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第13話 プリンセス様、演劇部をご見学なさる

 部活動。


 それは高校生活の青春であり、夢であり、希望である。


 高校の生徒の多くは、サッカー部やバスケ部などの体育系か、吹奏楽部・芸術部などの文化系の部活に所属し、自分のやりたいことに目一杯打ち込んでいる。時には大会に出ることもあるし、時には何かの賞に出品することもある。そうした挑戦に対する努力を重ねる日々の中で、高校生ならではの挫折や、感動や、恋愛なんかも生まれたりするわけだ。


 かくいう俺もそうした部活動のひとつに入っている。何部なのかはあえて云わないが、俺も日々自分への挑戦を続けているのだ。例えば、ゲーセンに行って格闘ゲームで見知らぬ相手とオンライン対戦をやるとか。例えば、家の格闘ゲームで毎回パターンの違うコンピューターと対戦をやるとか。


 ――ああいいよ。もう云うよ。帰宅部ですよ俺は。こう云えば満足ですか。しょせん帰宅部なんだからさっさと正直に云えとでも思ったでしょう。バカにするなよ。帰宅部でも、俺なりに誇りをもってこの部活動に取り組んでいるんだ。例えば、下校途中のゲーセンでものすごく真剣に格闘ゲームにいそしむとか――


 ――むなしくなってきたのでそろそろやめる。俺はただの帰宅部だ。それ以外の何者でもない。


 そんなわけで六時間目終了後、清く正しい帰宅部の俺は荷物をまとめてさっさと帰ろうとしていたら、ミースのところに藤巻さんがやってきて紙切れを渡しているのを見かけた。


「部活動の入部申請書。入りたい部活があれば、名前と入部先を書いて私まで提出して」


 ミースが受け取った紙は、簡単な記入用紙だった。それを一瞬ながめて、ミースは答える。


「これがあれば、好きな部活に入部できるのですわね」


「そうよ。ま、入るも入らないも衿倉さんの自由だけど。ちなみに入りたい部活はある?」


 そう聞かれ、ミースは少し考え込むようにうつむく。そのタイミングを見計らい、俺はミースの机に近づいた。


「部活選びか? そういえば、まだミースは部活に入ってなかったな」


 その言葉に反応したのは、ミースでなく藤巻さんだった。


「あら、壬堂君。あなたのほうから話に割り込んでくるなんて珍しいわね。部活動に興味でもあるの? ならあなたにも申請書渡すけど」


「いらねえよ別に。俺はずっと帰宅部でいるつもりだし」


「そうね。あなたには帰宅部が一番似合っているわ。聞き返したりしてごめんなさい」


「どういう意味だ! ものすごく悪意のある謝罪だな!」


「そういえば壬堂さんは帰宅部員なのでしたわね。帰宅部はどんな活動をされているのでしょう?」ミースが話をこじれさせるようなことを聞いてくる。


「いや、帰宅部ってのはだな。何の部活にも入らずに放課後はただ家に帰宅するだけのやつらのことで――」


「そうなのですか? では、相当な部員数になりますわね。部長さんはどなたでしょうか」


「だから、部活じゃないんだって」


「部活ではない? ではなぜ帰宅部と呼ぶのです?」


「それは……」


 考えてみると、単純だが意外と答えにくい質問だな……。困っている俺を尻目に、藤巻さんは自分の荷物をさっさと片付け始めた。


「藤巻さんは、何か部活に入っておられるのでしょうか」


 ミースが尋ねるのに、学生カバンのチャックを閉めながら、藤巻さんが答える。


「私も、帰宅部よ」


「ふ、藤巻さんも帰宅部なのですか?」ミースが思わず立ち上がる。


「そ。私は部活動をしている時間がないから。あと、あなたの知っている範囲では環田君とか射原さんも帰宅部よ」


「そうなのですか!? 驚きましたわ。まさかそんなに多くの生徒が関わっているなんて……一体、帰宅部はこの椥辻学園にどれだけの影響力を持っているのでしょう。わたくし、謎の多い帰宅部にとても興味がわいてきましたわ!」


 やや興奮気味に話すミース。それをみながら、藤巻さんは小さく息をついた。


「部活動の説明については壬堂君に任せるわ。帰宅部についてきちんと詳細を解説してあげてね」


 それだけ云って、藤巻さんがさっと帰っていく。残された俺は、帰宅部についてミースが納得するまで説明する羽目になった。


「――――本当にそれだけですの?」


「だから、部活に入ってないってだけだよ。それをもったいぶって『帰宅部』なんて呼び方をしてるんだ」


「そうなのですか……。わたくし、帰宅部とは高校生の帰宅をより楽しく、より真剣なものにするために、部員それぞれが様々な下校方法を開拓する活動を行っているものと想像していたのですが……」つぶやきつつ、ややがっかりしたようなミースの顔。それはそれでどんな部活なのか興味深いけど。


「それでは、わたくしはどの部活に入るべきでしょうか。壬堂さんからみて、何かオススメの部活はございますか?」


「う~ん……」


 部活やってない俺に訊かれてもな……。


 椥辻学園第二高校は、授業については先日の「専門科目」みたいに特殊なものがけっこうあるが、部活動はどの高校にでもあるようなものばかりだ。体育系なら野球部、サッカー部、バスケ部、バレー部、柔道部、空手部、テニス部、バドミントン部とか。文化系なら吹奏楽部や美術部、書道部、文芸部、放送部、囲碁将棋部、ESS(英語)部とか。


 大会でいい成績を収めているのは男子テニス部と女子空手部、吹奏楽部で、毎年全国大会に手が届くかどうか、というところまで進んでいるらしい。確かにこれらの部活に所属している生徒は、始業前も昼休みも、もちろん放課後もずっと練習しているのをよく目にする。


 といってミースにこれらの部活を安易に薦めるのもどうかという気がしている。下手に体育系の部活に入っても、ミースが超人的な動きをしてアンドロイドであることが認知されれば、大会に参加できなくなる可能性が高いだろうし。


「吹奏学部なんかどうだ。音楽ならミースの勉強になるだろうし。土日も関係なく朝から晩まで練習漬けになるかもしれないけど」俺の薦めに、ミースは顔を曇らせた。


「土日も、ですか……。わたくし、土曜か日曜のいずれかを必ず空けなければいけませんので、吹奏楽部さんには参加不可ですわ」


「土曜か日曜のいずれかって……なにかあるのか?」


「それは、その……」そう云うと、ミースは突然顔を真っ赤にして、顔をうつむかせた。


「わ、わたくしの口からははしたないのでとても申し上げられません。どうかご容赦下さい……」


 えっ……?


 はしたない、って……ミースは休日に何をやってるんだ?


 土日は自宅――門から玄関まで徒歩で三分くらいかかるようなあの巨大な屋敷の中にずっといる、っていうのは聞いたことがあるが、その中で何を……。ミースが恥ずかしがることっていったら、相当なことだぞ。いったいどんなことだろう。ま、まさか


「ぶはぁっっっっっっっ!!」


 とか考えていたら、ミースの鉄拳が飛んできた。


 右手首から発射された拳が顔面をクリーンヒット。俺は周りの机を巻き込んでがらがらがっしゃんとぶったおれた。


 しゅるしゅると右のロケットパンチを元にしまい、にこりと微笑むミース。


「壬堂さん。まさかとは思いますが『卑わい』な考えをなさっていたのではありませんか?」


 殴ってから訊くな……。


 そんな無駄なやりとりをしていると、どこからともなくいつものツインテールの女子が近寄ってきた。


「なんだ、光一君。痴話ゲンカでもした?」


 ニコニコしながら俺を見下ろす瓜生。ってか痴話ゲンカじゃねえし……。


 俺は出かかった鼻血をおさえつつ、弱々しく起き上がった。


「ミースがどの部活動に入ったらいいか、相談してたんだよ」


「部活? ミーコも部活に入るの?」


 数日前から『ミーコ』というあだ名をつけられたらしいミースは、自然な様子で瓜生の方へ顔を向けた。


「はい。部活動を行うかどうかも含め、壬堂さんとどうするべきか検討しておりました」


「いまのところ希望の部活はない? なら、演劇部に入ってあげてよ」


「演劇部?」ミースが首をひねる。俺も心の中で首をひねった。なんで演劇部なんだ。


「うん。きらりんが部長やってるから、活動もしやすいと思うし」


「えっ、きらりんさんが部長を?」


 ……マジで?


 きらりん=小野原雲母さんといえば、「あれー、そうだっけー。うん、そうそうそんな気もするー」とか「もー、きらりんだって文法には気をつかってるのー」とか語尾がやたらと間のびした、のんびりふわふわした調子の女の子だ。


 その小野原さんが演劇部だっていうのは小耳に挟んでいたが、あの天然っ気全開の、いかにもマイペースそうな子が部長を……。全然そんなふうにみえなかった。


「そうなのよ。きらりん、椥辻学園演劇部のホープだからね。でもちょっといま、演劇部消滅の危機でさ」


「消滅……?」


「部員数が少ないのよ。うちの高校、部員が四人以上いないと部活だと認めてくれないんだけど、今まで演劇部員はギリギリの四人だったんだよね。でもこのあいだ一人辞めて三人になっちゃったから、このままだと演劇部が無くなっちゃうらしくてさ。私はバド部だし、ともちんは帰宅部だけど同じ理由で別の部活でもう幽霊部員になっちゃってるから、もし部活をやらないなら形だけでも入ってくれるとうれしいのよね。もちろんやりたい部活が他にみつかれば、そっちに行ってもらって全然かまわないんだけど」


 そうなのか。小野原さんも結構大変だな……。


 そう思っていると、瓜生の話を聞いたミースが、すぐにうなずいた。


「承知しました。ではとりあえず演劇部の活動を見に行くことに致しますわ」


「あ、ほんとに? す-!」


 す-?


 瓜生さんは続けた。「きらりんもきっと喜ぶと思うよ。新しい部員探すのに結構苦労してるみたいだから。あとついでに光一君も演劇部に入ってくれるとさらにうれしいな」


「俺はついでかよ……。そういや、うちの学校って兼部はできないのか?」


「それができればとっくにやってるよ。この高校で部員登録する唯一の方法は、ミーコが持ってるその入部申請書だけ。それは塔子様ががっちり管理しているから、コピーもできないのよね」


「なるほど……。ありがとう、瓜生さん」


「こちらこそ、演劇部お願いね。1-Aの教室で活動してると思うから。あ、あと、私のことはさやりんだからね。――やば、部活遅れる」


 じゃ! と瓜生は腕時計をちらとみてから教室を飛び出していった。ってかさやりんは無理だって……。


 俺は瓜生を見送ってから、ミースに向き直った。


「……とりあえず、行ってみるか。演劇部」


「はい。よろしくお願いします。あの、ところで――」


「なに?」


「演劇とは、どういったものでしょうか」











 俺が演劇について知っていること(たいして知らないが)をミースに説明していると、ちょうどネタが尽きたところで1-A教室に着いた。


 普段は一年生用の教室。俺たち2-Aの生徒が一年前に使っていた場所だ。そのちょっと懐かしい部屋で、小野原さん率いる演劇部が活動しているらしい。


 とりあえず教室のドアを開けてみる。すると中には、教室の机を両手で持ち上げている小野原さんがいた。


「こんにちは、きらりんさん」ミースが口を開くと、小野原さんは赤味がかった大きな瞳を開いて不思議そうな顔をみせた。


「あれー? ミーコちゃんと光一くんだー。どうしてここにー? きらりん、何か忘れ物でもしたー?」


「いえ、そうではなくて。わたくし、演劇部の活動を一度拝見したいと思い、ここに参ったのです」


「活動ー? ほんとにー?」小野原さんは驚く。驚いているのだが、あいかわらず間のびしきった語尾のためいまいち緊張感が伝わってこない。


「すー。たいしたことできないけど、良かったら夜中まで見ていってー」


 すー?


 すーってなんだ。さっき瓜生も云ってたけど……いや、っていうか。


「え、夜中までやってんの?」訊いたのは俺。それに対し、きらりんはふわふわした桃色の長い髪をゆらしつつ、平然と答えた。


「うー、夜中までっていうより夕方までだけど、最後まで見ていってくれるといいな~、っていういみー」


 いや、夜中と夕方ではだいぶ違うんだが……何時までやるのかと思った。


 俺たちはとりあえず小野原さんを手伝って、指示通り教室の机と椅子を移動させていった。どうやら活動しやすいように、教室の中のスペースをあけたいらしい。


「さやりんさんから聞いたのですが、きらりんさんがここの部長をされているのですか?」ミースが両手で軽々二つの机をもちあげながら訊くと、小野原さんは答えた。


「うんー。いちおうー。他になる人がいなかったから、しかたなくなったのー」


「部員が三人だけだと聞いているのですが、本当でしょうか」


「うん本当。もー、さやりんおしゃべりなんだからー」小野原さんが少しだけ怒ったように眉間にしわを寄せる。怒っているんだがどこかかわいい。そんな不思議な魅力が小野原さんにはある。


「ちょっと前までは四人だったんだけど、きらりんの彼氏だった人が辞めちゃってー。それでいま新しい部員を探すのに大変なのー」


 あれ、小野原さん彼氏いたのか。まあ、確かに小野原さんかわいいもんな。ふわふわした容姿と天然っぽい性格がぴったり合ってるし。他にも彼女が好きな男子がいてもおかしくないと思う。なにげに胸が大きかったりするし。そんなことを考えていたら、ミースが云った。


「そうなのですね。でも、どうしてきらりんさんの彼氏は辞められたのですか?」


 うお、いきなりそこを突くか!?


 俺の驚きをよそに、小野原さんはやっぱり平然と答えた。


「彼氏と別れちゃったのー。きらりんといっしょに演劇部に入ったんだけど、もともと演劇にあんまり興味がなかったみたいだしー。きらりんが部長になってからもずっと幽霊部員だったから、きらりんがまんできなくなって彼氏にいったのー。活動する気がないならいますぐ消え去れ。そして二度と私の半径200m以内に姿を現すなこの痴れ者めが!!」


 !?


 とつぜん人が変わったような表情になる小野原さん。俺とミースが一瞬固まる。


「お、小野原さん……?」


「あれー? どうしたのー? 顔がこわばってるよー」光の消えていた小野原さんの瞳に、再び輝きが戻る。


「小野原さん、いまのは……」


「知らないー? 『エンジェル・フリップ』に出てくる天使・草薙ミゲルのセリフよー」


 え、演技だったのか。唐突すぎる……。


「ってかそもそも『エンジェル・フリップ』がなんなのか分からないんだけど……」


「マンガだよー。セリフも結構有名よー。草薙ミゲルの『私の半径200m以内に姿を現すな』。そう言ったら彼氏びっくりして逃げちゃってー。部活も辞めてそのまま別れちゃったのー」


 そりゃ、そのマンガ知らない人が突然そんなこと云われたらビビるって。しかも小野原さん、演技とはいえ真に迫ってたからな……彼氏も引いたんじゃないか。


 そう思っていたら、ミースが若干青ざめながら俺にささやいてきた。


「壬堂さん、いま、小野原さんに何か起きたのでしょうか。突然人格が変わったようでしたが……」


「ミース。あれがさっき説明した『演技』だ。ちょっといきなり過ぎたけどな」


「演技……いまのが……!」


 ミースがとても感心したように両目を見開く。それを見て、小野原さんが小さく首を横に振る。


「いまのは違うよー。きらりんがやりたいだけだったもん。本当の演技はいまからやるからー」


 そうこうするうちに、机を椅子を全て運び終えた。教室の黒板側二分の一がすっかり空いた状態になっている。


「そういえば、他の部員の方は? あと二名いらっしゃるのですわね」ミースが尋ねると、小野原さんはカバンから台本のようなものを取り出しながら答えた。


「うんー。もうすぐ来ると思うー」


「何年生の方なのですか。男性でしょうか。女性でしょうか」


「あれ~、知らないのー? 二人とも同じクラスの男子だよー?」


 ……えっ、そうなの?


 ってことは、この学校の演劇部は全員2-Aの生徒ってことか。知らなかった……。いったいだれだ。


 そう思ったとたん、教室の扉ががらっと開いて、その二名の男子が現れた。


「あっ! 壬堂君と、衿倉さん、ど、どうしてここに……!?」


 先に教室に入ってきたのは、やや背の高い丸刈りの男子だった。


 白い肌であばたの多い顔。目は細めで、俺たちの姿を見て明らかに緊張の色を浮かべている。あまり落ち着きのなさそうな雰囲気だ。


 しかし何といっても一番目を引くのは、彼の服装だった。


 彼は学生服を完全に着替え、兵隊の戦闘服を身にまとっていた。


 上はミリタリージャケット、下はカーゴパンツ。どちらも迷彩色で、上着には防弾チョッキらしきものまで着込んでいる。頭には当然のごとく緑と灰を混ぜたような色のミリタリーキャップをかぶり、手にはレプリカのマシンガン。どこからどうみても完全なミリタリールックだ。


 あっけにとられている俺をよそに、小野原さんは平然と答える。


「光一君もミーコも、きらりんたちの部活を見にきてくれたのー」


「マジっすか大佐!? 客人殿、自分は感動の極みっす! どうか心ゆくまで我々の雄姿を見届けてくださいっ!!」


 そう云って姿勢を正すと、右手の指先をそろえてこめかみにあて敬礼。もう演技する前から軍人になりきってる……。


 そんなミリタリーマニアな彼の名は、田中たなか雄弾ゆうた。クラスではわりとおとなしめのやつで、あまり目立たない存在。迷彩柄のカバンやTシャツを着てきたりしていたから、せいぜいミリタリーカジュアル好きだなというくらいにしか思っていなかったんだが……どうやら部活動のときは素の自分を開放させるタイプらしい。


 そして彼の後ろから、もう一人の男子が顔をのぞかせる。


 背の高い田中君に対してこちらはかなり背が低い。小野原さんとほとんど同じくらいだ。体型は相当――というより極端にやせぎすで、栄養失調じゃないかと心配になるほどほおが完全にこけてしまっている。髪は長く、前髪を前へそのまま下ろしており、その奥から沈んだ眼光をこちらに向けている。暗闇を引き連れているかのような空気感が彼にはある。ひとことで云って、怪しげな男子だ。


 その彼が、井上君の背後から現れるととつぜんするするとミースのそばに寄ってきた。足音ひとつたてずに近づくと、彼はミースを見上げながら髪の毛の後ろからのぞく目をかっと見開いて云った。


「……あなたの背後に、女の霊が見える」


「霊?」


 ミースが一瞬なにを云われたのかわからないという顔をするのに対し、彼は一気にまくし立てた。


「濡れそぼったビリジアン色のコートを着た女性の霊です。歳は三十歳前後、ウェーブのかかった長髪で、瞳は水色。おそらく雨の日に交通事故か何かで突然亡くなられたのでしょう。まだ自分が死んだことに気がついていないようです。衿倉さん、最近左肩が重くありませんか?」


「左肩ですか? 先週関節部分のメンテナンスをおこなった際、摩擦で削れていた部品を新しく入れ替えましたから、少し重くなっておりますわ」


「それです! それこそあなたがとりつかれている地縛霊のしわざです!!」


 いや、部品を入れ替えたって云ったのに。


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