第2話 きっかけ
あのお見合い以来、人と話す事が、特に男性に会うのが怖くなった。
用事がない限りは部屋から出る事もせず、日がな一日ベッドでごろごろするばかりである。
(このままじゃいけない)
そうは思いつつも、あの時の事を思い出すとどうしても涙が溢れ、部屋の外に出る勇気が出てこない。
小さい頃から一緒に過ごしている者ならまだ良いのだけれど、そうではない使用人の視線が怖くてしょうがないのだ。
「ごめんな、父様が余計な事をしたせいで、エストレアに辛い思いをさせてしまった」
お父様はたくさん謝ってくれたのだけれど、そもそもお父様は悪くなんてない。
(私が太っているのが悪いんだわ)
痩せればこの気持ちは軽くなるかもしれない。そうは思いつつもお父様から渡される差し入れに、つい手が伸びてしまう。
可愛く甘いお菓子たち、一時的に心は満たされるけれど、食べた後で後悔が募る。自分の意志の弱さに気が滅入るばかりだ。
「ねぇエストレア、よかったらこれ一緒に作らない? 最近こういうの流行っているそうよ」
そう言ってお母様が持ってきてくれたのはウールドールの本だ。ふわふわの羊毛に針を刺して、好きな形にするんだって。
王都で今流行っているらしく、お父様が私にと買って来てくれたみたい。
「こういうの、作ってみたくない?」
渡されたのは可愛いにゃんこのウールドール。初めて触れるそれはとてもかわいくて温かくて……私はたちまち虜になった。
「可愛い……! 私もこういうの作ってみたいわ、教えてお母様」
「気に入ってもらえて良かったわ、早速作ってみましょ。まずはこうしてウールを丸めて針で刺して――」
針を刺した部分が硬くなる。一か所だけではダメだそうなので、均等に刺して形を調整をしていく。
顔や体、腕や足などを作り、後にパーツを繋げていくのだそうだ。
お母様に教えてもらいながら、毎日こつこつと進めていく。
最初は針で指を刺してしまったり、刺すバランスが難しくて変な形になってしまったりとハプニングが続いたけれど、やっていくうちに何とか形になってきた。
顔と体、手足をつなげて目になるところを目打ちで凹ませる。接着剤を付けた黒いビーズをその部分に入れて、完成だ。
「出来た……!」
ようやっと出来たものはとても不格好だけれど、てとても愛着がわくものであった。部屋に来る侍女やお父様に見せると大げさなくらいに褒められる、そのおかげで少しだけ自信がわいてきた。
「エストレアは才能があるな。こんなにも可愛い物なら、いっそ店に出してみるのもいいかもな。きっと売れるぞ」
「さすがにそれは恥ずかしいわ、こんなにも不格好なのに」
「なぁに、慣れてきたらもっと良くなるよ。それにエストレアの作るウールドールは可愛らしい、欲しいという人が絶対に出るはずだ」
「そんな人いないわよ」
最初はそう言って遠慮したのだけれど、何個か作るうちにそれも良いのかなと考え始める。
誰かに見てもらって褒めてもらいたい、私にも良いところがあるのだと信じたい、そんな気持ちが芽生えてきたのだ。
(私のウールドール、誰かに気に入ってもらえるかな)
「エストレアの作るウールドールは、とても個性的で可愛らしいもの。きっと手に取ってもらえるわ」
お母様にも後押しされた私は、改めてお父様に頼んでみる事にした。
「最近王都に小物やアクセサリーの店を出したんだが、その一角で出してみよう。こんなにも可愛いんだ、きっと皆手にしてくれるぞ」
「そうだといいなぁ」
ダメで元々と、作った子たちの中でも自信のあるものを、お父様のお店に置いてもらえるようにお願いした。
けれど、恥ずかしさもあったので製作者が私だという事は伏せてもらう。
万が一ビドー様に見られたら嫌だなあという思いも少なからずあったのも理由だ。
(可愛がってもらえるといいなぁ)
私の心配をよそに売り上げはなかなか良いらしい。にこにこ顔のお父様がその様子を知らせてくれた。
「アクセサリーと共にウールドールも一緒に買っていく女性が多いらしい。可愛いと評判で出すとすぐに売り切れてしまうそうだよ」
本当か嘘かはわからないけれど、お父様の言葉に嬉しくなる。
「エストレアが良ければまたお願いしたいんだけれど、大丈夫かな?」
「えぇ、もちろん」
お父様に期待にこたえられるように頑張らないと。
部屋に引きこもっても怒る事もなく心配ばかりを掛けているのだから、少しでも恩返しをしたい。それに、色々な人に喜んでもらえてるというのも単純に嬉しい。
その後も作るたびにお父様にお願いして、ウールドールをお店に出してもらうようにした。
作ったものが手元から離れるのは少し寂しいけれど、それ以上に誰かに喜んでもらえていると思うとワクワクする。
私はすっかり夢中になり、ウールドールにどんどん嵌っていった。
けれどまさかそのウールドールをきっかけにあんな事が起こるなんて、夢にも思わなかったわ。
◇◇◇
「……ただいま、エストレア」
「お帰りなさい、お父様。だいぶお疲れのようですね」
とある日の夕方。王都に行っていたお父様が帰ってきたのだけれど、力のない声と表情にびっくりする。
いつもニコニコなその顔には疲労の色が濃く出ており、眉間にもしわが寄っていた。
お母様もすぐにお父様の側に駆け寄り、いたわるようにその身体に手を添える。
「何かあったのですか?」
気遣うお母様に宛てて、お父様はそっと懐から手紙の束を出した。
「これをエストレアに。ウールドールを買ってくれたお客様達が感想をくれたんだ」
お母様から手紙の束を受け取り、中身を開く。その一言一言に私はとても嬉しくなった。
「こんなにいっぱい……なんて事でしょう」
じわりと目に熱いものがこみ上げてくる。嬉しさで胸がいっぱいだ。
「喜ばしい事ではあるが、それだけではなくてな」
お父様が、神妙な顔でもう一つ封筒を出した。
けれど封筒には差出人の名前はなく、ぱっと見ただけでは誰から届いたのかわからない。
「どなたからかしら」
「中を見ればすぐわかるよ」
お父様とお母様に見守られながら、恐る恐る封筒から手紙を取り出し、文章に視線を落とす。
中には私が作ったウールドールに励まされたことなどが書かれていた。
「この方、ペットの猫ちゃんを亡くしたのね……」
愛猫を亡くして落ち込んでいたところ、偶然私のウールドールに遭遇した。あまりにも愛猫そっくりで、落ち込んでいた気持ちが落ち着いたとの事。ひどく励まされ、とても感謝しているという事が丁寧な字で綴られていた。
「私のウールドールが、こんな形で役に立ったなんて」
誰かの心を癒す事が出来たという事実に、こんな私でも生きていていいんだと、胸がじんわりと温かくなる。
「ありがとう、お父様。私も元気が出てきましたわ」
そう伝えるけれど、お父様の表情は渋いままだ。
「確かにいい話だが、手紙を最後まで読みなさい」
「最後……?」
(あとは差出人の方の名前だけれど……)
「えっ? この名前って……まさか殿下から? しかもディフェクト殿下とイティルラ殿下のお二人の名前が書かれているんだけど」
文章の一番最後には双子である殿下達の名前が記されていた。それがとんでもない事くらい、頭の悪い私でも理解できる。
(まさか殿下達からこんな丁寧な手紙が届くなんて、噓でしょ?!)
「殿下達は、エストレアの作ったウールドールをいたく気に入ったみたいでね。どうしてもお礼がしたいとこの手紙を渡されたんだ」
双子の殿下達が私のウールドールを手にした事実にも驚きだが、このような感謝の手紙が来るなんて……意外な展開に危うく手紙を取り落としそうになる。
軽いはずの手紙が酷く重たく感じられた。
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