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第15話 プリンセス様、桃太郎を熱演なさる

「……で、結局この中から文化祭につかう劇を選ぶわけか」


 必死の説得の末、なんとか光一くん変態発言の釈明に成功した俺は、これまでに提出された演劇部員の作品案を思い返してみた。


 日本軍戦争もの。オカルトホラーもの。BLもの。


「……どれも濃いっつーか、ジャンルが極端だな」


「えー。そうー? 戦争ものとかホラーものはマニア向けだと思うけどー、BLは比較的一般向けよー」


「いやいや、男子部員を入部対象から完全に除外してるし……」


 それに一般向けではないと思うんだが……。


 かといって戦争ものは話が固いものになりがちだし、今日の様子だとそれ以前に、田中君が劇中で暴走してしまいそうで危険な気がする。オカルトホラーものはそれこそマニアックだし、ますます演劇部を他生徒から遠ざけてしまいそうだ。


「もっとこう、みんなが受け入れやすくて、なじみのあるジャンルがいいんじゃないかな。明るい話だとなおいいかも」


「なじみのー? 例えばどんなのー?」


「例えば、学園ものとか、普通の恋愛ものとか……」


 云いながら部員の表情をうかがうが、いまひとつぱっとしない。まあ、このメンツで一般ジャンルの劇をやろうとするのが無理なのかもしれない。小野原さんはともかく、田中君と木打君は自分の領域以外のことには無関心そうだもんな……。


 それから小一時間、小野原さんを中心として色々話し合ってみるが、一向に形になるものがない。田中君は戦争、木打君はオカルト、小野原さんはBLの枠からどうしても抜け出せないでいる。結局話し合いというよりは、自分の主張を発表しあっているような状態。そのすき間をうめるようなアイデアが俺に思いつければいいのだが、あいにく俺も今日はじめて演劇というものを見学にきた人間だ。なかなか三人の希望を満足させるような提案が出てこない。ってか小野原さん、よくこの全く性格の違う部員二人をまとめてきたなと感心するばかりだ。


 議論が宙に浮いたまま――というより平行線のまま、時間ばかりが過ぎていく。いつのまにか、時刻は午後六時前になっていた。


「どうしよー。文化祭の劇が全然決まらないー。話しすぎて何をしたらいいのか分からないー」


 小野原さんが赤みがかった瞳を困ったように細める。他の二人に至ってはさきほどからしばらく無言。俺も何か云いたいが、正直煮つまった状態だ。


 沈滞した雰囲気。このままじゃだめだ。なんとか打開しないと。そこで、俺は気づいた。


 しばらく前から、ミースがひとことも発言していない。


 俺の左斜め後ろでずっと座ったまま、俺たちが話しているのをじっと黙って聞いている。いつもなら疑問点があればすぐに話に入り込んでくるんだが、どうしたんだろう。


 俺が訊いてみると、ミースは口を開いた。


「皆様の議論を聞いておりますと、どうも『妥協』という要素が足りないように思いました。議論とは、お互いの足りない部分を埋めあい、ぶつかる部分を妥協する作業だと、わたくしは理解しております。その点で、演劇部の皆様は自分の主張が強過ぎ、話が前に進まないのだと思います」


 おお、俺も同感。ミースにしては珍しく、演劇が分からないなりにちゃんと静観して分析してくれてたんだな。


「ですからわたくし、内部の人間だけで話が決まらない以上、ここは全くの第三者からの意見を尊重すべきだと思うのです」


「第三者……ってことは、俺とか、ミースのことか?」


「自分で申し上げるのはおこがましいのですが、そういうことになりますわ。――そういえば、ここには顧問の先生はおられないのですか?」


「いるけどー、名前だけで活動には滅多にこないのー。幽霊顧問なのー」


 なんだよ幽霊顧問って……。でもそれならなおさら、この三人が外部の意見を聞く機会っていうのは少ないわけか。


「それじゃあ――ミースならどんな劇がいいと思う?」


 演劇のことをあまり知らないミースだけど、だからこそ、よけいなしがらみにとらわれない意見を出すことができるかもしれない。


「そうですわね……。わたくしとしては、この学園の生徒の皆様が知っていて、なおかつ親しみやすい話がいいと思いますわ」


「例えば、どんな?」


「童話ですわ」


 ……童話?


「『桃太郎』など、いかがでしょう? 日本国民の99.9%が知っている、和製童話の筆頭ですわ」


「いや、でも桃太郎はさすがに、子供向き過ぎるんじゃ……」


「あら。それは桃太郎が童話として、子供向けに描かれているからですわ。大人向けに描き直せばいいだけのことです」


「大人向けに描き直す?」


 ミースの云ったことがよく分からず、疑問を呈する俺。だがミースは意気揚々と話し始める。


「わたくしが今から台本を書きますわ。それをもとに、一度テストをしてみましょう。文化祭にふさわしいかどうかは、それから判断してみる、ということでいかがでしょう?」


「いいけどー、それってどれくらいでできるのー?」小野原さんが訊くと、ミースはにっこり微笑んだ。


「五分ほどで完成しますわ。小野原さんは、小道具の準備をしていただけると助かります。壬堂さん、メモ帳をご用意頂けますか?」


「あ、あの、ミース。いくら桃太郎を大人向けにするっていっても、高校生の文化祭だぞ。素人がウケねらいでやるならともかく、演劇部が舞台でやる劇としては子供っぽすぎるんじゃ――」


 俺がそのセリフをはいた瞬間、ミースの瞳から光が無くなった。


 ――マズイ。


 俺はイスから腰を上げて逃げようとした。だがそれよりも、ミースが伸ばした右腕に内蔵されたマシンガンが火を噴く方が先だった。


 ババババババババババババババッ!!


「わーーーーーーーーーーーわわわわわわわわわわわわわっ!?」


 足元に放たれる弾丸。それを避けようと足を上げ踊る俺。


 白煙が、教室に立ち上る。あぜんとする演劇部員三人。しりもちをつき、青ざめる俺。


 瞳に光の戻ったミースは、再びにっこりと微笑んだ。


「五分ほどで完成しますわ。小野原さんは、小道具の準備をしていただけると助かります。壬堂さん、メモ帳をご用意頂けますか?」


「はいっ! メモ帳でもなんでもご用意させて頂きます! なんならついでにお飲み物でもご用意させて頂きます!!」


「ええ。遠慮なく頂きますわ。壬堂さん、気が利きますわね」


 そんなミースに、田中君が羨望のまなざしを向けて叫んだ。


「いいい、いまのは実弾っすか!? 本物っすか!? すげえっす! ミースさんなら、演劇部隊の小隊長間違いなしっすよ!! じ、自分にもぜひ、そのリアルな銃弾をお見舞いしてくれっす!!」


 そしてミースの前で両手を挙げて直立する田中君。ミースの凶器はミリタリーマニアの心をくすぐるどころか狂喜乱舞させてしまったようだった。はぁ。











「できましたわ」


 五分後、ミースがみんなに呼びかけた。彼女の机には、パソコンで打ったような明朝体のきれいな文字がぎっしり並んだA4サイズのコピー用紙が積み重なっている。いつのまにか、左端が二点、ホッチキスでとめてある。それが六部。ちゃんと人数分作ったらしい。さっきまでものすごい速さで紙を手繰ってたし。コピー機もびっくりだ。


 ミースに渡された台本を見ると、タイトルが表に小さく縦文字で書かれていた。



『桃太郎 真章 ~真実の愛~』



 なんだ、真実の愛って……。中身を読む前からラブコメ的な雰囲気が漂っているんだが……。


 演劇部員はどんな反応だろうとみてみると、三人ともすでに台本を開き、真剣な顔で内容に目を通していた。みんな演劇部員だけあって、さすがに台本を読むときは本気モードだ。


「あれー。ミーコちゃんー。これ、配役がひとり足りないよー」


 と、台本から顔を上げて小野原さんが告げる。それへ、ミースはうなずいた。


「ええ。ですから壬堂さん、一人連れてきていただけないかしら」


 ……えっ?


「連れてくるって、だれを?」


「だれでもかまいませんわ。この演劇の趣旨にご協力いただける方なら、どなたでも。早くしないと、みなさん台本を読み終わってしまいますわよ」


「でももう六時だし、いまから探すっつっても学校にはほとんどだれも――」


 その瞬間、ミースの瞳からまた光が消えかかる。


「わっ、わー!! いきます! 探してきます!! だから撃たないで!」


「う、撃つなら自分を撃ってくれっす! 百発でも千発でもお安いご用っすーー!」


 また田中君がとびだしてくる。なんなんだこの状況……。






 というわけで環田を連れてきた。


「なんだ壬堂。普段携帯電話など使わんおぬしがとつぜん電話をかけてきたと思ったら、こんなところに呼び出しおって。せっかくわしがエリスネクストで好評連載中の『アルマゲリオンQ』をコンビニで楽しく読んでいたというのに」


「その『アルマなんとか』はいつでも読めるから、いまはこっちの方が大事だ、環田」


「いつでも読めるわけではない! 大好評連載中ゆえ、どの本屋でも発売日に売切れてしまうのだ。今日を逃せば最新話は読めなくなるのだぞ!!」


「それでもいまはこっちの方が大事だ、環田」


「なにをいう! わしは毎週毎週この作品が読めるのを心待ちにしているのだ! アルマゲリオンが読めるか否かに、わしのコンビニマンガ愛読者としての命がかかっているといっても、過言ではないのだぞ!!」


「……こっちは本当の命がかかってるんだよ……!!!!!」


 血走った目で環田を押し殺すようににらむ俺。背後では、ミースが俺にマシンガンの銃口を向けていた。


「だからさっさと協力しろ。嫌とは言わせん。なぜならこのままじゃ俺が死ぬからだ……!」


「わ、わかった壬堂……。おぬしの言う通りにするから、まずは落ち着くのじゃ」


 俺の気勢におされて事態を受け入れる環田。当たり前だ。こっちは命がけなんだからな。涙。


「――で、これで配役がそろったのか?」俺が半泣きのまま振り返ると、どうやら満足したらしいお嬢様はマシンガンを引っ込め、にこりと純白の笑みをみせてくれた。


「ええ。これで『桃太郎』ができますわ。早速はじめましょう」


「うんー。やろーやろー。で、きらりんは何役だったー?」


「じ、自分も精一杯努力する所存っす!! そしてごほうびにミースさんのマシンガンを浴びる所存っす!!」


「クククッ。まあ、ホラーじゃないのが気に入りませんが、演劇部員のはしくれとして全力を出しましょう」


 部員三人もそれぞれでやる気にはなっているようだ。ま、とりあえずやってみるか。でも配役が足りない、って云ってたくらいだから、俺も当然数には入れられてんだろうなあ。何役だろ。そう思って台本の一ページ目に載っていた配役を確認してみた。



 ◆桃太郎:壬堂光一



 ……うそ。











『桃太郎 真章 ~真実の愛~』



<配役>


 ◆桃太郎:壬堂光一 

 ◆おばあさん:小野原雲母

 ◆おじいさん、鬼:環田徹次

 ◆イヌ:衿倉ミース

 ◆サル:田中雄弾

 ◆キジ:木打嶺







 ――むかしむかし、山奥の片田舎に、それはそれは仲の良い老夫婦が住んでおりました。


 おじいさんは柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行くのが日課となっていました。静かな環境での幸せな暮らし。質素で充足した生活を、二人は営んでいたのです。


 ただひとつ、不幸なことがあるとすれば、二人が子宝に恵まれなかったことです。でも子供は天からの授かりもの。自分たちの手でどうにかなるものではないと、おじいさんもおばあさんも不満など口に出さず、ただ二人一緒にいられる幸せを日々かみしめていたのでした。


 そんなある日。おばあさんが川でいつものように洗濯をしていると、川の上からどんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてきました。


 おばあさんはその桃を家に持ち帰ると、柴刈りから帰ってきたおじいさんもびっくり。いったいどんな桃なのだろうと、おばあさんは包丁で桃をスパッと二つに割りました。


 すると、なんということでしょう。中から生まれたばかりの赤ん坊が出てきたではありませんか。


おじいさん(環田)「ば、ばあさん、これはどうなっとるんじゃ?」


おばあさん(小野原)「これはきっと、子供のいない私ら二人に神様が授けてくれた、贈り物じゃありませんか?」


おじいさん(環田)「そ、そうじゃ、そうじゃ。き、きっとそうじゃ。この子はわしらの息子じゃな。ふ、ふははは」


 とはいえ、そんなはずはありませんでした。桃から人間が生まれてくるはずなどありません。実はこれは全て、おばあさんが仕組んだ芝居だったのです。


 二人が子宝に恵まれない。そのことを決して不幸だとは思わず、おばあさんはおじいさんと仲良く暮らしてきたつもりでした。そう、あの男が現れるまでは。


 おばあさんは、体格が良く力強いその「男」と村ですれ違った瞬間、体に衝撃が走ったのでした。


おばあさん(小野原)「いけない……私の中の『女』が、彼を求めている……。でもだめよ。私にはおじいさんという夫が……ああ、でも……!!」


 そして欲望に負けたおばあさんは、その男と愛し合い、ついに男との子供をお腹の中に宿してしまったのです。


 普通ならここで、男との関係をどう隠していても、おじいさんにばれてしまうところです。ですがおじいさんはそのとき、たまたま長期の柴刈り出張に出ていたのです。


おじいさん(環田)「し、柴刈り柴刈り楽しいなー、と。おばあさんのために、わしがかせがにゃならぬな。わははは」


 そんなおじいさんの知らないところで、おばあさんの子供は無事、元気な姿で産まれました。ようやく授かった初めての子供は男の子。おばあさんはうれしくて、四六時中ずっと息子を抱いていました。ですがおばあさんが愛した男は「これ以上君と一緒にはいられない。君と俺とでは、やはり違いすぎたんだ」と、息子が産まれてまもなく、家を出ていってしまったのです。


 男の身勝手。それが分かっていながら、おばあさんは男を止めることができませんでした。なぜなら、おあばあさんにもそれが分かっていたから。男とおばあさんは、違いすぎるということを。


 問題は、産まれてきた息子です。おじいさんが帰ってきたら、説明のしようがありません。おばあさんはいろいろ考えた末、「川に流れてきた巨大な桃から子供が産まれた」という芝居をうつことにしたのです。


 おじいさんは人がよく、非現実的なことを目の当たりにしても、少しも疑う様子はありませんでした。おばあさんは心の底でほっとし、二人の息子としてこの子供を迎えられたことをうれしく感じたのでした。


 名前はすぐに決まりました。桃から産まれたから、桃太郎。おじいさんが決めました。安直なネーミングでしたが、おばあさんはそんなおじいさんが好きでした。決してあの「男」のことを忘れたわけではありません。でもおばあさんは、おじいさんのことも、あの「男」のことも好きでした。複雑な女心が、おばあさんの中でずっと揺れ動いていたのです。


 そしておじいさんとおばあさんが愛情を注いだ桃太郎はみるみる成長し、数ヵ月後には青年と呼べるまでになっていました。


 あきらかに異常な成長。たった数ヶ月で、赤子が青年になったのです。村でもひそひそとうわさする人が出ていました。でもおじいさんは疑問ひとつなく、それどころか


おじいさん(環田)「か、神様も粋じゃのう。もう先の長くないわしらのために、息子の成長を早めてくださるなんて」


 と云ってのんきにかまえていました。おばあさんはただただ嘆息するばかりです。


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