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第17話 プリンセス様、お車を運転なさる

「あれ、今日休みか……」


 いつも通っているゲーセンの前まできて、俺は肩を落としていた。


 今日は日曜日。休日になると、ゲーセンで時間を過ごすのが俺の日課だ。


 帰宅部の俺はいつも家に帰ると、テレビゲームに打ちこんでいる。自分の部屋に入ると、宿題もそこそこに毎日深夜までテレビ画面の前でコントローラーを操作している。RPGやアクションもやるが、特に多いのは格闘系。高度なコマンドを連続でたたきこむガチのものから、萌えキャラが多数登場するようなオタゲーまで、タイトルは問わない。ただ格ゲーというジャンルのものなら、どんなものでも挑戦する自分でいたいと常々考えている。


 ゲームくらいでなにをたいそうな、と思われる人もいるかもしれないが、これは俺という一人間としてのこだわりなのだ。格ゲーというシビアなリングの中での勝負、かけひき、緊張感。そのひとつひとつが平々凡々な生活を過ごす俺の心の奥底を燃えたぎらせる。複雑な連続技を決めたときの快感。油断して足元をすくわれたときの敗北感。そして圧倒的不利な状況をはねのけて最後のボスキャラを倒したときの達成感。全てが俺の心の財産となっているし、それらは人生にだって通じるところもあるのではないか。そう。俺は遊んでいるんじゃない。格闘ゲームをしているんだ。


 ……ええ。たわごとですとも。俺もうすうす分かってるよ。だからそんな遠い目でみないでくれ。


 そんなわけで、平日は家でゲームざんまい。土曜日はうちの親が経営してる中華料理屋の手伝いで忙殺されているが、日曜日は店が休みなので、俺は他流試合を求めてゲーセンに出かけている、というわけ。


 家のゲーム機でもネット回線があれば見知らぬ相手と対戦ができるんだが、あいにくうちにはインターネットの「い」の字もないくらいIT気がない。そもそも携帯電話を親父もお袋ももってないし、俺も持ってはいるが滅多に使わないのであまり詳しくなかったりする。そんな状態なので、ネット対戦は俺的にエジプトやブラジルくらいはるか遠い存在なのだ。


 それに正直、ゲーセンという雰囲気が好きだ、というのもある。


 ネットならただでいくらでも対戦ができるが、ゲーセンは原則お金をかけて勝負する。格ゲーなら、勝ち続ければそのままお金を投入せずに続きをプレイできるが、負ければまた百円なりコインなりを入れなおさないといけない。だから勝ったときはとてもうれしいし、負けたときはすごく悔しい。その張りつめた糸みたいな空気が、俺は好きだ。


 しょせんゲームといってしまえばそれまでだ。でも俺は決して遊んでいるんじゃない。ゲームをして(以下略)。


 ……というわけで、今日もいきつけのゲーセンにきたわけだが、冒頭の状況、ということになる。


『9月24日から27日まで、店内改装のためお休みします。ご了承下さい』


 扉に貼ってある張り紙には、そう書かれていた。今日は9月24日。このゲーセンは通学路の途中にあるからいつもみているんだが、今日からこの張り紙が出されたようで、全く気づかなかった。急なメンテナンスが入ったのかもしれない。


「どうすっかな……。いまから隣町のゲーセンに歩いていくと時間かかるし。でも家に戻ってゲームすんのも気が乗らねえよな……」


 いつも休日には人であふれるゲーセンだが、今日はいたって静か。その店の前で、俺はこれからどうしようか思案した。


「やっぱり家に帰るのが現実的か……でも中途半端な気分のままやるのもな……かといって隣町までいくと帰りも時間かかるからな……う~ん……」


 腕組みをして考えに沈む。なにも休日に改装作業しなくてもいいのに、とか心の中でグチったり。でもほかにやることもねえしな、とか思ったり。


 そんなことを考えている俺のすぐ後ろに、ひとつの車がブレーキ音を発しながら停止した。


 俺がふり返る。ゲーセンの前は車どおりの少ない車道。そこに真っ黒なスポーツカーが停車していた。


 あまり町中でみたことのない車種。車体のラインがとがっていて、車高はごく低い。マフラーは改造されているのか、ドウンドウンと重いアイドリング音をたてている。一応四人乗りみたいだが、窓が黒塗りされていて中が全くうかがえない。


 近くに信号はないから、信号待ちで停まったんじゃない。なら、俺の真後ろでわざわざ停車するということは、俺に何か用事があるってことだ。


 なんだろう。黒塗りされている窓がやけに不気味にみえる。俺に道でも尋ねようとしているんだろうか。でもどんなやつが乗ってるんだろう。この車の様子からして、一般の範疇の人間が乗っているとは思えない。も、もしかしてヤ○ザ的な、ってことは……。


 俺が若干ビビっていると、車のサイドガラスがうぃーんと下がった。そしてそこから顔をのぞかせたのは――


「――壬堂さん。こんなところで、どうかなさいましたか?」







「ミースーーーーー!?」


 俺は思わず町中に響き渡るくらい大きな声でさけんでいた。


「はい、ミースです」


「いや、なんでお前が車に……?」


「あら、わたくしだって車には乗りますのよ。一度学園に乗っていったこともあるかと思いますが」


 ……あれ? ああ、そうか。


 そういえばそうだ。いわれてみれば、あのときにみた車だ。雰囲気にビビって全然気づかなかった。


 ミースがうちの高校に初めてきたとき、なぜか校門から運動場に車で突っ込んできたんだった。あれから学校側に「高校に車で登校してはいけない」と指導され、それ以降ミースが車でやってくることはなかったんだが――


「でも、なんで今日その車に乗ってるんだ?」


「はい。わたくし、今日は隣町まで行動半径を広げて自己の見識を広げようと思いましたので、自家用車を出した次第ですわ」


 開いた窓から俺ににこりと笑顔をみせるミース。乗っている車の物々しい雰囲気とは正反対だ。


 まじまじとみると、やっぱり怖いミースの黒い車。触れたら切られそうなくらい、デザインも排気音も、車の全てが自分の個性を暴力的に主張している。


 それにミースは車の左側――つまり助手席に座ってたから、運転席にだれかいるんじゃないかと思ってちらっとのぞいてみたけど、そうじゃなかった。この車は左ハンドル。ミースは左の座席から、白くコーデされたハンドルをしっかりと握っていた。ってことは、この車は外国車だ。いったいこんな車を、どこで入手したんだろう。


 いや、それよりも――


「そもそもミースは車を運転していいのか? 運転免許をとるには年齢が足りないんじゃねえの?」


 いまのミースになる前――つまり、メモリーを無くす前のミースも車を運転したがっていたが、年齢が足りなかったので断念した、ということが以前あった。ってか年齢だけの問題じゃないかもしれない。そもそもアンドロイドって車で公道を走っていいのか?


 俺の問いに、ミースは平然とした顔で答えた。


「はい。以前のメモリーのわたくしは、壬堂さんに『満十八歳にならないと運転免許をとることができない』と教えられておりました。ですので、そのことをお聞きになったお母様が、何とかして下さったのです」


 ――何とか?


「何とかって……でも十八歳以上、ってのは法律で決まってるから、なんともできないだろ?」


「はい。ですからお母様にお願いし、法律を変えていただきました」


 ……え?


「法律を変えたって…… いやいや、そんなわけないだろ」


「あら、本当ですわ。疑われるなら、これを」


 と云って、ミースは助手席に置いていたショルダーバックを手に取ると、中からカードケースらしきものを取り出した。そこから一枚のカードを抜き取って、俺に見せる。


 手に取った俺は驚いた。まぎれもなく、それはミースの運転免許証だった。


 氏名と生年月日、住所、そして免許証の交付年月日、その他もろもろの要件が書き込まれている。右側にはばっちりミースの顔写真が。


 いかにも本物っぽい。でも俺は自分の免許証をもっているわけじゃないから、本物かどうか比べようがない。


「ミース……これ、本物だよな……?」


「あら、お疑いになりますの? 壬堂さんも人が悪いですわね」


「いや、でも法律を変えたとかって、とても信じらんねえんだけど」


「では、これでいかがでしょう」


 そう云うと、ミースは俺に左腕を向けてきた。ひじと手首の間がぱかっと開いたかと思うと、中からホログラムのような画面が浮かび上がる。


 初めてみる光景だが、もうミースだと驚かなくなっている俺。なんで腕からそんなものが出るのかと訊きもせず、素直に現実を受け入れてそこに表示された画面を見つめた。俺も成長したと思う。


 中身を見ると、どうやらパソコンでよくみるインターネットの画面らしい。映っているのは検索サイト。ミースがしばらく腕の中にあるらしいボタンを操作していると、あるページにいきあたった。そこには「道路交通法」の条文が書かれている。


 長々と連なっている小難しい文章。それがずっと下へスクロールしていき、「第八十八条」のところで止まった。




 第八十八条  次の各号のいずれかに該当する者に対しては、第一種免許又は第二種免許を与えない。


 一  大型免許にあつては二十一歳(政令で定める者にあつては、十九歳)に、中型免許にあつては二十歳(政令で定める者にあつては、十九歳)に、普通免許、大型特殊免許、大型二輪免許及び牽引免許にあつては十八歳に、普通二輪免許、小型特殊免許及び原付免許にあつては十六歳に、それぞれ満たない者。ただし人造人間アンドロイドを除く




「……もしかして、これのことか?」


「はい。『ただし人造人間アンドロイドを除く』の部分を、お母様に加えていただきました」


 ……マジデ?


「いや、日本の法律を書き換えるって、どうすんのかよく知らねえけど、そんなに簡単に変えられるものじゃないだろ。いろんな手続きとか、話し合いとかをふまないといけないだろうし」


「ですから、お母様から日本政府にお願いし、改正法案を国会に提出して頂き、国会の承認を得て法律を変えていただきました」


 さも当然というように、ミースは答える。「電化店でパソコンとプリンターを一緒に買うから安くして欲しいとお願いして安くしてもらった」というくらいの軽い雰囲気だ。


 どうなってんだ。これがもし本当だとしたら、ミースのお母様っていったい何者なんだ。日本で相当な権力をもってるってことになるぞ。


 ――でも、と俺は思い返した。


 よく考えてみれば、ミースの住んでいる屋敷はものすごく広大だし、少なくとも財力は並外れているだろうから、お母様がその屋敷の所有者だとすれば、何らかの権力者だというのもうなずける。そもそもミースなんていう世界でも最先端だろうアンドロイドを開発して、町中を歩かせているわけだから、それなりの財力と権力がある人間じゃないと、そんなことはできないだろうし……。俺が知らないだけで、実はミースのお母様ってものすごく有名な人だったりして――


「壬堂さん?」


 ミースの声に、俺ははっと我に返った。


「どうかされましたか。さきほどから考えに沈んでおられるようですが」


「えっ? あ、ああ。いや、ミースのお母様って、どんな人なのかなって、考えてたんだ」


「わたくしの、お母様ですか」ミースはあいかわらず笑顔のまま答える。


「お母様は、とても思慮深く、見識が広く、それでいて優しく、全てにおいて尊敬できる存在ですわ」


 なのに「コンビニではイスでもなんでも売っている」とか「免許を取るならゲーセンに行きなさい」とか云うのな。


 ミースのお母様ってなんなんだろう。いや、いくら権力者だっていっても、ミースにお願いされたからってほいほいと法律を書き換えられるような人がこの世にいるとは思えない。


 やっぱりこの免許証は偽造なんじゃないか。法律の条文も、さっきみせられたのはウェブサイトのものみたいだから、書きかえるのも容易なんじゃないか。


 そんなことを考えていると、横からとつぜん声が聞こえた。


「君。ここは停車禁止のところだよ。早く車を移動させなさい」


 みると、警察官。どうやらミースがいま停まっている位置が停車禁止の場所だったらしい。そういえば、ゲーセンの二軒となりが交番だった。そこから出てきたんだろう。


「あら、申し訳ありません。すぐに出発いたしますので」


 答えるミースに、警察官は疑念の表情を向けた。


「……君、若いね。一応、免許証を確認させてもらってもいいかな」


 そりゃそうなるよな。ミース、どうみても成人未満だし。乗ってる車が車だからよけいに。


 でも……よく考えたら、この状況ってやばくないか。


 もし免許証が偽造だとばれたりしたら……いや、ミースの免許証が偽造と決まったわけじゃないが。ってかむしろ、考えようによっちゃこれが本物かどうか確かめるいい機会なのかもしれない。


 俺は持っていたミースの免許証を警官に手渡した。少しだけ緊張しながら。


 警官は免許証の表と裏をひととおりながめる。そしてあっさりと、俺に免許証を返した。


「ま、道路標識には常に注意してくれよ。彼氏と話が終わったら、すぐに車を移動させること」


「はい。わかりましたわ」


 スルーした……ってことは、免許証は本物か? 警官が確かめたんだから、間違いないだろ。本当に、ミースは試験をパスして、免許を取ったってことか。――ってか俺は彼氏じゃないんだが。


「あ、あの――」


 去っていこうとする警官を、俺は呼び止めた。


「ん、なんだ?」


「あの……運転免許の法律が変わった、なんてこと、最近ありましたか?」


「運転免許の――ああ、道路交通法のことか。そういえば、一ヶ月ほど前に改正されてたな。たしか、アンドロイドとかいう――ロボット? でも運転免許がとれるようになったとかって言ってたが」


「ほ、本当ですか……」


「なんでそんなことで法律変えたんだろうな。ロボットが車でも運転するってのかね。一度みてみたいよ。まだ百年くらい先なんじゃないかと思うが……それがどうかしたのか?」


「いえ! ちょっと小耳に挟んだもので」


「そうか。ならいいが」


「あら。でもわたくし、そのロボットですわよ」


 ミースーーーーー!!


 車の中から警官に向かって平然とした調子で話すミース。だが警官は笑いながら、


「そんなわけないだろ。顔に似合わずおもしろい冗談を言うな、君は」


「冗談ではございませんわ。その証拠に――」


「だーーーー! やめろミース!!」


 俺は再びミースが左腕からホログラムを出そうとするのを全力で止めた。


(あら、どうしてお止めになるの、壬堂さん。わたくしがアンドロイドであることをあの方にご説明しなければ――)


(しなくていい! 話がややこしくなるから!!)


 俺はミースの腕をおさえこみながら、警官にごまかし笑いをみせる。


「あ、あはは、はは、な、なんでもありませんから。すぐに車どけますんで」


 俺の態度に疑問の表情を浮かべながらも、警官は「頼むよ」とだけ云って特に怪しむこともなくそのまま交番へ戻っていった。


 それをながめながら、俺はほっとするとともに、心の中にイヤな汗をかいていた。


 警官は、ミースの免許証をパスした。法律が改正されたことも知っていた。


「申し上げたとおりでしょう、壬堂さん」


 ミースの声に、俺は顔を引きつらせながらゆっくりふり返る。


「本当に……お母様は、日本の法律を変えたのか……?」


「だから、さきほどから何度もそう申し上げておりますわ」


 信じられない。いや、信じたくない。


 日本の法律が、ミースの「車に乗りたい」の一言で変えられてしまったという現実を。


「そんなことより」ミースは青ざめたままの俺に云った。


「壬堂さんは、これからどうされます? わたくしこれから隣町まででかけますが、お乗りになりますか」


 ……お乗りに?


 ああ……そういえば俺、隣町のゲーセンにいこうか迷ってたんだった。ミースのお母様のことはものすごく引っかかるが、ここはとりあえず現実に戻ろう。


「乗っていいのか?」


「ええ、もちろんですわ。そういえば、壬堂さんはどちらに?」


「俺は、ここのゲーセンが休みだったから、隣町のゲーセンにいこうかどうか迷ってたんだけど……」


「あら、ゲームセンターですの? なら、わたくしもご一緒してよろしいかしら。ひさしく行ってないものですから」


 え。いや、それはちょっと……。


 ミースとゲーセンに行くと、ろくに格ゲーをやるヒマもなくふりまわされて終わりだからな……。ってかそれ以前に、ミースの服装がいつものお嬢様衣装だし。


 運転席に座っているミースが身につけているのは、中世のお姫様が着ていたようなふわふわのスカートに繊細なレースがあしらわれた水色のドレス。いつもなら、フリルがついてすその広がった大仰なスカートやきらびやかな装飾品のついたひらひらドレスなんかを身につけているが、今日は車に乗るためかいつもよりまだ軽めの服装だ。それでも十分コスプレ感満点な格好なことに変わりはない。


 そんなミースと横並びで歩いていたら、俺がお嬢様コス好きのマニアだと勘違いされそうで何となく恥ずかしい。隣町だから知り合いに遭遇する確率は低いが、他人の痛い視線を感じるのはどこでも一緒。そんな空気で格ゲーに集中できるはずがない。


「あー、そういえば俺、用事を思い出してこれから家に帰らないといけないんだった。そうだそうだ。いやー、ごめん、ミース」


 そんなあからさまないいわけをする俺に、ミースは残念そうな顔を向けた。


「そうですの……そういうことでしたら、しかたないですわね」


 ……あれ、今日は意外にあっさり引き下がったな。いつもならここで目の光が無くなったりするのに。今日はたまたま機嫌がいいのかもしれない。らっきー。


「あ、ああ。そうなんだ。じゃあ俺、家に帰るから」


「あら、お待ちになって」


 ミースの言葉に、俺は逃げようとした足を止めた。


「……な、何?」


「壬堂さん。首になにかついていますわ」


「首?」


「右です。こちらにおみせになって」


「右? こ、このへんか?」


「もう少し下です。ひざを曲げて」


「こうか?」


 ぷすっ。


 首に何か刺さった。


「いっ! ……いったいな――」


 最後に俺の目に映ったのは、ミースの光を無くしてうつろなアメジスト色の瞳だった。


 次の瞬間、俺の視界が暗転した。











「……あれ?」


 気がつくと、俺は隣町のゲーセンのすぐ近くにあるコインパーキングにいた。


「着きましたわ。さあ、ゲームセンターへいきましょう♪」


 まだ体に力の入らない俺の目に、悪魔じみたミースの白い笑顔が映る。


 ぼーっとする意識のまま、俺は周りをながめ、徐々に状況をつかみはじめた。どうやら即効性の睡眠薬をうたれたらしい。そして気を失った俺をミースが助手席に放り込み、隣町まで乗せてきたようだ。


 …………拉致らちられた。


 やはり、ミースの魔の手からは逃れられない。勘弁して。マジで。











 隣町のゲームセンターは、俺がいつも通っているところよりかなり規模が大きい。フロアが地上三階地下一階あり、それぞれで置かれているゲームのジャンルが分かれている。


 一階はUFOキャッチャーなどのクレーンゲーム、二階はアーケードゲーム、三階はスロットやシミュレーション競馬、地下一階ではダーツやビリヤードが楽しめる。うちのゲーセンも面積は広いが地上階だけで、クレーンゲームの数は少ないし、ビリヤードなども無いから、客はゲーセン好きのヘビーユーザーが大半だ。でもここでは、わりとゲームになじみのない客も多く目につく。


 水色のドレスを着たコスプレ少女の横で「あの子、すげえよな」「完全にお嬢様コスじゃん」とかいう声と痛い視線を浴びつつ、俺は観念した気持ちでミースに「なんのゲームをやるんだ」と訊いてみた。すると彼女は「まずは肩慣らしに車の運転を練習しようかと思いますわ」と云ってきた。


 ミースの云う「運転の練習」とは、公道を舞台にした対戦型レースゲームのことだ。


 彼女は車を運転する前、このゲームを車の運転の練習代わりに使っていた(そう『お母様』に教えられていたから)。でも明らかに目立つコスプレ衣装の彼女が店のタイムレコードを次々にぬり替え、ついにはいくつかのコースで日本最速レコードまでマークしてしまったものだから、彼女はたちまちゲーマー達から脚光を浴びる存在になった。


 いまではミースがゲーセンに来るたび、多いときで五十人以上の人だかりができる。ゲーセンの店主なんかは、ミースをネタにしたイベントを開催したいという話までもちかけてきたほどだ。


 でも本人はあくまでレースゲームを「車の練習」としか思っていないから、他のレースゲーム好きのヘビーユーザーのように毎日通うはずもなく、いまではほとんどゲーセンには足を運んでいないらしい。


「もう車を運転できておりますのであえて練習を行う必要はないのですが、こちらのシミュレーションの方が少々高度な運転技術を要しますので、普段の生活で必要になる場面のためにときどき腕試しを行っているのです」


 ミッションのシフトとハンドルを巧みに操りながらドリフトを連発する「普段の生活で必要になる場面」って、どんな場面だよ……。


 というわけで、ひとまず二階へ。そのレースゲームのあるコーナーにミースと一緒に歩いていくと、どこかで見たことのあるようなやつらがゲームの周りにたかっていた。


「――あっ、ミースさん!?」


 そのうちの一人が気づくとそいつらは、現在プレイ中のやつも含め、いっせいにミースの方をふり返る。


「うわあああ、ミースさんだ!」

「ひさしぶりじゃないっすか。最近みないんで寂しかったんすよ!」

「いままでなにしてたんですか! ミースさんがこないと盛り上がらないんで心配でしたよ!」


 十人近い男どもがたちまち群がってくる。それに対し、ミースは平静な表情で対応する。


「今日は自己の見識を広げようと思い隣町まで足を運んできたのですが、ひさしくゲームセンターにも行っておりませんでしたから、今日は肩慣らしに立ち寄ったのですわ」


「そうなんすか。俺たちも、地元のゲーセン今日休みだから、わざわざこっちまできたんすけど――めちゃめちゃ幸運じゃん、俺たち」

「早速ミースさんの神的走行みせてくださいよ。おい佐藤、さっさとどけよ」

「はいっ。席のご用意ができましたミースさん。どうぞお座り下さい!」


「ええ。いつも感謝いたしますわ」


 男子がなぜか全員ですます調……。そうさせる魅力というかキャラクターがミースにはあるらしい。当然のように道をあけ、ミースを席に座らせる。彼女の走りっぷりを観戦するため、すぐに周りをゲーマーたちが取り囲む。俺は完全にカヤの外だ。


 どうしようかと俺が悩んでいると、ポケットに入れていた携帯がピリリリリリリと鳴った。開いてみると、「メール受信:ミース」の文字。


〈――わたくしはしばらくこのまま車の運転を続けますので、申し訳ありませんが壬堂さんはしばらく時間をつぶしておいていただけませんか_(..)_ オソマツ!――〉


 おっ、チャンス。いつもなら俺もミースの近くにいないとマシンガンを撃たれたりするんだが、どうやらこの状況をみて珍しくミースのほうから配慮してくれたらしい。これで心置きなく格闘ゲームに没頭できる。ってかミース、相変わらず顔文字が意味不明だな……。


「うわっ、この人なに、画面見ずに運転してる!?」「お前知らねえの? これがミースさんの必殺技『心眼ドライブ』だ」「信じらんねえ、またレコード更新だよ……」などというゲーマーどもの感嘆の声が聞こえる中、俺はその場をゆっくり後にした。まずは格ゲーのあるコーナーを探そう。


 最初は二階にあると思っていたが、くまなく歩いてもそれらしき場所はない。それなら一階か。俺はまた下の階へエスカレーターで降りていった。


 一階にはクレーンゲームがところせましと並んでいる。それで気づかなかったが、どうやら奥に格ゲーのアーケードコーナーがあったらしい。俺はそっちに向かっていった。


 でもこうしてみると、やっぱり俺のいつも通っているゲーセンに比べて一般の客が断然多い。一般の、というのは、普段はゲーセンにはいかないが、休日になると友だちや彼氏彼女とクレーンゲームやダーツをやりにくるだけのライトユーザーのこと。今日は日曜日なので、どの通路も女子高生やカップルでごった返していた。


 だが俺はクレーンゲームに興味はない。自分の本分である格闘ゲームのコーナーに一直線に向かうだけだ。恋人といちゃつきながらクレーンゲームを楽しむというほのぼの性を俺はゲーセンに求めてはいない。俺が求めているのは究極の緊張感を伴う勝負の世界。そう、決して相手がいないから一人で遊んでいるのではない。勝負の世界にのめりこむため、あえて一人でゲームをしにきてるんだ!


 ……むなしい。


 そんな俺の前にも、UFOキャッチャーを楽しむカップルが一組。中には武者兜をかぶったかわいい猫のキャラクター「ぴこにゃん」の人形がところせましと並んでいる。それを「奥へ進むボタン」と「横へ進むボタン」でUFOを必死に操作する男と、それを後ろで見守る女。二人でキャッキャウフフとさわいでとても楽しそうだ。そしてそんな二人の後ろを影のようにすり抜けようとしている俺。


 …………むなしい。


 いや、むなしくない! しっかりしろ俺! ただ格ゲーをやりにきただけでひどい心の傷つけられようだぞ!! ただ普通に後ろを通り抜けるだけだろ!!


 そんな無駄なことを思いながら、俺は幸せそうなカップルの通路を通ろうとしたとき。


 俺の頭の中の何かが、足を止めさせた。


 ガチャガチャとうるさいゲーセン内で、目の前にいるカップルのしゃべり声が耳に入ってくる。でもなぜか男の方の声は聞こえない。俺の耳が認識したのは、女のほうの声だけだ。


「がんばってね、ユウヤ。今度は絶対とれるから――」


「あーっ! 少し行きすぎ! あっ、でもいけるかな……」


「よしっ、いけっ! ――――あ、鈴にひっかかった! すごいすごい! 奇跡よ奇跡!」


「そのままそのまま……わーっ!! ぴこにゃーーーん!! ユウヤすごーい! ねらってた? え、うそうそ、ねらってたでしょ? ……うん、うれしい。ユウヤ……!」


 どうやらぴこにゃん人形がとれたらしい男に、女の方が抱きつく。黒いストレートの長髪で、前髪を一直線に切りそろえているその女性の顔を初めて俺はしっかりと視界に入れた。


 聞き覚えのある声。真面目そうな顔立ち。いつもは学級委員長として完璧を保っている彼女の姿が今日は甘く崩れていて、近づくまで全然分からなかった。


 彼女の姿を認識した俺は、思わず口にしていた。


 ――藤巻さん。


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