前編
はっはっはっ。荒い息を押えるように口元を手で覆って、走る。廃墟が立ち並ぶ広い広い道を、私は走っていた。後ろからは、吸血鬼共が追いかけてくる。でも、追いかけてくるのは下のランクの吸血鬼共だから、体力なんかはほとんど人間と同じ。追いかけてくるのは女の吸血鬼で、十五歳と言う若さを誇る私の足の早さには敵わないだろう。
廃墟の影に隠れて、女の吸血鬼共をやり過ごす。下のランクの吸血鬼共には、理性と言うものがない。と、言うのも下のランクの吸血鬼共は死んだ体から吸血鬼になった、所謂ゾンビみたいなものだから。人間であった頃の記憶はなく、腹が減ったら血を吸いに人間を襲いにくる。理性のないケダモノ。下のランクの吸血鬼はそんなもんだ。
吸血鬼共は、ランク付けされている。一番下のランクが死んだ体から吸血鬼になったゾンビで、真ん中の平民が貴族と呼ばれる上のランクの吸血鬼に生きている間に血を吸われて吸血鬼になった元人間。そして、上のランクが貴族と呼ばれる生まれついての吸血鬼共。こいつらは強く、体力やパワーも人間では太刀打ちできないレベル。そして、そんな貴族の上に立つのが吸血鬼の王だ。貴族になるには、この王から直接血を吸ってもらわないといけないらしい。と言っても、王が自ら人間の血を直接吸うことはまず、ありえない。ちなみに、血を吸われて吸血鬼になるのは貴族か王に吸われた場合のみ。
私たちは、吸血鬼を退治するゲーム――「吸血鬼を滅ぼせ」と言うゲームの中にいた。これはフリーソフトで、パソコンさえ持っていれば簡単にできてしまうお手軽ゲーム。……だったんだけど、バグが生じてその際ゲームをプレイしていた人間たちが皆ゲームの中に吸い込まれてしまった。待っていたのは血に飢えた吸血鬼共で……ゲームに吸い込まれた私たち人間は街を転々として吸血鬼共から逃げていた。どうやら、ゲームをプレイしていた私たちと元々この世界にいた人間では血の美味さが違うらしい。吸血鬼共は、ゲームをプレイしていた私たちの血を好んで吸う。
私もその中の一人で、正体は中卒の引きこもり。中二の頃いじめにあって、それからずっと不登校。高校には進学しなかった。周りが社会人や学生と言うことに、驚きを隠せなかった。こんなつまんないゲームやってるの、私みたいな暇人ぐらいだと思っていたから。同時に、恥ずかしくもあった。周りが社会人や学生の中、私だけヒキニートなんて。幸いゲームに吸い込まれた際に着ていた服は部屋にあるルームランナーで運動するための服装だったから、いつも着てるダサいトップスにショーパンではないのがよかった。
下のランクの吸血鬼に捕まれば、致死量の血を吸われてゲームオーバーだろう。要するに、リセットボタンのない死が待っている。平民は理性もあるし、元人間と言うこともあって血を吸うだけで逃がしてくれることが多い。貴族に捕まると、家畜にされることがほとんど。貴族共は人間を家畜と称して飼うのだ。それだけたくさんの人間を飼っているか、それが貴族共のステータスに繋がる。実に迷惑な話だ。
家畜にされると、首輪をつけられ貴族共の集まる廃墟に鎖で繋がれる。そして、定期的に血を抜き取られるのだ。貴族共が抜き取った人間の血が、そのまま王の食糧になるそうな。だから、王は人間から直接血を吸ったりはしない。まぁ、そのおかげで生まれついての貴族以外に貴族が増えないのはいいことだけど。
「ひっく、ひっく」
「――! ……どうしたの、君」
下のランクの吸血鬼から逃げていたせいで、すっかり街から離れてしまった。廃墟をぶらぶらしていると、隅のほうで十歳ぐらいの男の子が泣いているのが見えて、気づいてから声をかけようか迷って……結局声をかけた。男の子は、泣きすぎて真っ赤に腫れた目をクリクリと動かして私を見る。こんな幼い子供までパソコンでゲームをする時代なのか……っと、今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
「待ってるんだ、下のランクの吸血鬼を」
「……どうして?」
「死ぬために」
男の子の言葉に、衝撃を受ける。こんな幼い子供が死を望むほど、私たちは追い詰められているのか。……確かに、追い詰められた状況にあると言える。街に住むゲームの住人たちは私たちが吸血鬼を引き寄せると気づいてからはあまり受け入れてくれなくなったし、このまま吸血鬼共に狩られて死ぬのかもしれない。
……だけど、私は。
ぐっと手を握りしめ、男の子にニッコリと微笑みかける。慣れない笑顔に口元がひくつくのをなんとか押えながら、私は男の子に手を伸ばす。
「大丈夫、皆のところへ帰ろう」
「……どうして。お姉ちゃんは、こんな世界で生きたいと思うの?」
「……私はね、現実の世界に幸せを見いだせなかったの。だから、ゲームにのめりこんだ。だから、だから、せめてゲームの世界でくらい、幸せを見いだしたっていいじゃない……!」
「うん、じゃぁ家畜になって僕たち貴族に尽くす幸せを見いだそうか」
「――! き、貴族!」
振り返ると、誰もいなかったはずの廃墟にはいつの間にか貴族共が集まっていた。
おかしい。私は恐怖より先に、違和感に襲われていた。貴族共は、基本的に街を襲う。下のランクの吸血鬼共が、廃墟街を襲う。それがこの世界での普通、当たり前。なのに、なぜ……誇り高き貴族共が、こんな薄汚い廃墟街に現れるの? おかしい、おかしい。私の訝し気な視線に気づいたのか、貴族の一人が明らかに見下した目で話しだす。
「なんて、冗談だよ。どうもウチの王が、気に入った子供を見つけたって言うんでね」
子供……? まさか、この男の子? はっとなって振り返って怯える男の子を見つめる。ぐっと手を握りしめる。唇を噛みしめてから、覚悟を決める。
「逃げて」
「え、でも……お姉ちゃんは」
「私は平気だから、ね? 街へ逃げるの。さぁ行って!」
私が背中を押すと、男の子は勢いよく走りだした。
……? 集まっている貴族共が、クスクスと楽しそうに笑う。何がおかしいのよ、何が! そう怒鳴りたいのをぐっとこらえて、目の前の貴族に問う。
「その王様ってのは、どこにいるわけ? 貴族に狩りをさせて自分は高見の見物?」
「いいや、ちゃんときているさ」
老朽化で崩れたのか、天井があったであろう部分はぽっかりと開いている。夜空から降り立ったのは、一人の少年だった。病的なほど白い肌に、キラリと輝く細い二本の牙。端正な顔に、思わずため息がもれそうになるのを我慢する。敵を前にして、魅了されてどうする! そう自分を叱咤して、私はギッと少年を睨みつける。少年が、ふっと口元を緩ませる。
「余が気に入った子供とは、お主のことよ。気の強い娘」
……はい? いや、どう考えてもおかしい。私から見れば君のほうが子供なんだけど! さっき逃げた男の子と対して変わらないし、見た目!
そんな私の心の声を拾ったのか、少年がふわりと微笑む。
「余は何千年と生きておる。見た目をこれにしているのは、そのほうが人間を騙しやすいからよ。何なら、お主の好みの姿にしてやろう。好みの見た目を語るがよい」
いやいや、吸血鬼共に囲まれて「私の好みの男性はー」とか語りだしたら私、どう考えてもおかしい人でしょう。こんな状況で、そんな呑気なことができるわけがない。少年もとい吸血鬼の王は、わかっていて言ったのかクスクスと楽し気に笑っている。
「冗談よ。なぁに、痛いのは一瞬だけだ。安心するといい」
「はい?」
首をかしげた瞬間、目の前から吸血鬼の王が消えた。チクリとした注射針を刺されたような痛みに気が付くと、吸血鬼の王の牙が私の首に食いこんで血を滲ませていた。じゅるる、と耳元で血をすする音が聞こえ、意識が遠くなる。最後に見たのは、ニヤリと不敵に笑いながら口元の血を拭う吸血鬼の王の姿だった。
夢を、見た。朝は六時半に起きて、身支度を整えながら憧れのブレザーに袖を通して腰まで伸びたサラサラの自慢の黒髪を櫛でとかして、玄関をでる。学校へは電車に揺られて向かい、電車に一緒に乗り合わせた友達と楽しくおしゃべりをする。学校についたら授業を受けて、コッソリ同じクラスの好きな男子の横顔を盗み見る。昼休みは母が作ってくれたお弁当を友達としゃべりながら食べ、また電車に揺られて家に帰る。幸せな、私がずっと憧れ続けた高校生活そのものだった。
ふっと目を覚ますと、ふかふかの棺桶の中に寝かされていた。慌てて跳ね起きる。
「何これ、悪趣味!」
「悪趣味とは失礼な」
棺桶に寝かされていたと言う衝撃から、傍に誰かいたことに気が付かなくて悲鳴をあげるところを、小さな子供の手で塞がれる。視線だけ動かすと、そこにいたのは吸血鬼の王。
「ふむ、サキの好みは夢に出てきたような男なのか? よかろう、サキ好みに変化するとしよう」
吸血鬼の王はぼそぼそと話すと、辺りからもわもわと霧のようなものがわき出てきて、視界が遮られる。室内で霧? なんて首をかしげている間に霧が晴れたかと思えば、そこに立っていたのは夢に出てきた好きな人ソックリの青年だった。サラサラの黒髪に、知的な雰囲気を思わせる銀縁の眼鏡。服は黒のブレザー。まさしく私の好みど真ん中だ。思わず、相手が吸血鬼の王だと言うことも忘れて見惚れてしまう。
「はっ。な、何で私の名前知って……!」
「知っておるぞ? シマブキサキ、それがお主の名前であろう? それよりどうだ、この格好。サキの好みそのままではないか。我ながら変化の能力の高さに惚れ惚れするな」
……何、こいつ。変人? それとも変態? 確かに見た目はドストライクだけど、中身が残念すぎて見た目でカバーしきれてないんだけど。いやいや、しかしこの見た目は本っ当に好みだ。夢に出てきた好きな人ソックリ! 私こう言う人が好みなんだよねー。サラサラの黒髪! 知的な銀縁眼鏡! 最高! ……はっ。いけないいけない。正気に戻れ、私。
「これからサキは、余の妻として吸血鬼の王妃となるのだ」
「はい?」
「うむ、いい返事だな。詳しいことは貴族に聞くといい。余は仕事に行く」
いや、今の返事じゃない! そんな突っ込みを入れる間もなく、私のドストライクの見た目のまま吸血鬼の王は去って行った。
「と言うわけで、今日から世話係を命じられたフェインと申します」
「はぁ……。あの、私……吸血鬼の王に血を吸われたんですよね? あ、だよね?」
何で吸血鬼相手に敬語を使わなければいけないのか、と思ってわざと言い換えたら世話係と言ったフェインとか言う吸血鬼……恐らく貴族。は、私が言い換えたことを気にも留めずにニッコリと微笑んで答えた。
「はい、サキ様は王に血を吸われて吸血鬼になられました。そして、王がサキ様を妃にするとおっしゃられたので、今日からサキ様は吸血鬼の王妃様になられます」
……は?




