第8話 縁を繋いだのは……
二人きりの中庭で、ディフェクト様の告白を受けて、私は自分の気持ちを吐露する。
「ディフェクト様の気持ちは嬉しいです……けど、ごめんなさい」
ディフェクト様が悲しい顔をされるけれど、どうしても、はいと頷くことが出来なかった。
『本当にそれでいいの?』
「え?」
聞き覚えのない声がどこからか聞こえてきた。
『本当に、ディフェクトを手放して大丈夫? こんにゃチャンス、後は来にゃいかもしれにゃーよ?』
「だ、誰ですか?」
気のせいではない、はっきりとした声が聞こえてきた。
やや不明瞭な、小さい女の子が私に語り掛けている。周囲を見てもそのような子の姿はない。
きょろきょろする私を尻目に、言葉は続いている。
『自信がにゃいからって言い訳ばかりだけれど、彼が他の誰かと一緒ににゃっても後悔しにゃい? 後から私が先に好きだったのに~って言っても時は戻らにゃーのよ』
「それは……」
そんな場面を見たら……想像すると気分が沈んでいく。
自分じゃない子と仲良さそうに話すディフェクト様を考えると、仕方ないという感情と嫌だという感情が湧き上がってしまう。
とんだ我儘だとは思うけれど、そんなの見たくない。
『ディフェクトの事が嫌いにゃわけではにゃいんでしょ? だってあんにゃにもいっぱい手紙を書いてくれていたじゃにゃい、それが好きという気持ちじゃにゃいとしたら、一体何にゃの?』
(手紙の事まで知っているなんて)
一体この声の主は誰……?
『このまま疎遠ににゃるなんてもったいにゃーわよ、エストレアの事をこんにゃにも大切にしてくれる人に会える保証もにゃいのに。友達だって、出来にゃいかもよ』
その言葉はぐさりと私の胸に刺さる。
確かにこれから私に友達が出来る保証はない。
「待って、それと婚約の話は違うわ。それにディフェクト様とはこれからも友達としてお付き合い出来るでしょ」
『それはどうかにゃあ。さっきも言ったけれど、ディフェクトに恋人や婚約者が出来ても後悔しにゃい?』
「……」
答えたいのに声が出ない。そうだと言いたいのだけれど、言葉が詰まる。
本当は、嫌だ。
『エストレア。その沈黙が、答えなんじゃにゃいの?』
「うん……」
私は正直に頷いた。
「ディフェクト様が他の誰かと婚約するのは、嫌。離れてしまうのは寂しい」
話すつもりなんてなかったのに、一度タガが外れちゃうと言葉が止まらない。
「でも、私じゃ彼に釣り合わない。見た目も家柄も頭脳も、私は何も持ってないもの。ディフェクト様を支えられるような強さもない。それならばいっそ身を引いてしまった方が……」
『あなたが何も持ってないにゃんて、ディフェクトは言っていた? その事を責めたりした?』
「彼は優しいから、そんな事言わないわ」
『優しいから言わないにゃんて、それじゃあディフェクトを疑っているようなもんじゃにゃい? 先程の告白が本心からとは思わにゃいの?』
「疑うつもりなんてないわ、彼は嘘なんて言わないし」
『じゃあ信じてあげてにゃ、ディフェクトの事を。そろそろ本当の彼を見てあげにゃさいね』
(ディフェクト様を信じて、本当の彼を見て……)
ディフェクト様はじっと私を見つめていて、まるで答えを待っているようであった。
真剣な表情と目に、もう気持ちを反らすことは許されないように思える。
(ディフェクト様は私の事を可愛いと、好きと言ってくれた。身分や容姿ではなく、私自身を見て、そう言ってくれたんだわ)
そして彼は言っていた、私がディフェクト様の事を王族としてではなく、一人の人として見てくれていることが嬉しいとも。
ディフェクト様とはこれからも一緒にいたい。そして、誰にも渡したくない。
(それは楽しい事ばかりではないだろうけど、でも)
後悔、したくない。
私はそっとディフェクト様の手を取った。
「あの、ディフェクト様にお願いがあります」
「君の願いなら喜んで……」
ディフェクト様の手を握れば、優しく握り返される。
「一緒にお父様のところへと行ってもらえますか? お話をしたいのです、こ、婚約についての事を」
ディフェクト様の表情が一気に明るくなる。
「エストレア、嬉しい!」
「ディフェクト様、落ち着いて」
「落ち着けないよ、振られていたらもう立ち直れないところだったもの」
立ち上がったディフェクト様は私の手を両手で握り、ぶんぶんと振る。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
(こんなにも喜んでくれるなんて……本当に私の事を想ってくれていたのね)
私もちょっと泣きそうになってしまう。
「ところでディフェクト様、先程の声は一体誰なのでしょうか。私の事もディフェクト様も知っているような口ぶりでしたが……姿が見えず」
イティルラ様かとも思ったけれど、明らかに口調が違ったし、声も若い感じがした。
それにイティルラ様は私を呼び捨てにしない。
「あっ、あ~……本当はもう少ししてから紹介しようと思っていたんだけど……」
珍しく歯切れの悪い様子に訝しむ。
「紹介? 一体どなたなのですか?」
ディフェクト様は知っているようだけれど、女の子の知り合いがきているのだろうか?
私には知らせずに? と、嫉妬心がむくむくと湧き上がってくる。
「エストレアも良く知っている子だよ、」
「?」
「びっくりしないでね」
そう言ってディフェクト様は上着の中に手を入れる。
「この子はチェリちゃんですよね」
その手には私が作ったウールドール、チェリちゃんが乗っている。
「ずっとこの子が話をしてくれていたんだ。本当は見守ってくれるという約束だったんだけれど、僕がふがいないから代わりに話をしてくれたんだよ」
「ディフェクト様も、このような冗談を言うのですね」
ウールドールが話すなんて、ありえない。
(そういう人形があるとは聞いたことがあれけれど、あれは魔法とは機械仕掛けがあるという話だわ。この子にそんなもの、ついてないもの)
そもそも私が作ったのだから、断言できる。
そんな事はないと。
「それで本当はどなたが?」
「そうだよね、信じづらいよね……でも本当なんだ。チェリ、お願い」
そう言ってディフェクト様が話しかけるけれど、チェリが動く様子はない。
「もうディフェクト様、ふざけないでください。チェリちゃんは人形ですよ。話すだなんて……」
「にゃはははは!」
そんなおとぎ話みたいな……と思っていたら、急にチェリちゃんが笑い始める。
「そうだよにゃあ、信じられないよにゃあ。でも、つい声が出ちゃったのにゃ。二人共じれったくてしょうがにゃかったんだもの」
ディフェクト様の手の中で笑い続けるチェリちゃんに、私は後ずさった。
「本当に、しゃべった……」
信じられない……こんな事があるなんて。
今日はなんて日なのかしら。
とんだ誕生日となってしまった。




