95:ロドニー・デュー視点終話
レベッカ嬢の言い分は正論だ。
「政略結婚で意に染まぬ相手と結婚させられる私は可哀想だ」
などと自己憐憫に浸る令息・令嬢は
「貧困層の庶民階級へと自ら下るべき」
なのだ。
高みに居れば、その分リスクが生じる。
リスク回避のためにも工夫や妥協の必要性に迫られる。
それが嫌なら高みから降りれば良いだけのこと。
高みに居て得られる旨味は手放す気はなく
それでいて高みに居続ける中での必要性に迫られた対応は嫌がる。
そんな我儘をさも
「自己憐憫に浸って被害者ぶる事で正当化しようとする」
のなら…そんな無能は社会の高みにはいらない。
言葉にすれば辛辣だが実際
「貧困層の庶民階級に自らくだりましょう」
という逃げ道を与えた上での上流層からの排除なら…
別に非人道でも何でもない。ただの道理だ。
それを理解も納得もできない令息・令嬢は多い。
大人でもそうだ。
「理解・納得すべき道理を理解・納得せずに我儘を通そうとする」
そんな外道な生き方をする連中が湧けば
人心は乱れ、上流層は内ゲバが溢れ出す。
諜報工作というものはまさに
そうした状態を「人為的に他国に創り出す」ものだ。
「諜報工作の肉弾・肉盾として利用されている」
という事実に気づかないまま利用される者達も量産される。
俺はドミニク王子と一緒に過ごすうちに
「どうせモブだし、大した事もできないし、気ままに生きよう」
と思っていた弱気と無責任さを
「自分の中から排除する」
決心がついた…。
今頃になってようやく…。
****************
その後の人生は、俺もドミニク王子も言わずもがなーー。
権力闘争の真っ只中で常に危険に囲まれ続けた。
だがーー
ふと何かの拍子に思い出す。
レベッカ嬢の美しい凛とした佇まいを。
「『生きる』ことは『様々な立場を経験して、そこに生じる心を味わい、悟る』事だと思います。
パズルを完成させるように、他人の視線や、言葉や、態度の中にある『本当の心』を読み取って、それが実際の現象との間に齟齬が無いかを確かめる。
そんな作業によって『大切に想ってくれてる』相手と互いに理解して信頼を積み立てるから…その相手が夫婦に、家族に、本当に愛する相手になっていくんです」
と言っていたレベッカ嬢の言葉は真実だった…。
権力闘争という陰謀と誣告と諜報の入り乱れる最中で絆を作って
家族にも類する友愛を培うのには
「他人の視線や、言葉や、態度の中にある『本当の心』を読み取る」
事が必要だった。
レベッカ嬢は
「恋愛感情などくだらない」
と一刀両断にしそうだが…
それでも俺は恥ずかしながら
その後も彼女に焦がれていた…。
だけどそうした感情自体が
「彼女の言葉の中にある真実を読み取る必要性」
によって生じていた求心力かも知れないと今なら思う。
「魅力」というものには
「親和性重視の腐りやすいもの」と
「腐蝕を退ける孤高的なもの」と
二種類があるのだと気がついた。
もしも俺がレベッカ嬢の見た目の美しさに惹かれるがままに
彼女を溺愛して彼女を堕落させたなら
彼女の中から腐蝕を退ける孤高的な魅力は失われて
親和性重視の腐りやすい魅力へと変質していただろうと思う。
俺はーー
「親和性重視の腐りやすい魅力」というモノに対して嫌悪感を感じるので、レベッカ嬢の魅力が変質するのを望まない。
だからこそ
「プラトニックに焦がれる」
という信者的な好意を持っていたいと思うのだ。
永遠に告白する気は無いが…
それでも彼女が「生きること」の中に
「他人の視線や、言葉や、態度の中にある『本当の心』を読み取ること」
を組み込んでいるからには…
いつか知られてしまうだろうと思う。
いつかーー
彼女は似て非なるモノを見分けて
俺の心をも暴くのだろう…。
了




