プロローグ
一つの話として一応完結していますが、シリーズを考えているので、書き込まれていない部分もあります。
濃紺の薄闇に浮かぶ月は細く、触れれば切れそうな刃物のように見えた。一人だということも忘れ、彼女は夜道で立ち止まり、空を見つめた。
普段よりも月が目を惹く夜だった。
ふと、なにやら気配を感じて彼女は振り返った。鼓動が早さを増す。
次の瞬間、黒い二つのシルエットが軽やかに彼女の頭上を越えていった。さらに家から家へと体重を感じさせない動きで飛び移っていく。
細い月を背に軽やかに動くさまを彼女は美しいと思った。
少しの間、その場に立ち尽くしていたが、思い出したように彼女は歩き出した。
「――――」
公園に近づくと誰かの声が聞こえた。夏の夜に若者たちが浮かれて遊んでいるのだろう。彼女はそのくらいにしか思っていなかった。ここの公園は外灯も少なく、薄暗い。その上人もあまりこないことを思い出すと、さすがに心細くなった。足早に公園を通り過ぎようとした彼女は、その光景に足を止めた。
三つの黒い影が公園にあった。
大きな人影が一つ、中ぐらいの人影が一つ、もう一つの影は人ではなかった。シェパードのような体形の犬だった。
思わず足を止めた彼女は、次の瞬間息をのんだ。
中ぐらいの影が左腕を伸ばし、大きな影の首に手をかけた。手を掛けたと思う間に、大きな影は細くなり、地面に倒れた。それは砂で出来た人間のように崩れ去った。
彼女は咄嗟に手で口を覆った。声を上げそうになるのをなんとかこらえた。
残りの人影が、彼女を見た。暗くて顔まではわかないが、そう確信した。
気づかれた。自分も砂のように消えてしまうのだろうか。
人影がゆっくりと近づく。近づいてくるうちに、自分よりも小さい人間だとわかった。
顔がわかるほどまで近づいて、それが十二、三歳の少年だと気づいた。小作りな顔は夜目にも白く、女の子のような綺麗な顔立ちをした少年だ。
「お姉さん、今の見た?」
少年は変声期を迎えていない少し高めの声で、彼女に話しかけてきた。