死神の息子
過去のレオンハルト視点です。
鉄くさい風が吹く。見渡す限りの赤。
それは夕陽か、それとも・・・。
考えるだけ無駄だ。
悩むだけ損だ。
これが戦争だと割り切るしかない。そんな諦念が胸に巣食っていた。
悪いことではない。むしろ生きるために必要であっただけに、正義とすら言えるだろう。
七人しかいない神。色つきの柱たち。それらとは別の概念として存在する神。それが死神だ。
いや、神ではないのかもしれない。少なくとも、神と言われて思い浮かぶものとは違うと断言できる。
自分たちとは次元の違う存在こそ神であり、死神はかろうじて此方側である。
そう死神は存在する。概念でありながら、具体的な恐怖を体現する某かに名付けられるものだ。
俺の父は、その死神と同列・・・いや、そのものだった。
魔族と獣人、貴族同士の闘争。小競り合いが容易く戦へ変貌する魔界に置いて、並ぶ者無しと謳われた武人。
それが父だ。しかし、父を知る者は、彼の人を武人などとは呼ばない。
父は強かった。が、その強さはあくまで、敵を殲滅する、という観点のみでしか評価できない類のものだった。殺戮しか出来ない人だったのだ。
故に『死神』。
過ぎた力は脅威にしかならない。そしてその評判は、俺にまで及んだ。
『死神の息子』。
俺が戦場に出るようになってから、まことしやかに囁かれるようになった称号。
早い時期から軍内で呼ばれだし、最近では初めて戦う相手にすら知られている始末だ。だが実際のところ、俺は死神には程遠い。
自分を護ることに必死で、そのために敵を屠ってきた。
血で血を洗うなど日常茶飯事となるほどに戦っても、まだ俺は自分を護るのが精一杯だった。
味方の一人も救わず、ただただ目前の敵を倒し続ける。
果たしてそれは、『死神』などと大層な名を冠すほどのものだろうか。
視界に、赤以外の色が入る。
此方へ近付いて来るのは、『死神』と呼ばれた父だ。
「・・・・」
特に何の反応もせず待つ。
父は真っ直ぐに俺の前へ辿り着き・・・・、すり抜けた。
俺の父はとうに亡くなっている。だからこれは、俺の脳が勝手に作りだした幻だ。振り返ったところで誰も居ない。
こうして、戦場跡に佇んでいると必ず現れる幻影。
父が恋しいわけではない。彼は病で亡くなったが、何かを恨みながら死んだりもしなかった。苦しくなかったとは言えないだろうが、死したその顔は穏やかだった。
恨みも、後悔も、懺悔も、何一つ見出せなかった程だ。父は、満足して死んでいった。
だからこそ、何故俺がこんな幻影を見るのか分からなかった。最近までは。
気付いたのだ。
父が問題なのではない、自分の奥底に問題があるのだと。
夕陽が沈む。赤かった大地が暗い闇に呑み込まれていく。
そろそろ戻らねば、上官から要らぬ小言を貰う羽目になる。
『死神の息子』を、そして『死神』すらも恐れぬ唯一の存在。俺にとっても、父にとっても、貴重な人物だ。
父の幻影を見ることを、彼にだけは話した。
俺の話を聞いた彼は、たった一言「答えは自分で見つけろ」とだけ言った。
正直落胆した。が、今考えれば、彼の対応は正しかった。
俺の問題なのだから、俺が考えるしかない。
心の迷い。それが父と言う幻影を俺に見せていたのだ。
迷うことなく、前だけを見て駆け抜けた父の姿を。
俺の迷い。それは酷く曖昧なのだが、確かに胸にある。恐らくそれは、現実を許容出来ていないことに一任している。
俺は何のために戦い、何を護り、何を手に入れているのか?俺の目的は何か。戦う意味は何なのか。それが全く説明できない。
それこそが俺の問題。
戦うことに対する迷い。
俺は、何故、今こんな赤い世界に居るのだろう?そう思うたびに、幻影は現れる。何かを目指して真っすぐ突き進む父の姿を見せつけてくる。
軍の野営地が見える。明日も恐らく戦になるだろう。例えそうならなくとも、また別のところで戦をするのだろう。
戦って戦って・・・その先に何があるのだろうか。父は、何があるのか知っていたのだろうか。
答えはない。
幻影は、未だ見える。
もう既に見慣れた光景。戦場となった地に、矢が雨霰と降り注ぐ。
今回の敵は、獣人と魔族の混成軍だ。とは言え、魔族は家を追われたはぐれ者ばかり。魔法による攻撃はさほど脅威でもない。
人数も獣人の方が遥かに多い。
矢を避け、茂みに身を隠す。
今はお互い弓矢を用いた遠距離攻撃を主軸に争っている。
こちらは魔族のみの正規軍だが、魔法は使っていない。場所が良くない。茂みや隆起した大地に身を隠した敵に翻弄されている。
今の状態では、味方に被害が出る可能性がある魔法攻撃を制限した上官は正しい。
しかし向こうは、地の利を活かした策を幾つも有しているようだ。今は、隙間なく弓兵を配置し、近付く者を片っ端から殺している。こちらの戦力を削り、尚且つ戦力を分散させる作戦だろう。
如何に魔族と言えど、傷を負えば動きは鈍るし、当たり所が悪ければ一撃で死ぬ。慌てて攻めれば孤立し、弓矢の餌食になる。
魔力による身体能力向上は、個体差が大きい。魔族の生態に詳しくない獣人だけが相手なら、はったりも効くかもしれないが、向こうにも魔族が居る。大した腕前ではないとは言え自分たちのことだ。このような矢の雨の中を突っ切れる者など、そうは居ないことなど分かり切っているだろう。
よしんば敵の目前まで行けたとしても、無傷では居られまい。そして獣人は、接近戦こそ得意分野。容易くやられてしまうだろう。
攻略し難い陣形だと思う。だが、だからこそこの状況を覆す方法も存在する。
護りの要である弓兵部隊。それを崩せばあっという間に戦況は傾く。
上官が出した答えは納得のいくものだった。そして、それを俺含め数人の実力者に任せたことも。
遊撃など珍しいことではない。俺は個の力が強い故に、遊撃手として動くことが多かった。今回も同じだ。
数少ない茂みを利用し、敵部隊に近付く。
そばを矢が通過する。しかし当たらなければ意味などない。
細心の注意を払いつつ前進する。近付けば近付くだけ敵の警戒は強く、濃密になっていく。一瞬の気の緩みが死に繋がる。
「・・っ!」
茂みの向こうに居た敵を一撃で倒す。声もなく倒れたそれを素早く隠し、移動する。見つかるのも時間の問題だ。
余裕が無くなっていく中で、信じられないものを見つけた。
女だ。しかも2人居る。黒髪と、紫の髪の女。2人は矢の雨から逃げてきたようだ。草むらに伏せている。見る限りでは武器を持っていない。
正気の沙汰とは思えない。一般人のように見える彼女らをどうするか迷う。その間に2人は敵に見つかってしまった。
剣を振り上げる敵をとっさに倒す。が、彼女らに見られたことは大きな問題だ。彼女らの素性が分からない以上、拘束するか最悪始末するしかない。
判断を下そうとする俺に、女の一人が名乗った。『紫』と。
神を示す色。私の父が、『死神』と呼ばれた男が最大級の警戒と信奉を寄せていたもの。この世界の絶対者。
それがこんな所に?
いや、父の話では、神に見出された者にも、神と同じ名を付けられると言う。だがしかし、そうであっても、何故彼女らがこんな場所に居るのか説明が付かない。
一瞬の戸惑い。判断の遅れを突くように、2人は走り出した。反射的に手を伸ばし制止の声を上げたが、俺の目の前で2人は消えた。
転移などという消え方ではなかった。そもそも魔力の変動がなかった。如何なる術で消えたのか、全く考えが及ばない。
「っ!」
顔の真横を矢が掠める。
前線に置いて悠長に考え事をする暇などない。そんな基礎も忘れてしまっていた。
頭を切り替え、自分のやるべきことを確認する。
何度も繰り返された赤い光景が、また広がった。
いつか・・、いつの日か、この赤い景色を見なくなる日が来るのだろうか。
戦いを過去だと言える、ただ笑って過ごせる日々が。
過去のレオンハルトは一人称が「俺」です。案内人になってからは「私」と改めるようになりました。
女性2人は本編主人公と『紫』です。




