第1話
耳をつんざく警告音がコロニー外壁に沿って反響する。それを合図に住民は避難を始め、兵は装備を確認し、そして───パラディオンは外へ出る。
今日も、逃げ慣れた足取りと戻らないかもしれない背中が交差していた。
「『アーク』外縁、第七防衛ラインにてドライシスの出現を確認。『信頼級』パラディオン第三小隊。出撃準備。」
無機質なアナウンスを背に、アイリス・エレンバークは紫がかった黒のショットガンを抱え直して車両に乗り込む。小柄な身体に比して大きすぎる武装。それでも、その重さはもう“怖さ”にはならない。
「……『信頼級』パラディオン第三小隊、戦闘準備完了。いつでも出られます。」
舗装されていない道に揺られながら装備チェックを終え、形式通りの通信を行う。弾数、作動確認、どれも問題なし。
隣では同じ隊に属する二人が最終確認をしながら何やら騒いでいた。
「……また第七ラインかよ。あそこは遠いしロクなこと起きねぇし。ツイてねーの。」
大盾を背負った隊員、グリシャ・ベンツが舌打ち混じりに呟く。
「嫌なら帰る? 今なら歩いて帰れる距離じゃない?」
短剣をジャグリングのように弄びながら、もう一人の隊員、ミスティ・ハーウッドが軽く笑った。
「バカ言え。お前ら二人で生還できるもんか。」
「はいはい、頼りにしてるよナイト様♡」
アイリスは二人のやり取りを聞き流しながら点検の仕上げに銃身の汚れを布で拭き取る。
「……無駄口はここまで。今回の目標は『被害級』単独。防衛ライン内部へ侵入しているため、わたし達が派遣されました。予想されるシチュエーションは遭遇戦、作戦補足は無し。異常事態はあるものとして備えるように。以上。」
最下級とされる『光源級』以上の階級にあるパラディオンが三人一組。それがコロニーの外で人間が生き残るための最小単位だ。そしてアイリスたちの階級はそれよりも一段階上の『信頼級』、となればこの雑談も油断ではなく余裕から生まれたものなのだろう。
「作戦ポイントに到達。パラディオン、行動開始。」
これまた聞き慣れた指示の機械音声と共に車両のドアが開くと、思わず顔を顰めたくなるような外の空気が流れ込んでくる。かつて人類が掌握していたはずの世界は、今や灰色と赤錆の匂いしかしない。
「偵察隊、『被害級』ドライシス、単独確認。外見は───が、図体が大きい。」
入ってくる報告の途中で、通信が一瞬ノイズを噛んだ。外見は『基礎級』と大差ない。恐らくはそう言いたかったのだろう。
ドライシス。
それは“敵”という言葉では足りない。人類だけを殺すために存在するもの。理由も、対話の余地も、慈悲も無い。
「……行きます」
アイリスは自分に言い聞かせるように呟き、ゲートの外へ踏み出した。
紫の瞳が捉えたのは、瓦礫の向こうで蠢く異形の影。豹に似た胴、熊に似た脚、鷲に似た頭───ほとんどのドライシスはこの形をしていると教本にあった通りの外見だが、前情報では『被害級』。自分たち『信頼級』が3人がかりでようやく80%程度生還できる相手だ。
照準を合わせ、引き金に指を掛ける。
「外しません。」
頭らしい鷲の部分に狙いを定め、引き金を引く。
轟音。放たれた弾丸は吸い込まれるように眉間……なのだろう位置へと命中した。
「───突撃!」
アイリスが号令を出し、身体の外皮が脆く"書き換わった"ドライシスに向かって近接型のパラディオン二人が飛び掛かる。
一度主導権を握ってしまえば、あとは磨り潰すだけだ。
「ブッ潰れろ、オラァッ!!」
グリシャが肉薄するとその大盾でドライシスを圧倒し、
「ここと、ここでしょ?あと多分ここだっけ」
ミスティがそちらに気を取られてる隙にアイリスの銃撃が生み出した傷口をなぞるよう短剣を閃かせ、
「……………」
アイリスは二人の邪魔をしないよう絶えず動き回りながら関節を、目を、正確に撃ち抜きドライシスの反撃を許さない。文字通り死ぬ気で叩き込んだ、この小隊の理想的な連携だ。やがてこちらに被害を出すことも無くドライシスは地に沈む。
「対象、沈黙。討伐完了。これより帰投します、オーバー。」
ペンを落とすように人が命を落とす世界で。それでも、明日の希望を語るための戦場で。
アイリスたちは、今日も人類の寿命を1日ずつ引き延ばす仕事をしていた。




