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第14話 プリンセス様、もっと演劇部をご見学なさる

「おそらくその地縛霊が事故で亡くなった場所にあなたが通りかかった際、不幸にもとりついてしまったのでしょう。しかし大丈夫です。霊力の込められた退魔札をこの教室中に張りめぐらせ、三日三晩お経を唱え続ければ、必ずや女の霊はあなたに危害を加えることなく成仏してくれるはずです。さあ、いますぐ実行しましょう。まずはお札の準備から――」


 彼は早速どこかからか大量の札を出してくる。ミースはそれを見つつ首をかしげた。


「壬堂さん、この方はいったい何をなさろうとしているのでしょう。地縛霊とか、退魔札とか、わたくしの知らない専門用語ばかりで、理解できないのですが……」


「たぶん、除霊だ」


「じょれい?」


 それ以上は答えず、俺はため息だけをはいた。いや、実際それ以上のことは知らないから仕方ないんだが。


 こいつの名前は木打きうちれい。2ーAの亡霊的存在で、いつも教室の角の席でオカルト雑誌を読んでいるか、うずくまって携帯をいじっているか、どちらかの姿しか見かけることがない。なぜか常にひきつった笑みを浮かべていて、クラスメートの中でもかなり近づきにくい存在になっている……と思う。


 そんな木打君がはまっているのは、いうまでもなく心霊や超常現象などのオカルトもの。科学技術者を育てようとしている椥辻学園第二高校にケンカを売っているんじゃないかと思うくらい、彼は現代科学では証明できない事象や理屈の通らない現象を集めて独自の研究をおこなっている、らしい。


 ミースにとりついている地縛霊をとりのぞこうと、教室になにやら怪しげな呪文の書かれたお札をはろうとする木打君。それを、小野原さんが止める。


「れいくん、今から演技の練習だから、除霊は後にしようよー。ゆうたんも、台本の話しよー」


「そうですね……」


「承知しました、大佐!」


 呼ばれると、木打君と田中君がすぐに小野原さんのところにやってきた。意外とリーダーシップあるんだな小野原さん。


「今日は光一君とー、ミーコがー、きらりんたちの活動を見に来てくれたのー。だからよろしくねー」


「と、ということは、そのっ、し……しし、新入部員ということですか大佐!?」


 田中君が興奮気味にこちらに目を向ける。俺が答える前に、いつも大佐と呼ばれているらしい小野原さんが首を横に振った。


「ううんー。さやりんに紹介されて来てくれたのー。だからとりあえず見学だけー」


「そ、そうでしたか……でも、それでもありがたいっす!」


 と、やっぱりこちらに軍人スタイルで敬礼する田中君。衣装と合わせて兵隊のそぶりが完全に板についている。たぶん俺が「入部するから一生俺たちの言うことをきけ」と命令口調で云えば迷わず「はいっす!」と返事しそうな気がする。


 それにしても、瓜生に頼まれて気軽に演劇部にきたものの、これはちょっと見学だけではすまなさそうだ。もちろん今の演劇部が大変な状況だと知っててきたわけなんだが、こうなると入部しないといけないような空気だよな……。


 そんなことを思っていると、ミースが小野原さんに「今日はどのような活動をなさるのでしょうか」と尋ねていた。


「今日はー、次の演劇の内容をみんなで発表しあう日なのー」


「次の演劇? それはいつ開かれるのでしょうか」


「二ヶ月後ー。演劇部の部員が増えるように、できるだけたくさんの人に興味をもってもらえるような演劇の台本をきらりんとゆうたんとれいくんで考えるのー」


 なるほど、そういうことか。……あれ、でも。


「二ヶ月後って、部活の更新時期過ぎてるんじゃねえの?」


 部員が四人いるという証明が必要なのは、部活の更新のとき。それは半年に一度だという話をどこかで聞いたことがあった。年に二回。それが四月と、十月。いまは九月の下旬だから、二ヶ月後だと十一月。当然更新期限は過ぎている。


「そうなのー。文化祭のときー。でも部員が増えないと、いまのままじゃやりたい劇もできないしー。それにいまの部員は二年生だけだから、一年生がいないと引き継ぎもできないしー。結局あと何人か部員を増やさないと十月は乗りきってもいつかは演劇部がつぶれちゃうから、いまから十一月に向けてがんばろうっていうことなのー」


 すげえ小野原さん……ものすごく真剣に部活のこと考えてる。


 いつもの天然っぷりというか、言葉は悪いがあまり何事も深く考えてなさそうな言動からは全く想像がつかなかった。語尾が間のびしてるからのんびりしたように聞こえるけど、小野原さん、部長としてしっかり演劇部のことを考えてるよ。


「それじゃ、今日はその部員集めの劇について三人で話し合うのか」


「うんー。みんなに文化祭でやりたい劇を考えてきてもらったから、ここで発表するのー」


 演劇部の存続がかかっているといっても過言ではない、勝負を賭けた劇。田中君も木打君も、もちろん小野原さんも、きっと渾身の案を練ってきているだろう。俺達が入部するかはともかくとして、これは見学しにきたかいがあったかもしれない。


「じゃあ最初はゆうたんからー。どんな劇やるのー?」


 小野原さんが訊くと、田中君は意気揚々と答えた。


「はい、大佐! 自分、田中勇弾は、戦争中のある兵士の悲劇を描いた作品をやりたいっす!!」


 ……予想通りというか、まあ当然戦争モノになるよな。それだけのフラグたっぷり立ててるし。


「絶海の孤島に派遣された一人の日本人、田中軍曹。上官から理不尽な命令を受けつつ、命がけの戦場を点々とする。いくつもの死地を乗り越えて、軍曹は信頼する部下とともに日本の勝利のためにただひたすら戦い続ける。やがて一人、また一人と部下が倒れていき、やがて自分も重傷を負ってしまう。それでもなお上官は戦場に出ろと無慈悲な命令を下す。『日本のために戦えなければ、爆弾を抱えて特攻するのだ。無様な生より尊厳ある死を!』軍曹は部下の制止も聞かず、戦場へ飛び込んでいく。しかしそのとき、死を決めた彼がとった最後の行動とは――あああ! 興奮してきたっす!!」


 完全に上気した田中君はいきなり俺たちに向けて、もっていたマシンガンを向けてきた。


「ちょ、ちょっ!?」


「撃つしかないっす! もう止まらないっす!!」


 あわてる俺の前で、興奮しきった田中君が引き金を引く。


 ババババババババッ!!


 激しい連射音。跳ねる金属音。


 思わず腕で顔の前をふさぐ俺。やがて、銃の音がやむ。


 俺が腕を下ろして周りを確かめると、無数のBB弾が落ちていた。


「な、なんだ、オモチャかよ……びっくりした……」


「オモチャじゃないっす! これはれっきとしたサバイバルゲーム用の実戦銃っす!!」


 サバイバルゲーム用の銃はオモチャではないという自負が田中君にはあるらしい。俺からするとどっちも同じようなものなんだが……とにかくケガしなくて良かった。


「ごめんね、光一くんー。ゆうたん、日本軍のことになるとすぐに銃を撃ちたがるのー」


「そういうのは部長権限で止めさせたほうがいいと思うよ、今後の部員のためにも……」


 そして当の本人は「うおおおおお! ニッポン万歳!!」とかなんとか云いながら教室中を走り回り、サバイバルゲーム用のマシンガンを振り回していた。もう彼の目には、敵軍に囲まれた戦場しか見えていないだろう。


「ってかミース、田中君に銃を向けられて、よく平気だったな」


「あら、田中さんの銃が本物でないことは見た目に明らかでしたもの。ですからわたくし、特段対応をとらなかっただけですわ。もしわたくしや壬堂さんに本物の銃を向けようものなら、すぐさま右腕の六連バルカンを撃ちこんで教室の壁ごと標的を葬っておりましたが――」


「いや、よくわかった。もういい」


 ミースの方がよっぽど危ないわ。


「でー、れいくんはどんな劇なのー?」小野原さんが訊くと、木打君は「ククク……」と不気味な笑みをたたえた。


「僕ですか。僕の劇は、悪魔にとりつかれた女性が家庭を精神崩壊させるまでの地獄の三十日間を描いた悲劇です」


 オカルトホラー全開だな。


「まず平和な家庭を築いていた妻にある日突然悪魔がとりつきます。どうして、なぜとりついたのか分からぬまま、妻は夜中に豹変して叫びだしたり、人が変わったように家中のものをかたっぱしから破壊します。出てくる言葉も普段の彼女からは想像できないような汚い罵詈雑言ばりぞうごんばかり。そんな妻から悪魔を取り除こうと、夫はエクソシスト――悪魔祓い師に依頼します。そしていよいよ悪魔を祓う日になり、エクソシストが眠っている妻の横に立ち、十字架を掲げるのですが、そのとき妻の体に異変が……背中が裂け、目は真っ赤に血走り――ああ、これ以上はとても口にできない!!」


 そうしてなぜか急に頭を抱えてうずくまる木打君。その場で体を震わせたまま、半開きの口の奥でガチガチと歯を鳴らしている。


「妻の体から、黒い爪のようなものが皮膚を破って出てきて……ああ、これ以上はやっぱりだめだ! でも、でも……そこから……うわあ!」


 ぶつぶつとつぶやき、ときおり叫んではまた顔を青ざめさせてうつむく。どうやら自分で考えた話に、自分で恐怖しているらしい。もはやどんな話なのか聞くのもはばかられるくらい、木打君は内の世界に引きこもってしまっている。


 教室内を暴れ回る軍人もどきと、恐怖に押しつぶされたオカルト男。たった二人だが、すでに演劇部は収集がつかない状態だ。


「二人とも、どんだけ自分の話に入り込んでんだよ……。演劇部って、いつもこうなの?」


「うんー。だいたいこんな感じー。きらりんが話を進めると、ゆうたんとれいくんが好き勝手に自分だけの世界に入っちゃうのー。だから後はきらりん一人で考えるのー」


 どんな部活だ……。


「ところで、小野原さんはどんな演劇をお考えになったのですか?」


 どうやら田中君と木打君の話にいまひとつピンとこなかったらしいミースが、小野原さんに期待するように尋ねる。すると、彼女がカバンから出して机においていた冊子を俺たちに向けた。


「うんー。きらりん、台本書いてきたのー。みてみてー」


 おお、さすが小野原さん。すでに台本も書いてきているなんて。部長だけあってしっかりしてるな……ほんとにこれからの小野原さんに対する認識を改めないと。


 A4サイズの白紙に左端を二点ホッチキスでとめただけの簡単な台本。だけどそこには両面びっしり配役のセリフと幕間の設置内容が記載されている。全部で三十ページくらいか。


「ってかもうひと作品でき上がってるだろ、これ……」


「そんなことないよー。まだまだ手直ししないといけないしー。恋愛物なんだけど、話もちゃんとこれから練らないといけないからー」


 恋愛物か~。女の子らしいな。俺は感心しながら台本案を手にとってページをたぐってみる。つらつらと並んでいる大量のセリフ。これ一冊作るのにいったい何日くらいかかったんだろう。ながめていると、小野原さんの演劇に対する本気さが伝わってくる。


 ――と。どんな内容なのかしっかり読んでみようと中ほどのページを開けてみたとき。


「……あれ? これ、会話してる人の名前が『壬堂』と『環田』なんだけど」


「そうー。はじめから架空の人だとイメージがつかみにくかったから、現実にいる人で仮に台本をつくってみたのー。迷惑だったー?」


「いや、迷惑なわけじゃねえけど……なんで俺?」


「んー。なんとなくー。この話をつくるときに思い浮かんだのが、光一くんと環田くんだったのー」


 なんとなくかよ……。なんかこっぱずかしいけど、まあ……いいか。


 小野原さんの中での架空の俺は、一体どんなセリフをしゃべってるんだろう。そう思って、興味津々開いたページの文章を確かめてみた。






 ――舞台暗転。直後二人に左右スポット。だれもいない教室で壬堂と環田がひとつの机でいっしょにマンガ雑誌を読んでいる。


壬堂「今週の『聖なる町のプリンセス』はどうかな」


環田「先週は中途半端なところで終わっておったからな。続きが待ちきれんかったのじゃ」


壬堂「(ページをめくる)――ふ~ん」


環田「こ、ここでリアがメディアンの力を発揮するのか! なるほど、これは感動じゃ!」


壬堂「(ページをめくる)――ほう」


環田「なぬ!? シラギノにはこの力が効かないのか! なんということじゃー!」


壬堂「(ページをめくる)――そうか」


環田「これではせっかくのリアの努力も水の泡じゃ~! で、次はどうなるのじゃ? 早く続きを」


壬堂「環田。さっきからいちいちうるさいって。あわてなくてもマンガは逃げねえよ」


環田「でもわしは早く見たいのじゃ! もうめくっていいじゃろう!」


壬堂「こ、こら――」


 環田が次のページを左手でつまむ。そこへ壬堂が、環田の手にそっと自分の手をかぶせる。


環田「壬堂――」


壬堂「そんなに急がなくてもいいだろ。お前といる時間も大切にしたいんだ、環田」


環田「そ、そうか……」


 顔をほのかに赤くする環田。


環田「わしも、壬堂とともにいる今の時間が……とても幸せじゃ。うむ、わしが悪かった。すまぬ、壬堂」


壬堂「別に謝罪なんていらねえよ。さ、一緒にマンガ読もうぜ」


環田「壬堂――」


 環田、壬堂の右手を逆に強くつかむ。壬堂、驚いて環田の顔をみつめる。環田は真剣な面持ちで視線をまっすぐ壬堂に向ける。


壬堂「なんだよ急に。びっくりするだろ」


環田「壬堂……わしは、お前のことが、やっぱり好――」


 壬堂、環田のくちびるに自分の人差し指を当てる。


壬堂「それは口に出さない約束だろ。な、環田」


環田「じゃが、わしはどうしても壬堂のことが忘れられんのじゃ。お前に告白されてから、わしは壬堂のことが一日も……」


壬堂「環田。俺たちに、言葉はいらないだろ」


環田「壬堂……」


壬堂「環田……」


 ゆっくり、お互い顔の距離を近づける。どちらからともなく目を閉じ、そして






 俺は台本を閉じた。


「あれー、どうしたの光一くんー。顔が青ざめてるよー」


 小野原さんが声をかけてくる前で、俺は全身に悪寒を感じていた。


「小野原さん、これ……もしかして、BLってやつじゃ……」


「うんー。そうー。BLってやつー」


 そっちできたか……。


 BLとは「Boys Love」の略で、ようは通常男女の間で繰り広げられる青春の一ページを、男どうしでやってしまうことだ。一部の女子の間で熱烈なファンがいて、今ではある種の社会的地位さえ確立しつつあるというのを耳にしたことがあるが、


「小野原さん、BL好きだったのか……」


「うんー。きらりん、BL大好きだよー。今度の劇も、その線でいこうと思うのー」


 その線も何も、台本はすでにBLまっしぐらだ。ってか登場人物が俺と環田って……思い返すと寒気がする。この台本のラストがどうなっているのか、知るのが怖い。


「で、でもこれ、小野原さんはどこに出てるの?」


「きらりんはー、光一くんの彼女役ー。環田くんに光一くんをとられるのー。光一くんの好きな人って、もしかして環田くん……? そんなわけないよね。だ、だって環田くんは男子だもん。ただの友達だよね? ――うそ。ねえ、うそでしょ? うそって言ってよ! 何で黙ってるの? 男どうしでなんて、絶対変だよ! 光一くんの変態!!」


 !?


「お、小野原さん……?」


「こんな感じの人なのー。あれ、どうしたの光一くんー。顔がさらに青ざめてるよー」


 真に迫った表情からすぐさま元のゆるい顔に戻る小野原さん。どうやらいまのも演技だったらしい。


「小野原さん、演技が唐突すぎるんだよ……え、あれ?」


 ほっとしようとした俺の両脇で、田中君が銃口を、木打君がナイフの切っ先を向けている。


「変態、って、ぶぶ、部長になにをしようとしたんですか、お客人!」


「なぜ変態などと呼ばれるようなことを……返答によっては、この呪いのナイフであなたを切り裂かねばなりませんが」


 二人とも、小野原さんが俺に対して「変態!」と叫んだのに反応したらしい。さらによく見ると、少し離れたところから右腕を伸ばし、ひじ先から開いたマシンガンをこちらに向けているミースの姿も。


「壬堂さん。小野原さんがいま仰せになった『光一くんの変態!!』という言葉について、詳しくご説明願いたいのですが」


「…………」


 小野原さんの演技力(と誤解を生むBL台本)のせいで、俺はもはや犯罪者扱いだ。


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