魔道具技師ブラムと、“影”の真実
◆ギルド地下区画 ― “隠された工房”
夕暮れの光が街を赤く染める頃。
ユージンは依頼書を片手に、ギルドの階段を降りていた。
(地下に……工房があるなんて初めて知った)
初めて足を踏み入れる通路。
壁には魔石ランプが等間隔で灯っている。
ギルドの喧騒は消え、ひんやりとした静けさだけが漂っていた。
扉をノックすると、低い声が返る。
「……入れ」
ぎぃ、と扉を押すと。
そこは“魔道具の巣窟”だった。
壁一面に積まれた魔石、魔導回路の図案、奇妙な金属部品。
中央には古びた机。そして──
白い髭を胸まで伸ばした老人が、工具を握っていた。
「……お前が、ユージンか」
「はい。今日から影痕調査の補助に入ります」
老人は工具を置くと、じろりとユージンを見た。
「ミラや本部の評価は聞いている。索敵に長け、慎重で丁寧……“冒険者としては地味だが、研究向き”だとな」
(地味って言われた……いや、事実だけど)
だがブラムの目は、評価を試すように鋭かった。
「──期待しているぞ」
その一言は、軽くはなかった。
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◆黒い粉末の解析 ― “影性魔力の正体”
ユージンが森で採取した黒粉を机に出す。
「これが……」
「うむ。影性魔力の残渣だ」
ブラムは魔力測定器らしき器具に粉を入れ、
魔石の光を通すと──
光は一瞬だけ揺らぎ、
完全に、消えた。
「光を……遮断した……?」
「そうだ。この粉は“光を喰う”。
影性魔力の特徴だ。普通の魔物、普通の魔法では生まれん」
ブラムの声は穏やかだが、内容は物騒だった。
「ユージン、お前が見つけた跡……
あれは魔物の仕業ではない。人か、あるいは……人に近い何かだ」
(……人?)
森にあった丸い窪みが脳裏に浮かぶ。
「お前、足跡は見なかったか?」
「いえ……痕跡が消えていたような……」
「それも影属性の特徴だ。行動を“隠す”のが得意でな」
ブラムは机の引き出しから、古い文献を取り出した。
「この地域には昔、“影喰い(シャドウ・イーター)”と呼ばれる
影属性の魔道具を操る一派がいたという記録がある。
姿を消し、森に潜み、気配を奪う……」
(影喰い……)
ただの地味スキル調査のはずが、途端に不穏な響きが広がった。
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◆ユージンの地味スキル ― “正式進化”
ブラムはユージンのスキルにも興味を示した。
「森で何か“感じた”とミラが言っていたな?」
「魔力の……微弱な反応が分かった気がして。
スキルとして定着はしてませんが」
「腕を出せ」
ブラムはユージンの手を取り、魔力の流れを軽く刺激する。
ひんやりした魔力が体をめぐる。
【スキル習熟:微弱魔力感知獲得】
(……っ! 本当にスキル化した!)
「お前の“解析の目”と相性が良すぎる。
いずれ索敵だけでなく、魔道具の構造すら読めるようになるぞ」
「そんな……俺、戦闘向けでもないし……」
「だからこそだ。
派手な力より、静かな観察力のほうが“影”には有効だ」
ユージンは、評価された実感が胸にじんと広がった。
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◆“気配隠蔽Lv2”への進化試験
続いてブラムは、工房の灯りを落とした。
「気配を消してみろ。レベルを上げる条件は“完全な静寂での持続”だ」
(……よし)
ユージンは呼吸を整え、心拍すら落としていく。
影がふっと薄れ──
ユージンの存在が、工房の空気に溶け込んだ。
「……ほう」
ブラムが感嘆を漏らした瞬間、
【スキル進化:気配隠蔽Lv2】
(やった……!)
ユージンは胸の奥でガッツポーズした。
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◆ブラムの“本当の理由” ― なぜユージンを選んだのか
作業が一段落すると、ブラムは椅子に深く腰を下ろした。
「ユージン……お前に依頼を出したのには、理由がある」
「理由……ですか?」
ブラムはしばし黙り──
古い地図を広げた。
「数か月前から、影痕は徐々に増えている。
だが……誰も“元を辿れなかった”。
理由は簡単だ。追跡に“派手なスキル”は向かんのだ」
地図に指を置き、言った。
「“地味で、丁寧で、慎重”──
この三拍子が揃っている者こそ、気付ける。
だからお前だ」
その言葉に、ユージンの胸が少し熱くなる。
(……地味だから、できることがある……?)
「ユージン」
ブラムは真剣な瞳で告げた。
「この調査は、ギルドの未来に関わる可能性がある。
だが危険はまだ確定していない。
……無理はさせん。ただ、お前の力が必要だ」
ユージンはしばらく黙り──
「……分かりました。やります」
静かに、しかし確かに。
覚悟がにじんだ声だった。
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◆工房を出るユージン ― “誰かに見られている気がした”
工房を出て階段を上がる途中。
(……?)
ユージンは微弱魔力感知を試しに使った。
ほんの一瞬──
階段の上の闇で、何かが揺れたように感じた。
(気のせい……じゃない)
影が、わずかに“動いた”。
足音も気配もない。
だが、新しく得た感知が告げている。
“そこに誰かいた” と。
(……まさか、もう?)
ユージンが身構えた瞬間──
影はスッと消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
胸の鼓動が、ゆっくり早くなっていく。
(影喰い……? それとも別の……)
ギルドの扉を押すと、外は夜の静寂が落ちていた。
ユージンは深く息を吸い、夜空を見上げる。
(……気のせいじゃなかった。何かが動いている)
その予感は、不思議なほど冷たく、確かなものだった。




