*10*
『……誰だ?』
怒ったような声が響いた。
『いくらなんでもやっていい事と悪い事の区別があるだろっ』
本気で怒った怒鳴り声を聞いたのは……あのときが初めてだった。
あんなときに思うのも変だったけど
ものすごく嬉しかった。
*10*
「季節のパフェが美味しいんだよ!!」
沙耶香ちゃんがうきうきしながら私と高田君を引っ張る。
その後ろをのんびりとマイペースな前田君がついてきていた。
「先週食べたときは、桃とりんごのパフェだったけど、本当に美味かったな」
前田君がうんうんと頷いた。
そうして二人に連れてこられた街は私にとってとても懐かしい街だった。
私が住んでいた頃にはなかった、可愛いカフェに沙耶香ちゃんと前田君は入っていく。
続いて私と高田君も入って、そして4人でメニューを見た。
でも、今日のお目当ては季節のパフェだ。確かに、お店一番のお勧めとも書いてある。
「すみません。季節のパフェ、何が入っているんですか?」
私が尋ねるとウェイトレスさんは
「はい。今回はマスカットと巨峰、他にもバナナやりんごなどいろいろなフルーツを使っております」
そうにこやかに教えてくれた。
マスカットか……。季節というだけあって旬のもの、美味しそうだ。
みんなの顔を見渡すと揃って頷いたので、
「なら、それ4つください」
パタンとメニューを閉じてウェイトレスさんに返却しつつ注文した。
どんなパフェなんだろ。
「前の時のは盛り付けも可愛かったんだよ」
沙耶香ちゃんが楽しみだと笑う。それはポイント高いね!
パフェは盛り付け方も本当に重要だと思う。何度私と沙耶香ちゃんはその盛り方で語り合っただろう。
やがて運ばれてきたそれを見て、おお、可愛いと拍手を打ちそうになるほど感激したものの、ふとそれに気付いた瞬間……注文したことを心底後悔した。
もっと詳しくフルーツを聞けばよかった……。
心の中でがくりとひざを折ってうなだれる。
マスカットと同じように翠の丸くくり抜かれて可愛らしく盛り付けられたそれに私は冷や汗が止まらない。
そう、翡翠色だったり夕張色だったりする魅惑のフルーツ、メロン。
私はとりあえず口をつける前に
「沙耶香ちゃん。メロン好きだよね?」
沙耶香ちゃんに尋ねた。
「うん、どうしたの?」
「お願いがあるんだけど。メロン食べて?」
私が首を傾げて言ったら沙耶香ちゃんが驚いていた。
「巴ちゃんだって、メロン嫌いじゃないでしょ? 夕張メロンのアイスとかよく食べてたじゃない。今日は本物の夕張メロン乗ってるよ?」
「うーん。果汁入ってない安いメロンアイスとかなら平気なんだけどね」
私はメロンだけを沙耶香ちゃんの器に移した。
けど、最後の一個を拒否された。
「一個くらい食べてみたら? 美味しいよ」
沙耶香ちゃんが苦笑いする。
「なに? 食わず嫌い?」
高田君が尋ねた。
「美味しいのは知ってるよ」
私は最後の受け取り拒否されたメロンを持て余して見つめた……。
「でも、このメロン本当に美味しいよ?」
前田君が美味しそうに掬って食べる。
「一個くらい、食べてみたら?」
高田君にもそう笑われて、私はしぶしぶえいやっとそれを口に放り込んだ。
甘くてジューシーな味が口いっぱいに広がる。味はおいしい。それは大丈夫だ。
けど。
次の瞬間にそれはやってきた。
やっぱりか……。
いがい。
口の中そこらじゅうを、いがぐりとげのようなものが刺しているような感触に襲われる。しわしわとこみ上げる不快感がたまらなくて私はパフェを勢いよくぱくついた。
味もへったくれもないお行儀のなってない食べ方だった。もし今お祖母ちゃんが目の前にいたら絶対に正座で説教1時間コースだ。
でも、たとえお祖母ちゃんが目の前にいたとしてもこればかりはごめんなさいをするしかない。こうでもして口の中をごまかさないと耐えられないのだ。
どうにか口の中のそれを消したい。その一心。
「何? 実はメロン嫌いだったの?」
私の食べ方に沙耶香ちゃんが苦笑いする。
「……」
ぷるぷると私は頭をふって、でも言葉を発する事もできないままグラスに残っていた水を一息で煽った。
メロン食べたの……何年ぶりだろう?
やっぱ、アレが最後だから……7年か……?
私は苦い思い出と一緒にメロンの味を奥深くに押し込んでカフェを出た。
「美味しかったね」
沙耶香ちゃんたちがはしゃぐ。
確かに味としてはおいしかったので私も頷く。
けど口の中がまだ大変なことになっていた。
うー……。
私は手で首元を押さえた。
顔の下半分からのどのあたり全部がいがいがして痒い。
「大丈夫? なんだか顔色、悪くなってきてない?」
高田君が心配そうに覗き込んだ。
「……大丈夫。そのうち、なおるから」
私は心配かけたくなくて笑顔を浮かべた。
本当はのた打ち回りたい。
口の中、胃から競り上がってくるみたいに気持ち悪くて、もうそこを切り裂いて金たわしでごしごし磨きたいところだ。ただそれをやると確実に自分の命がなくなるからしないけど。
どうにかこうにかみんなの後ろを歩くのがやっとだった。
だからみんながどこに向かって歩いているのかすらわかってなかった。
なので
「すっごーい。大きな学校」
沙耶香ちゃんの言葉に初めて私は顔を上げて、今いる場所に気付いた。
この辺りにある学校なんて一つしかない。
7年ぶりの私のもう一つの母校だ。
「へぇ。これが帝都学園なんだ。はじめて見たなぁ、さすが超金持ち学校」
前田君がほぇぇと言う顔をした。
高田君は私をチラッと見て何かを言いたそうにした。
どうやら彼は私がここの生徒だったことを前田君にはいっていないらしい。
それにしても久々に見るこの母校はやっぱ威圧感満点で相変わらずすごいなぁ。
校門を入ってすぐ奥に、教職員用の駐車場がある。
そこに見知った姿を沙耶香ちゃんが発見した。
「あ!! 市川君だ。おーい!!」
沙耶香ちゃんが大きく手を振った。
そういや日曜日は母校でコーチと言っていたっけ。
手を振る沙耶香ちゃんに気づいた彼がドアをばんと閉じるとこちらにやってきた。
おベンツの白いスポーツカーって、また素晴らしく彼に似合いそうな車だ。
彼は通用門から出てきて
「相変わらず仲がいいんだな」
そう苦笑いし、ふと私を見て怪訝そうにつかつか近付いた。
「こいつ、どうした?」
彼が私の肩を捕まえて高田君を見る。
「いや、大丈夫……」
私は手を振ったけど
「あ……、さっき喫茶店で……」
沙耶香ちゃんがそういった瞬間彼の目つきが変わった。
「何食わせた? まさかメロン食わせたのか? コイツに」
その声はとても低い。
前田君が困ったように頭をかいた。
「小さいの、1個だけだよ」
むっとして高田君が言ったけれど、彼はちっと舌打ちした。
「どれくらい前に食った?」
有無言わせぬ雰囲気で聞かれて
「15分くらい前? かな」
私が首をかしげるとぐいっと腕を引っ張った。
「ッ」
思わず苦痛の声が漏れる。
「ちょっと、何するんだ」
「黙ってろ」
高田君の制止も、彼は一睨みして一蹴した。
そのままぐいぐいと体育館脇のトイレまで引っ張ってこられて背中を押された。
「吐いて来い」
「え?」
一瞬意味がわからなくて彼を見上げた。彼はもう一度厳しい表情を私に向けると
「食ったもの、全部吐いて来い。手伝って欲しいのか?」
言われて私はぶんぶんと首を振った。
「や、そこまでしなくても……」
私は首を横に振ったけれど
「巴」
急に名前を呼ばれた。
思わずむっとして
「今更名前呼ばないでよ、馬鹿雅隆!」
減らず口を叩いたところではっとした。
我に返って口を押さえたけど、もう遅い。
「どっちが馬鹿だ? あぁ? この馬鹿巴」
彼はそう言って私の腕をねじりあげた。
「そうやってまた俺の目の前でまた倒れる気か? 相変わらずいい根性してやがるな」
「あれは不可抗力で……」
よく覚えてるな、あんな前のこと。
思ってしまうけれど、
「いいからつべこべ言わずに吐いてこい!!」
語調厳しく言われて、しぶしぶ私はトイレの中に入った。
……確かに吐いたら楽になるだろうけど……やだなぁ……。
でも、なんだかアン、ドゥ、トゥローでリバースできそうな気配もあって困ってしまう。
結局のところ私の限界もそこまで来ていたらしい。
巴がトイレに入った後、雅隆は近くの自販機に向かった。
「おい」
高田の言葉も聞かずに、カップのアイスミルクティーを買うと、沙耶香にそれを押し付けた。
「これ全部使ってうがいさせてやって」
「う、うん」
沙耶香はそれを受け取るとトイレの中に走っていった。
それまで一連の流れを黙って見ていた前田がとうとう首をかしげた。
「持田ちゃんの事、詳しいんだね」
片手で、今にも飛び掛らん勢いの高田を抑えながら。
そんな様子を雅隆は鼻で笑った。
「メロンアレルギーだなんて強烈な奴だからな」
「アレルギー? でも、よくメロン味のものとかは口にしてるじゃないか」
高田が反論すると、さらに雅隆は笑った。
「味は好きなんだろ。血液検査でもアレルギー反応は出なかったしな。なのに生のメロン食わせたらこんな一欠けらでも駄目だ。生のメロンの汁でも拒否反応が出る」
そういって小指の爪先少しくらいを示す。「さすがにもう大人になって人前だからしないだろうが、お前らいなかったら、そのあたりのたうちまわって悶絶してるぞ。それで半日以上もがく。あれは見ててあまり気分のいいものじゃない」
そう言って雅隆は自販機でもう一度紅茶のボタンを押した。
……吐いたら、まだいくぶんかマシになった。
しかし、吐くって言うのは、何でこんなにも体力使うかな。
うがいをして
「ご迷惑をおかけしました」
よろよろとしながらトイレから出てきて、心配そうに待っていてくれた面々に頭を下げた。
「いや、こっちこそ無理やり食べさせたし……ごめん。大丈夫?」
高田君が心配そうに謝った。
私は首を振る。
「ううん。私も食べちゃったし」
私は笑ってそういうと、目の前に紅茶のカップを差し出された。
さっきはアイスだったけれど今度はホットだ。
「とりあえず、飲んどけ」
彼があきれたように言う。
またしてもやってしまった。
「……ありがとう」
またすっかり迷惑をかけてしまったよ。
一口飲みながら私は小さく自嘲した。
「さっきよりすっきりしたっていう顔はしてるけど……大丈夫?」
前田君が心配そうに尋ねた。
「うん」
「でも無理はしないほうがいいよ」
沙耶香ちゃんが落ち込んだように言った。
さっきから彼女はとても沈んだ様子だった。
「ごめんね」
私が謝ると、沙耶香ちゃんは頭を振った。
「私こそ、ごめん。付き合い長いのに、メロンのこと知らなくて。無理やり食べさせちゃったし……」
私はそっと沙耶香ちゃんの頭をなでた。
「だって、アレルギー検査は引っかからないし、自分で気を付けてたらそれでよかったんだもの。生メロン、あるの知ってたら食べずにいたらよかったし。今日のだって詳しく聞かなかった私が悪いんだよ。ただ、メロン風の味は好きなんだ。だから生メロンとか果汁を使っていないメロン味のものはついつい食べちゃうんだけど、ごめんね」
私が謝罪すると、沙耶香ちゃんは私にそっと抱きついた。ぽんぽんと彼女の細い肩を叩いてなだめる。
これは本当に自分の責任なのだから。
それからその後これからどうするかという話になった。
気を取り直してどこかに行こうかとも言っていたのだけれど
「吐くのも体力要るからな。今日はもうお前はここまでにしとけ。明日休まれても困るからな」
彼がそう言って私の腕を引っ張った。
むっとして見上げたら彼がくすりと笑う。
どきりとした。
私の一番好きな笑い方だったから。
「心配しなくても送り届けてやるよ」
彼が笑いながら言った。送ってくれるのは正直助かる。
でもね?
つい三日ほど前のあの一件が私の中に蘇る。
彼もわかったのだろう。
「心配しなくても体力の落ちてる女を襲う趣味はねぇよ」
そう苦笑いした。
まぁね。そうだよね。
そこまでしなくても、相手はいるもんね。
自意識過剰になってるような気がしなくもないけれどつい気になっただけだ。
私たちの会話を静かに聞いていた高田君の眉がぴくりと上がった。
けど。あえてそちらを見ないで
「じゃぁ、お願いします」
私はぺこりと頭を下げ彼にお願いをした。
と、そのときだった。
ジャージ姿の男の子が走ってきた。
「コーチ! こちらでしたか。お客さん見えてますよ」
そう彼に声をかけた。お客さん?
「客?」
彼も首をかしげているとジャージ姿の中学生がここから死角になる場所にいるらしい客人を招いていた。
そうして、一仕事終えた男子学生はまた走り去っていく。
「……じゃ、私達はそろそろ行くよ」
沙耶香ちゃんが私に手を振った。
前田君が苦笑い気味に頷く。
高田君が私を見ていた。
何か、聞きたそうな目だったので隠れるように私は俯いた。
何を聞かれるか、わかるような気がしたので。
だって、あの人何気に私の下の名前……連呼したし。
私も彼の名前を呼んでしまったし……。
「あー! 久しぶりーー!!」
そこに静寂を切り裂く声が響いた。
「功治に聞いてたけど、本当にコーチしてるなんて驚きだなぁ!」
底抜けに明るい声が響いた。うーわー……。7年たっても変わらない人がまたここにいるよ。
声を聞いただけで私はがくりとへたれた。
「佐久……煩い」
隣にいた彼もやってきた客人に力を抜かれる。
「何!? 俺ら捨てて勝手に大学海外行っておいて、何言ってんだよ。先週功治が会わなきゃ、俺たちにも戻ってるのずっと黙ってる気だっただろ!」
忘れもしないあの事件を起こした張本人が目の前にいた。先週藤堂君に会ったもんなぁ。きっと横つながりでいろいろ流れるとは思ったんだ。
小柄な佐久君はにぎやかに駆け寄ってきて、ふと私を見て固まった。
「……あーーーーっ!? 強烈メロンアレルギー女! フガッ!!!」
佐久直人め……、奴は私を指差して思いっきり絶叫した。
けれど最後はあわてて走ってきたらしい藤堂功治が急いで佐久君の口を手で覆った。相変わらず藤堂君は佐久君のお守りをしているらしい。二人の関係は中学時代からまるで変わっていないようだった。
「あの事件はシュークリームにメロンを仕込んでだまして食わせたお前が悪い。ごめん、もっちー。相変わらず、こいつ頭可哀想な子なんだ。覚えてるだろ?」
藤堂君が私に謝罪する。
しかも、もっちーって久々に呼ばれた。思わず噴出してしまう。
「頭可哀想とか言うな!! ……フガッ!!」
佐久君はもがいてなんとか藤堂君の手を離れて声を出そうとするけど、再び藤堂君に封じ込まれた。
昔からこの二人の体躯の差はれっきとしていて、佐久君は完全に分が悪い。
「いいから静かにしろって。……久々。元気だったか?」
藤堂君は腕で佐久君をねじり締めたまま私を見て優しい声で尋ねてくれた。
本当に久しぶり。相変わらず彼とはまた違う意味で男前な人だった。
「うん。おかげさまで」
私が言うけれど
「でも、なんか今は顔色悪そうだな。またメロンでも食ったのか?」
佐久君の言葉に、私達は無言になった。
あははははは…………。
乾いた笑いがつい洩れる。
突然の出来事に帰りそびれていたほかの面々も視線をさまよわせた。
空気を読んでくれた藤堂君がパコンと佐久君を叩く。
「コレは本当におばかさんな子で、本人悪気はまったくないんだけどマジでごめんな」
藤堂が私の背後にいた人たちに謝った。
沙耶香ちゃんたちはプルプルと頭を横に振った。そして沙耶香ちゃんは私を見て
「……どういう知り合い?」
不思議そうに問う。
「同級生だったの。……この学校、私がこっちにいたとき通ってた学校だったから」
私が肩をすくめながら言うと、沙耶香ちゃんは目を丸めた。
けれど、しばらく天井を見上げて
「……あー、なんか、……パズル、解けそうな気がしてきた」
小さく呟いた。
……パズルってなんのパズルだろう?
後で何か言われるかなとかも思いつつ、私は前方の藤堂君と佐久君を見た。
「で、お前らは何しに来たんだ?」
彼が呆れたように藤堂君たちに尋ねた。
「そりゃ、まさたんの中学生にコーチするなんていう勇姿を見に! さっすがカイザー! テニス部200人切り伝説は伊達じゃない! って言いたいからさ」
まさたんって藤堂君……。
私は思わず顔を抑えた。
昔からそうだったけれど、私のこともずっともっちーなんて呼んでたけど、恐れずに彼をそう呼べたのは貴方だけだよ。貴方は、なんてチャレンジャーなの……。
すっかり帰りそびれてる沙耶香ちゃんたちも目が点だ。
隣を見れば彼が鳥肌の立つ手をぎゅっと握り締めて耐えていた。
『まさたん言うな。鳥肌立つ』
いつもは必ずそう言ってた彼が文句も言わずに黙ってる。
……苗字が下手にばれるよりそういう呼び方でも我慢するということだろうか。
「もう今日の練習は終わったぞ。来るの遅いんだよ。監督も帰っちまったし。来週もっと早い時間に道具持ってまた来い。しごいてやる」
彼は怒気を立ち上らせながら佐久君と藤堂君をにらんだ。
二人が一瞬で縮み上がる。
きっとめくるめく過去の地獄の特訓の日々が思い返されたのだろう。
坊ちゃん学校でも、彼らの部活は超熱血スポコンだったのだ。
「とりあえず、今はこいつ送っていくからな、後で藤堂に連絡する」
彼はそう言って、私にいくぞって合図をした。
「あれ? そういえば二人一緒ってことは、また寄りもど……フガッ!?」
「直人っ」
「佐久」
「さっくん」
佐久君の言葉は文末は藤堂君の手で再び押し込まれ、彼と私と3人で同時にストップをかけた。ついでに三者三様にらまれて、佐久君は藤堂君に口をふさがれたままおどおどしたように小さくなる。
「彼には、私が会社で出向した先でたまたま会ってお世話になってるだけだよ」
私がそう言うと藤堂君が再び手でごめんって言う合図を送った。
「とりあえず、持田が本当に具合悪そうだから、雅隆早く送ってあげて?」
藤堂君が佐久君の口元を押さえたまま私たちを促す。
相変わらず佐久君は困った人だ。
ずっと一緒にいたのだったら藤堂君の気苦労は何かとたえなかっただろうに。でもやはり仲良しなのだから、うらやましいことでもあった。
とりあえず正門の前まで一緒に戻って私たちはそこでわかれることにした。
さっきから沙耶ちゃんや前田君、高田君もとても静かだった。
私はなんだか変な不安がこみ上げてきて
「今日は本当ごめんね。……もしかして、もう私とは遊んでくれない?」
恐る恐る沙耶香ちゃんに尋ねた。すると沙耶香ちゃんはぶんぶんと頭を横に振った。
「んなわけないでしょ!! 私は誘うわよ!! たとえ巴ちゃんが棺おけに足突っ込んでたって私は巴ちゃんを振りまわすんだから」
沙耶香ちゃんの言葉に嬉しくなる。
「沙耶香ちゃん大好き」
私はぎゅっと彼女に抱きついた。
「いいって。こっちこそ、ごめん。それより早く行きなよ。市川君が待ちくたびれてるよ」
そう言って、沙耶香ちゃんは私の背中を押し出した。
彼は車のところで藤堂君たちと話をしながら私を待っていた。
「じゃ、市川君。巴ちゃんになにかあったら私が許さないから。安全運転でよろしくね?」
沙耶香ちゃんが彼を指差し念を押す。
彼は苦笑いして頷いた。
「なぁ、市川って、だ……フガッ」
そのとき不思議そうに呟いた佐久君の言葉をまたしても藤堂君があわてて封じた。
「直人はそんなことより今夜の事心配してな。言われただろ、雅隆に、『今夜はお前のおごりな』って」
「あ! そうだよ。俺、アイツと違って庶民なのに! あいつ、どうせ高い酒しか飲まないんだろ!? 勘弁してくれよ! 俺今給料前ですっからかんになってるのに!! 功治助けて!!」
どうやらさっきの間にそんな話になったらしい。藤堂君は佐久君の頭を宥めるように撫でているけれど、ちょっとだけ胸がすっとした。せいぜい店一番の高い酒を浴びるほどたかられればいい。
そんな二人に高田君が近付いた。
「あの二人って……」
そう尋ねかけたところで、藤堂君がストップをかけた。
「二人が言わない事を他人が言うのは反則だと思わないか? とりあえず、昔からもっちー……持田はどうもえぐいもの……いぐみがある食べ物は苦手みたいだから、注意してあげて?」
藤堂君が言うと沙耶香ちゃんが頷いた。
「甲殻類も、食べ過ぎると痒くなるって言います」
その言葉に藤堂君は微笑むと、
「俺らが彼女を知っているのは、せいぜい中学3年から夏休みに持田が引越しするまでの間の、短い期間なんだ。だからその後ずっと一緒にいる君が一番彼女の事知ってると思うけど?」
そう言って沙耶香ちゃんの頭に手を置いた。




