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記憶の印  作者:
3/26

2.王子暗殺事件

「もうすぐだね…………」

 クラウスがフレアを見上げて言った。

 フレアは緊張した様子で、静かに頷く。

 時刻は、23時を回っていた。

 クラウスの部屋には、フレアを含む城の魔術師が6人、騎士が3人が集まっていた。

 王子を守るべく、いつでも戦えるよう身構えている。

 クラウスは愛着している緑色の長いマントをいじりながら、そわそわと部屋の中を見回す。色々と大切なものが隠してあるため、何かの拍子に見えてしまわないか心配だった。

 質素な服装の護衛達の中で一人王族の紋の入ったマントを着ているクラウスは、いささか目立ちすぎていた。

 0時まで、あと僅か。

 全員が、心中でカウントダウンを始めていた。




 城の大時計が0時を打った。

 途端、部屋は白い光に包まれる。

「眩し…………」

 一瞬で消えた光の後、部屋は変わらぬ姿を見せる。

 しかし、王子の姿はどこにもなかった。一瞬で、忽然と消え失せていた。

「何が起きたの!?」

「魔術防御は!?」

「万全の状態です!」

「何者かの侵入は!?」

「確認されていません!」

「ならどうして…………」

「……………」

 王子、と呼びかける声が部屋にこだました。しかし、返事はどこからもなかった。




 窓がないその部屋は、地下のようだった。

 【特別制御室】と書かれた扉は固く閉ざされ、出入りはできそうにない。

 石で造られているそのホールのような広い部屋には、人間が二人いた。

 一人は、まだ幼い銀髪の少年。

「いたた………」

 クラウスは打ちつけた肩を擦り、声を漏らした。よろよろと立ち上がり、辺りを見回す。

「あれ……ここは…………?」

 不安げな声で、目の前の灰装束の男に尋ねた。前日に窓から入ってきた者とは違う男。

「クラウス・ルッセル」

 男はクラウスの問いには答えず、淡々と言う。

「ルッセル国16代目国王の第一子で、今年で11歳を迎えた。うむ、間違いないな」

「何が……?」

 11歳といえば、魔術と剣術の授業が始まる時期である。

 クラウスが今までに教わったのは、初級レベルのものばかりだった。

 それ故、縛られることも口を塞がれることもなく連れてこられたのだ、とクラウスは理解した。

「ここは我が組織『アサシン』のこの国での活動拠点だが?」

「うう……いいもん。きっとフレアさん達が来てくれるから」

 クラウスが拗ねたように呟くと、男は可笑しそうに口の端を歪めた。

「それは不可能だ。ここは同業者しか出入りできん」

 男の渇いた笑いに、クラウスは顔をしかめた。

 思考を巡らせ、疑問を口にする。

「どうやって……僕をここに?」

「お前の部屋には魔術を仕掛けてあった。魔術防御がなされるずっと前からな。あのシステムは元々張ってある魔術には通用しない」

 そんな危険な場所に今まで住んでいたのか、とクラウスは身震いした。

 といっても薄々感づいていたため、驚きは薄い。

「僕を………殺すの?」

 怯えた声音で、クラウスはそう尋ねた。

 男はにやにやと笑ったまま頷く。

「当然だろうが。そのために誘拐した。お前はここで死ぬ」

 大きな鎌を構え、男はクラウスの体を両断せんと走り出した。クラウスはそれを見つめ、にこりと笑う。

「あははっ!」

 軽快な笑い声を上げ、クラウスはさっとそれを避けた。

 突然の変貌に、男は驚きの表情を浮かべる。

 一瞬、思考が停止した。遅れて、それまで怯えていたのが演技だったと理解する。

 クラウスは緑色のマントをなびかせ、楽しそうな笑顔を見せた。

「僕を殺す?じゃあおじさんは僕に殺されても文句は言えないよねっ!!」

「なっ……お前、自分の立場が分かっているのか!?」

 男はそう怒鳴りながらも、背中を冷や汗が流れるのを感じた。

 目の前の子供は、自分が殺されることを恐れていない。そして、相手を殺すことに楽しみを感じている。考え、男はそれを否定した。恐れていないのではない。自分が死ぬということを全く考えていないのだ。それに、殺すことが楽しいのではない。相手を凌駕することが楽しいのだ。

 そしてそれは、実現されている。

 殺しを宣言した瞬間クラウスの周りの空気が変わったのに、男は気づいた。

 膨大な量の力を、クラウスから感じていた。

「この部屋で魔術は使えないぞ」

「知ってるよ?」

 クラウスは気づいていた。部屋が、魔封石で造られていることに、

 魔封石は、ただの石ではない。

 全ての魔術を吸収し無効化する、魔術師が最も恐れるものだった。

 しかしクラウスは、その魔封じを解く呪文を知っていた。どこかで読んだ、上級魔術の本に載っていたのを覚えている。高度で、大人の魔術師が何年もかかってやっと習得できるほどの魔術だ、と書いてあったことも。

「面倒だし……剣術でいっか」

 クラウスはつまらなげにマントの下から剣を抜いた。

 王族の紋が彫られた、まだ新しい剣。

 いつもの無邪気で弱々しく保護欲を誘う表情はどこへ行ったのか、クラウスは幼い顔に不敵な笑みを浮かべていた。

 焦りを感じながら、男が鎌を振り下ろす。

 クラウスは剣を持った片手でそれを受け止め、弾き返す。

 男は怯まず、次々に切りかかった。

 避けたクラウスに、容赦なく凶刃を振るう。

「ルッセルの王家はね、代々剣術の才能に恵まれてるんだよ?」

「知っている。だが…………」

 男は鎌を構えつつ、早口で何かを唱えた。

「剣術と魔術を併用すれば、こちらにも利はある」

 途端、見えない力が作用し、クラウスを石壁に叩きつけた。

 同時に、ばき、と骨の折れる音。

「肋骨でも折ったか。動けまい」

 クラウスはぐったりと床に横たわった。その口が、小さく動く。

「呪文でも唱えているのか?それとも祈っているのか?どちらにしろ、お前は終わりだ。たとえ魔術が使えようとも、初級程度ではどうにもならん」

 男は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 小生意気な子供を痛めつけることに成功し、喜んでいる。

 クラウスはその間も、何かを唱えるのを止めなかった。その口から、赤い血が零れる。

 声はあまりにも小さく、男の耳には届かない。

「む」

 不意に、男が外へ意識を向けた。その際に、小さく呪文を唱える。

 魔術で鋭敏化された聴覚で、地上の音を聞き取った。

 しばらくそのまま集中し、やがて溜息を吐く。

「……流石は優秀なルッセル国の魔術師だ。もうこの辺りを嗅ぎ回っている」

 男はクラウスに向き直った。

「別れの時だ、王子。私もこれ以上ここにいると見つかってしまう」

 そして、大声で呪文を唱える。

 クラウスも知っている、破壊の呪文。

 男は皮肉っぽく倒れたままのクラウスに一礼すると、自分は魔術でどこかへ去った。

 部屋には、伏せったクラウスだけが残される。

 上方で、大きな爆発音が響いた。それと同時に、部屋全体が轟音を立て始める。

 ちょうどその時、クラウスは呪文を唱え終えた。

「間に合った…………」

 部屋が崩壊しそうであることを悟りながら、天井を見上げる。既に魔封石には亀裂が走り、今にも崩れ落ちようとしていた。

 安堵の息を漏らし立ち上がるクラウスの横に、瓦礫が音を立てて落ちた。それを触り、クラウスは溜息を吐く。

「直接魔術では防げないかぁ…………」

 呟いた次の瞬間、真横から飛んだ壁の破片がクラウスの左肩を抉った。

 無論、肋骨は完治していた。




 数分後、クラウスが監禁されていた建物は全壊した。言うまでもなく、彼のいた地下11階は押し潰された。

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