18.村
「旅人とは珍しい。最近めっきり減ってしまってなぁ」
村を案内する男は、二人を見て喜んだ。
噂が流れ出してから、此処には人が来ないと言う。
エスラルはうんうんと頷いた。
「その噂、本当なんですか?」
「それがなぁ、本当だから困ったもんだ」
男は溜息を吐いた。
若くもなく、かといってそれほど老いているわけでもない。
中年の男だった。
「夜の間に、いつのまにか消えているんだ。この辺の人々は神隠しだと言っている。村に余所者を入れるな、と地神様が怒ってるんだとさ」
言い方からして、男は神隠しを信じていないらしい。
「対策とか、されていないんですか?」
エスラルが訊くと、男は困ったように肩を竦めた。
「それが、夜の間見張りについた者が殺されているんだ。一人残らずなぁ。だから今じゃ、わざわざ見張ろうなどと言う者はいなくなった。旅人も来なくなったしな」
エスラルはフレアと顔を見合わせた。
「可能性あり、でしょうか」
「そうみたいね」
「何の話だ?」
男が不思議そうは不思議そうに首を傾げたが、
「いえ、こっちの話です」
とエスラルが言うと、それ以上食い下がることはしなかった。
「あー……城のベッドが恋しい」
違う場所で、エスラルとフレアは同じことを言った。
一応男と女ということで、二人は小屋を分けられたのだった。
見張りについて殺された大半は独り身だったので、村には空き小屋が幾つもできてしまったらしい。
だがその生活は粗末なものだったらしく、小屋の中にはベッドはおろか一つも家具は見当たらず、床に布のようなものが転がっているだけだった。
壁には鍬が立てかけてあり、既に錆びている。
「此処で寝るのかな……」
小屋を見渡しながら、エスラルは呟く。
ボロ小屋の、天井の隅の蜘蛛の巣や穴の開いた床が目に留まる。
さらには、天井裏を鼠が駆ける音まで響いてきた。
エスラルは一瞬だけ真面目に、城の自分の部屋へ帰りたいと思った。
ふかふかのベッドが、頭を過ぎる。
「何これベッド……?」
フレアは布を見つめ、眉を顰める。
布はボロボロで、埃に塗れている。
床に開いた穴からは、百足が這い出していた。
フレアは、魔術で城へ帰ろうかと本気で思い悩んだ。
二人はこういうところだけ妙に綺麗好きらしい。
(この村からは早く出よう……)
同じことを、二人は考えていた。