*03*
とまっていた、この胸の時計。
この時計はこれから、どうなるのだろう?
*03*
職場を共にし始めたことで、これでもかと現実を思い知らされる場面が多々あった。
心の中のあの少年が次の瞬間大人になって目の前に現れたから。
最近見ていた夢はこの予兆だったのだろうか?
でもそれはどんな意味を持っていたのかわからない。
夢の中の甘い思い出から目が覚めると、ここに現実がいる。
現実はそれはもうあのときじゃないんだと、泣き叫びたくなるほどの事実を突きつけた。
同時に孤独を感じた。
私の心の中の時間があの頃からちっとも進んでいないことを気付いたからだ。
7年という長い時間がたったはずなのに。
少しは期待したのだろうか?
彼が目の前に現れたことで何かが変わると。
再び時間が重なるのではないか、とか?
そんな都合のいい話があるはずがない。
7年もたってしまったのだ。互いに変わって当たり前。
私達の知らない7年間。
私に彼氏候補ができてしまったように、彼にも恋人ができていた。
最初に彼が結婚しているのかと自分判断でショック受けたけれど、結局大差ない。
いつまでも過去を気にしている私が悪いのだ。
会社の前にセダン型でワインレッド色の高級車が止まっていた。K-ユニットに来て何度目撃しただろう? それが彼を迎えにきた彼女のものだと教えてくれたのは、噂好きの先輩方だった。
実際、偶然帰りが同じになってしまうと、その扉が開いて
「雅隆」
ボディラインを誇張する服を着た超絶美人女性がこびるように彼をその中に導く光景を目にする羽目になる。
そんな日は特に私を憂鬱にさせた。
雅隆……。
そう呼ばれる彼を見るたびに胸の中をぐるぐる黒いものが渦巻くのを感じる。
あの頃は、私もそう呼んでた。
『巴』
あの頃の彼の声が蘇る。
決して消えることのない声。もう呼ばれることのない私の名前。
でも、いつまでも支配されてはいけない。
今はもう、あの頃じゃないのだから。
『市川』サン、
『持田』。
あの頃のことはもう終わったこと。それは互いの現実が証明しているではないか。
彼はもう他人のものなんだ。
私だって、そろそろ歩き出さなきゃ。
止まった時間を動かさなきゃ。
何のための7年かわからないじゃない。
だってほら。
今日もあのワインレッドの車が彼を迎えに来ているけれど、私にも。
「持田ちゃん」
私を見つけて高田君がうれしそうに片手をあげる。
今日は高田君が派遣される会社が決まったというので、また今夜も同期の皆でお祝いをするのだ。
「お待たせ」
私は笑顔を向けながら高田君に近付いた。
背中に彼の視線を感じながら。
背中に彼と彼女が車に乗っていくのを感じながら。
「あーあー。うちに配属されてる新人さん達はなかなかやるねぇ」
先輩達のからかいに見送られ私たちは会社を出た。
胸の中の苦いしみを握りつぶして。
「元気ないね。仕事、やっぱり大変なのかい?」
歩きながら高田君が心配そうに問うた。
私は首を横に振る。
「違うよ、ごめん。仕事は大丈夫。難しいけれど、先輩もすごくフォローしてくれるから」
私は顔を上げて彼を見た。
安堵したように彼は頬を緩めた。
「それよりごめんね? 今日の主役を迎えに来させちゃって」
「なにいってんの、これはもう自分のためだから」
謝罪すると彼は私を見てすごくうれしそうに笑ってくれた。
彼の優しさが私にも笑顔をくれる。
「ただ、ちょっと辛そうな顔をしてたから気になって。僕でできることなら惜しみなく協力するから、話してくれるとうれしい」
彼は私を見てまじめに言ってくれた。
街灯の下、影が彼の顔立ちの陰影をさらに深く印象付ける。普段優しげな顔が、固いものに見えた。
私は笑って首を横に振った。
「ごめん、心配かけて。でも、そういってくれてありがとう」
こんな素敵な人に言えるはずがない。昔好きだった人が恋人と消えていったのがつらいだなんて。
しかもあれからどれだけ時間たっているんだよって。
自分でも思うもの。
本当に、そう思うもの。