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第2話 プリンセス様、もっと教室を破壊なさる


 俺は壬堂みどう光一こういち椥辻なぎつじ学園第二高等学校に通う、ごく普通の高校二年生だ。


 自分で普通、っていうのもなんだが、たぶん普通のくくりには入ってると思う。帰宅部で、家では格闘ゲームをしているか中華料理屋の家の手伝いをしているか。クラスには特に友達と呼べるやつはいなくて、かろうじて同じ帰宅部の環田とたまに話す程度。それでもまあ普通の方だろう。たぶん。


 そんな俺の横にいるのが、半月前からクラスに転入してきた、衿倉えりくらミース。


 もうお分かりも何もないと思うが、彼女は人型ロボット。つまり、アンドロイドだ。


 肩下まで伸びたブロンドの長い髪に、アメジスト色の大きな両目。日本人というよりは、フィンランドとかノルウェーあたりの北欧っぽさを感じる高貴な白い顔だ。透き通るようなきれいな肌に、細く小さなかわいらしい体型は、どこからどうみても普通の人間にしかみえない。最初に会ったときはいつも中世貴族のプリンセスが召しているような、すその広いふわふわした派手なドレスを着ていて、それがぴったりはまっていた。いまはうちの学校の制服を着ているからそこまでのインパクトはないが、顔立ちが完全に外国人のそれ(しかも美形)だから、学校内では男女問わず他生徒の目をひくようになっている。


 その彼女が、実は超高性能若年女性型アンドロイドで、どういうわけか俺がその教育係をさせられている、というのが現在の状態だ。


 細かいてん末は省くが、ひょんなことから俺はミースと学校の外で知り合った。そして二学期になった初日、彼女がどういうわけか突然、うちの高校に転入してきた。だが彼女は俺と出会っていたころの記憶を完全に無くしていた。それに元々学校のこと――というか、人間社会のいろいろな常識について知らなかったから、「以前から彼女と知り合いだった」というだけの理由でいつのまにか俺が彼女の教育係にさせられた、というわけ。


 まあ、それはいいんだが……。


「はぁぁ……」


 ミースと廊下を歩きながら、俺はため息といっしょに気のしぼんだ声をはいていた。


「どうかなさいましたか? そんなに大きなため息をおつきになって」


「あのな、ミース……」俺は力なく云った。「いい加減、俺の気持ちを察してくれねえかな……」


「壬堂さんの気持ち、とは、どの気持ちですの? わたくし、壬堂さんといま職員室で一時間みっちり先生の熱心なご指導を受けただけですのに」


「まさにそこだ! 熱心なご指導っていうか完全に怒り狂ってたけどな指導教員の先生が!」


「あら。教室の壁を完全に破壊したくらいで、先生はお怒りになどなりませんわ。学校の先生はみなさん海より深い心の持ち主だと、お母様がおおせでしたもの」


「先生信仰しすぎだ! 教室の壁ふっとばしたんだぞ! だれでも怒るっつーの! だいたいこれで何回目だと思ってんだよ!」


「四回目ですわ」ミースが1ミリも悪気の無い笑顔をみせる。


 そう。この二週間で、ミースが体のあらゆる箇所に内蔵する兵器を使って学校の施設を破壊することすでに四回。週二以上のペースだ。そのたびに、教育係の俺とミースは職員室に呼び出しをくらっていた。


 一回目はアクションゲーム「ゾンビハンター」のマネをして、右腕のマシンガンで教室のガラスを全て破壊した。二回目は、風通しが悪いと云って体育館の全ての窓と扉を強力な空気銃で全部吹き飛ばした。三回目は、指導教員の先生の車を――まあ、あとは割愛する。


 ようは、ミースの学園での暴れっぷりは目を覆いたくなるほどだ、ということ。『教育係』なんて軽く引き受けたけど、いまではかなり――いや、完全に後悔している。


「ミース。頼むから、これ以上マシンガンをぶっ放したり、巨大なものを投げ飛ばしたりしないでくれ……。今日のあの『ネオスカーレット・キャノン』だって、教室の壁をふっとばした後に空に向かっていったけど、あれが何かに当たってたら大変なことになるだろうから」


「でもわたくし、すでにあのキャノンで撃ち落としましたわ」


「……えっ?」


 ミースの予期しない言葉に、俺は顔が真っ青になった。


「撃ち落とした、って――」


「撃つからには、何かをねらわないといけませんもの。だからわたくし、適当なものを見つくろって、それにロックオンしましたの」


 ロックオンしたって――


「ミース。まさかお前、飛行機を撃ち落としたんじゃ……」


「あら。飛行機には人が乗っていますのに、ねらったりしませんわ。壬堂さん、わたくしがそんな血も涙もないことをする非道な女だと思って?」


 いやまあ、血も涙もないとは思ってるけど……アンドロイドだし。


 でもとりあえず、飛行機を撃ち落としたんじゃなくてよかった。――なら一体、ミースは何を狙ったんだ? 鳥かなにかか?


 俺が訊こうとしたとき、前から興奮した様子で二人の男子生徒が歩いてきた。


「なあ、さっきアメリカに人工衛星が落ちたんだって、知ってるか?」


「え、マジ?」


「さっきYahaa! ニュース携帯でみてたらトップになってて、クラスのやつらに聞いたらワンセグでみせてくれたんだけど、どのテレビ局も全部そのニュースになってたぜ」


「衛星って……なんでそんなもんが落ちたんだ?」


「知らね。ニュースじゃ、ミサイルか何かに撃たれた、って言ってたけどな」


「うわ、だれが撃ったんだよ。戦争になんじゃねえの……」


 二人が通り過ぎていく。


 俺はそれを聞いて、イヤな汗が全身から一斉に噴き出た。


「……ミース」


「……はい?」


「……まさかとは思うが」


「はい。わたくしが撃ちました」


 俺は失神しそうになった。


「ミース……お前、自分が何やったのか、分かってるか」


「あら、壬堂さん。お顔がすぐれませんわ。すぐに保健室へ――」


「行ってる場合かああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 俺は全力でさけんでいた。もうさけぶしかなかった。


「人工衛星を撃ち落としたんだぞ!? いまごろ衛星落ちたところは大変なことになってるじゃねえか!」


「あら。落としたのは太平洋上ですわ。海上の漁船等もレーダーで確認しましたから、被害者は出ていないはずです。ご心配には及びませんわ。それにわたくしが撃ち落とした衛星は元々三日後に廃棄され、太平洋に落とす予定だったものです。それをわたくしが先に執行しただけですから、何も問題はございませんわ。むしろアメリカさんも手間が省けてよかったのではないでしょうか」


「なんだ。ならよかった。びっくりさせるなよ、ははははは――――ってなるわけねえだろおおおおおお!!」


「あら、なぜですの」


「日本の地上から出たよく分からんレーザーキャノン砲に撃たれてアメリカの衛星が沈んだんだぞ! 立派な国際問題だ!! ってかその前に、ここにFBIとかCIAが来たりしたらどうすんだよ!!」


「壬堂さん、冗談がお上手ですわね。こんな日本の中でもさして有名でない一高校にFBIやCIAの方が来られるわけがありませんわ」


「お・ま・え・は・そ・れ・だ・け・の・こ・と・を・し・た・っ・て・こ・と・が・い・い・た・い・ん・だ・よ!!」


 そう云いながら俺も正直、全然実感がない。


 目の前の女子高生が、マンガに描いてある『空に向かってレーザーキャノン砲を撃つ』というSF空想劇を現実に実行して、アメリカの人工衛星を撃ち落した、って……どうやって信じりゃいいんだよ。


 でも実際やってる。ミースならやる。それがミースなんだ。


 俺はなかばあきらめた調子で、彼女に訴えた。


「ミース。その……俺はいいからさ。このままだと、ミースの方が大変だと思うんだ。うちの学校はおおらかなのかなんなのか分からないけど、とりあえずミースがいままでなにを壊しても許してくれてる。でも、さすがにこれだけ何度も続くと、そろそろ我慢の限界だと思うんだ。今日のもこれでしばらくいまの教室は使えなくなったし、明日からは違う教室に移らないといけないから、クラスの中には面倒だって思ってるやつもいると思う。だから――もう少し自重してくれねえかな」


 あんまりうまい云い方じゃないかもしれないが、俺なりに今の気持ちをミースに伝えてみた。どちらにしろ、このままじゃ三学期までとてももたないからな……。これを機に、ミースにも少しずつでいいから反省してもらわないと――


 そう思っていたら、ミースはとつぜんひざを折り曲げ、冷たい廊下の床に崩れ落ちた。


「えっ、あれ……?」


 驚く俺の前で、ミースは打ちひしがれた表情になっていた。


「そんな……わたくし、そこまで壬堂さんにご迷惑をおかけしていたなんて、思っていませんでしたわ……」


 ミースはショックのあまりかなんなのか、端正な顔を人にみられないよう、両手で前を覆ってしまう。肩をふるわせ、うっ、うっ……と嗚咽おえつ的なものまで発している。


「お、おい、ミース。なにもそこまで――」


 さっきまで全然悪気なさそうだったのに……態度が極端すぎるって……。


 ミースの豹変ぶりに戸惑っていると、彼女は廊下にひざを崩したままの状態で両手を置き、虚ろな目でつぶやいた。


「……クラスメートのみなさんの気持ちにも気づかず、わたくしは自分のことしか考えていませんでした。とんだ愚か者ですわ」


 ミースはそこで、決意したように俺の方を見上げた。


「――わたくし、ここで自害いたします」


「……は?」


 突然の言葉に、俺はハトが豆鉄砲を喰ったような顔になった。


「み、ミース? 自害って……なにもそこまで思いつめなくても」


「いえ。わたくしのもたらした災いに対して、クラスのみなさんが苦悩していたことに少しも気がつかず……愚劣でした。浅薄でした。恥ずかしい限りですわ。わたくしなど、ゴミくずのように消え去ったほうが地球のためなのです……」


 ……なんか卑下しすぎな上に無駄にグローバルだが、どうやらミースは俺の予想していたよりはるかに落ち込んでいるらしい。


「わたくしはクラスメートのため――ひいては地球のために、このまま土の肥やしになる覚悟です。壬堂さん、今までありがとうございました」


 ミースの体は金属だろうから土の肥やしにはならないだろうなと思いながら、彼女からの突然の別れ宣言に、俺はあわてて止めた。


「ま、待てよミース! いい過ぎたんなら謝るから、死ぬなんて言うな!」


「壬堂さん、止めないで下さい! わたくしは、このままあんパンを食べて死にます!!」


 ……ん?


 俺が訊き返すより早く、ミースは廊下を走り去っていった。


 そして、一分とたたないうちに戻ってきた。


 つったっている俺の前で、ミースは校内の売店で買ったらしい「あんパン」を手にしていた。


 ミースは俺の前でわざわざその袋をあけると、みせつけるように、そのあんパンを小さな口でもぐもぐと食べ始めた。


「……ミース?」


「モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ……」


 ……なぜあんパン?


 疑問の表情を浮かべている俺の前で、ミースは一心不乱にあんパンを食べ続ける。


 そして、急に動きを止めた。


 ――その瞬間。


「うっ――」


 ミースは苦もんの表情を浮かべると、手からあんパンをこぼし、地面に力なく倒れた。


「ミース!?」


 思わず駆け寄る。だがミースの体に力が無い。


「おい……うそだろ? あんパンなんかで、なんでこんなことになるんだよ!」


「み、壬堂さん……わたくし、いままで壬堂さんとお話できて、幸せでした……」


「いや、なに最終回的な展開になってんだ!? ミース、しっかりしろよ!!」


 なにがどう作用してるのかわからないが、どうやらミースはあんパンを食べると中毒症状を起こすらしい。そんなバカなと思うが、そんなバカなと思うことばかりする。それがミースだ。


 俺がミースの体を抱き起こす――お、重いっ――でもなんとか抱き起こすと、ミースは口を開いた。


「壬堂さん……わたくし……うっ、げほっ、ガハッ!」


「もうしゃべるなミース! すぐに病院に――いや、ロボットだから、屋敷に帰った方がいいのか? とにかくミースを治療できるところに連れてってやるから……」


「ありがとう、壬堂さん。みなさんによろしく――」


 そこで、ミースは力尽きたように口を閉じ、まぶたを下げた。


「……ミース?」


 俺が呼びかけるも、ミースに反応はない。ただ雪のように白い顔が、降り積もったように美しく、横たわっているだけ。


 ミースが――


 俺は、いつのまにか声を上げていた。


「ミースーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 俺が忠告なんかしたせいで、彼女は心に深い傷を負った。


 俺は――俺は、取り返しのつかないことをしちまった。


 俺があんなことを――自重してくれなんてことをいわなけりゃ、ミースは死のうなんて思わなかったはずなのに。


 でも、いくら後悔しても、もうミースは戻ってこなかった。


 俺の腕の中で、ミースは眠るように、優しく瞳を閉じていた。


 ただ静かに、そよぐ秋風の中で。











「(ピピッ)――あら」


 ミースが目を覚ました。


 ミースが死んでから、時間にして十五秒ほど。


「……あれ?」


 俺がぽかんとしていると、ミースは何事もなかったかのようにすんなりと体を起こした。


「お、お前――死んだんじゃなかったのか」


「はい。そのつもりだったのですが――どうやら、あんの量が足りなかったようですわ」


「足りなかったって……ミース、もう体はなんともないのか」


「はい。ご心配をおかけしました」


 だまされた……。


 俺は両目からにじんでいた涙をこっそり袖でぬぐった。


「ば、ばか野郎。死んだと思ったじゃねえか……」


「あんで死のうとしたのは初めてですが、思ったより難しいようですわね。ちなみにわたくしは野郎ではありません。訂正してください」


「悪かったよ、ミース。――生きててよかった」


 本当に、生きててよかった。びっくりした。あのまま死なれてたら、いくら死んだ理由があんパンとかいう訳の分からないことでも、一生心に残るトラウマになるところだった。また目から涙が出そうだ……。


 そんな俺にかまわず、ミースは立ち上がると、再び売店の方を向いた。


「あんの致死量を検討しなおさなければ。わたくし、再度あんパンを購入して――」


「だれが行かせるか!!」


 全力で立ちふさがる俺。もっかい死なれちゃたまらねえよ……。


 ミースは無念そうな顔で云った。


「――ではわたくし、クラスのみなさんにできる限りご迷惑とならないよう、自粛・自重して日々を生活することに致します。これまでの不遜ふそんな行動の数々、どうかお許し下さいませ」


 長い髪を揺らして頭を下げるミース。どうやら今度こそ、本気で反省しているらしい。俺は告げた。


「それ、クラスのみんなに言ってやってくれよ。俺は別に……。それに俺はお前の教育係ってことになってるから、半分は俺の責任みたいなところもあるからな」


「そんなこと……全てわたくし個人の至らなさからきたものです。わたくし、これを機会に改心して、一から出直します。壬堂さん、すみませんでした。こんなわたくしで恐縮ですが、これからもよろしくご指導下さい」


「そんなたいそうなものじゃねえし……いままでどおり、遊び相手でいいよ」


「あ、ありがとうございます……!」


 また頭を下げるミース。俺なんかに頭を下げるなっていつも云ってるんだけど、なかなか直してくれないんだよな――まあ、別にいいけど。


 とにかく、今回ばかりはミースもかなり反省したようだし、少しは破壊活動もマシになるだろう。よかったよかった。あ、あと、あんパンを食べさせないように気をつけないとな……。


 俺がほっとしてそんなことを考えていると、とつぜん背後から肩をトントンとたたかれた。


 振り返ると、そこには背の高い中年の男がいた。


「……えっ?」


 びしっときまった紺色のスーツを身にまとった白髪交じりの男は、妙にニコニコしながら俺に話しかけてきた。


「ミドウコウイチ君かな?」


「は、はい。そうですが」


「私はこういうものなんだが。ちょっとそこのお嬢さんといっしょに、教室に穴を開けてしまった話について聞かせてもらってもいいかな?」


 そう云いながら男は、開いた手帳をみせてきた。中には男の顔写真と、「Central Intelligence Agency」の文字があった。


 わー、CIAだ。




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