第16話 プリンセス様、もっと桃太郎を熱演なさる
そんなある日、成長してすっかり青年になった桃太郎が云いました。
桃太郎(壬堂)「ぼく、鬼ヶ島へ行って、わるい鬼を退治します(棒読み)」
じつはここ最近、おじいさんとおばあさんの村に小鬼達がたびたびやってきて、村の金品や農作物を略奪する行為が目立ちはじめていたのでした。
村人たちはなんとか対抗しようとしたのですが、小鬼は小さいとはいえ力もち。村は過疎化で若い者は残っておらず、いつも小鬼たちのいうがままにされていたのでした。
そんな村の状況を悲しんだ桃太郎は、いままでお世話になったおじいさんとおばあさんに恩返しするべく、小鬼たちの本拠地・鬼ヶ島への鬼退治を申し出たのです。
おじいさんは心配しながらも、桃太郎を送り出しました。おばあさんは桃太郎がお腹を空かせないようにと、きび団子をつくってあげました。
そして桃太郎は意気揚々と鬼ヶ島へ出かけたのです。
その道中。桃太郎は一匹のイヌに出会いました。
イヌ(ミース)「桃太郎さん、どちらへ行かれるのでしょう?」
桃太郎(壬堂)「鬼ヶ島にいくんだけど(棒読み)」
イヌ(ミース)「それでは、お腰に付けたきび団子をひとついただけますか。おとも致しますわ」
イヌはきび団子をもらい、桃太郎のおともになりました。
再び出発する桃太郎。その道中。桃太郎は一匹のサルに出会いました。
サル(田中)「ももも、桃太郎さん、どちらへ行かれるんっすか?」
桃太郎(壬堂)「鬼ヶ島にいくんだけど(棒読み)」
サル(田中)「それでは、お腰に付けたきび団子がひとつほしいっす! おともするっす!!」
サルはきび団子をもらい、桃太郎のおともになりました。
再び出発する桃太郎。その道中。桃太郎は一羽のキジに出会いました。
キジ(木打)「桃太郎さん、どちらへ行かれるのですか……?」
桃太郎(壬堂)「鬼ヶ島にいくんだけど(棒読み)」
キジ(木打)「それでは、お腰に付けたきび団子をひとついただけますか。決して損はさせませんよ。ククク……」
キジはきび団子をもらい、桃太郎のおともになりました。
なぜきび団子ごときでこんなにあっさり三匹もの手下ができたのでしょう。
桃太郎の剣の腕が有名だったとしても、こうも簡単についてくるはずがありません。きび団子がこの世のものとは思えないくらいおいしかったとしても、それと鬼ヶ島にいくこととは別問題です。じつはイヌ・サル・キジそれぞれに、桃太郎についていく特別な理由があったのです。
イヌは、呪術師にかけられた呪いを解くため。
呪いにより、イヌは本来の姿からいまの姿に変えられてしまったのです。元の姿に戻るため、イヌは呪いを解く「蒼海の真珠」が鬼の持つ財宝の中にあると聞きつけ、きび団子を口実に腕の立つ剣士として有名だった桃太郎についていったのです。
サルは、己が一人前と認められるのに必要な鬼の角を持ち帰るため。
サルは三歳になると成人の儀を迎えます。しかしそれを行うためには「己の実力以上の者の体の一部を持ち帰る」という条件があります。サルは鬼の角を持ち帰ると大人たちに約束して群を出ると、きび団子を口実に腕の立つ剣士として有名だった桃太郎についていったのです。
そしてキジは、鬼に滅ぼされた一族の恨みを晴らすため。
キジの一族は、二年前に鬼たちに滅ぼされていました。彼はその一族の唯一の生き残り。親兄弟の仇を討つべく、キジはきび団子を口実に腕の立つ剣士として有名だった桃太郎についていったのです。
三者三様の思いがある。桃太郎はそんな彼らの真相に気づくこともなく、ただ単純に「きび団子につられて協力してくれたんだ」としか思いませんでした。ですがそれでよかったのです。結局、全員目的は同じだったのですから。
鬼退治。彼らの目標は、ただその一点に注がれている。
道中、小鬼たちが襲いかかってきましたが、なにせ背負っているものが違う手下三匹。全く相手になりませんでした。
キジ(木打)「一族の恨みぃぃぃぃ! いまこそ晴らさでおくべきかぁぁぁぁ!!」
サル(田中)「邪魔っす! 自分のほしいのは、本物の鬼の角だけっす!!」
イヌ(ミース)「(ショットガンを撃つ音)」
小鬼たちがせん滅したのも、無理はありません。特にショットガンで。
そして桃太郎たちは、ついに鬼ヶ島に到着しました。
入り口の小鬼どもをなぎ倒し、桃太郎とイヌ・サル・キジは最奥部に到達します。
そこに待ち構えていたのは、圧倒的な存在感を放つ、本物の鬼でした。
腰に黄と黒の虎ガラパンツを身につけている鬼は、体中の皮膚が赤く染まり、ギラギラした筋肉の鎧を身にまとっていました。大きな口からはみ出すふぞろいの牙。ぼさぼさの頭の中央からは、天に突き刺すがごとく伸びた一本の黄色い角。
鬼(環田)「ふ、ふふふ……よく来たな桃太郎。き、貴様ならここまでやってくると思ったぞ。このワシに勝てるかな」
サル(田中)「お、鬼の角っすー! 角は自分がもらったっすー!!」
キジ(木打)「わ、わが一族の恨み、このワラ人形でいまこそ晴らさで置くべきか……!」
しかしサルとキジの猛攻むなしく、鬼は圧倒的な力で金棒をふり回し、二匹をボコボコにしてしまいました。
サル(田中)「く、くやしいっす……もう動けないっす……」
キジ(木打)「お、鬼の髪の毛さえ手に入れば、このワラ人形を使ってとどめをさせたものを……」
そして鬼は桃太郎に向き直りました。
鬼(環田)「さ、さあ、かかってこい、桃太郎」
桃太郎(壬堂)「よし、いくぞ、鬼」
桃太郎は日本刀で斬りつけ、鬼は金棒で応戦。ばしばし。お互い一歩も譲らぬ展開。
ですが、桃太郎の力量の方がわずかに勝っていたようで、ついに鬼は追いつめられました。
鬼(環田)「よ、よくここまで立派に育ったものだな、桃太郎」
そう云った鬼の目には、なぜか昔をなつかしむような色がみえます。
桃太郎(壬堂)「なんだよ。なんでそんな目をするんだ」
鬼(環田)「な、なぜなら、お前は、わ、わしの息子だからな」
桃太郎(壬堂)「!?」
そうです。桃太郎の父親は、なにをかくそう鬼だったのです。
人間ではありえない成長の早さや、村人たちが苦労していた小鬼たちをあっさり倒してしまうほどの力量は、彼の父親が鬼であるゆえでした。
桃太郎(壬堂)「そ、そんなこと、信じられるかよ!」
鬼(環田)「じゃが、これは事実じゃ。わしとおばあさんとのあいだに産まれた子。それが貴様、桃太郎なのじゃ」
桃太郎(壬堂)「うそつけ! 俺はそんなこと、絶対信じないからな!! 」
そう云ってさまざまな雑念を断ち切るように、桃太郎が動けずにいる鬼に刀を振り下ろした瞬間。
桃太郎(壬堂)「――!!」
彼の目に映ったのは、鬼をかばって桃太郎の刀に斬られる、おばあさんの姿でした。
桃太郎(壬堂)「おばあさん――!?」
おばあさん(小野原)「……ご、ごめんね、桃太郎。全ては私の――私の小さな欲望が、わざわいのもとになったのです。子供がほしい。ただそれだけのために、おじいさん以外の男を愛してしまって……しかもそれが、人ではなく世間から怖れられている鬼だなんて、どうして世間に言えますか?」
桃太郎(壬堂)「おばあさん……」
おばあさん(小野原)「桃太郎は、私を恨んでいるでしょう。でもこれだけは信じてほしい。私は桃太郎を産んで、本当に幸せだった。私は桃太郎を、心から愛していた。そのことを――」
おばあさんの目からこぼれおちる涙。そのまま、おばあさんはまぶたを閉じ、息をひきとりました。
桃太郎(壬堂)「お…………おばあさーーーーーーーーーん!」
大粒の涙を流し叫ぶ桃太郎。実の母親を斬ってしまった男の嘆き、悲しみ、絶叫が、鬼ヶ島にこだまします。
鬼(環田)「桃太郎。よくもおばあさんを――息子とて許さんのじゃ!」
立ち上がる鬼。最後の死闘が、二人の間で繰り広げられ――
イヌ(ミース)「そろそろいいですわね?」
桃太郎(壬堂)「え?」
そこへイヌが加勢しました。容赦なくショットガンを放ちます。バン。バンバン。
鬼(環田)「ひ、ひきょうなり桃太郎……」
いままでの死闘は何だったのでしょうか。風穴を開けられ崩れさる鬼。桃太郎は思わずかけよりました。
桃太郎(壬堂)「環田! ……じゃなかった。と、父さん!」
鬼(環田)「お、お前から父さんなどと呼ばれるとは思わなかったわい……わしら二人の分も精一杯生きるのじゃ。ガクッ」
桃太郎(壬堂)「と…………父さーーーーーーーーーん!」
イヌによる銃撃というあまりにあっけない結末でしたが、ともかく力つきた鬼を前に、桃太郎の涙はとめどなく、いつまでも流れ落ちたのでした。
鬼ヶ島から財宝を持ち帰った桃太郎は、一族の仇を討ったキジ、鬼の角を手に入れたサルと別れ、「蒼海の真珠」の力で元のうら若い女性の姿に戻ったイヌとともに、おじいさんのもとに戻りました。
桃太郎は財宝をおじいさんに渡し、事の真相を全て話しました。
おじいさんは悲しみました。子供を産ませてやれなかった自分のふがいなさを嘆きました。でも自分のことよりも、おじいさんは桃太郎の心労のほうを何より気にかけてくれました。
単純でそぼくな性格のおじいさん。裏表のない態度で接してくれるおじいさんのことが、桃太郎はだれよりも好きでした。
桃太郎(壬堂)「おじいさん。これからも僕は、おじいさんの息子として、ずっと、ずっと生きていきます」
そして桃太郎は実は帰りの道中で結婚を約束していたイヌをよそにおじいさんとひしと抱き合うのでした。本当の愛を確かめあうように。そしてもうお互い、決して離れないように。
桃太郎 真章 ~真実の愛~ めでたしめでたし
………………………………なんだこの桃太郎は。
劇が終わってから、俺はしばらくぼうぜんとなった。
桃太郎が仲間とともに悪に立ち向かう分かりやすい勧善懲悪物語だったはずが、なぜか桃太郎の出生にまつわる複雑な恋愛模様をからめた感動ものに仕立て上げられている。
「みなさま、お疲れ様でした。さすがだれもが知っている童話・桃太郎ですわ。みなさん、違和感無くご自分の役になりきっていらしたもの」
いや、そもそも役そのものに違和感大アリなんだけど。
ひきつった顔のまま、俺はいちおう訊いてみた。
「ミース……これ、童話だよな?」
「ええ。ですが童話だと子供向けのため、少し大人のテイストを含ませてみました。インターネットで様々な解析を試みたところ、大人を表現するキーワードとして『嘘』『恋愛』『試練』が挙がりましたので、その要素を取り入れたのです。これなら高校生にでもぴったりではないでしょうか」
ぴったりどころか、通り越して少しドロドロかもしれない。
だが小野原さんは演技が終わると、目を輝かせていた。
「すごいー。こんな短時間でここまで書けるなんてー。これなら今度の文化祭で部員が集まると思うー。ミーコちゃん、脚本家の才能あるー」
「そんなことございませんわ。演劇部の方々の演技力のたまものです」
「人数さえそろえば、いますぐにでもできると思うのー。でも……このままじゃ演劇部が無くなっちゃうから、やっぱりまずは部員を一人探さなくちゃなのー」
小野原さんが眉根を寄せて困ったような顔をする。ってかこの劇やる気か……。
でも確かにいまは俺とミース、環田がいたからできたけど、もし本当に文化祭でこれをやるならもう何人か部員がいないと、ニ役三役が重なって難しくなりそうだ。そして部員を集めるには、さし迫った十月の部活更新を乗り越えることがほぼ必須になるだろう。
真剣な顔で悩む小野原さん。普段いる2-Aでは絶対に見せない彼女の本気が、そこにはあった。
田中君のサル役にしても、木打君のキジ役にしても、さっきの「桃太郎」では自分の地の性格を演技に多少含ませていた。でも小野原さんだけはおばあさん役に完全になりきっていた。演劇のときは自分を出さず、役に忠実な演技をする、という彼女の姿勢が垣間見えた。いつもはかわいらしくのんびりしたキャラの彼女だけど、自分の好きなことにはだれよりも真剣で、だれよりも努力する。そのギャップが、彼女の本当の魅力なのだと、俺は感じた。
「あの……」俺は思わず口にしていた。小野原さんが桃色の髪を揺らし、大きく純粋な瞳を向けてくる。それだけで、俺は少し緊張した。
「俺、いま何の部活にも入ってないから、形だけでよければ演劇部に入るけど……?」
それを聞いた瞬間、小野原さんの顔が一瞬、信じられないといった色をみせる。
「……光一くん、ほんと?」
「あ、ああ。名前だけでよかったら、俺を部員にしてもらっていい――」
「光一くん!!」
その瞬間、小野原さんが全力で俺に抱きついてきた。
「!?」
俺の胸辺りに顔をうずめてくる小野原さん。いきなりの行動に、環田や演劇部員二人の顔も驚いているのがみえる。
「光一くん、ほんとに? ほんとに、演劇部員になってくれるの――?」
「あ、ああ。まあ、その、名前だけ……」
「うれしい! 光一くん!!」
ぎゅうううっ、と、小野原さんがうれしさのあまり顔を押しつけながら上半身を一方的にしめつけてくる。ってか小野原さん、思い切り胸当たってるんだけど。こちらこそうれしいというか、なんというかその、胸の感触が……。
そんなことを考えて赤面していたら、視界に田中君と木打君のうれしそうな表情が映った。
「マジっすか! 感動っす! 自分、いますぐ身が砕け塵となろうともかまわない心境っす!!」
「僕からも感謝しますよ。壬堂さん。記念に京都の貴船神社で入手した最高級のワラ人形を差し上げます」
いや、ワラ人形はいらないから。なんだよ最高級のワラ人形って。
でも演劇部員はみんな自分たちの活動に真面目に取り組んでいるし(ちょっとやり方に問題はあるが)、小野原さんがいればきっとこれから部員も増えてしっかりした劇もできると思う。俺の使うあてのない入部届け一枚でそれがかなうなら、むしろ有効な使い方だろう。
そう思って小野原さんの方に向き直ると、彼女は俺の顔をじっと見上げていた。
間近にある小野原さんの赤身がかった瞳。それはどこまでも澄んでいて、まっすぐだった。
「光一くん」
「……小野原さん?」
「……すー」
「…………すー?」
「うん。すー」
なんだ、「すー」って。さっきからずっと気になってるんだけど。
思っていたら、小野原さんがうるんだ瞳で俺を見上げたまま、ピンク色にぬれた唇をそっと開いた。
「私、信じていたの。あなたなら、絶対私たちの味方になってくれるって。助けになってくれるって。その日をだれよりも心待ちにしていたのは、私なの。いままで打ち明けられずにごめんなさい」
「……小野原さん?」
……あの、それってどういう――
緊張で固まる俺に、小野原さんは真剣な面持ちで告げた。
「でもいまは違うの。私たちの、じゃない。私の――私だけのために、あなたに助けてほしいの。私はあなたのことをずっと、ずっと以前から、心の中で愛していたから」
「――――!」
突然の告白。
小野原さんが、俺のことを「愛していた」って……。
俺は困惑した。心臓が極度に高鳴っているのが分かる。破裂しそうなくらい、俺の胸は激しく鼓動している。
まさか小野原さんが、俺のことを好きだったなんて……。思い返せば、BL台本の主人公も俺だったし、その彼女役は小野原さんだった。それはつまり、彼女からの暗に秘めたメッセージだったのかもしれない。
それに、さっきからでていた「すー」。
もしかして、「すー」っていうのは――
その意味は――
すき――
――小野原さん。
そんなにまで、俺のことを。クラスでほぼぼっち状態の俺を、小野原さんは――。
「だから、あなたの腕で抱いて。私のやせた体を。心を。何もかも忘れさせるくらい、私のことを思い切り抱いて!」
小野原さんがより強く俺の胸に顔をうずめる。小野原さんのことを今までになく、いとおしく感じる。
演劇部の部長として、じゃない。ひとりの女性として、接してほしい。高ぶる感情にのせた小野原さんからのメッセージに、俺は――
その瞬間、俺は心に決めた。
「小野原さん――。わかった。俺は、小野原さんを全力で守る。全力で、お前のことを――」
「あら、そういうことでしたの。なるほどですわ」
そこへ。
ミースの冷徹な横槍が俺と小野原さんの間に差しこまれた。
「小野原さんのセリフ、どこかで聞き覚えのあるフレーズだと思っておりましたら、マンガ『聖なる街のプリンセス』第六十四話八頁目から十一頁目に出てくる珠田詩織のセリフと全く同じですわね」
それを訊いた瞬間、あんなに強く抱きついていた小野原さんが一瞬で離れ、「真剣な面持ち」からいつもどおりののほほんとした表情に切り替わる。
「わー、すごいー。ミーコちゃん、よくわかったねー。いままでだれにも通じなかったのにー」
「…………えっ?」
俺は、ハトが豆鉄砲を喰らったような顔になった。
「小野原さん。いまのまさか、全部――」
「うんー。そうー。演技ー」
ひざからゆっくりと崩れ去る俺。
小野原さんの言葉の銃弾で、俺の胸に風穴があいた。全身から力が抜け、そのまま床につっ伏す。
……立てない。もう立ち上がれない。俺の高校生活から。そして人生から。
念のため、俺は環田を振り返った。そこには、興奮しきった「聖なる街のプリンセスマニア」こと環田徹次の姿があった。
「壬堂! わ、ワシは感動しておるぞ! いまのはまさに第六十四話八頁目から十一頁目のセリフ、それもワシが思い描いていたとおりの光景が、目の前で繰り広げられたのじゃ! 夢にまで見た場面を、ワシは現実にみることがうんぬんかんぬん――」
途中で俺は耳を押さえた。どうやら小野原さんはマンガを題材にした演技に完全に入り込んでいただけらしい。
悪びれもなく、小野原さんは笑顔を向けてくる。
「光一くんもびっくりしたのー。とつぜん『全力で、お前のことを』って言われたからー。あの続きはなんて言うつもりだったのー?」
「わたくしも気になりますわ。あのようなセリフはマンガにもありませんでした。あれは壬堂さんのオリジナルでしょうか……?」
一番探ってほしくなかったデリケートな部分を二人でえぐらないでほしいんですけど……。
穴があればだれよりも早くとびこみたい……でも穴なんてないよね。だから自分の世界に逃げ込むしかないよね……。
「光一君、どうしたのー? でも本当に感謝してるのー。光一君のおかげで、演劇部は解散の危機を免れたのー。すー」
教室の床の冷たい感触をほおに感じながら、俺は絶え絶えの小さな声で訊いた。
「……小野原さん、すー、ってなに……」
「すー? 『すー』は『ありがとうございますー』のすーよー」
そういうことね。はは。あはは。はずい。
とにもかくにも、演劇部はこれで解散しなくてすむし、小野原さん以下部員たちも新しい演劇づくりに真剣になっているから、きっと新入部員も入ってくることだろう。めでたしめでたしだ。
それよりも、と俺は1-Aの教壇あたりを眺めた。
明日も一年生が使うはずのその教室は、ミースの演技中のショットガンにより、机は砕け、黒板はハチの巣になり、床は弾痕で埋め尽くされていた。
また藤巻先生にしかられる。




