第3話 緊張の時
まさか殿下達から私に感謝の手紙が届くなんて、思っていなかった。手紙も空気も酷く重たく感じられる。
「恐れ多い事ではあるけれど、難しい顔をしているのはそれだけが理由ではないわよね」
「そうなのですか?」
お母様の言葉に私はピンと来ない。
「感謝を伝える手紙以外も、何かあったんじゃないかしら? だってその手紙だけなら、良かったねで済むもの。リカオン、他にも何かを隠しているでしょう」
「さすがルミエーレ、勘が鋭い。実は殿下達直々にお店にいらして、ウールドールの作者に会いたいと言われてしまったんだ」
「えっ、何故です?」
「会って直接お礼を言いたいと話されてね。ウールドールの作者が誰かは言えないって言ったんだけれど、全然引いてくれなくて」
「お父様、もしかして話しちゃった……?」
「……ごめんな、エストレア」
その言葉に心臓が止まりそうになった。
王子と王女が私に会いたいなんて、何の冗談かしら。
「どうして隠し通してくれなかったの?」
思わずお父様を責めてしまったけれど、それがどうしようもない事も理解している。もやもやは消えないけど。
「王族からの問いに、適当な誰かの名を言うわけにはいかなくて。殿下達も絶対に誰にも話さないからと言われてな」
「もう、リカオンったら。そんな口約束守られるわけないでしょうに」
お母様はため息をついて、頭を抱える。
「それで王都にはいつ行かなくてはならないの? 急いで準備をしないといけないわね」
(あぁそうか。殿下に会いたいと言われたのだから、出かける準備をしないと)
王都までは馬車で一週間くらいはかかる、その間ウールドール作りはお預けになってしまうだろう。
「いや、殿下達の方が来てくれるらしい」
「何で?!」
さすがに大声が出てしまった。普通そんなのありえないわ。
「エストレアが王都に出向くのでは、ウールドールの制作が滞るだろ? ファンとしてその邪魔はしたくないとおっしゃられていてな。だがそれではこちらも申し訳ないと言ったんだけれど、却下されてしまって」
「もうリカオン、あなたどれだけ使えないのかしら」
お母様の目じりが吊り上がっている。
「それで殿下達はいついらっしゃるのです?」
「俺達が領についた後に出発するといっていたから、一週間くらい、かな?」
「そんなに早く?! こうしてはいられないわ。すぐに迎える準備をしないと」
お母様はすぐに使用人達に指示を出して、迎える準備をするよう命じた。
にわかに家が騒がしくなってくる。
「エストレア、明日から作法の勉強を増やします。殿下達が来るまでに完璧にしないと」
「は、はい!」
仕方ない事だけれど、どちらにしろこのような慌ただしい中でウールドール作りはできないだろう。
「リカオン、ぼやっとしていないであなたも早く働いてください」
「あ、あぁ」
お父様への気遣いもすっかり消し飛んだお母様は、お父様を追い立てて、執事と共に部屋へと行ってしまう。
「もう、なんでこんな事に」
あっという間にバタバタとした生活になって、私は思わず泣きそうになってしまった。
◇◇◇
約束の日、私は自室で待っていることが出来ず、今か今かと殿下達の到着を待ってこっそりと玄関を監視していた。
俄かに外が騒がしくなる、そうこうしている内に殿下達が我が家に入ってくる。
遠くから見つめているだけなのだけれど、いざこうしてお姿を見ると、今までの話が現実なのだと実感して、緊張で倒れるかと思ってしまった。
「ようこそいらっしゃいました」
お父様とお母様が笑顔で挨拶をされている。今朝の食事の時に見た、強張った表情とは大違いだわ。
(それにしても、本当に素敵……)
二人の殿下はとても美しかった。
流れるような銀髪に宝石のように透き通るブルーの瞳、仕草の一つ一つが洗練されていて、自分の付け焼刃の作法ではとても前に出られないくらい。
お噂くらいしか聞いたことはなかったのだけれど、こうして会えるなんて、本当に信じられない。
私からしたら、雲の上の人だもの。今こうして目にしても、夢の中にいるようだわ。
「大仰な挨拶はいらないよ。今日はお忍びだからね」
お父様の挨拶にディフェクト殿下はにこやかに微笑んでいる。
私と同い年だと聞いているが、すごく落ち着いていて、大人のようだわ。
(それにしてもお忍びって……それにしては護衛の数が凄いんですけど)
およそ私のところでは見ない数だ。王族であるから仕方のない事なのだろうけど、こんなにも人がいっぱいという事は馬車もそれなりなのではないだろうか?
外がどうなっているのか、気になるような見たくないような……
「ディフェクト、こちらがお願いしてきている立場なのよ。そのような馴れ馴れしい言葉遣いをするなんて、礼儀をわきまえなさい」
ふわりとした可愛い声の中にとげが混じっているように思えたのは気のせいだろうか。
イティルラ殿下がディフェクト殿下をいさめるように前に出る。
「シルバーニュ伯爵、そして伯爵夫人。本日はわたくし達の無理なお願いを聞いて頂き、ありがとうございます。どうしてもわたくし達の恩人であるエストレア様に、直接会ってお礼を伝えたかったのです」
「いえいえ、良いのですよ。このようなところで良ければいつでもいらしてください。いたっ!」
調子の良い事を言うお父様のお尻をお母様がつねったようだ。
「お心遣いありがとうございます。けれど僕達も色々ありまして、あまり滞在できないのです。本当に残念なのですが……」
お母様がした事には触れず、ディフェクト様が頭を下げる。
私としてもあまり長期の滞在をしては欲しくない。
シルバーニュ領に、王族の方が泊まるような場所はなく、この屋敷に数日滞在する予定だから。
今まで親戚とかしか宿泊したことがないのだけれど、それだけでも緊張で胃を壊してしまいそうだったのに。
(殿下達が泊まっている間、私の心臓は保つかしら)
もうすでに心と体が悲鳴を上げているのに。
「では立ち話も何ですから、中へどうぞ」
私はハッとして急ぎ自分の部屋へと向かう。
(のぞき見していたことがばれませんように)
そそくさとその場を後にして、自室へと飛び込んだ。
◇◇◇
部屋に戻ったは良いけれど、今度はいつ呼ばれるのか、そればかりが気になってしまう。
「こうして待つばかりの状態って、落ち着かないわよね」
何も手につかず、部屋の中をうろうろしてしまう。
「それにしても殿下達、綺麗だったなぁ」
一目で住む世界が違い過ぎると実感した。そして自分が会うべき人ではないと。
(でもそんな人たちと今から会って挨拶をするのよね)
そう考えるだけでその場から逃げ出したい気持ちになるのだけれど、そういうわけにはいかない。
(殿下達は私にわざわざ会いに来てくれているのよ、そんな失礼な事は出来ないわ)
会いたくないけれど、会わなくてはならない葛藤。そんなに時間は経っていないのに、とても長く感じられた。
その間に嫌な考えがグルグルと頭の中で巡り続ける。
(どうしよう、殿下達に嫌な気持ちを与えてしまったら。こんなデブが大切なウールドールの作者と知ったら不機嫌にならないかしら)
ビドー様の嫌そうな顔と声が思い浮かんでくる。
あのお見合いの時からもう二年も経つのに、いまだに鮮明に思い出してしまう。
こちらを見る侮蔑の表情ととげとげしい言葉。
(いえ、あんな優しそうな顔をしていたもの。きっと大丈夫)
もうあんな事はないと、信じたい。
あんなにも感謝してくれて、ここまで来てくれたのだから。
ふあんな気持ちから何度も何度も読み返した手紙を開いて、一文字一文字じっくりと目を通した。心を落ち着かせようと、悪い考えを追いやっていく。
(こんなにも想ってくれる二人だもの、きっと大丈夫)
それにこの後はあまり関わりも持たないはずだ。身分も違うし、生きる場所も違う。
彼らは只ウールドールのお礼をしに来ただけだし。
唐突なノックの音に、私は姿勢を正す。
(ついに、来たのね)
「エストレア様、旦那様がお呼びです」
「はい」
呼ばれ、私は部屋を出た。
(平常心、平常心……)
心の中でずっとそれを唱えながら、応接室へと向かっていく。
この時、右手と右足、左手と左足が同時に出ていたという事にはちっとも気づいていなかった。
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