第3話 プリンセス様、学級委員長とお近づきになる
椥辻学園第二高等学校。それが俺の通っている高校の名前だ。
全校生徒三百五十二名。このあたりでは比較的少人数の高校だ。各学年にAからDまでの四クラスがあり、俺がいるのはニ年生のAクラス。Aなんて優秀そうなアルファベットがついているが、クラス分けは成績に関係なくばらばら。だからAクラスといっても頭がいいわけじゃない。――そもそも俺の成績なんて下から数えた方が早いし。
姉妹校の椥辻学園「第一」高等学校には普通科と特進科があるが、第二高校のうちにはひとつしか科がない。その名もイノベーション科。「イノベーション」というのは「革新・新機軸」という意味で、「技術立国日本の次世代を担う人材を育てるため、さまざまな科学分野の技術的な知識を体系的に学び、広く教養を育む授業を行う」ことを目的としている日本で唯一の学校らしい。ようはかなり理系寄りの高校だということだ。
そのため、学内にはいろんな科学実験設備がある。あれや、これや、それ……いや、詳しい名前は覚えてないんだが。中には国内でここにしかない「超高速粒子なんとか加速器」とか「遺伝子操作プログラムなんとかかんとか」というのもある。……正直、あまり興味がない。うわさでは魔法や妖術の実験施設なんてのもあるそうだが、学園伝説じみていてどこまで本当なのかはよく分からない。
……と、ここまでは以前どこかで説明したような話。
そんな俺の学校にミースがやってきてから、ちょうど二週間がたつ。この期間は「体内バッテリーの設定が整っていない」という都合(?)で、午前中の授業を受けるとミースはすぐに下校していた。だけど今日からは最後の六時間目まで授業を受けることになっている。
五時間目が終わり、次の授業が始まるまでの休憩時間。ミースが俺の机に近づいてきた。
「今日は初めてみなさんと放課後をともにすることができますわ。楽しみです」
「ともに、って……みんな授業が終わってバラバラになるだけだって」
「――えっ?」
ミースが意外そうな顔をした。
「放課後とは、レッスンのひとつではありませんの?」
「……ミースは放課後をどんなものだと思ってたんだ」
「毎日の授業が終わった後、今日の反省と明日への目標をクラスメート全員で確かめ合う、青春の語り場だとお母様からお聞きしていました」
お母様、ミースに自分の希有な体験をさも常識のように教えるのはやめてくれ……。
「うちの高校にそんな立派な放課後はねえよ。部活のあるやつらは部活にいくし、用事のあるやつらは校舎に残るし、帰るやつは帰る。それだけだ」
「あら、そうでしたの。わたくしの研究不足でしたわ。残念です……」
本当に残念そうな顔をするミースに、ちょっとした罪悪感を感じる。でも事実だもんなぁ……。
それから気を取り直したように、ミースは顔を上げた。
「壬堂さんは放課後どうなさるのです?」
「俺は帰宅部だからすぐに帰るよ」
「帰宅部? まあ、壬堂さんは帰宅部という部活に所属されているのですか。存じませんでした。わたくしもぜひ、その部活に入ってみたいですわ」
「いや、帰宅部っつーのは何の部活にも入ってないやつのことで……」
「どんな活動をされているのですか? 部員数は? 部長さんはどなたでしょうか?」
ああ、話がこじれてきたな……まあ、いつものことだけど。
こういうときは話をすり換えるのがいい。それがここ二週間で俺が身につけたミースへの重要な対処法のひとつだ。
「そういやミース。前から訊こうと思ってたんだけど……お前、なんで高校に通おうと思ったんだ?」
ミースの話をそらすための質問。でもこれは思いつきじゃない。本当に前から訊きたかったことだ。
ミースはアンドロイド。つまり俺たちみたいに学歴も何も関係がない。実際、俺と初めてあったとき、ミースは屋敷と近所を行き来しているだけの生活をしていた。それが突然高校に通い出したのにはなにか理由があるんじゃないかと思っていたんだ。
俺の質問に、ミースは軽く微笑みながら答えてくれた。
「わたくしが高校に通おうと思ったのは、お母様から『お前は人間としての様々な喜怒哀楽や一般常識をもっと学ばなければなりません。それは屋敷の中にいてはなかなか得られないものです。お前の体は人間の高校生と同じサイズ・年齢を想定してつくられていますから、一度高校に通ってみるのがいいでしょう』と言われたからです。わたくし、高校で人間のことを学ばせて頂きたいと思って、日々この学校に通っております」
お、結構まともなことも云うんだな、お母様。そういうことならなんとなく分かったような気がする。
「じゃあ、できるだけいろんな体験をしたほうがいいってことか」
「はい。特にわたくし、この2-Aクラスのみなさまとお近づきになり、たくさんお話ができればと思っております。わたくしだけでは限界がありますし、壬堂さんお一人にご負担をかけさせるのも悪いでしょうから」
「いや、べつに負担じゃねえよ」
「では、言い方をかえます。壬堂さんひとりの話に付き合っていては、わたくしの見識がこれ以上の広がりをみせないと思いますので」
ぐさっ。俺の胸にミースの鋭い言葉の槍がつき刺さった。
「あら、どうかなされましたか、壬堂さん」
「いや、なんでもない……」俺はショックでかがませた上体をなんとか起こしつつ、悪気の全くなさそうなミースに引きつった笑顔をみせた。
「それもそうだよな。俺、ゲームの話くらいしかできねえから、たいした勉強にはならねえだろうし。はは、ははは……」
でもたしかにここ二週間、ミースが他のクラスメートと話しているところをほとんどみかけない。瓜生がたまにあいさつ程度に話しかけてくる程度だ。アンドロイドのミースは突拍子もない行動をよくとるし、学校破壊事件もあったから、みんなちょっと近づきにくくなっているのかもしれない。ミースの方から話しかける気になってくれたなら、それにこしたことはないだろう。
そんなことを考えていると、ミースが真剣な面持ちで切り出してきた。
「そこでご相談なのですが、壬堂さんのご友人を、わたくしに紹介していただけないでしょうか。共通の知人がいた方が話しやすいと思いますので」
「え」
俺は固まった。
「あら、どうかなされましたか、壬堂さん」
「い、いや、なんでもない……」
ごまかし笑いでごまかす俺。でも心の中では、冷や汗が滝のように流れていた。
云えない。
このクラスにご友人がひとりもいないなんて……。
そんな俺の思いを察するはずもないミースは、さらに懇願してくる。
「このクラスの方でしたら、どなたでもかまいません。わたくし、『友人』というものをつくったことがございませんので、ぜひ壬堂さんにつくり方をご指南頂きたいのです!」
俺の方が指南してほしい。切実に。
とりあえず俺個人の事情は置いておいて、ここは何とかつくろわなくては。俺はミースにばれないよう、もっともらしく堂々とした態度で口にした。
「ミース。友だちっていうのは、だれかにつくり方を教わるものじゃないんだ。自分で、自分なりのつくり方をみつけるのが、友だちをつくる一番の近道なんだ。だからミースも俺の力を借りずに、まず自分でやってみるのがいいんじゃないかな」
その言葉に、ミースは目を見開いた。
「さ、さすが壬堂さんですわ! わたくしの考え方が間違っておりました。はじめから他人の力に頼ろうとするなんて、浅はかでした。ありがとうございます、壬堂さん。わたくしの友人は、わたくし自身で探します!」
ああ、よかった。納得してくれた……。
「では壬堂さん。わたくしについてきてください」
「……えっ、なんで?」
「わたくしの友人づくりを壬堂さんにご覧頂き、その後で評価して頂きたいのです」
「評価?」
「はい。その評価を受け、わたくし次回以降の友人のつくり方を改善いたしますので」
「いや、評価っていわれても……俺、他人を評価するほど友だちづくりがうまくないっつーか……」
俺が言葉を濁していると、ミースの瞳から光が消えた。
すうっと、彼女の目につやの消えた紫色だけが残る。
――マズい。
俺は逃げようとしたが、光より速い動きでミースは俺の腕をひしっとつかんできた。
そして――
ビリビリビリビリビリビリビリビリビリ!!
「ギャーーーーーーーーーーーーーー!!」
感電。
ミースはぱっと俺の腕を放す。そして、すっかり焼け焦げて真っ黒な状態の俺になにごともなかったかのように云った。
「では壬堂さん。わたくしについてきてください」
「はい! ついていきます! もう地獄の果てまでついていかせて頂きます!」
血の涙を流す俺。
ミースの目から光が消えるといつもこうなるんだ。今日は感電だった。前回は低周波だった。その前は時限式のマイクロ爆弾をしかけられた。みんな、ミースが目の色を変えたら気をつけろ。わーん。
「……で、最初はだれのところに行く気だ?」
俺は感電してチリチリになった髪を手ぐしでなんとか整えつつ訊く。まずはミースも話したことのある環田とか瓜生あたりがいいんじゃないか。俺がそう思っていたら、ミースは即答した。
「一番後ろの席に座っておられる、あの方に致しますわ」
ミースが目を向ける、その視線の先には――
姿勢を正して席についている、整然とした雰囲気の女子がいた。
ロングストレートの黒髪で清楚な感じの彼女は、机に向かって忙しそうに右手の鉛筆を動かし続けていた。クラスで一番後ろの席の、一番窓際。休憩時間はいつもその席で何かを書いているか、席を外しているかで、ゆったりクラスメートと話している場面をみたことがない。
常に油断なく、常に完璧で、常になにかに向かって突き進んでいる。それが、2-Aの学級委員長、藤巻塔子だ。
ほかの高校ではあまり一般的じゃないと思うが、うちの学校にはクラス担任の先生というのが存在しない。学校からの連絡とか、ホームルームを仕切るのとか、クラスの状況を把握して各教科の先生に報告するのは、全て学級委員長の仕事だ。先生がフォローはしてくれるけど、基本的には生徒に任せっぱなし。普通なら先生がやっている授業の進行とかプリントの印刷・配布とかも、学級委員長が責任をもってやる。例えばホームルームの時間なんかは先生がいないため、生徒だけでやらなければいけないから、結構大変な役割だ。
だからこそ、学級委員長にはクラスの中でも本当にたぐいまれな統率力とやる気のある優秀な人が選ばれる。普通、どの委員になるのかっていうのは個人の希望だけど、学級委員長だけは先生も入って、なかば推薦のような形で選ばれることが多い。
二年生には四クラスあるから、学級委員長は全部で四人。先生に推薦されるくらいだから、四人とも優秀で模範的な生徒ばかり。だからみんなは「椥辻学園の四天王」なんて呼び方をしている。
そんな大変な学級委員長にふさわしいだけのやる気と統率力を備えたのが、ミースが指差した先に座っている女子、藤巻塔子なのだ。
……なんて云うといかにも知ったようだけど、じつは俺、藤巻さんのことほとんど知らないんだよな。
「藤巻さんは教壇に立つと、高校生とは思えないほど落ち着いてお話をなさいますし、クラス全体のことを常に気にかけていらっしゃるようですから、とても興味深いですわ。わたくし、ぜひともあの方とじっくりお話ししてみたいのです」
ミースはそう云って藤巻さんの方を見る。彼女は相変わらず下を向いて、B5サイズの紙に向かってひたすら何か書き込んでいる。
いつもこうなんだ。休み時間のあいだも働き続けていて「近づくな!」オーラを全開に出している。だからだれも、本当に必要のあるときにしかあの人――藤巻さんに話しかけない。
そんな人に、ミースはためらうことなく近づいていく。
「お、おい――」
恐れを知らないミースは、藤巻さんの席の横までとことこと歩いていった。あわててついていく俺。
藤巻さんはやっぱり「椥辻高校第二学園学級日誌」とかいうのをせかせかと書いていた。そんな藤巻さんが、俺たち二人の接近に手を止め、顔を上げる。
長くしなやかな黒髪で、前髪はきれいに一直線に切りそろえられている。子供の頃からそのままだとでもいうような鋭い目つきで、藤巻さんはミースの方を見上げた。
そんな彼女に怖じけずくことなく、ミースは100%の笑顔をみせた。
「藤巻さん、ちょっとよろしいですか」