表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の印  作者:
17/26

16.ただの夢

 ぼうっと意識の霞んだ頭で、眼下を見下ろしていた。

 何処かで感じたのか分からない、思い出せないものを、体が感じている。

 記憶の何処かに、同じ感じが残っていた。

 緑豊かな森が広がり、その中央に、小さな村がある。

 頭上では青白い月が、世界を照らしている。

 澄み切った空で、星達が瞬いている。

 風は無く、鈴の音のような虫の声が幾千も響いていた。

 すう、と息を吸う。

 理性は冷静に頭の中に呪文を紡ぎ出していたが、感情は烈火の如く怒りに満ち溢れていた。

 叫びたくなる衝動を必死に抑え、村を見つめた。

 もう夜も遅く、人影は見当たらない。

 決心して、口を開いた。

 口からすらすらと、単調に呪文が流れる。

 呟くように、けれどはっきりと。

 ポッと、火が灯った。

 風に揺れる蝋燭のような、小さな炎。

 しかしそれは瞬く間にあちこちに点き、規模を増した。

 火は燃え広がり、村を混乱に陥れる。

 やがて小屋から人が飛び出してくるのを、じっと見つめていた。

 下方から飛ぶ火の粉が宙を舞う。

 逃げ惑う人々を、無感情に見つめていた。

 嬉しくも、悲しくも、ない。

 ただ、先ほどまでの怒りが、すっと収まっていった。

 自分は何をしようとしているのだろうと、首を傾げるほどに。

 それでも、燃える村を、森を見ていると、心が落ち着いた。

 これで良かったのだと、信じられた。

 燃え盛る小屋や木々から離れようと必死になるが、次々と燃え移る火はだんだんとその速度を上げ、仕舞いには、逃げ道は一つも無くなった。

 火の手はそれでも容赦無く、襲い掛かった。

 悲鳴が飛び交い、燃えたままの木や家が人々の上に崩れ落ちる。

 森の木々は、火達磨(ひだるま)と化し、既に原型を留めてはいない。

「助けて!」

 耳に、悲鳴が飛び込んできた。

 小さな、少年の声。

「姉さん!」

 倒れて動かない少女を、少年は揺すっていた。

 もう少女は目を開けることは無いと分かっていながらも、泣きながら叫んでいる。

 そう分かるほどに、少女は悲惨な状態になっていた。

 上半身は顔を含めて焼け(ただ)れ、片足は失われている。

「姉さん、姉さん、姉さん!」

 少年の声が、聞こえてくる。

 何故だか、耳を塞ぎたくなった。

 弟が姉を呼ぶ悲痛な声を、耳に入れたくなくて。

「止めろっ!」

 耳に手を当てたまま叫ぶ。

 その声に反応するかのように、炎は一瞬の間に二人を包んだ。

 姉を抱えたまま、少年は燃えた。

 じゅう、と音を立てながら、二人の子供は燃えていく。

 それさえからも目を逸らし、上を見上げた。

 綺麗だと思った月は、不気味に見えた。

 と、憎しみが込み上げてきた。

 この世界の全てへの憎悪が。

 自分でも自分が分からなくなった。




 はっとして、目を開けた。

 目の前には、フレアの顔がある。

「大丈夫?」

 心配そうな目が、エスラルを見つめていた。

「あ…無事ってことは、解決したんですね……事件……」

「ええ」

 短く答えるフレアの顔は、暗かった。

「……魘されていたけれど、夢でも見ていたの?」

「あぁ……」

 夢の内容を思い出して、エスラルは苦笑した。

「ただの夢です」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ