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幸運を呼ぶペット

作者: 中谷鳴

 ある日、ステファニーは友人からこんな話を聞いた。

「あのね、町の交差点の角にあるペットショップで、五匹のプードルを買ったおばさんがいるの」

「五匹? そんなに沢山?」

「そう、そのおばさんは犬好きで、入荷したばっかりの赤ちゃんのプードルをまとめ買いしたわけ」

「それで?」

「その後、そのおばさんには五つの奇跡があったの。宝くじは当たるし、新しい結婚相手は見つかるし、行方不明の娘が帰ってきて、持病の腰痛が嘘みたく消えて、隣三軒が火事になっても、その家は全然燃えなかったの。でも、五つ目の奇跡が起こった後、突然プードルが全部死んでしまったんですって」

「なんですって? それってどういうことかしら……」

「つまり、皆が言うには、そのプードルが幸福を運んだり、不幸からおばさんを守ってくれて、その為に力尽きて死んでしまったのではないかって言うこと」

「まさかぁ。幸運とかは偶然で、プードルは伝染性の病気じゃないの?」

「ううん、犬は全部がショック死みたいな感じだったんだって。まあ、幸運の方は犬のせいかどうか分からないけど、でも偶然にしてはあまりに出来すぎているでしょ?」

「うーん、まあ、そうねえ……」

「それで、その噂が広まってからは、そこの角のペットショップは大繁盛」

「他の人にも幸福が来たの?」

「ううん、それが別に来ないんですって。それに、勿論買ったペットも死んだりしていないの。まあそれが普通なんだけれど、幸運を呼ぶペットを求めていた人が結構居たらしくて、自分でペットを殺してしまったりってことも起きたんですって」

「酷いことするわね。それに、幸運にペットは関係ないんじゃない?」

「分からないわ。でもそこの店主も、とても謎めいた感じの老女なのよ。占いとかもするらしいわ。それに、そういうやましい気持ちでペットを買おうとした人には、幸運なんて来ないって予め言っていたんですって」

「うーん……不思議な話ね。それで、結局何が言いたいのジェシカ?」

「あんた、ペットが飼いたいって言っていたじゃない、ステフ」

「まあ、思ってはいたけれど……」

「何処かで貰う予定がないのなら、そこで買ってみなさいよ。最近ついてないってそればっかりじゃない」

 確かに、ステファニーはここの所全くついていなかった。自信があった論文が目の前でゴミ箱に投げられたし、彼氏にはふられた。父が肝臓を悪くして入院、そのせいで生活は苦しくなった。

「でも今、お金が無いのよ。ペットどころじゃないわ」

「だから、賭けよ。あの店のおばあさんに、幸運を呼ぶペットを貰うのよ! そうすれば、あんたの生活はみるみるうちに明るくなるかも」

「うーん、本当に、何だか根拠のない賭けだわね」

 しかしステファニーは少々興味をひかれて居たので、友人ジェシカの誘い受けた。ジェシカは今度の休みに一緒にペットショップに行ってみよう、と言った。


 家に帰るとステフママは趣味のキルトを作っていた。

「ただいま、ママ。あのね、パパがこんな時にちょっと何かも知れないけれど、実はペットを買うかも知れないの」

「え、ペット? ペットねえ……まあジェイソン(ステフパパ)もあたしも動物は好きだけどね……だけどペットってお金が掛かるのは買う時だけじゃないのよ」

「分かっているわよママ。でも、ちょっとした賭けなの。勿論面倒も餌代もあたしがバイトして出すから。駄目?」

「まあ、そういうのなら、別に無理に駄目とも言えないけれどね。だってあんたにも楽しみが必要でしょう? フレッド(ステフの元彼)とは駄目になったんだし……」

「ああ、そのことはもう言わないで、言わないで。もういいの。あんな奴! まあ可愛いペットを楽しみにしていてよ」

「今日はバイトはあるの?」

「いーえ。でも、宿題が溜まっているわ。今夜は徹夜ね」

「ああ、キルト作りを手伝って貰いたかったのに!」

「ママ、何度も言うようだけれど、あたしはキルト作りには向かないわ……」

 ステファニーは二階の自室のベッドに横になった。ああ、良いことなんてないなー。とぼんやり思う。ステファニーを可愛がっていてくれたお祖母さんも死んでしまったし、ようやく恋人になれたと思ったフレッドとは二ヶ月で駄目になった。何が悪いんだろう、とステファニーは思った。何か、何かが悪い、それか幸運を呼ぶ何かが去っていってしまったのだ。もしかしたらグランマが幸運を呼ぶ力を持つ人だったとか。ああ、駄目。すっかりジェシカの話に引き込まれている。でも、もしそのペットショップに不思議な力があるとしたら……。ああ、そうよ、藁にでも縋りたいのよ。だったら、ペットの二匹や三匹、買ってやるわ。ああ、でもその子達は死んでしまうのだっけ? 


 約束の日になって、ジェシカと待ち合わせているデニーズに急ぐ。

 ジェシカはとても綺麗にお化粧をしていて、マスカラもびっしり塗ってあった。超ミニのスカートで、パンティが見えそう。着ているのって、全部ブランドの高い奴。つけているアクセサリは彼氏からのプレゼント。ジェシカの家は裕福だ。自由奔放でも全然怒られない。それに比べて……。

 いや、やめよう、とステファニーは思った。一番の友達を羨むなんて、情けない。最近良くないことが重なり過ぎているから……。

 ステファニーはいつものスカートにパーカーという普通の恰好だった。

「遅れてごめん。ママが、お見舞いに行く準備を手伝えって言うもんだから」

「いいのよ、あたし、お昼まだだったから食べてたもの」

「オートミール? あたしならフライドポテトとチキンを食べちゃうな」

「太りたくないの」

 ジェシカは物凄く痩せている。以前はグラマーでスタイルがとても良かったけれど、痩せる快感の虜になってから、カロリーが低く食物繊維の多いものばっかり食べているらしい。その割にバッグにはベルギーチョコレートとか入っているから、何だか良く分からない。

「あんたは? 食べたの、お昼?」

「サンドウィッチでも食べようかな。注文していい?」

「いいわよ。でも、ビーフサンドイッチはよしてね。あたしの前で、肉は食べないで」

「分かったわ」

 本当は肉が大好物のジェシカは、目の前で肉を食べているのを見ると耐えられず過食に走ってしまう。協力するのが友達と言うものであろう。

 取りあえずベジタブルサンドウィッチを注文して食べ、会計を――ジェシカが奢るわ、と言って一緒に払ってしまった。こういう時には甘えても良いと思う。なにせ、本当にジェシカは金持ちだから、遠慮すると不機嫌になる時があった。こっちもプライドとか遠慮とかがあるけれど、まあ、ジェシカに限っては、奢られてもいいのだろう。ステファニーは思った。

 そのペットショップは黒が基調の造りだった。

 壁やら柵やら扉やらが、全て黒と縁取りは白の店。少しだけ奇妙。所々にダビデの星がペインティングされていた。

「ハロー? ここ、ペットショップよね?」

 奥からしわがれた声が聞こえてきた。

「他に何に見えるんだい? 占いの館? ああ、何でもいいさ。黒魔術の家かい? それでお嬢ちゃんがたよ、何を探しているんだ」

「幸運を呼ぶペットよ」

「またかい。いっとくが、そういうのは巡りあわせだ。幸運を呼ぶペットに出会えるかどうかも、運のうちなんだよ」

「でも、おばあさんは知っているんでしょ? どれが幸運を運ぶペットかを」

「……知らないってこともない。ただ、お前達みたいな奴には渡したくないね。悪意がこの子達を殺してしまうからね」

「悪意が殺すの? ではどっかのプードル五匹も、力尽きたのではなくて、悪意が殺してしまったの?」

「ああ、やっぱりあの話を知っているんだね。そう、あれはアーデル婦人がもっともっと幸福をって強欲になってきたから、プードルの方で見限ったんだね」

「じゃあ、力尽きたのではなくて、主人を見限って死んでしまったの?」

「まあそんなようなもんだね」

「でも、それなら高望みしなければいいのね」

「ふん、まあそうと言えなくもない」

「それにしても不思議だわ。動物には人間よりよっぽど不思議な力が宿っていると言うことなの? どうして幸運を呼ぶペットなんて存在するの?」

「聞きたいかい? いやな気分になるだろうけれどさ。あの子達はある賢者の生まれ変わりなんだ。それか酷く不幸のまま早死にした綺麗な心の持ち主の生まれ変わり。そういう特殊な生まれ変わりだけ、特別に力を得るんだろうね。動物にしか生まれ変われないのだけれどね」

「そんなことまで分かるの! おばあさん、凄腕の占い師ね?」

「さあね。そんなこと今までの人生で言われたことなど無いわ」

「で、今居る幸運のペットを見せて欲しいの」

「いやしないね」

「いえ居るわ。さっき、お前たちみたいなのにこの子達を渡したくないって内容のことを言ったわ。つまり、ここに幸運を呼ぶ子が居るってことだわ。もし居ないのなら、あの子達って言ったはずだもの。違う?」

「……言ったかね、そんなこと。まあいい。客はお前達だけだ。何か不都合があったら殺されるくらいの覚悟で見るんだね」

 冗談なのかなんなのか分からなかったが、老婦人の示す箱をステファニーは開けた。

「可愛い! 可愛い可愛い!」

「どれどれ? 見せてよステフ」

 箱の中には五匹の猫がいた。瞳の色はブルーのと黄金のものと二種類。ただ、全部黒猫だ」

「ブラックキャット! うわーちょっと……呪われそう~」

「何言っているのよジェシカ。フランスじゃあ幸運を呼ぶと言われているのよ」

「だってあたし、パパが持ってたブラックキャットの本が怖くて、夜トイレに行けなかったのよ!」

「読んだの?」

「まさか! 怖いもの怖いもの! だってたった5歳の子供だったの! 表紙だけで怖いものってあるでしょ!」

「ああ、あたしは猟奇殺人の本を集めているお兄ちゃんが怖いわね。表紙だけで怖いの。あと、戦争の写真、あれは怖いわ。本当に怖いわね」

「お嬢ちゃん方! 無駄話はいいんだ。それより、買うのかい、どうするんだ!」

「え、買うって……全部? 五匹全部?」

「幸運を呼ぶのをくれって言ったじゃないか。そいつらは、あたしの目利きでは力ありだね」

「そう……じゃあ、せめて三匹……」

「駄目だね。そいつら纏まって力があるのかも知れない。三匹で幸運が来なかろうと、あたしは知らないよ」

「……どうしようジェシカ!」

「買いなさいよ! おばあさん、幾ら?」

「餌とトイレ砂込みで……んーと、600ドルで済ませてやる」

「ろっぴゃく……」

 ステファニーは自分のパスケースを覗いた。 

 バイト先から給料を貰ったばかりだったので、何とかぎりぎり800ドル近くあった。けれど、これは生活費とか学用品とか服とか食料……それら諸々に消えていくはずのお金! それをここで五匹? 五匹もの黒猫? ああ! 本当に宝くじを買うより確立の低い賭け! ああでもどうしよう……。

「別に買わなくても良いんだよ。誰かが買っていくんだからね」

 ステファニーはううう、と妙な唸り声をあげた。

「待って! 待って……分かった、買うわ。買う。お願いよあんた達、あたしの家は不幸なの。だからちょっと幸せにしてくれれば、死んだりなんてしなくていいから……お願いよ」

 こうしてステファニーはちびちびの黒猫五匹を、買ったのだった。

 散財というには余りに高かったが……。


「うーん、小さいわねー。可愛いー」

「可愛いーじゃないわよ。こいつらがどんな幸福を運んでくれるんだろ! 幸福が来たら、教えてね、絶対」

「う、うん……」

 正直な所、ステファニーは普通に猫が好きである。それであり得無さそうな見返りを求めていると思うと、ちくちくと良心が痛むのだった。

「幸福を運んでこなくても、捨てたりはしないわよ。きちんと可愛がってあげる……」

 ジェシカが帰ってから、ダンボール箱でくっついて眠る子猫たちにステファニーは囁いた。ペットショップで動物を購入すると、こいつ一匹で120ドルか……などと換算してしまうのが嫌な所だ。けれど何だか悪魔的な魅力というか、藁にも縋るというか、おばあさんの怪しさとか、そう言う部分が引き金となってうっかり……買ってしまった。

「幸運ねえ……」

 そもそも幸運というのは人それぞれ解釈が違うであろう。それをどうやって考えるのか。この猫達が考えるのだろうか。それとも誰かが指令を与えるとか……。

 ともかく、家の不運だけは追い払ってくれればなあ……。

 ステファニーは猫達にミルクを与えながら、ぼんやりと思った。

 異変は早速次の日に起こったが、それがこの猫達のお陰なのかどうかはいまいち分からない。

 入院していたステファニーの父、ジェイソンの容態が回復し、自宅療養に切り替わった。薬と通院でこの先良好であれば、また働くことも望めるだろうということだった。

 大学で早速そのことを、ジェシカに話した。

「やっぱり、来たんじゃない幸福が! あの猫達には力があるのよ!」

「そうかなあ……だって、命に関わるほどの病気だった訳ではないのよ。それはただ治療とか医学の恩恵ってことで、凄く不思議な幸運って訳じゃないわ」

「でも、そこまで不思議な幸運が来ると、あの黒猫達は死んでしまうんでしょ?」

「うーん、そうなんだろうけどね。まあ、この先何があるか……一応期待しておきましょ」

 ジェシカの方は少々興奮していたが、ステファニーはそれほどでもなかった。

 偶然、というよりやはりただ治療の成果、としか考えられないような気もする。

 その日は他に何と言うことも無く、無難に終わった。

 その後起こったことは、やはり何だか偶然にしては幸運過ぎるようだった。

 ママの作ったキルトがコンクールで賞を取り、小額ながら賞金も貰った。ステファニーの方も論文のコンクールで入選した。ずっと昔にお金を貸していてそのままだった人から、二万ドルという大金を返して貰った。パパはそんなこと忘れていた位なのに。

 という訳で、もし幸運の仕業だとすれば、既に四つの出来事が起こったことになる。

 しかし、それは何だかやはりただの偶然ではあるまいか、と思わないわけにもいかなかった。

「あと一つ、残っていることになるわよね」

 ジェシカが言う。

「まあ、あれがあの猫達のお陰ならね」

「でも、良い事がこんなに連続するなんてこと、そうそう無いじゃない。やっぱりあれは幸運のペットだったんだよ」

「じゃあ、あと一つで死んじゃうのかしら?」

「でも、その方があんただっていいんじゃないの? だって五匹も育てるなんて大変じゃない」

「確かに五匹分の餌代とかって、馬鹿にならないよね。これからもっと大きくなるんだし。でも、別にあたし死んでくれって言っている訳じゃ――」

「はいはい、じゃとにかく、あと一個叶ったら教えてね」

 そう言ってジェシカはひらりと舞うように去っていった。あと一個、何が叶えられるのか? 猫達が来てからなかなかに生活は好転したが、これ以上劇的に変化するとは思えなかった。自分も帰ろう、そう思ってテキストを纏めていた時だった。

「なに……?」

 テキストの一ページが、真っ黒に塗られている。

 ステファニーは周りを見た。誰も、ステファニーの動揺に気がついていない。近くに座っているマイケルも。

 何かの嫌がらせとしか思えない。

 これは明らかに、誰かがわざとやったものだ。

 相談しようにも、ジェシカは先に帰ってしまった。

 何だろう……。

「気持ち悪い……」

 ステファニーはそっとクラスを出て行った。

 家に帰ると、ママが項垂れていた。

「どうしたの?」

「郵便受けに、ネズミの死骸が入っていたのよ……」

 ステフママが示す箱の中に、ピンクの小さなネズミが死んでいるのが見えた。

「やだ! 何これ……」

 ネズミはどうみても人間によって潰されて死んでいる。

「誰かが入れたとしか思えないわ。ネズミがうっかり入って自然死したようには思えないもの」

 誰かが入れたに決まっている。何の嫌がらせなんだろう。

 とにかく、ネズミを置いておくのは気持ち悪いので庭に埋めた。何処かに放っておいても死臭を放つだろうと思ったからだ。

 ステファニーは部屋に戻ると、猫達のために缶詰を開けてやった。猫ははぐはぐとくっつきあって食べる。ぼうっと、幸運から不幸に転じてしまったことを感じた。何だろう、これは。あと一回幸福が残っているはずなのに。いきなり訳の分からない嫌がらせに合うとは……。

 そうなると、今度はこの猫を買って来たことが運が悪く回った始まりのように思えてくる。

 何が悪くて、何が良いのか。

 ステファニーは全ての良いことには原因があるのではないかという考えに取り付かれていった。


 悪いことは続いた。

 ステファニーはいつも決まった席に座っている。というよりも、講義ごとにそれぞれ誰が何処に座るかなんとなく決まっているのだ。

 だから、机の中に潰した大量の蟻を見つけた時、自分がターゲットだと思わない訳には行かなかった。

 家には奇妙な郵便物が届き、悪戯電話も少なくなかった。

 悪いことが、酷くたくさん続いている……。

「どういうこと? 猫達は、生きている?」

 猫と幸運、不運を結びつけて考えつつあるジェシカが訊く。

「生きているわ。でも、四つ良いことがあったと思ったらこの有様……なんだかもう……」

「あと一個、いいことがあってもいいはずなのに、いきなり嫌がらせが始まった? 誰なのかしら、そんなことしているの……」

「分からない。全然。もうパパもママもすっかり参っているし」

「……これって、呪いじゃないの?」

「は?」

「だからー、ペットを買って幸運が来ることもあれば、不幸が来ることもあるんじゃない? つまり、あの五匹の内、四匹は幸運を呼んでくれた訳。だけど、一匹だけ途轍もない不幸を呼ぶ猫が居るのよ、辻褄合うでしょ?」

 もはや呪いとかたたりと言い出すと辻褄も何も無いと思ったが、猫の幸福理論に関して言えば、なんとなく筋が通っているようにも思える。

「でもそれだったら、どうすればいいの? その不幸を呼ぶ一匹だけを始末しなくちゃいけないわけ?」

「まあそういうことになるよね」

「でも、一体どの子が? 五匹ともそっくりなのよ?」

「もう一回あの店に行ってみたら? あのおばあさん、占いもやっているみたいだったし」

「うん……」

 授業が終わって、もう一度ステファニーとジェシカはおばあさんを訪ねた。するとおばあさんは意外な顔もせずに、飄々と言う。

「おや不幸を呼ぶ奴が混じっていた? それは不運だったね。だけどペットで幸福になろうっていう浅ましい根性が悪い。あたしは知らないね」

「そんなー。やっぱり、あの中のどれかが不幸を呼んでいるの? どうしたらいい?」

「そんなこと知らないよ。でも今更返品なんて言わないでおくれよ。小さい時ならともかく、もう二ヶ月も経っているんだ、売れやしない」

「せめて、どの子が不幸を呼んでいるのか分からない?」

「なんであたしがそんなこと分かるんだ。自分で考えな。まあ、可哀想だからその不幸を呼ぶ一匹だけは引き取ってやってもいいよ。ただでね。だけどあたしが納得するような説明が欲しいけれどね」

「そんなこと言ったってー」

「一つだけ教えておいてやるけど、幸福を呼ぶ奴はそいつの近くに居れば居るほど幸福になる。不幸を呼ぶ奴の近くに居れば居るほど不幸になるよ」

「?」

「買わないなら帰っとくれ。あたしだって忙しいんでね」

 そう言って、おばあさんは今まで見ていた雑誌に目を向けて、もうステファニー達を見てはくれなかった。

 ステファニーは猫達を前に、考えた。

 おばあさんは「幸福を呼ぶ奴の近くに居れば居るほど幸福になる」

 「不幸を呼ぶ奴の近くに居れば居るほど不幸になる」と言った。

 つまり、この子達を分けて、それぞれと居る時間、何が起こるかを見ていれば、どれが不幸を呼ぶ猫か分かることになる。

 今まで名前さえつけていなかったくせに、ステファニーはそれぞれに首輪をつけて、順番にA,B,C,D,Eとアルファベットの名前をつけた。そして、次の日Aだけを抱き上げて、一日中一緒に居た。他の子には餌をあげるだけで、何もしなかった。連休に入っていたので、ステファニーには猫と遊ぶ暇がたくさんあった。

 次の日、今度はBと一緒に一日居た。猫にかまけているステファニーを見て、母親は呆れていたが、ステファニーは昨日取り立てたことは何も無く、それどころかお隣からチキンを貰ったので、Aは恐らく幸運の方の猫だろうと考えていた。そして、一日が過ぎる。芝刈り機が壊れて困った、ということが起こったが、業者が親切でなかなか良い値段で引き取ってくれた。そこで、このBもなんとなく幸運の方の猫に思えた。

 次の日はCだ。ステファニーはバイトが入っていたし、あまりたくさん一緒に居る訳にはいかなかった。連休も今日で最後だった。それでもC以外の猫を構いはしなかったから、何も起こらなかった。Cも幸運の方だと仮定した。

 次の日は大学があった。そこで、こっそりとバッグの中にDを潜ませた。まだ五匹の猫は充分子猫だったから、鞄の中にも悠々と入る。

 その日に、事件は起きた。

 ステファニーは昼食を摂ろうと思い、鞄に手を伸ばすと、バッタの死骸がバッグから出てきた。うっかり触ってしまったステファニーはぎゃっと叫んだ。Dが入っていた場所とバッタが入っていた所が違うので、Dは気づかずに眠っていた。

「この子……? この子が……」

 久しぶりの嫌がらせで心がずたずたのステファニーには、Dこそが不幸を呼ぶ猫に思えた。一応、Eも確かめた方がいいかとも思ったが、不幸を呼ぶ猫だと思うと一日とて一緒に居たくない。ステファニーは午後の授業を休んで、おばあさんの店に直行した。

「分かったわ! 不幸を呼ぶのは、この子よ」

 そう言って、ステファニーは自分のしていた実験のことを話した。

「ふうん、成る程ねえ。まあ、あんたがそう思うんなら、いいよ、その子はあたしが引き取ってやる」

 そう言っておばあさんはDを抱き上げた。

「ああ、可哀想な子だねえ、こんな飼い主に育てられて」

「酷いこと言うわね。元々、その子は不幸を呼ぶんでしょう? それだったらあたしが可愛がれないのも当然じゃない。ああ、これで平和になるわ」

「ふん、さっさとお帰り」

 おばあさんはステファニーを睨んで、Dにほお擦りした。

 ステファニーの気分は悪かったが、不幸の根源が無くなったと思って、彼女はにこにこして家に帰っていった。



 …………。

 マイケル・アンダーソンは、午後の授業に出て、いつも隣にいるステファニーが居なかったのでほっと安息の溜息をついた。

 彼女が自分に好意を持っていて、それでわざと自分の隣に座るようになっているのは知っていた。そこまでは別に良かった。良くなかったのは、最近の彼女である。

 彼女から、猫を飼っている者独特の臭気が漂ってくるのである。

 猫嫌いと猫アレルギーを併発しているマイケルにとって、これは悪夢だった。そして、漏れ聴こえる話でなんとステファニーが五匹も猫を飼い出した事を知った。

 マイケルは猫嫌い特有の鼻のよさで、彼女の隣に居るのが苦痛となっていた。しかし、ここの席は優等生用と言われるくらい、教授の話が良く聞こえて黒板が良く見える。出来れば成績のそんなに良くないステファニーの方に、席を移って欲しい……。マイケルはステファニーに対して、特別な感情は無かったので、彼女が猫を飼い始めたことは彼がステフを嫌いになる理由として充分だった。

 こんなことをするのは、やっぱりいけないかも知れない……と思いつつ、ステファニーのテキストを黒く塗りつぶした。

 ステフの家の郵便受けに、実験用マウスを投入した。

 それでも席を替わる気配が無かったので、直接的に机に蟻の死骸を入れた。

 ここの席に居るのが嫌になるようにと、願って。

 ここまでした所で連休に入り、マイケルはしばしの安息を得て嫌がらせを休んでいた。

 次に大学に行く時には、どうかステフは別の席に座っていますように……と思って。

 しかし、ステファニーは隣に座っていた。しかも何やらにこにこしていた。

 マイケルは苛立って、ステファニーが席を立った隙にバッタの死骸を彼女のバッグに入れた。その時、バッグがなにやらもぞもぞと動き、マイケルは叫びそうになった。あれだ、猫の奴じゃないか? 彼は猫嫌い特有のカンで、バッグの中身が猫だと知った。

 それから、彼女が猫を連れてくる可能性を恐れて、マイケルは席を替わった。

 ステファニーは時々マイケルの方をみて、熱い視線を送ってくる。

 その度にマイケルはびくびくする。彼女が猫を連れているんじゃないか、こっちに来たらどうしよう。

 彼女は、猫臭くて仕方ない……。

 ステファニーは、四匹の猫を今、非常に可愛がっている。

 捨てられたDは、おばあさんと共に悠悠自適の生活を送っている。

 ジェシカはまだ猫が幸運を運ぶと思っている。

「ねえ、もしかしたら、あの四匹、また幸運をくれるかもよ」

 ジェシカがニコニコと言う。ステファニーがそれに答える。

「そう? だったら、あたしのマイケルへの想いが成就する、っていうのが望みだな」

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