3月 出会い③
女の子の服選びは、予想をはるかに上回る時間を消費していく。
ジャンバーの中にまで、こだわりがあるらしく、店員さんと、あぁでもない。こうでもない。と奈々は話をしながら服を選んで、時に「どうかな?」と透に評価を即しては、「もうそれでいいだろ」と呆れてどうでもよくなっている。
服装が決まったのか、店員さんにカーディガンとパジャマは紙袋に入れてもらい、透はレジへと向かう。
二万九千円とレジの表示に透は表情も買えずにお金を払って、お店を後にする。
これで、普通の女の子になった奈々は透の横をまた歩き出す。
次のお店は、バイク用品などを扱っているお店。中は平日だと言うのに数人の男性客がいて、みんな思い思いのパーツを手に取ったりして、時間を潰している。
その中で男女でいるのは、少しばかり目立っているが、透はヘルメットのコーナーに迷うことなく到着する。
ヘルメットにも色々なタイプがあり、透が見ているのは頭を完全に覆うタイプのヘルメットをマジマジと見つめる。
「どれがいい?」
奈々に問いかけたのは、間違いだったと後悔するのは、数秒後の出来事である
「このピンクがいい!」
ど派手なヘルメットを選択する奈々に透は拒否するが、
「絶対これがいい!」
と透のバイクとはミスマッチなヘルメットを選択するとは、思ってもいなかったようで、自分で選べばよかったと言っても後の祭りであった。
ピンクのヘルメットを購入した二人は、バイクを置いている場所へ戻ってきており、この後、どうしようかと思っていても、透はこの迷惑女をどうすればいいのか、奈々は自分のわがままを押し通していいのか、と思考を巡らせている。
数分の沈黙があった後、
「あの……」
「おい……」
綺麗にハモる二人。
「お前から先に言えよ」
奈々は少し顔を赤らめながら
「連れて行って欲しいところがあるの……」
まだ3月でよかったと透は思った。
周りは木でいっぱいで、夏になれば虫がわんさか飛び回っている場所なので、夏にはあまり来たくないスポットでもある。
奈々はこう言ったのだ。
「周りが静かなところ……落ち着ける場所に行きたい!」
それを満たす場所となれば、山しかなかった。
山と言ってもなにもないわけではない。ここに来るまでは、アスレチックのような登山道を歩き、土を削っただけの階段。昔は展望台であった場所には、砂埃で色が変色してしまっている一メートルくらいのコンクリートの壁があり、朽ち果てている木のベンチがあったり、雨に打たれ風化し文字の読めない看板があったりして、昔はこの場所も人気があったことを示している。
透はたまにここに来ているので、人気のないことは知っているし、透にとって落ち着ける場所でもあった。
奈々がどう思っているのかは、わからないけど、さきほどの条件を完全に一致しているのは確かだ。
透は、奈々を見ると「すぅ~はぁ~」と深呼吸して、新鮮な空気を体に取り込んでおり、この場所を嫌っているような素振りは見せていない。
「お前のお望みどおりの場所か?」
嫌な素振りを見せてはいないが、透は自分のお気に入りの場所でもあるため、奈々の気持ちが気になっている。
「……とってもいい場所だね」
奈々にも気に入ってもらたようで、透は安堵する。
二人は知らず知らずのうちにコンクリートの壁に肘や体を預け、肩が触れ合うぐらいの距離にもかかわらず、二人は話始める。
「小さいころから、入院ばっかりだから、こんな素敵な場所に来たことがないの。海にも行ったことないんだよ?」
それほどの重病人がどうして、病院を飛び出してきたのか、透には不思議に思ったが、ここでそれを言ってしまうと、自分も奈々をなんでこんなところに連れてきたのかと矛盾しているように思えたので何も言わないでおく。
「私ね、もうすぐ死ぬんだ。十二歳の時から『長くは生きられない』って言われているんだけど、どうしてか二十歳まで生きてるの。私ってしぶといなぁ。と思ってたけど、ホントにもう長くないと思う。だから死ぬまでにやっておきたいことやってみたの」
「それがこんな辺鄙な場所に来ることか」
透はホント変な奴と認識を改める。
「違うよ~。あなたとお喋りすること、それと一度くらいデート……してみたかった……」
俺とお喋りすることが死ぬまでにしたいこと、とは、安いなと思う。だけど、デートしてみたいって言うのは女の子としては、重要なことかもしれない。だが、俺なんかでよかったのだろうか。
そして奈々は、透の顔を見て
「あなたは私が死ぬってことには、なにも触れないんだね」
「同情でもして欲しいのか? 『それは大変だね』とか言って欲しいのか?」
「どっちも嫌だけど、ほとんどの人は同情するのが普通だからね」
遠まわしに普通の感情を持っていないと言っていることには、気づいていない奈々。
透も普通の感情などもっているとは、思っていない節があるので、肯定もしなければ否定もしない。
そして、そのまま無言の時間を二人は過ごしていった。