事あるごとに競ってる女子にある日夏祭りに誘われた
「それで今回、甲谷君は何点だったのかしら?」
「ふっふっふ、刮目せよ!」
俺が浅村友恵に見せつけた数学の期末試験の答案用紙には93点と大きく書かれていた。これまでの期末試験の点数の中では自己最高記録だ。
「なるほど、いつもよりいい点数ね」
「驚いただろ! さすがに今回は俺の勝ちだ!」
今回の数学の期末試験は難しかったが、毎日コツコツ試験勉強を頑張ったかいがあった。心の中で自分を褒めていると目の前の浅村が俺を見て笑っていることに気づいた。
「な、何がおかしい!」
「もう勝った気でいるなんて、先生が言った今回の最高得点を聞いていなかったの?」
「まさか……」
浅村が俺に見せてきた答案用紙には97点と書いてあった。
「今回も私の勝ちね」
浅村の答案用紙を確認する。何度確認しても答案用紙に書いてある浅村の点数が正しいということが分かるだけだった。
「チクショウ!」
机に憤りをぶつけようとしてなんとか踏みとどまる。どんなに辛い時や悲しい時でも物に当たってはいけないぞと御年68歳のうちのじいちゃんに口酸っぱく教わっているのだ。
「これで期末試験、全科目で私の勝ちね」
浅村の言う通り、今見た数学を含む全ての試験科目で俺は浅村に敗北を喫していた。
「今回こそは勝てると思ったのに……」
俺は浅村に勝つために今回の期末試験、かなりの時間を勉強に費やしてきた。ゲームする間を惜しみ、寝る間も惜しんで頑張った。なので今回の結果は俺の心に少なくないダメージを与えた。
「これで私の連勝記録がまた1つ伸びたわね」
「次こそは絶対に勝つ!」
「はいはい、甲谷君の悔しがる顔を間近で見れたし私は戻るわ」
そう言うと浅村は笑みを浮かべたまま自分の席まで帰っていった。
「ようやく終わったか」
声のした方を向くとそこには俺の友達である岡島弘司が立っていた。
「待たせたな、弘司」
「ホントだよ。よくいつも飽きずにできるな。ほら適当にパン買ってきたぞ」
浅村との勝負に集中していて頭から抜けていたが今は昼休みだ。俺と弘司はいつも購買で昼食を買っている。弘司は俺と浅村が話しているのを見て俺の分まで昼食を買ってきてくれたらしい。
「サンキュー!」
「後で金は要求するから忘れるなよ。まあ一旦、飯食おうぜ」
「おう」
俺は弘司が買ってきたパンの中から2つ分けてもらい、少し遅めの昼食をとるのだった。
「それにしても毎回毎回よくやるよ」
昼食を平らげた後、弘司は呆れ顔をしながら呟いた。
「なんの話だ?」
「さっきもしてた浅村さんとの勝負の話だよ」
「ああ、その話か」
「いつも負けてるのによく挑む気になるよな」
「次こそは絶対に勝つ!」
「去年からずっとその言葉を聞いてる気がするぞ」
「それは……」
確かに俺は去年の夏から今に至るまで浅村と勝負を挑み続けている。そして浅村にどの分野の勝負でも負け続けている。
「今まで何戦何敗だ?」
「負け星は数えない主義だ」
「そしたら数える星ないじゃん」
弘司は俺への優しさをパンを買ってくる時にどこかへ落としてきたのかもしれない。
「好き勝手言いやがって」
「事実だから仕方ないだろ」
「事実は時に噓よりも鋭利に人を傷つけるんだぞ」
「それは悪かった。今度から気をつけることにするよ」
「今日から気をつけてくれてもいいんだぞ」
「前向きに検討しとく」
「おい!」
弘司のいう今度という機会は永遠に来ないことが分かってしまった。
「話は少し変わるけど、樹は浅村さんを諦めるつもりはないのか?」
「なんの話だ?」
「とぼけるなよ。そもそも勝負をするようになったのはお前が浅村さんに告白したことが原因だろ」
弘司に言われて記憶を辿る。俺は去年の夏、浅村に告白した。そこで浅村は自分との勝負に勝てば交際を考えてもいいと俺に提案してきたのだった。その時に競ったのも期末試験の点数だった。俺は必死に努力したが、今回の期末試験以上に差をつけられて大敗した。
そこで俺の初恋は終わるかと思ったのだが、浅村はその後何度も俺にチャンスを与えた。料理対決、ゲーム対決、クイズ対決、様々な勝負をして俺は黒星を増やし続けた。
「……そういえばそうだったな」
「忘れてたみたいに言うなよ」
「正直言うと忘れてた」
「……は?」
弘司が信じられないものを見る目で俺を見てくる。説明した方がいいかもしれない。
「最初はもちろん付き合うことを目的に勝負してた。でもそのうちに浅村と勝負すること自体が楽しくなってきてだな……」
「目的と手段が逆転してるだろ!」
「お、大きな声を出すな」
この教室には俺たち以外にも生徒がたくさんいる。何人かは弘司の声量に驚いて視線をこっちに向けていた。弘司もそれに気づいたのか急いで口を手で塞いでいた。
「誰のせいだと思ってんだよ」
声量を抑えて弘司が反論してくる。
「悪い」
「じゃあ、樹はもう浅村さんを好きじゃないのか?」
「難しい質問だな」
「その言い方だと微妙なラインそうだな」
「嫌いではないのは確かだ。でもこれが恋なのかと言われると少し自信がない」
「まあ浅村さん綺麗だけど、言い方が結構キツイことあるからな」
弘司の言う通り、浅村は美人だ。肩まで伸びる艶のある黒髪に整った人形のような目や鼻、スタイルも抜群で女子が羨ましがっているのをよく聞く。その一方で口が悪いのも事実だ。浅村の友達が石黒文華しかいないのもその辺が影響しているのだろう。
ちなみになんの縁か知らないが弘司は1年の時から石黒と付き合っている。
「そこは浅村の個性だと思うけどな」
「お前って浅村さんに結構寛容だよな」
「そうか? まあ浅村は人にも厳しいけど自分にも厳しいからな。だからあまり嫌な感じがしないのかもしれない」
「確かに努力家とは言えるか。それにしても浅村さんに恋してるか微妙ならお前はもしも浅村さんに勝ったらどうするんだ?」
「分からない。ただすごく嬉しいのは確実だろうな」
想像するだけでも喜びが湧き上がってくる。
「浅村さんに付き合ってほしいとは思わないのか?」
「うーん、勝ったら付き合ってもらうってなんか違くないか?」
「今更そんなこと言うなよ。お前、過去の自分を否定してるからな」
「告白した時はそこまで頭が回ってなかったからなぁ」
「それに浅村さんの方からお前に条件を出したんだから別に問題ないだろ」
「まあそうか」
今まであまり疑問に思っていなかったが、浅村はなぜ1年の時からずっと俺に付き合うチャンスを与えて続けているのだろう。自分は絶対に負けないという自信からだろうか。
「あと気になったから1つ確認してもいいか?」
「なんだ?」
「もしもお前に誰かが告白してきたらどうする?」
「いきなりどうした」
「俺はお前がずっと浅村さんを好きだと思ってたんだよ。でもお前の話を聞いてたらそうなのか怪しくなってきたからさ。念のために聞いておこうと思ったんだよ」
「そういうことか。まあ俺に告白してくる女子なんていないと思うが、もしいたらその時は真剣に悩むだろうな」
「即答はしないのか」
「しないだろうな。相手がどれだけ俺を想ってくれているかによると思う」
誰でもよくて俺に告白したなら俺はおそらく断るだろう。でも真面目に考えたうえで俺に告白してくれたなら無下にはできないはずだ。
「……そうか」
「質問の答えになったか?」
「ああ、とても有益な回答だった」
「それなら良かった」
「俺、することできたから戻るわ」
そう言うと弘司は言葉通り自分の席に戻っていった。自分の席に戻った弘司は昼休みが終わるまでスマホを操作していた。
期末試験の結果が全て分かった日の夕方、私は友人の文華とカフェに来ていた。注文した飲み物がきて早々、向かいに座っている文華は口を開いた。
「とてもまずいことになりました」
「文華、そんな顔してどうしたの?」
「甲谷君についてです」
「……話を聞かせて」
甲谷君の情報であれば聞かないわけにはいかない。
「弘司君の情報が確かなら甲谷君、初心を忘れちゃったかもしれないです」
「どういうこと?」
「簡単に言うと友恵への恋心をなくしちゃったかも……」
「は?」
思考がフリーズする。文華が言葉は聞こえているのに理解を頭が拒んでいる。
「く、詳しく教えて!」
「弘司君曰く今の甲谷君は友恵との勝負に勝って付き合うことよりも友恵と勝負すること自体が目的になっているんだって」
「目的と手段が逆転してるじゃない!」
「わ、私に言わないでよ」
確かにここで文華に苦情を言っても何も解決しない。
「ごめんなさい、冷静じゃなかったわ。他には岡島君は何か聞いてなかったの?」
「聞く前に深呼吸して」
「……分かった」
目を瞑って深く息を吸う。それからゆっくりと吐き出してから目を開けた。
「教えてちょうだい」
「……今、甲谷君は他の女の子から告白されたら付き合うか迷うそうです」
私の心がガラガラガッシャンと派手な音を立てて大破したような気がした。
「だ、大丈夫?」
「……浮気よ」
「はい?」
「浮気よ! 私という者がいながら気が浮ついてるわ!」
「別に甲谷君は友恵と付き合ってるわけじゃないのに暴論すぎる……」
「それじゃあ一方的に私が甲谷君を好きみたいじゃない!」
そう、私は甲谷君が好きだ。最初に告白された時は正直なんとも思っていなかった。ただどれくらい本気なのか知るために期末試験の点数で勝てば交際してもいいと口にした。
結果は私の圧勝。でも甲谷君が本気で悔しがる表情を見て気づけばまだ別の勝負を提案していた。思えばその時から私は彼に少し惹かれていたのだろう。
それからの勝負の日々、甲谷君は一度も私に勝てなかったがいつも本気で挑んでくれた。そんなまっすぐな彼のことを気づけば勝負がない時も目で追うようになっていたのだった。
「現状だけ見ればその認識で合ってるよ」
文華の遠慮のない言葉が私のメンタルに確実な一撃を与える。
「ふ、文華、私たち友達よね?」
「うん!」
なんて屈託のない笑みだろう。岡島君は文華のこの笑顔に惚れたのかもしれない。
「それならもう少し手心を……」
「ここで気を遣っても友恵のためにならないから」
「文華……」
「それでどうするの?」
「何が?」
「今までは甲谷君が友恵に惚れていると思っていたから良かったけど、実はそうではないと今回分かってしまったわけじゃん。これから友恵はどう行動していくのかなと思って」
文華は既に私のこれからのことを気にしてくれていたようだ。
「これまで通りじゃダメなの?」
「それだと友恵の恋はそのうち終わっちゃうよ」
冗談であってほしかったが文華の表情を見る限り冗談ではなさそうだ。
「なぜそう思うの?」
「友恵は知らないと思うけど、甲谷君を気になっている子って実は結構いるんだよ」
今日何度目か分からない衝撃が私を襲う。
「まさかそんな……」
「1年生の時はあんまり目立たなかったけど、2年生になってからその魅力が少しずつ浸透してきたみたい」
「……甲谷君のどこがいいって言われてるの?」
「それは人によるかな。人懐っこい性格で笑顔が可愛いとか意外と努力家で頭いいところとか困っていると助けてくれるところとか色々だね」
私だけが知っていると思っていた甲谷君の長所が他の子にも普通に知られていたなんて。
「さすがにすぐ告白しそうな子はまだいないと思うけど、それも時間の問題な気はするね」
「だからこのままだと私の恋が終わってしまうと言ったのね」
「そういうこと。だから甲谷君のことを好きなら急いだほうがいいよ」
私が知らないうちにタイムリミットは刻一刻と迫っていたようだ。
「そうは言ってもどうすれば……」
「そんなの迷う必要ないでしょ。告白一択だよ」
「……え?」
「ちんたらしてたら甲谷君は他の子と付き合っちゃうかもしれないんだよ。それならその前に友恵から甲谷君に告白するしかないでしょ」
「そ、そうかもしれないけどいきなり告白なんて……」
「及び腰になってる場合じゃないよ! でも確かにいきなり告白はハードル高いか。それならまずデートしよう」
「デート?」
「うん、そろそろ夏休みでしょ。甲谷君をデートに誘っていい雰囲気になってから告白!」
「なるほど……」
いきなりなんの策も無く告白するよりは勝算があるように思える。
「問題はどこでデートするかだね。うーん、どこがいいかな」
しばらく2人で考えていると文華のスマホが鳴った。誰かから連絡が来たようだ。
「あっ、弘司君からだ」
「そっちを優先して大丈夫よ」
「もう返したよ。来週の夏祭りのお誘いだった!」
「そういえばあったわね」
毎年、この地域では夏祭りが開かれている。去年、文華と一緒に行った記憶が残っている。
「そうだ、夏祭りデートにすればいいじゃん」
「夏祭りに甲谷君を誘うってこと?」
「そういうこと、一緒に歩くだけでも楽しいしいい感じのムードになりそうじゃない?」
頭の中で軽くシミュレーションをしてみる。2人で屋台を巡り、その最後に打ち上げ花火をバックに告白する。
「……かなりいいわね」
「でしょ! その作戦で行こう!」
「文華、色々ありがとう」
「友達だからね。後は頑張るんだよ」
「分かった、今年の夏祭りで甲谷君の心を射止めてみせるわ」
こうして私は夏祭りに甲谷君を誘う決意をしたのだった。
「それじゃあ夏休み、精一杯楽しめよ。ただ羽目を外しすぎないような」
そう言うと先生は教室から去っていった。
「いよいよ夏休みが始まるな」
リュックに物を入れていると弘司が俺に声をかけてきた。
「楽しみだな!」
「樹は夏休みやりたいこととかあるのか?」
「海に行って泳いだり、徹夜でゲームしたり、サイクリングしたりしたいな」
「たくさんあるな。ゲームする時は俺も誘ってくれ」
「おう!」
来たる夏休みにワクワクしていると弘司のスマホが鳴った。
「おっと、文華からだ。じゃあまた夏休みに会おうぜ」
「ああ」
弘司と入れ替わりになるように今度は浅村が俺の席に近づいてきた。
「甲谷君、少しいいかしら」
「どうした」
「来週の土曜日の夜、暇?」
頭の中で予定を思い出す。
「その日は夏祭りに行こうと思ってたよ」
「誰と!」
浅村がグイッと顔を俺に寄せてきた。
「ち、近いって!」
俺に言われて気づいたようで浅村はすぐに顔を元の位置に戻した。
「ごめんなさい」
「弘司は石黒と行くって言ってたから、誰か別の友達を誘おうかなって思ってたけど」
「もう誰か誘った?」
「いや、まだ誘ってない」
俺がそう言うと浅村は深く息を吸った。
「……それなら甲谷君にお願いがあるのだけど」
「なんだ?」
「夏祭り、私と一緒に行ってくれないかしら」
「いいぞ」
「即答⁉」
どうして誘った側の浅村が驚いているのだろうか。
「元々誰と行くか迷ってたからな。浅村がいいなら一緒に行こうぜ」
「こんな簡単に……」
もしかしたら浅村の中では俺に断られる想定だったのかもしれない。
「知らない奴にいきなり夏祭りに誘われたら断るかもしれないけど、別に浅村は知らない奴じゃないからな。それで集まる時間とか場所はどうする?」
「甲谷君がいいなら……」
それから俺と浅村は集合時間と集合場所を決め、来週の夏祭り一緒に行くことに決めたのだった。
「さすがに早く来すぎたかもな」
夏祭り当日の夕方、俺は事前に決めた集合場所で浅村を待っていた。決めていた集合時間よりは30分ほど早い。うちのじいちゃんに女性と出かける時には待たせないようにしろと言われている。だけどそんな機会はほとんどないのでこの教えが生かされることはあまりないのだが。
「甲谷君」
ふと聞き覚えのある声に呼ばれた気がしたので振り向くとそこには浅村が立っていた。
「おお、浅村……」
浅村は朝顔柄の白い浴衣を着ていて、髪を結ってきていた。
「まだ集合時間には早いようだけど?」
「じいちゃんに女性はあまり待たせるなと言われているからな」
「紳士なおじい様なのね」
「それはどうなんだろう。まあそうなのかもな」
「適当ね。それにしても甲谷君も浴衣で来たのね」
浅村の言う通り、俺も黒い浴衣を着ていた。せっかくの夏祭りなのでその雰囲気を存分に味わうには浴衣を着ていった方がいいと考え、浅村と約束した後に買ったのだった。
「ああ、浅村も浴衣なんだな。似合ってて綺麗だぞ」
俺がそう言うと浅村はなぜか口元を隠した。
「あ、ありがとう。それもおじい様の教えかしら」
「そんなにじいちゃんはなんでも口出してこないよ。今は俺が思ったことを言っただけだ」
「そう……」
「にしても夏祭り楽しみだな! 浅村も夏祭りを楽しみたいから浴衣にしたんだろ?」
そう言った瞬間、浅村が呆れた表情をした。
「甲谷君はモテたいなら、もう少し人の気持ちを考えた方がいいわよ」
「急になんの話だ?」
「こっちの話よ。ほら、行くわよ」
「待てって。俺の浴衣にも一言くれよ~」
俺は浅村を追いかけながら夏祭り会場に向かった。
「やっぱり夏祭り楽しいな!」
夏祭りに来てから2時間ほど経っただろうか。俺は夏祭りを満喫していた。
「そうね……」
浅村は肯定してくれたもののその顔は浮かない。途中で行った金魚すくい、射的、型抜きでは全て浅村が勝利したのになぜなのだろう。
「どうかしたか?」
「どうもしてないわ」
「楽しくないのか?」
「楽しいわ。どちらかというと楽しんでしまっているのが問題というか……」
何やら難しい悩みのようだ。楽しむことが問題とはどういうことなのか。
「そろそろ打ち上げ花火始まると思うけど、どうする?」
「もうそんな時間なの!」
浅村がスマホを確認する。
「そうだったろ?」
「……確かにそろそろ始まるわね」
「打ち上げ花火見やすいところに移動しないか?」
俺がそう言うと浅村は悩む素振りを見せた。それから数十秒ほどして浅村はまっすぐ俺の方を見た。
「……私と一緒に来てくれないかしら」
その目には確かな意思が宿っているように見えた。
「分かった、行こうか」
数分後、俺と浅村は夏祭り会場近くの河川敷にいた。人が集まっている場所からは距離をとって2人で静かに空を見ていた。先に口を開いたのは浅村だった。
「今日の夏祭りどうだった?」
「さっきも言ったけど楽しかったよ。浅村と来れて良かった」
「……そう」
「浅村はどうだった? さっきは微妙な顔してたけど」
「悪かったわね。色々あったのよ。私も甲谷君と来ることができて良かった」
「そっか、それなら良かった」
心配事がなくなったので、花火を見るために空に視線を戻す。ちょうど1発目の花火が大きくそして鮮やかに打ちあがった。
「……よ」
浅村の声が花火の轟音にかき消される。
「……俺、やっぱり浅村のこと大好きだわ」
「え?」
「どうした?」
「甲谷君、私の声聞こえてたの?」
「ごめんだけど、花火の音で全然聞こえなかった」
「じゃあなんで今、好きって……」
「いや、今日一緒に夏祭り巡って改めて浅村のこと好きだなって思ってさ」
「甲谷君は私のこともう好きじゃないんじゃ……」
「誰の情報? ああ、弘司か。確かに恋ではないって言ったな」
知らなかったが、俺の情報は弘司を経由して浅村に流れていたらしい。
「じゃあ、なんで」
「恋ではないけど愛ではあるって感じだな。好きかは分からないけど、愛してて大好きではあるみたいな」
「じゃ、じゃあ、なんで告白されたら他の女の子と付き合うって言ったの!」
「だって浅村を愛してはいるけれど、それは俺の一方的な感情で付き合いたいかというと違う話だからな。それにいないと思うけど、俺のことを本気で好きでいてくれる子がいるんだったらその子をおざなりにするわけにはいかないだろ」
浅村を愛しているのは間違いない。ただ浅村を幸せにできるのであれば付き合うのは俺でなくてもいいのではないかと俺は思っている。
俺の話を聞いて浅村がその場にへたり込みそうになっているところをなんとか支える。
「大丈夫か!」
「……誰のせいだと思っているの」
「なんかごめん」
「それにいるわよ。あなたを本気で好きな子」
「マジ? 誰?」
「……私よ」
浅村は人が困る嘘をつくような人間では決してない。それでも今は判断に困った。
「……マジ?」
「大マジよ!」
「俺、1年の時にフラれたよね?」
「その時は好きじゃなかったの! その後に段々好きになっちゃったの!」
浅村がそう言うならそうなのだろう。ただ全く気づかなかった。俺は実は鈍いのだろうか。
「じゃあなんでそう言わなかったんだよ」
「今日言う予定だったの! いいムードにしてここで告白する予定だったの!」
「あー、楽しんでいたのに浮かない顔してたのはそれが原因か」
ようやく合点がいった。やばい、俺の罪が増えてきた気がする。
「……俺たち好き同士だし、付き合うか?」
「言い方!」
「浅村! 好きだ! 俺と付き合ってくれ!」
その瞬間、ガチンという音と共に唇に衝撃が走った。それが浅村からのキスだと分かったのは数秒後のことだった。
「……ファーストキスまでかっこつかないなんて」
浅村の声はしゃがみ込んでもう泣きそうだ。
「まあまあ、嬉しかったぜ」
「う~」
こうして俺と浅村は付き合うことになった。
どんな形であれ、浅村の恋人になったのだから俺は生涯をかけて浅村を幸せにしようと思う。ただこれからも浅村には敵わないのだろうなと俺はなんとなく思った。




