表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

*11*

 『雅隆のキスって……すごく好きなんだ』

 私は笑った。

 蕩けそうなキャンディのように甘いキスも好きだけど

 その後の時間が一番好きだ。

 確認するように私の目を覗き込んで抱きしめてくれる

 『世界で一番、幸せな女の子になった気がする』

 そう笑うと、少年は笑ってもう一度私に世界で一番甘いキスをくれた。

 貴方のキスは……世界で一番甘美な蜜……。




*11*




 「おまえ、あの一件で懲りてないだなんて本当に馬鹿だろ」

 車の中で、思いっきり嫌味を言われた。

 ……返す言葉もございません。

 私は俯いたままその言葉を甘受した。

 「学習能力ないのか?」

 彼が乱暴な物言いの割には丁寧な所作で車を走らせる。

 「……ごめん」

 だんだんお小言を聞くのも疲れてきたので素直に私は謝罪した。先に折れると彼はそれ以上言わない。今もそこは変わっていないようで彼はぐっと続けようとしたお小言を引っ込めた。

 窓の外を見ると、懐かしい町並みが流れていた。

 覚えのあるこの道は、私が通学路にしていたものだった。

 「お前の家は、もう買い上げられてアパートが建った」

 彼はもと私の家があった場所を通りながら、そう言った。

 もしかして、わざわざ見せてくれたのだろうか?

 そうか……。

 家がなくなってしまったのは寂しいけれど、でも、しょうがないよね。

 「ありがとう」

 私がお礼を言うと彼ははにかんだ様に笑って、大通りに車を向けた。

 そういえば。

 今の時刻は正午過ぎ。

 今まで練習をしていたというし彼はご飯を食べていないのだろうか。

 私はというと、さっきので胃が空っぽになってしまって……正直な気持ちを言えばおなかがすいていたりするのだけど……。

 しょうがないじゃないか、人はおなかがすくようにできているのだから。

 「時間あるのなら、うちで何か食べていく?」

 お詫びもかねて尋ねたら、彼が不意をつかれたような純粋にあどけない顔でこっちを見た。

 でもすぐさまいつもの表情に戻る。

 「お前、自分を襲った男をよく家に上げる気になるな」

 「だって、体力落ちてる女を襲う趣味はないんでしょ?」

 私が言うと彼はくつくつと笑った。「1人で御飯食べても美味しくないしね」

 そう続けて言うと、彼ははにかんだように笑って、私の部屋の、数時間くらいならとめても文句の言われない住人用駐車場に車をとめた。

 私の後に続いて階段を上がってくる。

 「何食べたい? パスタ? 御飯?」

 簡単に着替えた私は冷蔵庫の中を見ながら尋ねた。

 「どっちでもいい。腹にたまればなんでもいい」

 何だそれ?

 「市川さーん、それは最悪なリクエストでーす」

 作る人に対して誠意がこもってない! 私が言うと、後ろから首をしめられた。

 「ひっ」

 「誰が市川だ」

 そう言って彼の手がつーっと滑り降りて私の腰あたりをつかんだ。

 耳元に彼の息がかかる。

 「巴」

 名前を囁かれて、体が思わず反応してしまった。

 うー……。

 久々にそれはないです、国立さん。

 「巴なんて呼ばれる覚えがないんですが?」

 私がそれでも身体をどうにか遠ざけながら言うと彼はくつくつと笑った。

 「巴を巴と呼んで何が悪い。お前の名前は巴だろうが」

 それはそうですけどね。

 私の名前については否定をしません。ですがね?

 「お前にまで偽名で呼ばれると、腹が立つ」

 彼はそう言って、私の部屋に入っていった。

 は? 偽名で通してるくせに何を言うんだか。

 意味がわからなくて彼の背中を追いかけると

 「相変わらず趣味の本棚だな」

 彼は漫画には見向きもせず、太い文庫本を抜き取った。

 私の本棚にしては珍しく英語で書かれた児童書だった。

 翻訳版まで待ってもいいかなと思ったけれど、どうしても気になったのでつい原書を買ってしまった。

 私は辞書片手にどうにかこうにか読んだその本だったけれど、私と違って語学が堪能な彼はすらすらと読み進めているらしい。

 なんて奴だ……。

 本当は、じゃぁ、なんて呼べばいいんだと問い詰めてやりたいところだけれど、そうした場合、あまり私の精神衛生上よろしくない予感がしたので溜飲する。

 私は大きく息を吐くと、料理の続きを進めることにした。

 具体的なリクエストは得られなかったけれどおなかに溜まるのはやっぱりパスタよりもご飯かな、そう思って冷凍庫に炊きおきしてあった御飯を大量に電子レンジに入れた。

 冷蔵庫の中を見ると、鳥のもも肉とたまねぎ、ごぼう、それに卵があった。

 ここはやはり庶民の味、親子丼だろうか?

 思うが早いか、フライパンにもも肉丸ごとを皮目から焼き始めた。

 ごぼうをピーラーで薄く削り、水でさらしあくを抜く。

 たまねぎも薄くスライスして鳥の横でいためた。

 皮がこんがり色づけば肉をいったん取り出して一口大に切り分ける。そしてフライパンに戻した。ついでにごぼうも一緒に入れて、作りおきしているだし汁もひたひたくらいになるくらい入れた。

 酒、砂糖、みりんを入れて一煮立ちさせる。最後にしょうゆを入れて、溶き卵を回しいれて軽くふたをして蒸らしてやれば親子丼の完成だ。

 別の鍋に出し汁を入れて、もやし、崩し豆腐を入れて最後にわかめを入れただけの澄まし汁もすぐにできる。

 お漬物を添えて出すと

 「こういうことはやっぱ手際いいな」

 彼は小さく笑った。

 作り出して10分くらいたつかたたないかだろう。

 「だって、ハラヘリ君を放っておけないし?」

 私が言うと彼は笑いながら箸に手を伸ばした。

 彼が一口食べるのをついじっと待ってしまう。

 不味かったらどうしよう。

 人に御飯を作るのって、いつもものすごくドキドキする。

 一人暮らししだしてからはもっぱら沙耶香ちゃん相手だけれど、でも誰かがいるときは毎回緊張していた。今回はもう一つどきどきしているかも。

 「何とか食べられそう?」

 尋ねたら、彼は唇の端っこを上げて、

 「まぁな」

 そう笑った。

 あー、よかった……。

 私も胸をなでおろしてとりあえず箸をとった。

 とろりとした卵を絡めてご飯をすくう。ほんのりだしの味のそれはいい甘さ加減しょうゆ加減で、われながらいい出来だった。

 「大分、顔色戻ったな」

 彼にそう言われて、私は苦笑いした。

 「そんなに死にそうな顔をしてた?」

 私が問うと

 「そこまではいわねぇけどな」

 彼は頷いて空になったどんぶりを置いた。

 吸い物も、全部綺麗にからになっていた。

 「味はきかないけど、量は足りた? 足りなかったら適当に和菓子でも出そうか?」

 私が尋ねたら彼はくつくつと笑った。

 「量はちょうどよかった。味も大丈夫だが……あえて言うなら、俺はもう少し微妙にしょうゆが濃くてもよかった」

 本当に微妙なさじ加減を要求してきたので、私は思わず眉根を寄せた。

 「そういう微妙な調節は、あなた様の彼女に言ってください」

 私は苦笑いして箸を置いたら、彼にぐいっと腕を引かれた。

 一瞬何が起こったかわからなかった。

 気がつくと床に押し付けられて、唇を封じられた。

 「んっ」

 無理やり割って入ってきた舌に咥内をかき回される。

 どうにか彼を押し返そうとしたけれどその手を彼の手がつかんで床に縫いとめられてしまった。

 私の身体が暴れないように完全に組み敷かれて、容赦なく唇を貪られた。

 力で強く押し付けてるくせに、そのキスはとても甘くて、優しくて……確実に私の四肢から力を奪う。

 ゆっくりと、唇が離れた後どちらともなく熱い吐息が漏れた。

 私を組み敷いたまま彼の指が、いつかのように私の目尻ににじんだ涙を拭う。

 そして私の目をそっとのぞきこんだ。

 その目はとても優しくて……。

 あの頃の幸せな気持ちを呼び起こす。

 「ひどいよ……」

 襲わないって言ったくせにうそつき。

 私は片手で顔を抑え、顔をそむけた。彼の顔を見ていられなかった。

 わきあがった涙をぬぐっていると

 「アイツと、付き合うのか?」

 私が彼から顔を背けたその耳元で囁くように問われた。

 え?

 私が尋ねようとしたけれど、彼はあっけないほど簡単に起き上がり車のキーを取り上げた。

 私に背中を向けたまま、帰り支度をする。

 そのとき私の携帯がなった。

 反射的に手を伸ばしその電話に出た。

 「はい?」

 『持田ちゃん? あの後大丈夫?』

 高田君だった。

 戸口で振り返った彼が私をじっと見ていた。

 その視線に耐えられなくて背を向ける。

 帰るなら早く帰ってほしい。

 背後の気配を排除するように私は会話を続けた。

 「うん、今日は本当にごめんね」

 『いいよ。こっちも本当に申し訳ないし……。あのさ……』

 「うん……ッ!!」

 私は続きを聞こうとしていたのに、思いがけずにゅっと伸びてきた手に驚いた。

 後ろからぎゅっと抱きすくめられる。

 『持田ちゃん?』

 どうしたの? と高田君が心配そうに尋ねた。

 「なんでもないッ。それよりどうしたの?」

 私は彼の体温から逃れるべく身をよじった。

 片手で、彼の顔を押しやるけど、その手をとられてそこにキスされた……。さらに腕を引かれ、もう片方の腕で腰を絡め取られて彼に引き寄せられる。

 『話がしたいんだ……明後日、仕事の後、会えるかな?』

 彼はそのまま私の腕を引っ張りあげると、腕の付け根の内側の柔らかなところ、そこに噛み付くように口づけをした。

 噛み千切られそうなそれに痛みが走る。

 「……いいよ……」

 私は眉を顰めながら頷いた。

 『今日はゆっくり休んでね。おやすみ』

 電話の向こうで高田君が言う。

 彼の唇はさらに私の身体を服の上から這うようにたどりながら上がってきて、顎と首の境目のところ……見えそうで見えないそこにも……きつく口付けられた。

 「ッ……おや、すみ……」

 弾みそうになる呼吸をどうにかこらえながら私が言うと、彼が私の携帯を奪って、通話を切り携帯をクッションに投げ捨てた。

 そのあと、さらに深い口付けをされて、さっきまでの余韻も手伝って私の体はもう踏ん張りが利かないものになってしまう。足腰が立たなくなっても許されず、引きずりあげられてなおも咥内を蹂躙された。

 唇を合わせたまま彼が私をまっすぐに見つめる。

 ……いったいなんだというのだ。

 彼の腕から力が抜けて、ずるずると彼の腕から滑り落ち朦朧とする私をおいて、彼は私の部屋を出て行った。

 何で?

 その言葉しか出てこない。

 ねぇ、何で?

 彼のいなくなった部屋で一人置いていかれた体を抱きしめる。

 彼の意図がまったく見えなかった。

 嬉しいのか……悲しいのか……それすらわからない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ