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第4話 プリンセス様、もっと学級委員長とお近づきになる


 ミースの言葉に、藤巻さんは珍しいものをみるように目を少しだけ見開いた。


「――あら。学園一の問題児さんが、私になんの用かしら」


「わたくしは学園一の問題児さんではありません。衿倉ミースさんです」


 いや、学園一の問題児って、名前じゃなくて形容だから……。


「わたくし、藤巻さんにぜひお願いしたいことがあって、お声をかけさせていただきました」


「短くすませてね。あなたにかまっている時間はそんなにないから」


 しかたなさそうに、そっけなく藤巻さんが答える。態度が冷たいという彼女への第一印象が、どうしても俺の中で抜けない。成績優秀、沈着冷静、合理主義者(だと思う)の藤巻さんと俺たちとの間には、やっぱり見えない鋼の壁が三枚くらいあるように感じてしまう。


「で、私になんのよう?」


 藤巻さんが尋ねると、ミースは答えた。


「わたくし、以前からクラスの代表である藤巻さんとお近づきになりたいと思っておりましたの。学校のこととか、勉強のこととか、さまざまなことをお話しできればうれしいです。どうか、わたくしの友人になって下さいませんか」


 ミースは藤巻さんに明るく小さな笑みをみせる。


 唐突なので彼女も驚いたかもしれない。でもまあ、いくら藤巻さんでも特別に嫌う理由がない限り「友だちになって」と云われて拒否はしないだろう。一見そっけない態度にみえても、学級委員長としていつもクラス全員のことに気を配っている藤巻さんだ。さすがにクラスメートの心からの申し出をあっさり断るなんてことは――


「断るわ」


 あっさり断ったーーーーーー!?


 マジかよ……ミースの「友だちになりたい」という願いを即却下したよ藤巻さん。ってか、俺がミースと同じ立場だったら絶対立ち直れないわ……。


 それにしても、ミースって藤巻さんになにか嫌われるようなことしたかな。……まあ、ミースは学校破壊事件をすでに四件も起こしているから、クラスの責任者の藤巻さんも先生にそうとう怒られているはずだし、彼女にとってはミースのせいでイヤな目をみることもあるのかもしれないけど……。


 ミースにとっても予想外の答えだったのか、瞳を開いたまま動きを止めている。傍若無人のミースといえど、けっこうショックだったんじゃないか。俺が心配になっていると、藤巻さんが先に口を開いた。


「悪く思わないでね。別にあなたが嫌いなわけじゃないの。ただ私の方が、友だちをつくりたくないだけだから」


 ――つくりたくない?


 ミースが甚だ疑問だというように目をぱちくりさせる。


「それはなぜでしょう? わたくし、高校の友人は一生の財産になるから、手に入れた友人は末代まで額に入れて大切に保管するようにとお母様に教えられたのですが」


 どうやって額に入れるのがぜひ教えてほしいが、高校の友だちが一生の財産っていうのは校長先生がよく朝礼とかで云っていることだ。でも藤巻さんはいたってまじめな顔で返した。


「私は学級委員長だから、同級生全員と均等なレベルで付き合わなくてはいけないの。友だちをつくるとその子だけどうしてもひいき目にみてしまうから、わざとつくらないようにしている。それだけよ」


 ……そうなのか?


 なんだか納得できるような、できないような理屈だけど……藤巻さんはそう考えている、みたいだ。ようは、クラスメート全員とある程度バランスのとれた距離をおきたい、ってことか。


 ってことは、考えようによっては藤巻さんも「ぼっち」ってことになるよな。


 ……まあ彼女の場合は、自ら進んでそうなっているんだが。


 そんなことを俺が考えていると、藤巻さんはまた日報の紙に目を戻した。「だから、友だちになるっていうのはお断りするわ。ごめんね、衿倉さん」


 そう云って作業に戻ろうとする藤巻さんの机に、ミースは喰らいつくように正面から「どんっ」と手をついた。


「藤巻さん。わたくし――どうしてもあなたとお近づきになりたいのです。二十名のクラスメート全員のことを気にかけて尽力されているあなたの思考回路と行動生態に、わたくし非常に興味があるのです。どうか、わたくしの友人になっていただけないでしょうか――?」


 だんだん前のめりになりながら、ミースが訴える。藤巻さんはいったん日報に向いていた目線を再びミースに向け、迷惑そうに眉をひそめた。


「人を珍獣みたいに……。だから、私は友だちはつくらないの。いうことをききなさい」


「どうかお願いします。わたくし、藤巻さんのことを頭のてっぺんからつま先まで、余すところなく全てを知って、全てを好きになって、全てを受けいれたいのです! あなたとお近づきになるためなら、わたくし全世界の人々に恨まれた末に両手両足をひきちぎられることになってもかまいません!」


「重過ぎるわ、その友達意識……。とにかく、私は一切友だちはつくらないことに決めてるから」


「なぜですか? わたくし、藤巻さんとお近づきになれなければ、いますぐにでも死を決す覚悟なのに――。ぜひ、ぜひ、わたくしの友人になってください!」


「ち、ちょっと、それ以上近づかないで。プライベートエリアを保ちなさい!」


「プライベートエリア……?」


 云われた瞬間、ミースは教室の外に飛び出した。


「「…………?」」


 俺と、たぶん藤巻さんも疑問の表情を浮かべていると、ミースが教室のスライド式の扉の後ろから顔だけをのぞかせる。


「これくらい距離をお取りすればよろしいでしょうか……?」


 離れすぎだ。


 ちなみにプライベートエリアっていうのは、知らない人に侵入されたら自然と距離をおきたくなる範囲のことで――まあつまり、自分の周囲50cm~1mくらいってことだ。


 そのことを知ってか知らずか、なぜか藤巻さんのプライベートエリアを「10mほど」と判断したミースは、窓際にいる藤巻さんの席から教室の外にまで出ることになったのだ、と思う。たぶん。


 そんなミースの極端な行動に、藤巻さんはやれやれというようなため息をついてから、初めて俺の方に視線を向けた。


「……全く、本当に困った子だわ。教育係のあなたがもっとしっかり彼女を指導しないといけないんじゃないかしら。ま、なによりまず学校を壊すことを全力で阻止してほしいんだけど」


 藤巻さんがつぶやくように云う。俺はそんな彼女に対し、困った顔をするしかなかった。


「って言われてもな……ミースが動くのは不可抗力で――」


「壬堂君。そんな悠長なこと言っていると、そのうち本当にCIAに捕まるわ」


 うっ、ここで昨日の話か……。


 ミースが「ネオスカーレット・キャノン」で教室にでかい穴を空けてアメリカの衛星を撃ち落した歴史的事件の直後、俺のところにアメリカ中央情報局略してCIAの職員が現れた。


 最初は「こんなところにCIAがくるわけないって。あんなの映画とかテレビドラマだけの話だからな」なんて考えて当然ニセものだと思ったけど、後からやってきた指導教員の先生に「言われたとおりにしろ。いいか。絶対言われたとおりにするんだ……!」と鬼気迫る顔でおごそかに云われたものだから、信じないわけにはいかなかった。


 っていうか親しげな態度なのに眼光が異常に鋭くて、話していてものすごく緊張感のあるその中年のおっさんからは、背中から立ちのぼるCIAのオーラが感じられた。CIAのオーラってよく分からないが、なんとなく、そんなものがその人からバリバリ出ていたような気がした。


 で、その人は結局、俺たちの様子を見にきただけだったらしく、俺が事実を正直にありのまま伝えたらあっさりと去っていった。もしかしてミースが連れて行かれるんじゃないかとも思ったが「大丈夫。我々はそんな野蛮なことはしないよ。あくまで紳士的でスマートな仕事しかしないからね」とかなんとか云ってニヤリとされただけですんだ。……逆に後が怖い気もするが。


 その話は先生を通じて学級委員長・藤巻さんにも伝わったようで、今日の朝になって、彼女にいろいろ根掘り葉掘り訊かれていたのだ。


「衿倉さんの暴走にはほとほと参っているのよ。壬堂君も分かるでしょう。このままじゃ学校側だって黙っていないだろうから。あなたが早急に教育しないと、後々面倒なことになるわ」


 藤巻さんの忠告に、でも俺は首をかしげた。


「……つっても俺、ミースを教育する気なんて全然ねえんだよな」


「衿倉さんの教育係はあなたでしょう?」


「それは先生がそうしただけで、俺は別にそんなものになったつもりはねえよ。だいたい、ミースは友だちだから、俺が教育するとかじゃねえし。普通に友だちとしてしゃべったり、遊んだり、それだけだ」


「友だち……?」


 そうつぶやいたのは、藤巻さんではなく、いつのまにか俺たちのそばに戻ってきていたミースだった。


「壬堂さんは、わたくしの、友だちですか……?」


 ミースがアメジスト色の目を大きく開いて、俺の方を見上げる。そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけどな……。そういえば、はっきりとミースに「友だちだ」と云ったのは、これが初めてかもしれない。


 友だちをほしがっていたミース。いい機会だから、俺ははっきりと伝えた。


「ああ、そうだ。ミースは俺の友だちだ」


「そうですか……」


 すると、なぜかミースは困ったような顔をした。友人がほしいって云ってたからうれしがると思ってたけど、意外な反応。


 どうしてだろう。俺が尋ねようとする前に、ミースがはっきりと云った。


「わたくしの方では、壬堂さんをご友人だと思ったことは一度もありませんが……お気持ちだけは受け取っておきますわ」


 ……ん?


 あれ、おかしいな。俺はこの二週間、教室でずっとミースと話してきたし、ミースも俺としかほとんど話してなかったから、もう友だちくらいにはなってるものだと思ってたんだけど……。


「わたくしは壬堂さんよりも、藤巻さんとご友人になりたいのです。申し訳ありません。あ、でも壬堂さんの方でわたくしのことをご友人と思っていただく分には結構ですので」


 ミースが容赦のない笑顔を返してくる。それとともに、俺は悟った。


 そうか。ミースのことを友だちだと思ってたのは、俺の思い込みだったのか。なんだぁ、俺もバカだな。ひとりで勝手にミースのことを友だちだと勘違いしてたんだ。俺って本っっっっっ当にどうしようもないバカだよな。でも先に確かめておいてよかった。一年くらいたってから知らされるより、よっぽどマシだからな。はは、はは、ははははは。なんだか涙が出てきた。きっと気のせいだ。うん、だめだ。右目から、左目から、涙が止まらない。


 完全にうちひしがれて枯れ木のようになった俺へ、さらに藤巻さんが追い討ちをかける。


「壬堂君。見栄を張って失敗するのは、見てるこっちも悲しい気持ちになるからやめてね」


「ミエジャネエヨ……ホンキデトモダチダトオモッテタンダヨ……」


 完全に乾いて干からびた俺のつぶやきを無視して、ミースは再度藤巻さんに向かった。


「わたくし、やっぱりあきらめきれません。藤巻さん――いえ、塔子さん、どうかわたくしを友人に登録してください!」


「なぜ言い直したの。そして私の友だちは登録制じゃないから」


「では、どうすれば友人になれるのでしょう……はっ。もしかして、お金ですか? おいくらくらいご用立てすればいいのでしょう。三千万――いえ、五千万ほどでいかがでしょうか?」


「どんな発想してるのよ……お金なんかで友だちができるわけないでしょう」


「ではどうすれば……?」


「だからそもそも、私は友だちはつくらないって――」


 しつこく迫るミースに、藤巻さんは開きかけた口を閉ざし、少し考えてからもう一度目を向けた。


「――そうね。じゃあ、このクラスの人全員と友だちになれたら、最後に私がなってあげてもいいわ」


 ふっかける藤巻さん。でもそれを聞いた瞬間、ミースの表情はぱっと明るくなった。


「ほ、本当ですか?」


「ええ。本当に全員と友だちになれたら、私もなってあげる」


「ではわたくし、いまからクラスの人たちに友人になって頂くよう、お願いして回ります!」


「ま、待てよミース」俺は干からびた状態からなんとか生きる気力を取り戻し、あわてて声をかける。「いきなりクラス全員となんて無茶だって。だいたいお願いして回るって、もう休憩時間も終わりだし――」


「あと一分十二秒ありますわ。わたくし、その間に友だち候補を独自の評価付けを行った上でリストアップします!」


 そう云って意気揚々とミースが自分の席に去っていく。それを見届け、なにごともなかったかのようにまた机に向かう藤巻さん。


 無邪気に喜んだミースをながめて平然としている彼女に、俺は少しだけ腹が立った。


「――どうせ無理だと思って、あんなこと言ったのか」


 彼女は右手で2Bの鉛筆を動かし始めながら、冷たく答える。


「無理だとは思ってないわ。彼女のがんばり次第じゃない」


「友だちくらい、なってやればいいのに」俺は心からそう云った。「そんなに頑固に拒否しなくたってよかっただろ。ミースだって、あいつなりに勇気だして藤巻さんに話しかけたんだと思うし」


「あら。アンドロイドに勇気なんてあるの。ただ目の前のことを分析して、成功する確率が高ければ実行するという、ただそれだけのものじゃないかしら」


「ミースはそんな単純なやつじゃねえよ!」


 藤巻さんの言葉に、俺は思わず反感して云った。


 少し強い調子になったためか、藤巻さんが驚いて顔を上げる。


「……いきなりなに。びっくりするからやめてよ」


「あ、ああ。ごめん、藤巻さん……」


 謝ってしまう俺に、藤巻さんはまじめな顔から少しだけ口元をゆるませた。


「――壬堂君は、衿倉さんのことだと必死になるのね」


 そこで、六時間目の開始を告げるベルが鳴った。




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