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百合は高橋百合という二十八歳の会社員だとわかった。防犯設備の整った新しいマンションから考えるとそれなりの収入がある女性だと思えた。 三階の1LDKの部屋にはぬいぐるみがたくさん飾ってあり、かわいらしい雰囲気の部屋が彼女の大人な印象とギャップがあった。
どうして着いて来てしまったんだろうと秋都は思う。断れることはできたはずだ。
「子どもの頃からカレーが好きだったんだけど、一人暮らしだとあまり作らないのよね。余しちゃうから」
テーブルの上にはカレーライスが二人分並べられていた。スパイスの効いたカレーの香りが食欲をそそる。百合は冬馬にも鳥のササミとキャベツの入ったおじやを作ってくれた。
「もしかしてカレーは嫌いだったかな」
スプーンも持たず、ただ座っている秋都に百合は軽く首を傾げた。
「……怖くないの?」
何が、と百合は微笑った。
「だってお姉さん、見たんでしょ? おれが……」
尋常じゃない方法で人を殺したのを、という後に続く言葉を秋都は飲み込んだ。足元では冬馬が人の気も知らずにのんきに夕飯をがっついていた。
「びっくりしたわ。君、殺し屋さん?」
百合はさらりと恐ろしい問いを投げかけた。
「違うけど」
「理由があるんでしょう? 出会う人みんなをああいう目に合わしているわけじゃないのよね」
うん、と秋都は頷いた。
「なら怖くないわ。その歳で大きなものを背負っているのね」
言いながら、ボールに入ったサラダを秋都に取り分けてくれた。優しい声音に秋都は少し切なくなる。
「違うよ、そういうことじゃなくて。おれが人と違うのに怖くないの? 化け物だって思わないの?」
感情的になっている自分に秋都は我ながら驚いていた。どうしてかこの人は自分を混乱させる。
「綺麗だと思ったの」
百合は笑顔で秋都と向き合っていた。それが上辺のものではないことがわかる。冬馬が大人しくしているのもわかる気がした。
穏やかで温かく、優しい雰囲気をもった女性だった。
「公園で会う前に、秋都くんたちは私の頭の上を飛んでいったのよ。気づいていた?」
目的の人物を追うのに精一杯で気づかなかった。冬馬も同じだろう。今度からは気を付けなければならない。
「今日の細い月と重なってね、すごく綺麗だった。それだけ」
そして、百合はまた微笑った。
「お姉さん、変わってるね」
「よく言われるわ。さ、食べて。秋都くん何歳?」
「……十四」
「育ち盛りじゃない。たくさん食べなきゃだめよ。あ、飲み物がなかったわね。お茶でいい?それとも牛乳派?」
秋都に勧め、自分は慌しく台所へ向う。人の世話をやくのが好きな人らしい。百合の様子を見ていると自然と笑いがもれた。食べ終わった冬馬は横になってすっかりと寛いでいる。
「あら、楽しそうね」
グラスにお茶をつぐ百合もどこか楽しそうだった。
秋都は彼女の笑顔に癒されている自分に気づいていた。