3月 出会い④
「今日はありがと!」
奈々は笑顔でバイクから飛び降りる。
急に飛び降りたせいで、バイクが傾きこけそうになってしまうが、奈々が急いで、押し戻したため、なんとか転倒せずに済んだ。
なにやってんだ! と怒りたくなる透だったが、奈々の笑う顔が、まるで初めての遊園地にでも連れ行ってもらった幼稚園ぐらいの子供のように無邪気で素直な笑顔だったので、喉まで出かけた怒りがすっと喉の奥に戻っていった。
それが透にとって、苛立ちを増幅させる原因でもあり、なぜだか暖かくて心地よい。
現在は午後4時ぐらいの駅前、病院まで送ろうとしたのだが、「今、病院行くと逮捕されちゃうよ?」と、冗談では済まないほどのことをしていることを思い出し、駅前まで送ることになった。
「ヘルメットと服はやる。記念だと思え」
もう会うことはないだろう。透はもう、ここには来ることはしないと心に誓う。
奈々と出会って、喋って、行動を一緒にして、思った。
この子と俺は、天と地ほどの境遇の違いがある。
人を疑うことのない心。
どんな状況でも笑っていられる精神。
誰とでも仲良くなれる才能。
俺はその逆なんだ。まったくの逆を行っている。
人はどうせ裏切り、捨てていく者。
笑っているのが辛い。
繋がるのが怖い。
だから、もうこの場所には近づかない。
次の場所とかは決まってはいないけど、またバイクでぶらっと探せばいい。
「それじゃ……」
「あなたは、また、私に会いに来ます。必ず来ます! 面会時間は朝の九時から夜の七時までだから! またね♪」
こうして、奈々は小走りで、透から姿を消し、透も奈々の背中が見えなくなるまで見送り、バイクを走らせて街の中に消えていった。
胸のドキドキが止まらない……
異性の人とお喋りするのなんて、病院の先生か看護士の人、それかお父さんぐらいだったからかな。
それとも慣れないバイクに乗ったから?
病院を抜け出したりしたから?
奈々はどれも違うのかもしれないと思った。
初めて出会って、無理を聞いてくれて、嬉しかった。
『落ち着ける場所に行きたい』と行ったときは、ホテルに連れ込まれたりすると思った。でもそうなったら逃げ出していたけど、彼はそうではなかった。
まるで、白馬に乗った王子さまに近い存在なのかもしれない。
透のことを考えていると体が熱くなっていくのがわかる。
だから、病院の自動ドアが開いていることには、気づいていない。
「奈々ちゃん!」
名前を呼ばれて、奈々は我に帰ってくる。
いつの間にか、病院に戻ってきていたのだ。考え事をしている人間の思考ではよくあることだが、今の奈々には都合がものすごく悪い。
言い訳を何も考えていなかった。
腕を掴まれて、エレベーターに押し込まれ、病室に緊急搬送されると、病室には父親、母親、妹が待ち構えていて、奈々は「たははは……」と苦笑いでこの場を逃れようとしてみるが、まったく持って効果はいまいちのようだ。
「たはははじゃないよ! お姉ちゃん怪我とかしてない? 変なことされてない? それにその服とヘルメットはなに?」
妹の美鈴が、駆け寄ってきて怪我がないかなど、聞いてくる。
「なにもないよ。服とかは買ってもらっちゃった! どう? かわいいでしょ?」
それを聞いていた父親が奈々の前に立ち、バチン! っと頬をひっぱたく。
「なにがかわいいだ! どれだけの人が心配したと思っているんだ!?」
「ごめんなさい」
父親の目には涙が溜まっていた。
病気のこともあり、自殺なども考えていたのだ。だけど、奈々は何事もなく帰ってきて嬉しいに決まっている。
だから、目に涙が溜まるぐらい心配して、安心もした。
「ごめんなさい……もうこういうことはしない。する必要がなくなったから。」
「そうか、そうか……」と父親は奈々を抱きしめた。