望むところじゃないっ!!」
「ちょ、ちょっと妖精!?」
1人で戦う事を嫌がる樹を尻目にまた妖精割って入ってやる気満々にコクシネアの提案に乗っかった。
「見てなさいよ妖精とそのパートナー!この戦いでこのラビアタさまの実力を見せ付けてやるんだから!」
「やる気充分なのはいいけどあくまでも戦うのはあなたのパートナーなんだから、あまり無茶させない様にね。妖精のパートナーさんもあまり無理をなさらないで下さい。」
「余計な口出ししないでよ!あんたは私の大妖精様か!」
「だから違うって・・・」
「あ、あの、僕自身は協力して戦いたくてですね・・・」
一人張り切る妖精に対し無茶しない様忠告する妖精、そしてその忠告にいちゃもんをつける妖精。まるで二人の妖精はガミガミ言う姉を早く追い越したいと背伸びしたい妹とその妹を心配してうるさく注意する姉の様な関係みたいだった。
一方樹は非力である為協力して戦いたいという訴えも真面目で心配性なコクシネアの妖精でさえことごとくスルーされてしまうのである。
「はいはいケンカしないの。それじゃ私はここ周辺に逃げ遅れた人がいないか見てくるから。もちろん危なくなったら助けに来るから頑張ってね!」
「えっ、ちょ、コクシネアさんどこへ!?コクシネアさーーーーーーーん!!」
遂には境界の亀裂と樹のいるこの場から離れようとするコクシネア。樹は必死に呼び戻そうとするがその叫びも虚しくコクシネアの姿が見えなくなってしまった。
一人置いてけぼりとなった樹はただ呆然とするしかなかった。一方の妖精は「フンッ、フンッ」と鼻息を噴出するような音を漏らしモンスターの出現に今か今かと楽しみにしている。
「ラビアタ!何で勝手に話を進めちゃったの!?もう僕一人で戦わなくちゃいけなくなったじゃないか!」
「何よ?せっかくあっちが獲物を譲ってくれたんだからいいじゃない。」
「いいじゃない、じゃないよ!」
「あぁもううるさいわねぇ!やっと妖精に私達の力を見せ付ける絶好のチャンスが来たのよ!それにあんただって報酬を独り占め出来るんだし、まさにウィンウィンじゃない!」
「何か言葉の意味違うんだけど・・・得してるの僕らだけだし・・・って僕は得してないよ!一人じゃ不安だよ!昨日のモンスターだってあの時の魔法を使わないと全然歯が立たなかったし、今から出てくるモンスターだって弱いって言ってもまともに戦えるかどうか・・・あぁもう亀裂が昨日見たやつと同じぐらいの大きさになってるよぉ・・・」
ふと見た境界の亀裂が昨日見た物と同じぐらいの大きさになっているのを見て、もうすぐモンスターが現れる事を察した樹は頭を抑えながらしゃがみ込み不安と恐怖に押し潰されそうになっている。
「ホント情けない奴をパートナーに選んじゃったわねぇ・・・ほらしっかりしなさいよ!早く家族の関係を取り戻したいんじゃなかったの!?そんなオドオドしてたらいつまで経っても借金なんて返済できないわよ!?」
「・・・わかってるよ。このままじゃいけないって事は自分自身がわかっているから。危なくなったらコクシネアさんが助けに来てくれるし僕は僕でやるだけやってやるよもうっ・・・!」
ラビアタの叱咤で何とか奮起して立ち上がる樹。
「やれやれねまったく・・・それにしても、シフォン・・・か。あいつ今どこで何してるんだろ・・・」
「シフォンさん?ラビアタ、シフォンさんがどうしたの?」
「何でもない!ほらさっさと右手出しな!戦闘準備よ!」
ラビアタに急かされバッと右手を前に出す樹。右手の先にロッドが召還されそれを掴んだ。
目線を境界の亀裂に移すと欠片がボロボロ落ち始めもうじきモンスターが現れようとしている。樹は再び単騎でモンスターと相まみえる時間はすぐそこまで迫ってきている。
※変更点(5/1)
11話で新たに登場する用語「戦闘魔法」を「固有魔法」に変更しました。