14.朝の訪れ
「君、大丈夫?」
通りかかったのは、城に勤務に向かう途中の上級魔術師だった。
惨劇の後、初めて通りかかる人間だった。
倒れたままのどうやら生きているらしい少女を、優しく揺り起こす。
少女は目を覚ますと、起こした相手を眺めた。
ぼうっとした頭で、状況を把握しようと辺りを見回す。
「あっ……!!」
記憶が脳裏に蘇り、少女は愕然とした。
魔術師が来た事、両親が殺されたこ事、一角獣が現れた事。
そしてそれが夢ではなかった事に、少女は恐怖した。
「う……あぁ」
静かに泣き出す。
通りがかりの魔術師は対応に困り、少女が泣き止むまで待っていた。
「何があったんだい?」
優しい声に、少女は顔を上げる。
若い男の顔が、視界に入った。
そして両親を殺した魔術師と同じローブに、少女は小さくなる。
魔術師は怯える少女の頭を撫でると、同じ高さの目線まで屈んだ。
「名前は?教えてくれるかな?」
「……フレア・スタージュ」
「スタージュさんのところの子か。……フレアちゃん、何があったのか、話してくれないかな?」
フレアは怯えたまま、魔術師の顔を見た。
優しい表情。
「怒らないから」
「……ほんと?」
「本当さ。大丈夫、話してごらん」
やがて、フレアは涙声で話し出した。
魔術師はフレアを孤児院に連れていった。
フレア本人の希望で、城ではなく、孤児院に。
「本当にいいの?フレアちゃんみたいな才能ある子なら、城としても歓迎するけど」
「魔術師は嫌」
トラウマになってしまったのか、フレアは魔術師に近づこうともしなくなった。
魔術師はそんなフレアを悲しそうに見つめる。
「じゃぁ、気が向いたらおいでよ」
「……」
返事をせず、フレアは魔術師に背を向けた。
数年後、フレアは考えていた。
このまま孤児としてそれなりに生きていくべきか、親の跡を継いで魔術師になるべきか。
結論は、思ったより早く出た。
――親のような、善い魔術師になろう。
それが、フレアの決意。
フレアは城に出向き、事情を説明した。
数年前フレアに声をかけた魔術師は快く迎え入れ、フレアの魔術学校への入学が決まった。
将来城に仕えることを条件に、授業料全額免除で。
親のいないフレアは学校で噂されていたが、同時にフレアの実力も伝わっていた。
それに、フレアからは常にかなりの量の魔力が漂っていたので、迂闊に手を出す者はいなかった。
卒業したフレアは、契約通り、城に仕え始めた。
しかし、それは決して楽しいものではなかった。
城にも、フレアを蔑みの目で見る者がいた。
それも一人や二人ではなく、大勢。
孤児のくせに、と陰口を言われた。
そして、フレアを危害を加えようとする者も少なくなかった。
フレアはその度に撃退していたが、精神はそう強くはなかった。
誰にも、褒めてもらえない。
上司は皆敵のようで、あからさまにフレアを嫌悪した。
フレアを迎え入れた魔術師は別の所属に飛ばされ、もう会うことも無くなった。
フレアは、独りだった。
そんな時、
「王子の…教育係ですか?」
フレアは信じられず、それを告げた王に訊き返した。
「そう、そなたは国一番の魔術師だ。そなたなら、生まれてくる王子を安心して預けられる」
フレアは、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
それと同時に、喜びが生まれるのも。
新月の夜に朝が訪れたあの時のように、フレアは安堵した。
やっと自分の居場所が出来た、と。