6.説得と旅立ち
「えっと…………」
エスラルは激しく後悔をしながら声を上げた。
冷や汗が、背中を伝う。
(そういえば、授業で真面目に吹いたことなかったなぁ…………)
なんで気づかなかったんだ、とエスラルは自分を叱る。フレアが勘違いすることなど、よく考えれば分かっただろうに。まさかあれが引き金になるとは思わなかった。
話を終えたフレアは、何も見ていない目を下に向けていた。
「大変だったんですね………………」
それはありきたりな言葉だったが、エスラルの素直な感想でもあった。
フレアが僅かに顔を上げる。
自棄になっていたフレアは、エスラルに全てを話した。
自分が親を殺され孤児になったこと。魔術の才を認められ、将来城に仕えることを条件に学費全面免除で魔術学校への入学を許可されたこと。友達は一切できなかったこと。王子の教育係に任命されたこと。それで初めて自分に自信が持てたこと。若くして国一の魔術師と呼ばれ国王に期待されていたこと。しかしそれは戦力としてでしかなかったこと。殺人集団が国に入ったと噂されたこと。その集団に、王子が殺されたこと。その王子を本当の子供のように思っていたこと。それが突然消えて、自分の世界が崩れてゆくのを感じたこと。そして『アサシン』から陰湿な悪戯があり、もう何もかもどうでもよくなったこと。
(いや、最後のそれ僕からなんだけど…………)
しかしそれを告げるわけにはいかなかった。知れば、フレアはすぐにでも城へ飛んでいってしまうだろうから。そして何より、エスラルはフレアに叱られるのが怖かった。
エスラルはそれには触れず、言い聞かすように言った。
「でも、やっぱり自殺は駄目ですよ」
「王子がいないなら、私は生きていたくないの」
「大切な方だったんですね…………」
フレアの中の自分はそんなにも大きかったのか、エスラルは素直に驚く。
先程飛び降りようとしていた時の激昂も収まり内心ほっとしながら、エスラルは苦笑を浮かべる。
「それじゃあ……さようなら」
フレアが、不意に崖に足を向けた。
「ちょっと待ってください!!」
エスラルは焦り、大声を上げる。
しかし、フレアは止まる様子がなかった。
「これじゃ、『アサシン』の思うつぼじゃないですか!」
エスラルの咄嗟の一言に、フレアはぴたりと足を止めた。
フレアはそれを全く考えていなかったと見て、エスラルは説得にかかる。
(思うつぼも何も、あいつらのせいじゃないんだけどな…………)
勝手に責任を押しつけ申し訳なく思いながらも、そういうこととして話を進める。
「『アサシン』が王族を狙うのは、その国を弱体化させたいからじゃないんですか?ルッセルはこの辺りでは力を持っている国だと聞いています。王様が貴女を戦力として見ていたなら尚更排除したいと思うはずです。国一の魔術師なんでしょう?なら、復讐でも何でもしてやればいいじゃないですか。死ぬのはそれからでも遅くないと思いますよ」
驚いて目を見開くフレアを見ながら、エスラルは内心呆れた。いつも思慮深くなれと言っているのに、僕がいなくなった途端に嫌な考えに固執するんだから…………。
「そうね…………」
フレアの呟き。
「復讐……王子のためにも、やらなければいけないわ。何もせずに終わったら、向こうで王子に怒られる」
「……………」
(あー……フレアさん白い人なのになんか復讐とか黒いこと教えちゃった気がする……ていうか、フレアさんって、こんなに単純な人だったっけ?)
崖に背を向けるフレアを、エスラルは複雑な気持ちで見つめる。しかし、とりあえずでもフレアが生きる理由を持ってくれたことに安心もしていた。やれやれ、と首を振る。
そして、手を差し伸べた。
「一緒に、行きませんか?」
え、とフレアはきょとんとした。その顔を優しく見つめながら、エスラルは微笑む。
「俺…も、あいつらには少し恨みがあるんですよ。一緒に行きましょう?」
慣れない一人称に戸惑いながらも、エスラルは言い切った。嘘ではない。誘拐は立派な侮辱だった。
フレアは不思議そうな表情でエスラルを見つめる。
気恥ずかしくなり、エスラルは頬を赤くした。
「……あ…えっと、迷惑ですか……?」
弱々しい口調で尋ねる少年に、フレアはくすりと笑みを零す。
やっと笑ってくれた、と明るくなるエスラルの思考は、次のフレアの言葉で停止した。
「いえ……貴方、なんだか雰囲気が王子に似てるなあって思っただけ………」
エスラルが過剰に焦ったのは言うまでもない。
「私はフレア。フレア・スタージュ。貴方は?」
「エスラル・シューランといいます。………どこに行きましょうか?」
「とりあえず、悪い噂がある所にでも行きましょう。『アサシン』が関与している可能性のある場所は全て当たるつもりよ」
「はい…………」
熱心なフレアに苦笑しながらも、その目に僅かに光が戻ってきているのを、エスラルは確かに見た。