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その後、二人で二時間近くかけて部屋を片付けた。作業の間中、二人は何も喋らなかった。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに」
ようやく片付いた部屋で、ソファーに座った百合は破れたぬいぐるみを縫っていた。ぽつりとした言葉に秋都はいいよ、としか言えなかった。百合に背を向け、ダイニングテーブルの椅子に座っていた。彼女の顔は見られなかった。見たら自分が泣いてしまいそうだったから。
「わかってるんだ、別れたほうがいいって。暴力を振られるたびにこんな男となんか、別れてやるって」
でも、と百合は続ける。
「それでも、好きなのよ。殴られても、蹴られても、一緒にいたいって思うほどに」
ばかだね、と付け足した言葉は百合の気持ちが表れている気がして重たかった。自分でもわかっているのにどうしようもないのだ。
「ほんと、馬鹿だよお姉さんは。そんなに綺麗なんだからいくらでもいい男つかまえられるのに」
秋都の言葉に百合はふふ、と微笑った。
「ありがとう。そっか、いくらでも捕まえられるかな、私」
「もちろん」
「来年三十になるけど?」
「お姉さんなら大丈夫だよ」
「よし、わかった」
気合を入れるように言うと、百合は秋都と冬馬をそばに呼んだ。
「私、趣味がぬいぐるみを作ることなの」
「もしかして、部屋のぬいぐるみって全部お姉さんが作ったの」
「9割方はね。いい年して恥ずかしいんだけど。印象に残った人とか物をぬいぐるみにしたりもしているのよ。はたからみたらちょっと気味が悪いかな」
少し恥ずかしそうに笑い、はい、と百合が見せたのは男の子と犬のぬいぐるみだった。
「これ、おれたち?」
「そう。私にとって秋都くんと冬馬に出会ったのははすごく印象的な出来事だったの。ちょっと破れちゃったけど、ちゃんと直したから。貰ってくれる?」
予想外の贈り物に秋都は感激して言葉がでなかった。人からプレゼントされるなんていつ以来だろうか。見ると、冬馬はちぎれんばかりにしっぽを振り、百合の顔をなめていた。
気に食わないが、今はよしとしよう。秋都は親友の暴挙を笑って見ていた。
「渡せてよかった」
そう言って笑った顔はいつもの秋都が大好きな笑顔だった。
ぬいぐるみの男の子は柔らかい表情をしていた。似ているかどうかは別として、つくり手の優しい性格がよく現れていた。
ようくぬいぐるみを見ると、男の子も犬も白い花を身に付けている。
「お姉さん、これは?」
「気づかないかなぁ。百合の花なの」
私の花なのよ、と百合は笑った。
「秋都くん、また遊びに来てね。もちろん冬馬も一緒に」
「うん。遊びにくるよ」
笑って答えたが、秋都はもう百合に会うことはないと思っていた。
「私もがんばるから。そうね、次会うときにはもっといい男を見つけているようにする」
それは自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
秋都は百合があの男を忘れることを願った。
二度と会うことはないけれど、遠くで、いつだって、ただ百合の幸せを祈っている。