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第18話 プリンセス様、友人づくりの大切さを学ばれる

 そのアツアツカップルの女性の方は、まぎれもなく我らが学級委員長・藤巻塔子だった。


 はじめは見間違いかと思った。でも顔も声も、俺がよく見知った藤巻先生と全く同じ。今日はいつもの制服姿とは違いえり付きのシャツに赤黒チェックのスカート姿だが、どうみてもあの人は藤巻さんだ。自信がある。つい三日ほど前もさんざん彼女に雷を落とされたばかりだから。


 演劇部の使用していた1-Aの教室をマシンガンとショットガンで粉砕したことで、俺とミースはもう何度目かわからない職員室への呼び出しを食らった後、さらに藤巻さんにも呼び出されていた。


 そこで俺はいつものように「あなたの教育がなっていないから」だの「撃つ前に止めさせなさい」だのさんざんしぼられ、小一時間も指導を受けてからげっそりの状態でようやく開放された。だから藤巻さんの顔や声の判別には自信がある。思い出すと泣けてくるけど。


 その彼女と俺の距離は、約10m。


「――――やば」


 そのことに気づいた俺は、すばやく近くのクレーンゲームの影に身を隠した。


 思えばなんで身を隠す必要があるのか分からないが、なぜか体の方が先に反応していた。でも、これは正しい判断だ。俺は彼氏に抱きついている人が藤巻さんだと気づいたとき、強く感じたんだ。


 ……みてはいけないものをみてしまった。


 俺はこっそり顔を半分だけ出して、カップルの方をうかがった。藤巻さんはあいかわらず、学校では決してみせないような、いや、想像すらつかないような甘えっぷりを存分にみせつけている。


「塔子、まだほしいお人形さんがあるの。むこうの、あのクマモーのぬいぐるみなの。とってくれる? ――やだも~。ユウヤ、十分UFOキャッチャーうまいよー。もう二つもとってるし、次も絶対とれるよ。塔子応援してる! うん……いい? きゃー! ありがと~! ユウヤ大好き!!」


 そして再びユウヤとかいう男性におもいきり抱きつく塔子様。俺の視線は完全に二人のやりとりに釘づけになっていた。藤巻さん、彼氏の前では自分のこと名前で呼ぶのか……人形は「お人形さん」だし……気になることが多すぎる。


 そもそも、あの人は本当に藤巻さんなのか? いや、そもそも藤巻さんがなんで彼氏とゲーセンきてんの? それも隣町の。


 藤巻さんであることは間違いない、と思う。さっきまでは、もしかして双子の姉か妹ってことも、と思ったが、彼女が自分のことを「塔子」と呼んでいたからその可能性も消えた。あの彼氏べったりな女子は、俺がよく知っている椥辻学園第二高校二年A組の藤巻さん本人だ。


 だとしたら、人格が変わったんじゃないかと疑いたくなるほどのあの変容っぷりはなんなんだろう。藤巻さんらしい「他人をよせつけないオーラ」や「何事も整然と処理する頭脳」が、いまはみじんもみえてこない。UFOキャッチャーなんか「奥に32.5cm、左に21.3cm動かせばこの人形をとれるわ。あんもうなにやってるの。どいて。私がやるから。あなたは後ろで見て私のやり方を勉強なさい」とか云うくらいが藤巻さんの場合ちょうどいいのに。


 藤巻さんに彼氏がいたこともびっくりだが、それ以上に藤巻さん自身のツンデレぐあいが強烈過ぎて、彼氏の存在がかすんでしまっている。


 そういえば、と今度は彼氏の方に注目してみる。紺色のスラックスに白いTシャツ、上から水色のパーカーをはおった、カジュアルな服装。細面で、髪は無造作なムービングショート。目はやや茶色がかった大きな瞳で、フレームの広いメガネをかけている。背は高く、180cm以上はありそうだ。たぶん二十代前半。若いが、まず高校生にはみえない。全体的にマジメそうな雰囲気で、藤巻さんの甘えに若干困った態度を示しているが、いやがってはいなさそう。言葉づかいはやわらかく、やさしい性格なのかなという印象だ。


 藤巻さんは一体どこでこの年上の彼氏をつくったんだろう。こんな人、うちの高校ではみたことがない。先生にも若い人はいるが、いま目の前にいるような人はもちろんいない。二人して、休日をたっぷり堪能しているようだ。藤巻さん、学校では友だちもつくらないくらいお堅い感じだけど、彼氏はちゃんといるんだな。人は見かけによらないっていうのはこういうことを――


 …………あれ。俺、なんでこんなにみっちり二人を分析してんだ。


 思い返せば変な話だ。俺は格ゲーをやりにこの一階に下りてきただけなのに、なんでこんなことに……。だいたい、カップルを物陰からひそかに見つめ続けている男って、なんかストーカー的だよな。


 ……いやいや! 俺はストーカーじゃない! ただ俺はあの二人の後ろを通り抜けたかっただけだ!!


 でもさすがに藤巻さんの後ろを素通りするだけの勇気はない。いまあの状態で俺と顔を合わせれば、気まずい雰囲気になることは間違いないだろうから。


 学校であれだけ「完璧な学級委員長」という自分の人物像を守ろうとしている藤巻さんのことだ。きっといまの姿はあまり表向きにしたくないだろう。学業とプライベートはしっかり分けたいと思っているに違いない。だから自分の町じゃなく、わざわざ隣町を彼氏とのデート場所に選んだんだ。――いや、彼氏が隣町に住んでいるだけなのかもしれないが。


 そんなわけで、とりあえず顔を合わさないでおくにこしたことはない。この衝撃の映像は俺の胸の中に永遠にとどめておこう。うんうん、それがいい。


 そう思って俺が別の通路を探そうとしたとき。


「ユウヤ、ちょっと待ってて。向こうのクレーンゲームも探してみる」


 と、藤巻さんがふと俺の方に顔を向けた。


 そのとき。


 藤巻さんと俺の目線が一瞬合った。


「――――!?」


 すぐさま、俺はクレーンゲームの影に隠れる。


 ――バレた?


 なにもしていないのになぜか犯罪者のような気持ちになっている俺。


 全身に冷や汗をかきながら、俺はクレーンゲーム機の前にしゃがみこみ、耳をすませた。藤巻さんが近づいてこないかどうか、確かめるために。


 確かめながら、いま藤巻さんと目が合った瞬間の光景を、俺は頭の中に広げていた。


 ゆるんだ笑顔を見せていた藤巻さんが、俺と目を合わせた瞬間、明らかに「はっ」と緊張した表情をみせた。


 赤の他人と目が合っただけならここまでの反応はない。そんな人はこのゲーセンにいくらでもいる。でもそうじゃない。藤巻さんの反応は、完全に俺を「壬堂光一だ」と認識したことを示していた。


 しばらく待ってみる。足音が近づいてくる気配はない。もう少しだけ待ってみる。それでも、だれもこっちへはこない。


 そうしていると、ゲーム機の騒音の中で、かすかにユウヤらしき人の声が聞こえた。


「……どうかしたの、塔子?」


「あっ……な、なんでもないの。ちょっと思い出したことがあっただけ……。そろそろここ出る?」


「えっ? 急だね、塔子。クマモーのぬいぐるみはいいの?」


「え、ええ。また今度でもいいかな、って」


 ――やっぱ俺がいるってバレてる。


 バレたんなら、もうあきらめてあいさつした方がいいか……いや、でも彼氏の目があるからな……。


 出ていこうかどうしようかいろいろ思い悩んでいるうちに、なんだかやるせない気持ちになった俺は、思わず思っていた言葉が口に出た。


「格ゲーやりにきただけでこんなことになるなんてなぁ……」


「あら。どのようなことになったのですか?」


「それがだな。藤巻さんが彼氏と……ってうわっ!?」


 いつのまにかミースが俺と一緒に横でしゃがんでいた。


「ミース!? いつのまに……」


「いましがたですわ。運転の練習をひととおりやり終えましたので壬堂さんをサーチしていたところ、一階のクレーンゲームの前でかがみこんでおられましたので、どうされたのかと心配になり、こうして横並びになった次第ですわ」


 このタイミングでまた事態をややこしくする材料が増えた……。


「それで、どのようなことになったのでしょう。いま壬堂さんは、藤巻さんが彼氏と、とおっしゃいましたが――」


「い、いや! なんでもない。本当になんでもないんだ! あ、あはははははははは!」


 ほがらかに笑ってみせる俺。それに、ミースは笑顔を向けてきた。


「あら。本当になんでもないのですか?」


「あ、ああ。本当になんでもないんだ」


「本当になんでもないんですね?」


「ああ。本当に何でも――」


「本当に……?」


 その瞬間、ミースの瞳から光が消えた。


 ……完全に疑われてる。


 青ざめる俺の前で、ミースの左のこめかみがパカッと開く。そして中から、ゆっくり、ゆっくりとバルカンの銃砲がスライドしてくる。


 見せつけるようなその動きに、俺の弱々しい精神は耐えられなかった。


「あ、あああああの、な、なんでもないんだ。ただ、藤巻さんが彼氏とむこうでイチャイチャしてるなんて、そんなこと絶対にないから……」


「いつもどおり、銃口を向ければうそのつけない方ですわね。その向こう側に、藤巻さんがいらっしゃるのですね?」


 もう無理。もう限界。ってか平和な日本のゲーセンでいきなり銃口向けられてウソつけるやつなんていねえだろ……。


 ミースが藤巻さんの姿を確かめようと立ち上がる。それを、俺は必死で止めた。


「……壬堂さん。これ以上お隠しになるつもりなら、容赦いたしませんが」


「いや、でもこれはほんとに止めといた方がいいって。ミースの今後のためにも」


「わたくしの……? それはどういう意味でしょうか」


「それは……い、色んな意味でだよ!」


「根拠不十分ですわ。わたくし、事の真相を確かめなくては納得がいきません。壬堂さん、どうかそこをおどきください。そうでなければ、あなたの体に風穴が空きますわ」


「それでも……やめといたほうがいいと思う……」


 俺の真剣な目つきに、ミースはこめかみの銃口を真上へそらした。


「……壬堂さんがそこまでおっしゃるということは、それ相応の理由があるということでしょうか」


「あ、ああ。そういうことだ」


 俺の言葉に、ミースは感じるものがあったようで、こめかみのバルカンをひっこめた。


「では、これについてのせん索は中止いたします」


「あ、ああ。ぜひそうしてくれ……」


 よかった……。あの姿を見せたら、ミースの藤巻さんに対するイメージが完全に崩れるもんな……。なんか、はじめてミースの武力行使に勝てたような気がする。やっぱりアンドロイドでも、話せば分かるんだな……。


 俺がそんな感慨にふけっていると、ミースが口を開いた。


「ところで壬堂さん」


「……ん?」


「わたくし、壬堂さんがおっしゃった『藤巻さんが彼氏と』というキーワードがまだ非常に気になっているのです」


「……そうなのか」


「はい。ですのでわたくし、せん索するのではなく、ゲームセンターを歩いていたら偶然そうした場面に遭遇してしまった、という設定にしたいのです」


 ……設定?


「それってどういう――」


 俺が云う間もなく、ミースは突然、するすると歩き始めた。その先には、藤巻さんのいた通路。


「ま、まてミース。だからこっちにはいかないほうがいいって――」


 俺がそう云って止めようとした瞬間。


 ミースの振るった左腕が、俺をふっ飛ばした。


「ごふっ」


 にぶい音とともに体が宙に浮いた俺は、衝撃できりもみ状に回転し3メートルほどふっとんで、ゲーセンの固い床に転がり落ちた。


「あら。蚊でもたたいてしまったかしら。いまの季節にめずらしいですわね」


 そしてミースはなにごともなかったかのように、禁断の通路へ向かっていく。


 しかし――


「……だれもいませんわ」


 そこにはすでに藤巻さんも、彼氏のユウヤもいなかったようで。


「壬堂さん。どうしてわたくしをあれだけ必死に止めようとなさったのですか。藤巻さんが、どうかなさったのですか」


 ふり返って問うミース。だが俺は、ミースの鉄の一撃で死にそうなくらいの激痛を胸あたりに感じてもはや息絶えていた。たぶんろっ骨の一本や二本、きしんでると思う。


「壬堂さん? どうかなさいましたか? まさかわたくしの蚊払いで動けなくなってしまったなんて、ご冗談をいうつもりじゃありませんわよね?」


 ご冗談じゃありません。でも死にそうです。なんだよ設定って。俺、どうすればよかったんだろう。だれか教えてください。











 そんな隣町での驚愕の休日を過ごした次の日。


 まだミースの「蚊払い」の痛みが残りながらもなんとかふだんどおり学校に登校した俺は、藤巻さんの様子をうかがわないわけにはいかなかった。


 2-Aの我らが学級委員長は、模範生徒を体現するようにだれよりも早く教室に来ている。早朝から一番後ろにある自分の席に座り、教室にやって来たクラスメート一人一人に「おはよう」と声をかけるのが彼女の日課だ。


 俺が教室に入るのはいつも始業時間ぎりぎりだから、他の生徒に混じっていることも多く、直接おはようを云われることは少ない。それでも、一週間に一度くらいは直接彼女の声が耳に届く。


 この日も俺は始業時間の二分前に教室に入った。昨日の「藤巻さんが隣町で彼氏とキャッキャウフフ事件」のせいでやたらと藤巻さんの方が気になったが、なんとなく顔を合わせるのが気まずい気もして、そのままいつものように彼女の前を通りすぎようとした。


 すると。


「壬堂君」


 藤巻さんが声をかけてきた。


「は、はいぃぃぃっ!?」


 過剰に反応する俺。振り向くと、そこにはいつも通り鋭い目つきの完璧主義者の顔があった。


 だが彼女は、


「おはよう」


 それだけ云って、また視線を机に戻した。そしていつものように横罫のノートに長文をカリカリと書き始めている。


 ……あれ。意外に普通の態度だな。


 全くふだんと変わらない藤巻さんのそっけないあいさつに、俺は若干胸をなでおろした。彼氏とのあんなデレデレ姿をみられたんだから、俺と会えば変な空気になるんじゃないかと思ったんだが、なぜか本人は全然気にしていないらしい。それどころか、あれはやっぱり幻だったんじゃないかと思わせるくらいの冷静な対応だ。


 もしかして、と俺は期待を抱いた。


 もしかして、昨日のできごとは、秋という移りゆく季節が俺にみせた、ひとときの幻想だったのかもしれない。


 いや、きっとそうだ。いま思えば、藤巻さんのあんな姿、どう考えてもおかしいもんな。たぶんミースが俺に撃った麻酔薬が変な形で作用して、つかのまの不思議な夢を俺の脳内にみせたんだ。そう考えれば全て納得がいく。そうか。そういうことだったんだ。あー、よかった。


 そんな都合のいい理屈をつくりあげていたら、藤巻さんが再び口を開いた。


「壬堂君」


 手を動かしながら、藤巻さんが呼ぶ。安心しきっていた俺は、気軽に答えた。


「はい、なんでしょう」


「今日の放課後、少し時間ある?」


「えー、それはなぜでしょう」


「ちょっと話したいことがあるの」


 ……え。


 話したいこと。まさか――


 ――いや、そんなはずないよな。さっき藤巻さん、俺の顔を見ても何の反応もなかったし。まさか昨日のことをこの時間差でもちだすなんてことは……。


 藤巻さんはあいかわらず下を向きながら忙しそうに白色のシャーペンを動かしている。表情がみえないから、どのくらい真剣なのかがわからない。


 俺は次第に青ざめながら、おそるおそる訊いた。


「……話の内容は、なんでしょう」


「とても私的で、個人的で、プライベートなことよ」


「……具体的には」


「ここでは言えないわ。プライベートなことだもの」


「でも、一応ざっくりと何を話すかだけでも――」


「私に言わせるつもり……?」


 その瞬間、藤巻さんのシャーペンの芯がパキッと折れた。


 ――――。


 俺の全身から、滝のような汗が流れる。


 ――本気だ。


「……あ、あのー、俺、演劇部の活動が」


「あなた幽霊部員でしょう。部員届けを受理する前から知ってたわ」


「……あ、あの、俺、家の中華料理屋の手伝いが」


「浅はかね。みえみえのウソはただ見苦しいだけだわ」


「……はい。ウソです」


「なら放課後、LL教室に来て」


「えっ、この教室じゃないんですか」


「言ったでしょう。プライベートなことだからって。だれかに聞かれると困るのよ」


「でも、LL教室は授業用の教室だから、勝手に借りるのはまずいんじゃないですか」


「大丈夫。正式に先生から許可はいただいているわ。適当な理由をつけて」


「……あの」


「まだなにかある?」


「……いえ。ありません」


「なら、来てね」


「……はい」


 そこで、はじめて藤巻さんが顔をあげた。


「ところで、私に対してですます調を使うのはやめてね。同級生なんだから」


「……はい」


「だから」


 そこで、一時間目開始のブザーが鳴った。


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