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泳ぐ音

作者: とらすけ
掲載日:2026/07/13

 私は牛乳配達の仕事をしている。牛乳配達のイメージというと、早朝に自転車でカチャカチャと瓶を鳴らしながら配るというものが多いだろうが、実際は車で深夜から100軒以上のお客様に配達するのだ。私は、マックス180軒のお客様に配達した事がある。都会と違って田舎の方は、1軒1軒の距離が離れているため、なんと30分も車で走らなければならない家もあった。なので、深夜0時から配り始めて、配達終了が7時となるのである。最後のお宅に7時までに配り終えねばならないため、180軒にもなると休みなしに走り回る事になる。途中でトラブルがあって遅れそうな時は会社に連絡して、お客様に連絡して貰う。そんな感じであった。

 深夜の配達は大変であるが、私は性に合っていたのか私は雨の日も風の日も、田舎の山の集落を走り回っていたのである。これは、そんな私が体験した物語。


 牛乳配達は新聞や郵便と違い、配る以外に空き瓶の回収という手順がプラスされる。なので商品を届けると同時に、瓶を回収してくるのだ。車の荷台には、配達順に商品を取りやすいように積んでくるが、そのうちに手前が空き瓶で一杯になり奥から商品を取るようになる。それでは効率が悪いので、途中で積み替えの作業が必要になる。途中で空き瓶の入ったクレートを奥に回し、商品の入ったクレートを手前に持ってくるのである。これを途中で2回程行うのだ。その場所も決めていて、私は前半の田舎部分が終わり、中盤の団地部分に入る前に行っている。

 その日も、車のハザードランプを点滅させて車を停め外に出た。時間にして深夜2時過ぎくらいか。この場所は田舎の最後の家から、家がまとまった団地に入る山道の途中の小さな公園の前だった。駐車場があるので、そこに車を入れて積み替えをおこなうのだ。私は、カチャカチャとクレートを入れ換えていると、何かの音が聞こえる。


・・・なんだろう? ・・・


 私は、頭に付けているLEDライトのスイッチを入れ、辺りを見回してみたが特に何も見えなかった。横に細長い小さな公園にはブランコや鉄棒、砂場、ベンチが横に一直線に並んでいる。そして、その奥に、これも細長い小さな池があった。何も見えないが確かに音がする。よく聞くと、それは水音のようだった。それも、誰かが泳いでいるような感じだ。


・・・こんな夜中に、こんな池で泳いでいる人がいる? ・・・


 私は池をライトで照らすが、そこには何も見えない。しかし、確かに音がする。私は背筋が冷たくなったが、まだ仕事は半分以上残っている。私は頭を振って、無理矢理気のせいだと思い込む事にして急いで車を発進させた。


 日曜日の深夜は配達が休みなので、土曜日の夜がお酒を飲める唯一の日である。私は先輩と居酒屋にいた。もつ煮やほっけ、刺し身等を頼み、ビールを飲みながら私は先輩に、先日体験した事を話していた。


「そりゃあ、間違いなく幽霊だろう きっと溺れて死んだ人が化けて出てきたんじゃないの 」


「でも、溺れているような水音じゃなくて、きれいに泳いでいる音でしたよ 」


「それなら、競泳の選手かな 大会前に亡くなってしまって未練があるのかも知れないな それなら、今度ソイツが出たら、競ってやればいいよ そうすれば、満足して成仏するんじゃないか 」


 先輩は、焼きはまをビールで流し込んで、ほろ酔いで軽口を叩いていたが、私はなるほどと思っていた。


・・・そうか、誰かと競いあいたいのかも知れないな といっても仕事中に泳ぐ訳にはいかないし…… あの池の横を走ってみるかな ・・・


 私は、あの横に細長い池を思い出していた。先輩は私が考えている間も、ビールをおかわりし、つまみをばくばく食べていた。これで、会計前になると電話がかかってきて、急に用事が出来たといなくなるんだよな。いつものパターンだった。お世話になった先輩だから文句は言わないけど……。



 * * *



 次の配達がきた。このコースは水曜日と土曜日の週2回の配達だ。他に、月木、火金は他のエリアを配達している。私は車に商品を積み込むと会社を出発した。そして、前半が終わり例の積み替え地点に行く。

 公園の駐車場に車を停め、クレートの積み替えを行っていると、またあの音が聞こえてきた。誰かが泳ぐ音だ。私は、頭に付けているライトを点けると公園の中に入っていった。そして、横に長い池の右横の端に立つ。


「いちについて…… 」


 私が小さな声で言うと、それまで泳ぎ回っていたような水音はピタリと消えていた。辺りはシーンと静まりかえっている。私は、クラウチングスタートの姿勢をとると、次の言葉を言った。


「よーい、どんっ 」


 私が飛び出すと同時に、何かが水に飛び込む音が聞こえた。そして、水を切る鋭い音が聞こえる。


・・・クロールか 速い…… ・・・


 でも、私も配達中は常に走っている。田舎のお宅は車を降りてから、牛乳を入れる受け箱まで距離があるのだ。そこをゆっくり歩いていたら7時までに終わらなくなってしまう。それに、いくら競泳の選手が相手でも、陸上を走った方が速いはずだ。私は全力で走っていた。


・・・勝った…… ・・・


 私が池の左端に着いた時、泳ぐ音はまだ私の後ろだった。その音は、左端に着いた後、悔しそうに水面を一度叩くと消えていった。そして、その後水音は二度と聞こえなくなっていた。



 * * *



「やりましたよ 先輩の言った通り競争がしたかったみたいですね 僕が池の横を走って勝ったら、もう聞こえなくなりました 」


「おいおい、勝っちゃったのかよ 手を抜いてやれよ 陸上と水泳じゃ、陸上が勝つの当たり前だろう 水泳の50メートル世界記録が20秒台なのに、陸上は小学生でも10秒だぞ まったく容赦ねえなあ そんなんで勝って、呪われるんじゃないか 俺なら、わざと負けて相手にいい思いをさせてやるけどな 真面目なばかりでなく、もっと上手く世の中生きていかないと、いつまで経っても下っ端だぞ 」


「えっ…… 」


 土曜日の夜の居酒屋で私は先輩の言葉でドキリとしていた。あれから、あの公園の池で泳ぐ音は聞こえないけれど、大会に出れなくて成仏できない人に勝ってはいけなかったのか。私は、それから気が気でなくなっていた。

 そんな事で気を病んでいたからか私は、すっかり体調を崩してしまい翌週仕事を休む事になってしまった。私の配達は代わりに先輩がやってくれる事になった。私が配達する前は先輩が配っていたコースなので、先輩なら問題ないだろう。私はひと安心して横になっていた。



 * * *



 水曜日の朝だった。会社から電話があり、先輩が亡くなったと言う。配達中に、なぜか途中の公園の池の横で倒れていたらしい。心臓発作のようだった。

 私は愕然とした。詳しく訊くと先輩はあの公園の池の左端で倒れていたようだ。その顔は恐怖で歪んでいたという。


・・・先輩も走ったんだ そして、負けて呪われて殺された いや、違う…… ・・・


 私は先輩の、わざと負けてやるんだよという言葉を思い出していた。


・・・あの幽霊は競いたがっていた 勝ち負けは関係ないんじゃないか 全力で相手をしてくれるかどうか、そこが重要なんじゃ お互い精一杯力を出して競い合う事が大事だと思う 先輩は手を抜いて、わざと負けた それが、いけなかったんじゃないか ・・・


 私は思う。真剣に競いたがっている相手に、手を抜いたら失礼だろう。それが、例え幽霊であってもだ……。私は、それが本当の先輩の死因だと確信していた。


お読みくださりありがとうございます。

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よろしくお願い致します。

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