第5話
その日は『信頼級』第三小隊の出撃任務も無く、久々に丸一日自由にできる日だった。しかし、それはアイリスの休暇を意味しない。
現在のパラディオン研究の課題となっているのはルーアルテが提示した銃火器型パラディオンの設計図を読み解き、再現性を持たせること。
しかし相反する2つの分野、その中でも高度な技術を用いたそれを再現するというのは技術面でも心理面でもハードルが高い。研究は順調とは到底言えない状態だった。
「だから言っているでしょう。この魔力循環構造が不安定なんです。数値化できない要素が多すぎる」
「それを言ったら、そもそもパラディオン自体が数値化できない代物だろう。貴様は魔術の何たるかを全く理解していないようだな。」
科学者も魔術師もすぐこれだ。
アイリスは深くため息を吐き、手元の資料から目を離す。
今日だけで何度目の応酬だろうか。内容は違えど、結論はいつも同じだ。
魔術師と科学者は相容れない。研究は前に進まない。
「……設計図通りに組み上げるだけなら、ここで止まる理由はありません。科学者と魔術師が手を組めばそれで済む話です。」
そう口を挟んでも、返ってくるのは曖昧な視線だけだった。
「たかが小娘に何が分かる」
「部分的な理解しか及ばない設計図の理解の及ぶ部分を組み合わせろと?パズルでもあるまいに、現実を知らない机上論でしょう」
その言葉に、アイリスの指がぴくりと跳ねる。
現実を知らない?
誰が?
そんなもの、この10年間で嫌と言うほど見てきた。優しかった両親はご丁寧にアイリスの目の前で身体を引き裂かれ、孤児となったアイリスを待っていたのは飢餓、差別、悪意、死。アークに保護されてからは多少マシになったが、唯一銃火器型パラディオンと適合すると分かれば兵士として取り立てられ、科学の知識が多少あると分かれば更に科学者として、保有する魔力量が軍属魔術師の倍近くだと分かれば今度は魔術の知識も身に付けるよう迫られ、アイリスは便利なパーツとして消費され続けているのだ。不満を漏らさないのも、自分以上に激しく人類に消耗させられながら弱音一つ漏らさないルーアルテに倣う気持ちが大きい。
「……じゃあ」
声が、自分でも驚くほど低くなっていた。
「できないんですか?」
研究室が静まり返る。
「魔術なんて使い手を選ぶ得体の知れない技術を─────」
「科学なんぞ貧弱な魔力しか持たない下賎の──────」
次々と飛んでくる言い訳に、ついにアイリスは机を叩いた。
「だったら、もういい!!」
全員の視線が集まる。
「あなたたちがやらないなら、ボク一人でやります。魔術と科学の両方を理解しない人間は出て行ってください!!」
一瞬の沈黙の後、困惑と反発と諦めが混じった表情が浮かび、研究者たちは次々と研究室を後にした。
最後の扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
──────これでいい。
アイリスは一人、難解極まる設計図を睨みつけた。
設計図の半分近くはアイリスの知らない科学技術や魔術理論で書かれているものの、そこは普段から銃火器型パラディオンを操るアイリスだ。いつもの動作からその原理を大まかにイメージし、正解から逆算することでパラディオンを組み上げていった。
仮組みを終え、慎重に魔力を流し込む。
反応は、ある。
魔道具部分の起動術式は問題なく応え、銃身に沿って淡い光が走る。
(もしかしてボク、本当に?)
アイリスの胸に、小さな高揚が灯った。
だが、次の瞬間。
「……?」
ほんの一瞬、魔力の流れが歪んだ。
誤差と言うには微妙だが、しかし見逃すにはあまりにこの機構は精密すぎる。
一度解体して組み直そうと魔力を流し込むことを止めたアイリスだが、なぜか銃身の光は消えずにいた。
「これは、まずい……!」
魔力回路の暴走反応に本来ならば不壊であるはずのパラディオンが悲鳴を上げる。
「くそ、止まれ……止まって……!」
アイリスはなんとか内部の魔力を制御しようと試みるが、既に暴走の始まってしまった魔力は到底御しきれるものではない。やがて膨れ上がった魔力は臨界点に達し、破裂する──────
「アイリス君!!!!!」
刹那、切羽詰まった誰かの声と共にアイリスは突き飛ばされ、魔力暴走状態に陥ったパラディオンを覆うよう障壁が展開された。
爆発。
しかし、障壁に阻まれ爆風は何にも届くことはない。
「研究者たちが一斉に工業区を出たから何事かと見に来てみれば……緊急事態とは言え突き飛ばして悪かった。アイリス君、怪我は?」
アイリスを突き飛ばし、パラディオンの魔力暴走を受け止めたのはルーアルテだったらしい。彼女は涼しい顔でアイリスに手を差し伸べ、怪我の有無を尋ねる。
アイリスは、返事ができずにいた。




